| ６８ 死の直前 最寄の駅で配送班の車を降りた勝は、乗り継ぎの空車と掛かれたタクシーに飛び乗ると、俯いたまま行き先を示す。 「三丁目の・・・角まで。」 「はいっ・・・わかりました。」 運転手は、バックミラーで確認する勝の顔の暗さにいつもの明るさのないのに気付いたが、無言のままアクセルを踏み込んだ。 数分でたどり着く道のりだがタクシーを使うこの少年を、運転手仲間ではＶＩＰと呼び２メータでも１万円を出すくらいの気前のよさを知ってか予約が入ると、皆が我先に手を上げていた。 信号に引っかかるわけでもなく、１メーターでたどり着くと、運転手は後ろを振り返り金額を声高に言った。 「お客さん・・・・６６０円です。」 「あぁ・・・・お釣りはいいよ。」 「は、・・はい・・・・ありがとうございます。」 抜けた顔の運転手は、手に取った千円札に同じ重さの札ながらお釣りの違いに何も言うことが出来ないでいた。勝を降ろしたタクシーの後方に、同じようにライトを消して止まった車の存在をこのように気の抜けた勝は、気付くはずがなかった。 「ただいまぁ。」 誰の返事もない大西家の地下室には、首輪に繋がれた由香里が窮屈そうに眠っている。首輪は床に埋め込まれた円い輪に繋がれ、その鎖の長さの短さゆえに床に顔を摩り付けるように眠っていた。 「・・・・・。」 由香里の眠る顔と、亜矢の眠る顔をダブらせながら勝は、寝息を聞いている。すると、佳乃に促された亜矢への懺悔の言葉がよみがえり、再び一筋の涙をこぼしていた。 「グ、グスッ・・・。」 鼻をススル音は、眠っている由香里の耳元に伝わりご主人様の帰宅を感じ取った。 「・・・ま、勝さまぁぁ・・・お、おかえりなさい。ご、ごめんなさい・・・寝てしまっていました・・ごめんなさい。」 由香里の声は、大きくないものの防音室である地下室には大きく響いていた。眠ってしまっていた由香里は、その後の勝からのいたぶりを恐れてか、半泣きで許しをこうている。 「・・・・。」 勝は由香里の床に寝転がる顔を覗き込む。勝の目から零れていた涙はすでに乾いているが、目を閉じ勝の鉄槌を恐れる由香里にはそれが見えていない。 無言のまま勝は、由香里の髪の毛を撫で上げ一言声を掛ける。 「ごめんな・・・・。」 由香里への言葉か、亜矢への言葉かわからないが、勝から漏れるはずのない言葉を聞いた由香里は、閉じていた目を見開き勝の閉じている目を覗き込んだ。 「うぅぅ・・・うぅぅ。」 「ま、勝さま・・・どうされたのですか？」 「うぅ・・・ゆ、由香里・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁ。」 「い、痛い・・・・どうしたのです？」 由香里の固定された首筋に抱きついた勝は嗚咽し、泣き叫ぶ。 「うぅぅぅぅ・・・・・あ、あやぁぁぁ・・・・。」 「あ、亜矢さんが・・・・？」 「お、おれが・・おれが殺したんだ・・・お、おれが。・・・悪いのはおれなんだ。」 「・・・・・。」 耳元で勝の告白を聞いている由香里は、おおよその事が見当がつき、何も言わず力を抜いた。 「おやじ・・に、いい顔・・・したくって・・・うあぁぁぁぁぁ。」 「・・・・・。」 「和歌子も、亜矢も・・・・・あぁぁぁ。」 「・・・・・お、落ち着いて・・・・ね、勝さま。」 「・・えっえぇぇ・・・グスッ。」 「わ、私がいます・・・・ここには私がいます。・・・だ、だから・・。」 「グ、グスッ・・・・ゆ、由香里・・・・。」 「泣いてください・・・・泣いてすっきりしてください・・・。」 「あっぁぁぁぁぁ・・・・うわぁぁぁぁぁ。」 不自由な格好ながらも由香里は、勝の頭に手を回し、泣き叫ぶわが子を抱きしめるかのように力強く胸に抱いた。 