| ８６ 終章 春の訪れと冬との別れを感じる陽だまりの中。病室に差す日の光は、闇に埋もれていた者への祝福のように感じる。 全ての終わりが過ぎさり、新たな物が生まれないその時、隙間に入り込む手段を持つものが現れる。 「コンコンッ。」 「どうぞっ・・・あっ。」 「こんにちは・・・近くに寄ったので・・・お邪魔だったら・・・帰りますけど。」 「いいえ・・・どうぞ、お掛けください。」 「では・・・。」 腰をかけた女は、看病するものに気を配り、小さな包みを手渡す。リボンに包まれた包装は、女の別の顔を感じさせる。 「す、すいません。・・・友佳が喜びます。」 「・・・友之さんのお加減は・・・？」 「えぇ・・・まだ、眠ったままで・・・先生も・・・手を尽くしては下さっているのですけど。」 「そう、・・・私達も出来るだけのことは、させて頂くから・・・なんでも、言ってね。・・遠慮はダメよ。」 おどけた物言いでその場に和みをもたらそうとする女。和みを貰った側は、少し笑みを漏らすと、この先の行く末を吐露する。 「・・・ひ、桧山さん・・・わたし。」 「何、・・・？」 「いえっ・・・・ちょっと。」 「・・・心配事・・・それとも。」 「ほ、本当に・・・全てのものが・・・・終わったんですか。・・・本当に。」 「うん・・・終わったのよ。・・・本当に。」 「・・・そ、そうですか。」 伏せ目がちで納得する佳乃の顔は、あの時の強張りは失せ、徐々に素の加山佳乃に戻り始めていることがあずさにはわかった。 「友之さん、佳乃さん・・・本当に申し訳なかったわ。・・・あの時のこと、包み隠さず聞いてくれる時がきたら・・・。」 「桧山さん・・・私、あなたを責めるつもりは・・・ないんです。あなたの職務・・・つらい日々は理解しているつもりです。だから・・・そのことは・・・もう。」 「聞いて、・・・あの時のお薬は・・・ただの睡眠薬・・そのあとのことは・・・私にも。」 「・・・。」 「ごめんなさい・・・何を言っても言い逃れになってしまう。・・・でも、これだけは信じて・・・あなたを、救う一身は・・・偽りのない・・・私の。」 「うん、・・・わかっています・・・あ、あずささんの・・・気持ちは・・・理解している。でも、・・・それを思うと・・・また・・・。」 「・・・そうね・・・忘れてしまう・・・そのほうが・・・いいのかも。」 「で、でも・・・今の私には・・・心を支える物が・・・無くなってしまったんです。」 友之を見つめる佳乃には、力の抜けた言葉と共に虚ろげな表情だけが残っている。その、佳乃の表情を一変させるように友佳の声が、病室に響き渡る。 「ママァ・・・この人だれぇ・・・お友達？」 「う、うん。・・・ママのお友達。」 「こんにちは・・・。」 「こんにちはぁぁ・・・パパのことも知ってるの？」 「うん、知ってるよ。・・・パパ、早く良くなるといいね。」 「・・・。パパが起きないと・・・ママが・・・夜中にお風呂でカエルさんになっちゃうからねぇ。」 「・・・えっ。」 友佳の戯言を聞き流すようにした佳乃の動揺を察したあずさ。友佳を遠ざけるように母を呼びよせ、二人は病室を後にする。 人の通りの少ない廊下を抜け、エレベーターホールに差し掛かるその時、佳乃の口から動揺を隠すように話しかける。 「と、友佳に・・・見られてたんです。・・・あの時の・・・こと。」 「小さい子は、すぐに忘れるわ・・・気にしないで・・・夢でも見てた・・・それで。」 「夢では・・・片付けられないことも・・・わ、わたし・・・い、いまでも。」 「精神科の・・・カウンセリング・・・そちらも手配するわ。」 「ち、違うんです。・・・」 「佳、佳乃さん。」 「あ、あずさ・・おねぇさま・・・・わ、わたし。」 人目のないことを確かめるあずさは、佳乃の体を抱きしめ、いまだ残る嗜好研修の後遺症を確かめる。 「佳乃さん・・・人目があるわ。」 「ご、ごめんなさい。・・・わ、わたし・・・どうしていいのか・・・。」 「急な変化は、体に悪いわ・・・私も協力を惜しまないから。」 「ピンポーン」 抱きついた佳乃の体を離すと、それと同時か遅いか、エレベーターの扉が開いた。その箱に乗っている人物にあずさは、敬礼をする。 「・・・。」 佳乃は、一目見たその男が、あずさの上司であることは理解できた。敬礼を終えたあずさは、佳乃の方を振り向くと、男の紹介を始める。 「佳乃さん・・・この方は、私の直属の上司・・・小池晃・・・警視長。」 「はじめまして・・・警察庁・・・密命捜査本部、本部長の小池と申します。」 「・・は、はじめまして・・・。」 「加山佳乃さん・・・ここでは・・・なんですから・・・下に車を用意しております。・・・その中で今後のお話を・・・。」 「え、？」 「桧山警部補・・・まだ、お伝えしていないのかい？」 「えぇ・・・警視長が・・・こんなに早くお見えになるとは・・・。」 「すいません・・・色々と手続きがございます・・・お時間は取らせません。・・・よろしいでしょうか？」 「は、はい・・・では・・・。」 先に乗った小池をあずさと佳乃は追い、エレベーターの扉は躊躇なく閉じられる。 降下を始めたエレベーターの中、小池が握るリモコンは備品２６を認識し、電源のランプが交互に点滅するのを見つめると大きく息を吸い、佳乃をこれまでと違うミツバチの巣に呼び戻そうとする。 |
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| 2011.4.3掲載 |
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