| ５８ 最初の蜜 懲罰研修を受けたその日から毎晩のように押しかけてくると思われた横山と大島は、なりをひそめ安穏とした時間が過ぎていた。時間だけは安穏としてはいるが、佳乃の心中は奇襲を恐れる兵隊のようであまり眠れないでいた。 週末の日曜の晩、一日だけの帰宅を終えた友之を見送る佳乃は横山式の下着を穿かず、無防備なノーパンで娘と玄関先で手を振っている。 「パパァ・・・バイバイ。」 「いい子にしてなさいよ・・・お土産のクマさんと・・・。」 車のクラクションを控えめに鳴らし友之の運転する車は、すぐに二人の視界から消えた。クマのぬいぐるみを握り締めた友佳は、いなくなった父よりも気になることがあるらしく、そそくさと部屋の中に戻ってしまう。 「はぁ・・・友佳っ・・・靴を揃えなさい。・・・まったっくもぅ。」 「ププッ」 玄関に散らばる娘のスリッパを片そうと、中腰でかがみながらつまみ上げ、揃えなおそうとしたその時、友之の自動車とは違うクラクションが鳴り響いた。聞き覚えのあるその音に、寒気した佳乃は、振り返ることすらままならず玄関にしゃがみ込んだ。 振り返るとそこに車はなく駐車場に一台の黒い箱バンが止まっていた。その車は乗りなれた配送車で、佐々木と上山が乗っていることは見ただけでもわかった。再び軽くクラクションが鳴ると、佳乃は夢遊病者のようにフラフラと車へと引き寄せられていった。 「ガラガラガラ」 扉が開くとともに周囲を気にしながらいつものように乗りこんだ。 「・・・備品ＮＯ２６。・・・明日からの予定を言っておく・・・足りないお頭に叩き込めよ。」 佐々木は、いつも以上に冷酷な言葉を淡々と並べる。 「あすは・・・大島さまの・・・セミナーに呼ばれています。」 「そんなこと知ってるさ・・・その大島さまが今回の落札者だからなぁ。」 「えっ・・・。」 「セミナーでの仕事を依頼されたんだろ、大島さまに・・・それでいいんだよ。それが今回の嗜好研修だから。」 「どういうことですか？・・・」 「昼も夜もないってことさ・・・昼は大島さまの人材セミナーでの仕事。夜は嗜好研修での仕事。」 「２週間・・・人材セミナーで、手伝いをするよう言われましたけど・・・嗜好研修のことは・・・何も言われませんでした。」 「それは・・そうだろ。・・・あんたの会社の社長の前で・・・言えるわけがねぇ。自分とこの社員が、備品女で、しかも一度お相手した備品だって・・・。」 その言葉に返答もなく佳乃は下唇を噛み、屈辱の涙をこらえた。佐々木の言葉に納得をさせられた佳乃の口が開き質問を投げかける。 「二・・二週間も家を空けるわけには・・・。」 「そんなことなら心配しなくても良い。・・・水曜日と土日は帰宅できるそうだ。その間は、ばぁさんにいつもどおりガキを預けておけ。」 「はい・・わかりました。」 「明日の朝は、８時には迎えによる。・・・それまでにガキを連れて行っておけ、いいな。」 「・・・。」 返事をせずに頷くだけの佳乃に、佐々木は束ねた髪を掴みあごをもう片方の手でしゃくり顔を近づけ低い声でどすを聞かせた。 「おい・・まだ自分が備品だという事に気がついていないようだ。・・・おまえはただ、股ぁ拡げて嗜好会員さまのチンポコ咥えるだけの安い風俗女じゃぁないんだ。肝に銘じておけよ・・・なぁ。」 「は・・はい。・・・申し訳ありませんでした・・・監視員さま。明日のお迎え・・・お待ちしております。」 「そうだ・・・おまえも早く・・夫婦生活に戻りたければ・・・嗜好会員さまのお眼鏡にかなうようにしろ。いい客が付けば・・・その道もうんと早くなるだろう。が、その分厳しいことも待ってはいるだろうけど。」 「・・・。」 頷くだけで終わろうとした佳乃は、佐々木の目を見て言葉をあわてて発した。 「はい・・・。」 そういうと、佐々木はスライドドアを開け佳乃に降車を促した。佐々木の前を横切ろうとした時、佳乃のスカートのポケットに佐々木が一瞬、手を入れた。一瞬の出来事とこの場を立ち去りたい一心の佳乃は、気にすることなく車を降り、振り向くことなく部屋の玄関に消える。 「上山さん・・・帰りましょうか。」 「あぁ・・・。」 上山の返事を聞いただけで、自分のした行動を察知されていないのがわかり佐々木は安心し移動を促した。 玄関に座り込んだ佳乃は、車の移動の音を確認するとポケットに差し込まれた数回織り込まれた紙を取り出した。 拡げるとそこには錠剤が一つ、拡げた紙にはパソコンでプリントアウトされた印字が佳乃の目に入る。 『今日、恐らく２時間先にあの二人が現れる。この錠剤は、子供に服用させても問題のない睡眠導入剤だ。飲ませるも飲ませないもあなたの判断に任せる。』 佳乃は声に出さずに文章を黙読した。にわかには信じがたい文章ではあるが、何もすがることの出来ない佳乃は、「あなた」という書き方に何かを察し、この錠剤を握り締め娘の元へと向かった。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2009.11.7掲載 |
はちみつ太郎さんの作品群→ |