７　若い男

　エイプリルフールどんな嘘でも許されるのか。

　三月三十一日、やまもと不動産にも新入社員が現われる。
　景気の悪さから一旦は求人をあきらめていたが、取引先の親類ということもあり、雇用することになった。
　若い今風のどこぞの二流ホストでは？と思えるような出で立ちで初出勤とは、後が思いやられる。

　四月一日からでなく一日前からまず研修というかたちで出勤してきたこの男はまだ遊び足りない、という風な顔をする。
「おっはよーございまっす。」

　皆の前で、挨拶をする姿はどうみても社会人とは思えない。
「えー今日からっ、お世話になりますー、小山駿っていいます。どうぞよろしくっ！」

　社員皆、ひきつった顔で挨拶を聞く。
（こんな人、雇って大丈夫？社長どうかしてんじゃない。）恐らく皆同じ気持ちであろう。

「みんな、小山君をよろしくたのむよっ。」
「んーっとそうだなっ、西野さん年代も同じだしとりあえず彼の当面の指導係よろしくたのむよっ。
」

　奈々は、顔に指をむけ（えっ私っ・・うっそ）と不満げな表情で社長に視線をむける。
「おねぇさん。よろしくたのんますっ。」同年の男におねさんといわれ、ムッとした顔をあからさまにする奈々。
「っあっはい。よろしくお願いします。」どちらが先輩かわからない。

　自分が指導係でなく、ホッと胸をなでおろした佳乃。
（奈々ちゃん大丈夫かなぁ、心配しちゃうな。）
「今日の晩は、小山君の歓迎会ってことでみんないいかな？」

　社長はみなの空気をよめていない。が、皆に断る理由もない。
「じゃぁ。いつもの焼肉屋さんに８時って事でよろしく。じゃっ仕事にかかりましょっ。」

　夕方近くになり、なにやら社長と奈々が話をしている。
　佳乃は自分の仕事を黙々とこなしているが小山が奈々といないのが気になる。

「おーいっ、加山さーんちょっと来てー。」社長の手招きに悪寒を感じる。
「何ですか社長？・・・奈々ちゃんどうしたの？」ある程度のことは察しながらも顔をのぞきこむ。

「私、あんな人の指導係なんてできません・・。だって・・」
　いつも愛くるしい表情の奈々が、膨れっ面で社長をにらむ。

「まぁまぁ、加山さん、ちょっと奈々ちゃんじゃ荷が重かったみたい。」
「小山君の指導おねがいできない？」

　やっぱりといった表情で佳乃は、
「何があったんですか。奈々ちゃんと小山君は。」
「・・・女の私より男性社員のほうがいいんじゃないですか？」
「いやっ沢口君達は、あのマンションプロジェクトかかりっきりだからねっ。」
「それと加山さんだと年上だし彼より・・ねっ」

「佳乃さん聞いてください！」
「あいつに仕事教えてやってたら、ぜんぜん聞かずに私を口説き落とそうとそればっかなんです。」
「もうっ最低ですっ。歓迎会なんて絶対いきませんからっ！」とぷいっと自分の席に戻ってしまう。

　ぽかんと口を半開きにし、社長の目をみると、困った顔をし、頭を抱えている。
「彼はさあっ、あの大地主の田野倉さんの甥っ子なんだよ。」
「やめさせるわけにいかないんだよぅ。わかるだろう加山さん。」

「ええ、あの田野倉さんの頼みならしょうがないですよねぇ。」
「なにか、大きなミスか過ちでもあれば理由は何とでもなるんだがねぇ。」
「逆に田野倉の爺さんに貸しができるんだが・・。」

　佳乃も、しかたないかと感じしぶしぶ首を縦に振る。
「わかりました。わたしがやりますっ。」
「でも、なにかあったらやめさせる覚悟を社長、しといてくださいよっ・・。」
　念を押すように、社長に対し上から目線で物申す。

「んっうん。わかってるよ、悪いようにはしないから・・助かるよ、いつも加山さんには救われてるよっ。」
　お人好しの佳乃なのか、社長の頼み方が上手いのか、はたまた両方がお人好しなのか、だれも判らない。

　小山を呼び、佳乃が指導係になったことを社長が告げると、悪びれずに、
「あっそうなんすっか。じゃっよろしくっす。えーどちらさんでしたっけ？」

　普通の会社であれば採用に値しない態度で、
「加山です。どうもっ。」
「あー佳乃さんだっ。奈々ちゃんがいってたっ。」
「ほんじゃぁ色々と教えてください、色々と・・」佳乃は爆発しそうである。

　歓迎会までの短い時間にある程度の軽い業務内容を説明するが、この男は恐らく頭に入っていない。
「ってか、歓迎会なんて別にいいんですけどねっ。」

　それはこっちの台詞だっと言わんばかりの顔をするが気がついていない。
「それよか、金だけもらって佳乃さんと二人で朝までってほうが俺には、理想だなっ。」お断りである。
「あーだめか。佳乃さん子供いるんすっよねー。」
「人妻もいいんだよなーおれてきにっ。」

　小山の言葉は耳へ意図的に入らなくなり、
「子供いる割には、体系いいっすよねー。」
「歓迎会エスケープしてどうっすか、おれとっ。」もうセクハラである。

　あきれて佳乃が、
「小山君、それはセクハラよっ。今度言ったら社長に報告するよっ。」
「いいっ。」少し面食らったように小山が、
「っあ、すいませんつい言いすぎちゃいました。以後、気をつけまっす。」と口を尖らせ、静かになる。