勝は、由香里の中に見知らぬ母を思い大きく泣き続けていた。まだ子を授かったことのない由香里の内なる母性を前にして勝は子供に戻っていった。 勝のタクシーを尾行していたバイク便の男は、自宅に入った勝を横目に撮影機材として使った携帯カメラを本来の使用目的である電話の機能を開いて短縮の番号を押した。 「・・・あっ・・向山です。・・・今よろしいですか？」 「あぁ・・・居場所掴んだのか？」 「はい、デカイ家に住んでますねぇ。」 「・・そこの地図と・・・家の写メ・・・至急送ってくれない？」 「ええ・・お安い御用です・・・・では、私は・・これで・・・。」 「あぁ・・・金は・・いつもどおり振り込んでおくからな。」 「ありがとうございます・・・。」 田辺は、携帯を切ると公園のベンチに寝そべり向山からのメールを待っていた。数秒立つかたたないうちに着信音が鳴り、メールが届いたことを知らせる。添付ファイル付きのメールを見、ファイルを開く。 「でけぇ・・・燃えるか？」 「・・・よく燃えるよ。・・・フヒィィィィ。」 田辺の横にいた浮浪者風の男が、携帯を除き見ながら答える。 「おっさん・・・ほんとに・・・放火魔？」 「あぁ・・・俺は・・お前さんらと違って・・・女に興味はないんだ・・・金持ちや、幸せな奴が泣いて苦しむ顔を見るのが好きでなぁ。」 「俺を殺さないでくれよ・・・。」 「まだ、人を殺してないのが、唯一の誇りでさぁ・・・燃える家を見ながら・・・シコシコしてるのが・・一番さぁ。」 「そうかい・・・ここまで連れて行くから・・やってくれる？」 「あぁ・・・いいけど、誰も住んでないんだな。」 「・・・あぁ・・もちろんだ。」 「今日は留守なのを確認してる。・・・ここの、地上げを頼まれてるだけだから・・・燃えてしまえば安く買えるそんなとこだよ。」 「よし・・・では・・行こう・・・あとで、上手いもん奢ってくれよ・・・フヒィィィィ。」 田辺は、酒臭い男を公園から連れ出し、白い国産車のレンタカーに同乗させた。向かった先の事実は、まったくの出鱈目だが、本当の事を話してもこの男ならやりかねないと田辺は確信していた。 カーナビに住所を打ち込み、合図どおりに車を走らせる。酒臭い男が気になりエアコンの聞いている車内だが梅雨明け間もない、じめじめとした空気を車内に取り込み行ったことのない住所へ向かう。 「亜矢・・・・亜矢・・・・。」 勝の寝言を聞きながら、由香里は勝の髪の毛を撫でさすり、子をあやすようにしていた。拘束を解かれはしないものの、いつも行われる筈の辱めを受けることなく静過ぎる夜は深まっていた。 「・・・ま、勝さま・・・このまま・・の勝さまで・・・いて。」 時折おとずれる、狂気的な勝の行動と、今日のような純朴な勝の仕草は由香里も何度も見てきてはいたが今日ほどの変わりようは始めてであった。 父である多重人格者とまではいかないものの、二つの人格のうちどちらが勝のオリジナルなのかは、わからなかったが、この状況の勝であってくれるのを由香里は願っていたし、連れて行かれた二人の女も同様に感じていただろう。 涙を流しながら眠る勝は、由香里の内なる母性を揺さぶる。それを見せ付けられた由香里は、牝奴隷と継母のような存在を交互に演じさせられ自然と柔らかい感情を表す勝に依存してしまっていた。 由香里は、裸の体を勝に纏わりつかせ、再び柔らかい心の人格が変わらぬよう祈りながら、共に瞼を閉じた。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2009.12.28掲載 |
はちみつ太郎さんの作品群→ |