| ８３ 前夜 華やかなクリスマス気分の街並みとは違い、嗜好研究所７階のエレベーターホールには暗闇と牝のあらがいの声だけがあった。 全裸のまま首輪と目隠しだけを施された５ヶの備品は、落ち着き払う者、動揺を隠せない者、それぞれの感情が視線を見るまでもなく感じ取れた。 「おうおうっ・・・そろったな。高山、それぞれにわしからのクリスマスプレゼント、渡してやってくれるか。」 「はいっ・・・。」 高山は五人並んだ地蔵に供え物をするようにそれぞれの首輪のリングに、ラッピングされた箱を引っ掛けた。救命用のセントバーナードが樽をつけるように施された備品たちは、高山の手が離れるたびに、首の箱を触る。 誰一人として、その物が何なのかを問うことはなく、ある程度の予想をつけ、聞かないほうが得策であることを備品生活の中で学習していた。 「なんや、誰一人喜ばんな。・・・まぁええ、後で落札者さんと一緒に開いてもらうだけや。」 「備品２９・・・おまえ、顔色が悪いが・・・。」 「・・・べ、べつに。」 「高山、こいつは・・・ええんや。・・・薬のせいかもしれん。」 「そうですか、・・・よし、皆様おまちかねや、・・・いくぞっ。」 背の低い順番に並べられた五人は、備品２９を先頭に真ん中に佳乃を挟み、同じような年恰好の女が高山を先頭に扉をくぐる。 ざわつきのない薄暗い室内には、３０人ほどの男が居並び一人一人のテーブルには、軽食が並べられていた。 皆がライバルであり、さまざまな嗜好をもった会員であることから、会話はなくただただ、お目当ての払い下げ備品の登場を待ちわびていた。 「嗜好会員のみなさま、お待たせをいたしました。これより５ヶの払い下げ備品の落札者様を発表させていただきます。」 「・・・・。」 高山の登場も口上も、大きな反応を見せることなく物静かにその先を見守っている。高山が壇上に上がると目録を開き、さっと目を通した。 「えぇ、まず最初に備品２９・・・本名、西野奈々・・・年齢２２歳。・・・独身、堕胎回数２。」 「えっ・・・奈々ちゃん。・・・・うそっ・・・なんでっ。」 舞台袖にいた佳乃は、スピーカーから漏れる高山の声に、いままでの落ち着きを忘れ、視界の遮られている目線を、中でキョロキョロさせる。横で佳乃の様子を見ている大島は、その動揺を端から察し、佳乃の耳傍で囁いた。 「そうや、お前の同僚の西野奈々・・・この半年で、２回ほど堕胎させられてんねん。・・・こさえては、流し、こさえては、流し。・・・お前と違ってよう孕む。」 「・・・なんで・・・なんで。」 「いまさら心配してどうする。・・・もう、売却先は決まっておる。・・・さぁ聞いていろっ。」 佳乃の首を高山の声のするほうへ強引に向けると、目隠しの隙間から懺悔の涙が零れ落ちる。 「落札者様は・・・桜天館医科大学・・・田中研究所所長・・・田中積さま・・・落札金額は、１６６０万円です。」 「結構、安く済みました。・・・では、高山支配人、お確かめを。」 壇上に上がる田中は、大学の紙袋の中から用意していた札束を渡すと、奈々の首からぶら下がる鎖を手にした。 「田中さま・・・目隠しをおとりください。・・・そして、首にぶら下がるクリスマスプレゼントを、払い下げ備品にお渡しください。」 「・・・。」 田中は、奈々の目隠しを取ると涙に濡れた目を覗く。視線をそらした奈々に向け紙包みを解き、それを見せ付ける。 「手紙だっ・・・何々・・・ｄｅａｒ近藤さん・・・初めてお目にかかったときから・・・奈々は、近藤さんのことを・・意識してしまって・・・。」 「いやっ・・・そんなの・・・読まないでぇぇぇ。」 「ほぉ・・・これは、君の書いたラブレターかい。・・・近藤という男、今頃さぞかし悔しがってるだろうねぇ。」 「・・・やめてっ・・・。」 「田中さま・・・実は、その近藤という男・・・この備品２９を嵌めた張本人でして・・・。」 奈々も知らされぬ事実を女として生きる最後の場で告げられ、近藤との再会を夢に見ていた自分の情けなさを悟り、膝から崩れ落ちた。 「うぅぅぅ・・・・うぅぅぅぅ。」 「ハハハハッ・・・地獄へ落とした男を今の今まで、白馬の王子さまだと念じ続けていたようです。・・・なんと惨めで・・・・なんと愚かな。」 「うわぁぁぁぁぁっ。」 大きく泣き喚く奈々の首筋にリモコンを当てた高山は、赤いボタンを押し、体をビクつかせた奈々は、その場に崩れ去った。 「田中先生・・・この備品２９にはいかなるご処置を・・・。」 前面に座る初老の男は、躊躇いも恥じらいもなく問いかける。 「えぇ・・・性病新薬の投薬研究・・・その後は、遺伝子操作を行った受精卵の着床から分裂の進み具合を見届け・・・その先は生体解剖。・・・そんなところですか。」 「ほぉ、すばらしい・・・一度、研究所を訪れても・・・。わしも医師の端くれ・・・ぜひとも。」 「・・・そうですね、あなた様の落札した備品とご一緒に研究できたら・・・。」 「けっこうけっこう。」 名刺を渡す老医師は、腰を曲げながら田中に深々と礼をする。田中も名刺の名を読むと、通じる物を感じ同じく礼をした。 「えぇ・・田中さま・・・研修室１をご用意しております。・・・そちらのほうへ。」 「ありがとう・・・では、失礼をいたします。」 首輪から垂れ下がる鎖を巻き取り、奈々を肩に担いだ三治は、研究所の物でなくなった備品をこれまでと違い丁寧に運んでいった。佳乃の塞がれた視線は、ジャラジャラと音を立てる鎖を感じ取り、奈々のこれからを悔やんでいた。 「えぇ・・・続きまして、備品３１・・・。」 ７階が引渡しの金で重くなり始めた頃。地下駐車場は、払い下げ備品の最後の配送を待つ車を準備していた。 「・・・上さん・・・あんたは・・・備品２６・・・だな。」 「は、はい。・・・どなたが？」 「いや、知らんよ。・・・大島部長いわく・・・億の金になるかもと言ってたなぁ。」 「へぇ・・・わし、車で待機します。」 「おぅ・・・無線で呼ぶから・・・ＯＮにしといてくれ。」 「・・・。」 無言で駐車位置を移動すると上山の脳裏に７階で行われる地獄の宴を想像した。 「・・・おれ、何やってんのかなぁ・・・正義のヒーロー・・・なれねぇもんなぁ。」 「ガチャ・・・・・なれるわよっ。」 「桧山さん・・・どうしたんですか。」 「上山さん・・・話があるの・・・。」 「なんの・・・。」 「正義のヒーローになりたいんでしょ。」 助手席からメモを渡したあずさは、上山の動揺を感じとるが有無を言わさぬ顔つきで、上山の承諾をせまる。 「こんなこと・・・できるのか。」 「あなた・・・佳乃のこと・・・気遣ってたじゃない。」 「・・・。」 「なるのよ、正義のヒーローに。」 ギュッと握り締めた上山のごつごつしたこぶしは、男の熱い血を滾らせ、あずさへの忠誠をここで誓った。 |
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| 2011.3.2掲載 |
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