７．

　一人の人妻が、不倫という禁断の恋から他の男性の子を宿し、家族も知らない場所でもうすぐ出産を迎えている。
　超えてはいけない所を超えてしまった母の紛れもない強烈な現実に、もう取り返しのつかない大変な事になってしまったという事と、母の不倫が、恋愛と快楽が密接に結びついた成熟した大人の関係として、燃える様に愛し合い、そして妊娠し、今出産を迎え、激しく輝きながら夫以外の男性と永遠に一つになっていく母の姿と、一度は気付きかけたものの、母の意図により、結局家族には気づかれず、まるでガラス越しから出産を見届ける事となった自分とが、複雑に交錯し、幸せな家庭や夫と子があっても、他の男性に恋をし、当然セックスも妊娠も、そして産む事も出来てしまう女性本来持っている業の深さを、痛切に感じさる得ませんでした。
　そんな母の不倫出産という強烈な現実を前に、しばし時間の感覚を忘れていました。

　再び目を覚ますかの様に画面に目を向けると、三脚ごとビデオカメラが移動した様で、画面の目の前には、グレーの手術用の服を身に纏い、おそらく脈か血圧を計る為か腕に電極の様な物が取り付けられ、更に脚を大きく広げさせられ、陰部に白いタオルを掛けられた母を、ズームやブレたりする事なく淡々と正面から捉えていました。そして既に編集されているらしく、所々カットされているのが分かりました。
　もう既に母は陣痛が始まり、痛みが強くなっているのか、額には大粒の汗を浮かべ、その表情からも伝わってきました。そして母の顔にはうっすらと化粧がされているのに気付きました。以前はあまり化粧などする事のなかった母が、この様な時でも先生の前では、化粧を欠かさない母のオンナの深さが感じられました。
　先程いたリーダー格の看護婦がいつの間にかいなくなり、初老の医師と先程の若い二十代前半の看護婦二人だけとなり、三人とも先程の白衣から、完全に手術用のグレーの服と帽子に身を包み、若い看護婦の一人が近くの棚に重ねてあったタオルを持って、母の顔を優しくそっと拭き、更に母の体を拭くのか、母の着ている服の両脇の紐をほどきました。　服をほどかれ、露わになった母の体は、改めて今の母の現実を呼び覚ますものでした。今までの母からはとても想像出来ない、明らかに出産を迎えた女の体でした。

　服ごしから見るより、想像以上に腹部は大きく、今まで不倫で交際した男性達によって愛され、若い時より大きくなった胸は、釣り鐘の様に膨張し血管まで浮き出て、既に母の体が新たに母親となる体として、母乳を蓄えているのが分かりました。そして大きく隆起した乳首は、刺激を与えれば今にもミルクがほとばしるようでした。
　そんな母の体は、痛みから来る脂汗が服の中で蒸れ、まるで水を被った様に汗が肌を覆い、照明からの反射で、大きくなった胸や腹部の凹凸を強調するかの様に、より一層鮮やかに浮かび上がらせていました。
　露わになった母の体を若い看護婦は、慎重に表側を拭き、今度は背中に手をまわし上半身を丁寧にタオルで拭いていきました。

　小学生の頃に覚えているスレンダーで胸はむしろ小さかった母の体は、不倫と言う名の人生の甘い罠から、幾つかの男達の手を経て、最愛の先生の手によって、以前とは別人の様な大人のオンナの体に生まれ変わり、大きくなった胸は、妊娠を経て更に一回り大きくなり、そしてお腹の中には、夫ではなく先生の種がしっかりと根付き、すくすくと育ち、今や出産マシーンとでも言えるかのような体になり、静かにその時を待っている。
　想像もしない変化を遂げた母の体からは、僕が思っていた一般的な妊婦のイメージは感じられませんでした。傍らにいるまだ２０代の看護婦達が同じ女性とは思えぬ程出産を迎えた母の体は、以前よりも増して女として花開く様に、３８歳の人妻には過剰とも言える程ヤラしくも淫靡に感じました。おそらく誰が見ても３８歳という年齢で、不倫出産を迎えた一人の人妻の愛欲にまみれた性歴を、体全体から感じ取れるでしょう。
　そして上半身を丁寧に拭きあげたその若い看護婦は、ついに陰部を隠すように掛けてあったタオルを取りました。

