| ６５ 裏書された備品 佳乃の元を足早に去った大島は、とある駅前で若い男を後部座席に乗せ、嗜好研修所へと向かう。 「上手くいきましたなぁ。」 「えぇ、手配どおりです。」 「やまもとは消えましたんか？・・それとも、もう高いとこに昇りましたんか？」 「さぁ、どうでしょう。大島さんは、その先は知らないことにしておいたほうが・・・。」 「そうですなぁ。せやけど、おぼれる物は藁をも掴むというけど、ほんまにその通りでした。」 「ふっ、おぼれるように仕向けたのは大島さんですよ。」 「そうですな、・・・ハッハッハッ。」 大島は運転しながら後ろを見、その後部座席の奥のトランクの中身についてしゃべりかける。 「ところで・・・積んだ荷物どないしますねん？」 大島が尋ねると、若い男はタバコに火をつけ一呼吸置くと、問いに答えはじめる。 「大島さんは、５００万程使いましたでしょ。・・その穴埋めに、どうです？」 「あぁ、最初の融資の分ですな。・・・でも、ええんですか？」 「私のことならご心配なく・・こんな物に興味は、ありませんから。・・・ご自由に。」 「わしのところは、５００でマンションの２部屋分いただきましたんで・・・それで十分ですけんど。」 「いや、僕がいただいても・・・処理に困ります。大島さんの方が、いろいろ使い道や、それ以上の金額に替わると思うのですが。」 「そこまでいわはるなら、遠慮のう。」 にやりと笑うと大島は、携帯から電話をし、いつもの命令口調に変わる。 「・・高山か？・・・わしや・・・これから行くさかい・・・神崎組の・・・・彫師、段取りしとけ・・・・ええな。」 「・・入墨を入れるのですか？」 「ええ、うちの備品にする時は皆にしてますねん。」 「へぇ・・・どんな物を？」 「なんでも・・入れまっせ。・・・最近は、警察手帳を模したものがお気に入りでして、これが写真のように出来まんねん。」 「じゃぁ・・今、お持ちの約束手形なんか・・どうです？」 「おお、若いのに趣味がええ。・・・この娘の名前が裏書されてる、この手形・・・そりゃぁ面白い。」 「ね、洒落てるでしょ・・・なんなら、銀行の不渡りの札も貼らせますけど・・・。」 「ハハハッ・・・それも酔狂や。」 大声で笑いながら大島の車は、まだ日が高いためか名前の判別しがたいネオンサインひしめく飲食街を、大通りから曲がりこむ。 「あっ・・ここで結構です・・大島さん・・・会社の近くは、誰が見ているか判ったもんじゃない。」 「おうっ・・すいまへん。・・・では、いただいていきます、近藤はん。田村はんにもよろしゅうに。」 扉を閉めた男は逃亡したはずの近藤だが、大島の車から向かった先は銀行ではなく近藤商会と書かれた雑居ビルだった。 山本は額面６００万の約束手形を振り出し、その手形と引き換えに金利分を差し引いた５００万の現金を大島から受け取ったのは、佳乃や奈々と顔を合わせた今から２ヶ月前のこと。 分譲マンションの完成に合わせ、足らない金額を興洋銀行員であるはずの近藤に頼んだ山本は、言われるまま、２フロアー分の部屋の売買契約を締結させる事を条件に融資の承諾をし、疑いも無くそれに応じてしまう。 契約先は未記入で、その後ある組織へと転売されてしまったのは、ほんの数週間前で、佳乃とモデルルームに向かう時の電話はまさにその連絡の最中であった。 手形決済日の当日に近藤は、融資金を現金で用意したというものの、山本の元へ向かう途中行方をくらましてしまう。現金を受け取りに使いにやった西野奈々もろとも。 手形の決済がつかない事実が、確実になった午後７時ごろ、山本は西野奈々と近藤を恨みながら、暗い峠道を細い砂利道の林道側にハンドルを切っていた。 近藤と別れた大島は、自らが運転する車を嗜好研修所備え付けの地下駐車場へと潜り込ませた。 「ピッ・・ピッピッ。」 警備のものが、目を車にやるとその男は、無線を使い連絡を取っている。 「おつかれさまっす。」 「おう・・・トランクの中のずた袋、エレベーターまで運んどいてくれ。」 「何が入ってるんですか？」 「不渡りになった、約束手形や。」 「・・・・・。」 意味もわからず笑みを浮かべる警備の男は、大島に頭を小突かれながら肩に抱えた、ずた袋をやさしくエレベーターへと運んでいく。 エレベーターの扉が開くと、その中から笑みを浮かべた三治が現れ、ずた袋を警備の男から受け取った。 「ごくろうさん・・・・。」 「不渡り手形だそうだ・・・。」 「へぇ・・・手形に・・入墨をねぇ・・・裏書でもしますか・・ケケケケッ。」 三治は、大島を招き入れると、閉のボタンを押し大島のカードを受け取ると、レコーダーに通し点灯した７のボタンを押した。 |
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| 2009.12.16掲載 |
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