| ５６ 金色に光る闇 携帯の着信表示が電話番号だけの履歴にリダイヤルをする佐々木。着信があってから６時間が過ぎ、ようやく電話をかけた。 「・・・なんだ。」 「・・あぁ。・・古河が？・・・しょうがねぇ・・・・あぁ・・・わかった。・・・おれがハッキングして交機のデータから・・取り込んでおく。・・・俺から連絡するまで・・・電話するな。」 「・・・きるぞっ。・・・なんだ、まとめて話せ・・・・・警備部の車両？」 「どうせ揉み消しの依頼だろ・・・・・・じゃぁな。・・プープープー」 公衆トイレから出てきた佐々木は、右のポケットに携帯を押し込み、公園の外に止まる配送車へ小走りで戻る。 「ガラガラ・・すいません。・・・腹、下したみたいで。」 運転席の上山に頭を下げた佐々木は、ミラー越しの上山の目を見て一息をついた。上山の目は閉じられ、鼻からは低めの音程のいびきが聞こえる。 「・・ん・・早かったなぁ。・・・下痢か？」 「・・ええ。・・昨日、休みだったんで・・久しぶりに飯を作ったら・・・この有様で。」 「まぁ。・・そんもんさ、梅雨もちけぇしな・・気をつけろ。」 「・・そうですね。」 止めた車を再発進させた上山は、佐々木に今日の指令を確認する。 「・・・佐々木、今日のお迎えは・・・備品ＮＯ２６じゃぁないんだろ？。」 「ええ今日は、違います。・・・ここですね。・・・待ち合わせは。」 佐々木は、カーナビの目的地を設定すると、拡大し画面をじっと見た。その場所に、土地勘はないが俗に言う高級億ションの立ち並ぶ一角で、今日の配送する嗜好会員のなりが予想できた。 「備品じゃなくて・・嗜好会員の方ですね。」 「そうか・・・野郎の配送は・・なにか、勘に触るんだなぁ。」 「そうですか・・・俺は、備品の配送のほうが荷が思いんですが。」 「・・これから、こいつらいい事するんだろうなと思うと・・・なんだか、自分の物を取られるみたいな・・・ムカムカッと来るようになったんだよ。・・・最近。」 「最近？」 「・・ああ。・・なんて言うか・・恥ずかしいんだが・・上には、言うなよ。」 「ええ・・・。」 「・・備品ＮＯ２６・・あの、奥さん見てると・・・なんだか、そう思えてきちまって・・・・・。」 「もしかして・・上山さん・・。」 「ち・・違うんだよ・・・・・・愛だの恋だのじゃぁないんだ。・・・わかんねぇかなぁ・・いじらしい女ってのが・・・居やがったんだまだこの世の中に・・・って感じでさぁ・・・。」 「へぇ・・・・・でも・・私情は・・命取りですよ。・・・連帯責任なんて嫌ですから。」 佐々木は、運転中の上山に笑みを浮かべながら答えたが、その言い回しは上山との同調を匂わせた感じで上山も佐々木にミラー越しの笑みで答えた。 新幹線の終着駅で待ち受けていた警察庁の車両は、小池を後部座席に乗せ、ビル街の中を進んでいる。 「小池参事官・・・お疲れのようですが、本庁へ向かわれますか？・・それともご自宅の方へ？」 警察庁の警備部の男は、目をつむった小池に声をかけ、その声に気づき目を覚ました。午後八時を過ぎた道路は、渋滞もなくなりスムーズな流れをしている。 「あぁ・・少し疲れたかな。・・・自宅へ、頼むよ。」 行き先を言うか言わないかのその時、携帯の音が鳴る。 「もしもし・・・あぁ・・えぇ・・戻っています。・・・これから自宅へと思ったんですが・・・・・・・・ほぅ・・それは・・それは。」 自宅へと向き始めた車両は右折をし、一番近い環状線の都市高速入り口を目指す。 「・・すまん・・ちょっと止めてくれないか。」 「はい。・・・・キッキッ。」 ブレーキの音がなり高速入り口付近の路肩に車を止めた。道行く人々は、居酒屋を目指すもの、家路を急ぐ者さまざまであった。 「今、・・とても近くにいますので・・・。報告もしなければならないと思っていたのでね。・・・はい・・では、例のところで。」 電話をきると、運転席の男に指示を出す。 「・・悪いが・・・ここで降りるよ。」 「しかし・・参事官。」 「・・いいんだ。・・・君、新婚だろ・・・早く帰りなさい。・・・私は、自宅に帰った。・・・それでいいじゃないか・・ね。」 「・・・・はい。」 男は、運転席を降り後部座席のドアをあける。開けられたドアから小池が降りると、軽く敬礼をし声を掛けた。 「・・・お気をつけて。」 「ありがとう・・・・早く行きなさい。」 「はっ。」 ビルの谷間に小池を残し、警備部の送迎車両はＵターンをし足早に立ち去った。車両のテールランプが視界から消えると、その反対方向に歩き出し、歩幅はいつにも増して大きい。 数分歩いていくと、ハザードをたいたミニバンが小池に向かって、クラクションを小刻みに鳴らす。 「プップッ・・・プップッ」 ミニバンにむかって振り向くと、背後から低いトーンの声色が響く。 「小池さま・・・・・お待ちしておりました。・・・水野がお待ちしております。」 「あぁ・・・ご苦労さん・・・水野さんは・・・車に？」 黒いスーツにノーネクタイの男は、頭を下げたまま答える。 「はい・・総帥は車に・・・それに・・備品女も・・ご用意を。」 「・・ほう。準備がよいねぇ・・・・備品のＮＯは・・・２４かな？」 