　父とのセックスより、はるかに不倫で交際した男性達に愛され歓びを与え、受け入れた回数の方が多いであろう母の大事な部分は、綺麗にパイパンに手入れされ、そして真っ赤に充血し、出産を迎えているのがはっきりと分かりました。そしてその奥には夫である父ではなく、先生という彼氏である男性と愛し合いそしてお互いの遺伝子を受け継いだ新たな生命が、しっかりと母の子宮の中に収まっている。
　今まで妻として、夫である父しか妊娠を許す事のなかった母は、不倫で交際した幾人かの男性と交わり愛されながらも、家庭の事を思い、当然なんらかの避妊をしていたのでしょう。
　女盛りを迎えた出産経験もある、不倫を通して成熟し安産型のまるで男の性欲を刺激しているようなデカ尻に発達した人妻の体に、男の精が注ぎ込まれたら、すぐに妊娠してしまうのは誰の目にも明らかです。
　そんな不倫という大人の恋愛の末に、最愛の恋人に出会った母は、激しく交わり、セックスに対して絶えず受け身である女の体に、しっかりと男を受け入れ刻まれたら、たとえ夫がいても他の男性に情が湧いてくるのは、例え家庭や夫があっても女性として当然の事でしょう。やがて一つの不倫が愛へと変わり、ついに母は身も心も彼氏に捧げ、そんな母は先生とすぐに夫婦以上に心と体が結ばれた関係になるのは時間の問題だったでしょう。
　既にそのような深い関係になり、子のいない先生にとっても、夫が単身赴任で、まだまだ出産出来る年齢でありながらもう産む予定のない、いわば持て余したそんな母の体を目の前にしたら・・・当然そう思うのは仕方のない事でしょう。
母にとっても子のいない彼氏の為に、遺伝子を残してあげたいと思うのは、やはり女性の本能のとして至極自然の事かも知れません。
　そして母の性格から言って家庭の事や世間の事、将来の事など真剣に思い悩んだでしょう。しかし僕も父も母として妻として必要としている様に、一方で先生も母と出会ってから、個展の回数が増え画家として開花しようとしている。母もこれまでになくいきいきと女として輝き、お互いを必要とし、夫婦以上に結ばれた関係なっている事は、息子の僕の目から見てもはっきりと分かりました。
　悩んだ末に、母は初めて夫婦の誓いを破り、妻や母という立場から一人の女として、最愛の男性を何も妨げる事なくそのままに受け入れ、子宮の奥深くにしっかりと精を注ぎ込まれ、子宮全体で受け止めたそんな母の体は、初めて夫以外の男性と受精を遂げたのでしょう。

　先程より母の呼吸が少し早く深くなってきました。
　若い看護婦は、陰部そして脚や腰など母の体全体を隅々まで丹念に拭きあげ、出産が近づいているのを知ってか、服の両脇の紐を先程より緩めに結び、もう陰部にバスタオルはかけませんでした。
　当然母と先生は、久々に今週単身赴任先から本社に二週間ほど出張しに、家に帰って来る父の事を考えて、この日を病院と前もって決めていたのでしょう。流石にその頃には既に９ヶ月を超えてくる母の体では、もう妊娠を隠すのは困難ですし、久々に帰ってくる父に顔を会わせない訳にもいかないでしょう。ましてや一緒にベッドで寝る父と母は、父が母の異変に気付かないはずがないでしょう。そして営みとなったら・・・。
　今思うと結局９ヵ月目という出産しても母子共に問題無い時期と、父が帰って来る前という事が重なって、この時期に出産日を決め、陣痛促進剤などで人工的に陣痛を起こさせて出産を促していたでしょう。