７−２

　奈々のいない歓迎会も、同じような調子で軽いだけの会話を繰り返している。
　佳乃の会社での一言が効いたのか余り、自分の所には近寄らず、沢口や社長となにやら自身の武勇伝をどこかの元首相の孫のような口調でまくしたてている。

「俺っ大体狙った女っておとしてんっすよっ。」
「女がおれに寄ってくるんじゃなくって、おれが引き付けるみたいなぁ、そんな感じっすよ。」

　かなりな自信家かそれとも大ぼら吹きか、たかが２２才の無学な男に引き付けられる女なんて大体想像がつく。
「ってゆうか、人のものって欲しくなるじゃないっすか？」
「特に人妻って最高すっよ。」佳乃は敏感に反応し聞き耳をたてる。

「俺、いままでに何人か人妻ゲットしたんっすけど、若いだけの女より抜群なんっすよ。」
「あっちのほうが！」

　男性社員や社長まで、嘘か真かわからないような話に耳を傾けている。
　
　５０台前半で経理の大里良子が、社長に対し自嘲を促がす。
「ちょっと社長。あんまりそんな話しないでください。他のお客さんにきこえてますよっ。」
「若い子の話を真剣に聞かないの！」

「おっおう。そうだなっ、ちょっと酒入っちゃったかな。へへっ。」
　まったく威厳のない社長が小山の話を制し、勘定を店員に頼む。

　憮然とした小山が、大里をむいて舌打ちをし、（うるせー婆ぁーだっ。せっかくのってきてのによっ。）目つきだけで心が読めた。

　小山の武勇伝独演会が終わり、ようやく縁もたけなわとなったのは１１時を少し回っていた。

「おつかれさまでしたっ。」
　佳乃は軽自動車で来ている為酒を飲まなかった、駐車場にむけ歩き出し、キーレスエントリーで鍵を開ける。

　すると社長が、
「加山さん、小山君を送ってやってくれないか？彼の家、君の帰り道沿いなんだよっ。経費節減でタクシー代浮かすと思ってねっ。」
「えっ？」
　返答をするもしないも関わらず、
「よろしくっおねがいしまっすっ。」と助手席に許可もなく勝手に乗り込む小山。
「ちょっちょっと。困りますよ、社長っ・・。」
　手を合わせ、頼んだよっという素振りで他の男性社員や大里とタクシーに乗り込む。

　タクシーが出て行くと、嫌なことは早く済まそうと運転席に乗り込みエンジンを掛ける。

　助手席で先程までの軽さはなく、携帯の画面を注視し、なにやらメールを打ち込んでいる小山。
　子供や夫が気になり、アクセルをいつも以上に強く踏み、カーブもタイヤがなりそうな位のスピードでハンドルを切る。
　酒のいきおいで若い男が暴走しないとも限らない。
「そんなに急いでどうするんすっか。夜はこれからですよっ。」急に佳乃の心拍数があがる。
　それを悟られぬよう普段どおりの物腰で、
「帰って、いろいろと家事をすることがあるのよ。私はっ。」
　あまり聞いてないそぶりで、まだメールを打ち続けている。

「ふーんっ。そんなに大変なら、仕事しなきゃいいじゃんっ。」
　とどうでもよさげに言い放つ。
「・・・・あんたねぇ。目上の人に対する態度じゃないよそれは。」呆れてしまいもう説教する気もうせる。
（そりゃ、奈々ちゃん怒るわ・・こんな奴、早くやめさせなきゃ。）

　無言になり１０分ほど走り、帰る途中経路にある朝晩に通勤特急が止まる程度の大手私鉄の駅前歓楽街に差し掛かる頃、
「あっすいませんっ。そこで停めてくれますかっ。」
「俺、友達と待ち合わせしてんっすよ。そこそこっ。」と路肩を指差す。

　やっと、気分の悪くなる空間から開放される喜びからか、
「んっ。そこでいいのっ？」とやさしく声をかける。
「あっここでっ。」といい、佳乃は車を路肩に寄せハザードを点滅させる。
　と小山は勝手に車内のルームランプを点灯させる。

　小山はフロントガラスの向こうにいる、同級生を暗闇のなか街灯の下に確認すると、
「チュッ」と佳乃の不意をつき、唇に軽くキスをする。
「あんがとっ。・・・バタンッ」不意をつかれ呆然とする佳乃をよそに、友人の下に一目散に駆け出す。

　佳乃は、何が起きたかわからず小山が見えなくなると、われに返り汚された唇をポケットティッシュで力一杯拭う。
「最低っー・・・・・・。」と大声を車内で吐き散らし、アクセルを強く踏みこの場を立ち去る。

　いきつけのカウンターバーに二人で向かうアーケードの下、先程の一部始終を見た小山の同級生は、
「おい小山っ、さっきキスしてた女見たことねーけど・・だれよっ？」と興味深げに尋ねる。

　小山はその問いに当たり前のように答える。
「あーあれっ。・・この前合コンでゲットしたセフレ。佳乃っていう人妻なんだけどっ。」

　時計を見ると、四月一日午前０時を回っていた。