| ６４ 再就職 水曜と土日の休みを２回繰り返した頃、入梅しジメジメとした湿気とやみそうに無い雨を見つめながら佳乃は、室内に洗濯物を干していた。 人材創出セミナーのサクラ業務と、児島に施した童貞卒業式と同様なことを何度かこなした佳乃は、ため息をつきながら部屋干し用の洗濯干しに、まだ穿き古されていない淡いブルーのパンティーをぶら下げていた。 「はぁぁ・・・。」 自分の物や友佳の物を吊るし終えると、リビングに置いている携帯がけたたましく鳴る。佐々木や大島の着信音ではなく、聞きなれない初期設定で端末に記憶されている簡素な音であった。 「リリリリッ・・・リリリリッ」 「はい・・加山ですが。」 「突然のお電話申し訳ありません。・・・私、興洋銀行の本店営業部の田村と申します。」 「は、はい、何の御用でしょう。」 興洋銀行という名に記憶の無い佳乃は、間違いではないかと思うが、声の主の冷静さに疑うことをしないで聞き返す。 「加山さんにお聞きするのもなんなのですが・・・私どもの職員の近藤と申す者をご存知でしょうか？」 「えぇ・・あっ、近藤さんですね・・・知っていますが。」 「あっ・・ご存知ですか。・・・その、近藤がですね、恥ずかしい話なのですが、当行からやまもと不動産あての融資金を持ち逃げいたしまして・・・。」 「えっ？」 「えぇ・・まだ、お聞きなられていませんか。」 「はいっ・・・私、違うところに・・出向しているもので。」 「あぁ・・そうですか・・・つかぬ事を伺いますが・・・西野奈々さんの、携帯電話等の連絡先をお聞きしてもよろしいでしょうか？」 「奈々ちゃんが・・何か？」 「近藤と・・どうも逃げているとの・・情報がございまして・・・それで連絡先をお聞きしたいと思いまして。」 「う、うそ・・嘘ですそんなこと・・信じられません。」 「そうおっしゃられましても事実ですもので・・・。」 「・・・か、会社に聞いてください・・・私からはそんなこといえません。」 「会社と申されましても・・・・・ねぇ。」 「えっ・・・会社がどうしたんですか？」 「ご存じないんですか？・・・そうですか・・・詳しいことは会社の前でお待ちしておりますので・・・３０分後にお越しください。それでは・・・。」 「もしもし・・・もしもし。」 田村からの電話は一方的に切られ、リダイヤルしてもまったく応答しない。奈々の携帯に発信してみるも、電源が入っていないため同じコメントの繰り返しであった。 「奈々ちゃん・・・・どうしたの。・・・会社はどうなってるの？」 起きている事態が想像つかず、まず体をやまもと不動産に向け、車に飛び乗った。 友佳を母に預け、軽自動車で２週間ぶりに『やまもと不動産』の駐車場に横付けした。水曜日なので休みであることに、違和感を感じないのだが、玄関の扉に貼られた一枚の書類に田村の言ったことが理解でき始めていた。 「えっ・・・破産・・って、どういうこと・・・。」 小さい文字で書かれた弁護士名の文章を読み解くと、やまもと不動産の終焉が延々と書かれ、読み終えるころには肩を叩かれ自分の名を呼ばれる。 「加山さんですか？・・・・田村と申します。先程は失礼をいたしました。」 「あっ・・・すいません・・・これ、どういうことですか？」 「ええ、それはこちらが聞きたいことでして・・・。」 「破産って・・・・・。」 「文字通り、破産です。・・・繋ぎ融資を当行で行う予定でしたが・・・その金を近藤が持ち逃げをいたしましてね。・・・それで、当座残高が足らなくなったようです。」 「・・・。」 「まぁ・・当行のほうは、繋ぎ融資の金額だけで済みましたし、先に不動産に対する抵当権の登記も済ませておりましたので・・実害というものは無いのですが。なにぶん横領となりますと・・・世間体があります物で警察沙汰にしたくないというところが、本音でして。」 「それで・・奈々ちゃんの・・・連絡先を？」 「はいっ・・・・彼女が、融資金を振込みではなく受け取りに来るということで近藤に持たせたお金が、・・・そのまま。」 「・・・・し、信じられない。」 「連絡先を教えていただけないでしょうか？」 「わ、わかりました・・・警察沙汰には・・ならないんですね。」 「えぇ・・・恥ずかしながら・・内々に処理せよとの頭取のご判断で・・・私のみが動いております。」 「・・・・これです。・・・この番号です。」 「あぁ・・・助かりました。・・・それでは、なにかありましたら・・先程の番号に、ご一報を。」 「はいっ・・・わかりました。」 白い軽自動車に乗った田村は、いそいそと電話をしながら急発進させる。しばらく呆然とした佳乃は、社長の携帯を鳴らすが、債権者に追われる立場のものがでるはずも無く、呼び出し音が空しく響いていた。 「・・・お、信じ込みよったな・・・上出来や。・・・ほな、あのマンションの移転登記を、たのんまっせ、田村はん。」 大島の企みを露も知らぬ佳乃は、自分の軽自動車に乗り込むと助手席に座る大島に、息を呑むが、すぐさま頭を下げる。 「大変なことやなぁ・・・やまもっさん。・・・破産かいなぁ。」 「・・・・。」 「さっき・・興洋銀行から電話があってなぁ・・・わし、やまもと不動産の手形もろてんねん。・・・・近藤君に頼まれた繋ぎ融資の分の５００万。」 「・・・。」 「えらいこっちゃ・・・・。」 「・・・。」 職を失った佳乃は、自分の借金ではないものの、これからの不安がよぎり無言で下を向く。 「・・・おまえも解雇やもんなぁ。」 「・・・。」 「元気だしやぁ・・・・そうや、やまもっさんから手紙があってなぁ・・・まぁ詫び状みたいなモンやが・・・これみてくれ佳乃。」 大島が差し出した山本の癖のある直筆の詫び状を読み、最後の文章に唖然とした。 「こ、これは・・・。」 「そうや・・・・あんたの再就職のお願いや。・・・えぇ社長はんやで・・・やまもっさんは。」 「書いてあるやろ・・・あんたの再就職のお願いと、その賃金からの、幾許かの相殺のお願いや。」 「・・・・。」 「うちで働いて・・・山さんの借金を返し・・・夜は、嗜好研修で・・高山支配人とこの借金を返し、一挙両得やなぁ。」 「・・・そ、そんな。・・・大島さまの立て替えの・・お金は、わかります。でも、社長の借金は。」 「まぁ・・・山さんの借金は多めに見たろ・・そやけど再就職の件は了承してもらうでぇ。」 「・・・。」 「返事はどうした？」 「わ、わかりました。・・・お、お世話になります。」 その後の行為はなくあっさりと車を降り、自らの高級車に乗り換える。佳乃は、大島の車のテールランプを眼で追いながらこの先の不安を胸にしまう。その、テールランプに惹かれてしまうのは、何か言い知れぬ信号をキャッチしていたからかもしれない。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2009.12.15掲載 |
はちみつ太郎さんの作品群→ |