「・・お察しの通りで・・・・。」 小池は、月夜に光る顔を緩ませ警察庁幹部の顔を捨てさり、嗜好会員の顔へと変化させた。顔を変えると車へと歩き出し、配送係の男は後部座席を少しだけ開け、その隙間から水野の顔が覗く。 「・・小池参事官・・・首尾のほうは？」 「・・上々・・・・ですよ。・・・上々。・・水野さん・・・備品輸出の方は？」 「もちろん・・上々ですよ。・・・上々。」 二人は顔を見合すと最低限の開きで後部座席に滑り込んだ。その奥に拘束された備品ＮＯ２４の姿をさらさぬようにして。 「・・・・ほっほっ・・・いい格好だ・・・・だいぶ腹が大きくなったか？」 水野の奥に、下着姿のまま拘束された女が身悶えながら小池の顔を睨みつける。口枷からはよだれを垂らし、目からは屈辱に濡れた涙が頬に筋を引く。 「ええ・・六ヶ月になります。」 妊娠し、膨らみかけの腹をさすりながら、小池の聞いてもいない問いかけに答えた。 「・・・あれから、三月も経つのか。水野さん、あなたとの付き合いも、かれこれ一年になりますかね。」 「ええ。・・・早いもので。」 「おやっ・・・水野さん・・・好いものが描かれてますね。・・それは、我が社の社員証じゃぁないですか。」 「気付かれましたか・・・腕のいい男に彫らせました。・・・備品ＮＯ２４にもってこいでしょ。」 太ももの内側に見え隠れするのは、金色に輝く桜の代紋と没収した警察手帳を模写した入墨。その入墨には顔写真、識別番号など忠実に描かれている。 隠語を多用する小池に、元巡査長はくすんだ声で罵声を浴びせる。 「・・・ぅうぅぅ。・・おにっっ・・・。」 罵倒した声もわずかなる抵抗で、この二人には蚊の刺す痛みほどでもない。それどころか、まだ反抗する女をいたぶる格好の口実であることをこの後気付かされる。 「そうだ・・そうだ。・・・備品ＮＯ２４、君の元の職場に、今朝行ってきたよ。・・生活安全課のみなさん、必死で君の事を探していたよ。」 「・・・うぅぅぅ。」 「君の上司だった、青山警視も・・心配しておった。・・・・まぁ、君の調べた水野さんたちのこと・・・・・この資料に全部書かれておるが・・・・あんたと同じで、もう日の目を見ることはないんだけどね。」 「・・どんな風に書かれてますか？」 「結構な・・悪人ですよ・・水野さん。」 「そうですか・・・・どうせ悪人なら、稀代の悪人と呼ばれるくらいにならないといけませんね。」 「ところで小池さんのことは？」 「私のことなど、一つもかかれていないよ水野さん。」 「そうですか。・・・調べが進まずに、その調べの元締めが小池さんになるとなれば・・・・。」 思惑を最後まで言わずとも、この二人には全ての企みが通じてしまう。 「ええ・・・。・・・その人選・・・こちらに用意しておきました。・・・このファイル、どうです？粒ぞろいでしょう。」 小池が水野に差し出したファイルには、嗜好研修所付近にある近県の女性警官の顔写真や職歴、勤務時間帯などの詳細が記され、尚且つその容姿は、ここに拘束された備品ＮＯ２４神山愛を凌ぐ者ばかりであった。 「・・・これだけの資料があれば・・・備品ＮＯ３０番台は元警察官でいっぱいですな。」 「そん・・なころ・・れきるわけ・・ありません。・・・ささや・・ま・・かかり・・ちょうが・・・・・・れったいに・・・。」 口枷から聞こえる反論の声は、舌がもつれ迫力を奪われる。同僚の女性警察官たちを巻き添えにするわけにはいかないと、声を上げるが聞く耳を持たない。 「笹山？・・あぁ・・・所詮・・この程度の調べですよ。・・・免許課の課長程度の昼行灯ではね。」 捜査資料の作成者たる上司の笹山のことを言われ、所属の変わった事を知り絶望感が去来する。 「・・ぅぅぅ。」 （たすけて・・笹山・・係長っ。） 首がうなだれた愛は、県警本部にはもういない笹山警部の身を案じるとともに、救いの手を差し伸べてくれると信じていた男の左遷といえる人事に愕然としていた。 「どういった手で・・いきましょうか？・・・捕獲するためには・・・。」 「・・・この巡査長のように・・・して欲しいんだが。・・・そのほうが、もう一つの私の喜びに変わりそうなのでね。」 「・・・捕獲してから・・・薬物を・・自宅に置く。・・・あれですか？」 「そう・・・そうしてもらえると、・・今後の、あなたがた仕事ももっと楽になる。」 小池は、おでこの上に握りこぶしをやり、無言で水野に答えを促した。 「なるほど・・・目の上の・・なんとか。・・・ですね。」 「そうです。・・・とても厄介で・・・憎らしい。」 そういうと、いつも冷静な小池は指の爪を噛み、拘束され絶望の涙に暮れる愛にむけ、噛んだ爪を穿き捨てた。 うつむき加減でこぼれる愛の涙は、太ももの入墨を濡らし、そのさまは金色に輝く桜の代紋がむせび泣いているように思わせた。 |
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| 2009.10.28掲載 |
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