　次第に母の陣痛の感覚が短くなり、だいぶ呼吸が荒く早くなってきているのが分かりました。そんな母の出産が近づいているのを知ってか、部屋を出入りしていた初老の医師が、母の体とモニターを見比べるようにじっと見つめ、そんな状態がしばらく続いた時、突然母の部分から、まるで圧力がかかったように、うっすらとピンク色をした液体が噴き出し、そのまま分娩台の真下の床に敷いてあった薄いブルーのマットにまでかかりました。そんな液体にまみれながらも母の大事な部分は、ヒクヒクとかすかに動いているのが分かりました。
　破水でした。分娩室には緊張が走り、それまで沈黙を守っていた先生が、破水した母の部分を見ながら、急にはっきりした声で看護婦達に指示を飛ばし始めました。
　まだ看護婦になって日が浅いと思っていた看護婦達は、以外にも非常にきびきびと動き、それと同時に母の様子も定期的に来ていた陣痛が絶えず襲ってくるのか、母の体は左右に揺らし、次第に苦しそうなうめき声へと変わり始め、もう出産がそこまできているのが、僕からでもはっきりと分かりました。　
　そんな母を見ていると、自然とこれまでの母の事が走馬灯の様に思い出されました。
　よくトレーナーに細めのジーパンとスニーカーを履き、一緒に自転車で近くのスーパーに買い物に行っていた不倫する以前の母。
　結婚後初めての仕事に勤め始め、ある時急にスリットの入ったタイトスカートに薄い黒のストッキングを身に着けハイヒールを履くようになった母。
　そして、学校から帰って来た時ベッドで熟睡していた情事後の母。
　ソバージュがかった髪型に、むっちりとしてきたお尻に食い込んだブルマ姿で、ママさんバレーに参加した後、男性の車で夜遅く帰ってきた母。
　僕が初めて見た母と父以外の男性のセックスである、先生と激しく後ろから突かれ、自らも腰を動かしている母・・・。
　そして先生との情熱的な交わりが終わった後、もう出産する事のなかった母に対し、先生が言った「子宮があいている」と言葉の通りになった母が今、目の前にいる。

　明らかに体を大きく揺すりながら両手で看護婦の腕にしがみつき、叫びにも似たうめき声が部屋全体に響くまでになり、もう母の顔からは既に女の表情は消え、新しく母となる顔に変わっていました。やがて母の部分が少しずつ大きく開き、はっきりと新たな生命が出てきているのが分かりました。
　今まさに母の体から、新たな生命が産まれようとする中、恍惚としたものを感じました。本来なら夫の子を宿した妻が出産するというごく当たり前で神秘に満ちた行為が、エロスに満ちたものに感じられました。幸せな家庭や夫も子もありながら、他の男性の子を宿したそんな３８歳の一人の人妻が、家族に知られずに、１７年ぶりの二人目の出産を迎えている。そんな禁断の出産を迎えた母を、初老の医師と、おそらく結婚も出産も経験した事も無い２０代前半のまだあどけなさが残る若い二人の看護婦が、一緒に独特の呼吸をしながら励ましながら、母の出産を支えている。当然医療従事者として患者である母が既婚で、しかも宿している子の父は夫ではない事は知っているのでしょう。
　そんな母は、看護婦達に対して、まるで身を持って一人の女の生き方を示しているようにさえ見えました。しかしながら結婚適齢期を迎えても、結婚も出産しない若い看護婦の前で、３８歳になった人妻が、子供のいない不倫相手の為に出産を行っている。何か複雑な気持ちと同時に、今考えると皮肉にも少子化という社会問題を垣間見た様な気がします。

　そして画面には僕が一生忘れる事が出来ない場面が映っていました。
　初老の医師と看護婦達と見守る中、そして最愛の先生の手を握り締め、母は最後の力を振り絞りだしました。そして間も無くして、僕が産まれて来たところから、新たな生命が産まれました。
　それは母と先生の不倫関係が、出産という一生形として残るものとして成就し、母という一人の女を中心に二人の男性の妻として二つの家庭の母となった事でもありました。
それと同時にもう以前の母には、完全に戻れなくなってしまった事でもありました。
　その時の僕は、ただ呆然と頭の中が白に埋め尽くされる様な感覚と全身からの脱力感で、約十年近く経った今でもその時の心情は、何と表現していいか分かりません。ただふとその場面を思い出す度に、僕の中では何気ない主婦であった母が、母や妻という一種の純潔であるべき存在を越え、ついには他の男性と永遠に結ばれていく。そんなオンナを貫いた生き方に対して何とも言えないエロスを感じます。

　僕がようやく落ち着きを取り戻し、時計を見たら１１時半を少し回った頃でした。約２時間の間に二つのビデオを見ていた事に驚き、まるで一日中見ていたような感覚を覚えました。そしてこの日は僕にとって一生忘れられない日として、それと同時に誰にも言えない家族の秘密を知ってしまった日でもありました。

　僕も父も知らないうちに、母が不倫相手の子を産んでしまったという現実を前に、未だなんとも言えない脱力感が抜けないまま、とにかく早く先生の家から出ようとビデオを巻き戻して元に戻し、部屋の中を何事も無かったように後片付けをしました。
　昼過ぎには戻ってくる母と先生、そして僕と同じ母から産まれ父親が違う赤ちゃんをおそらく病院かどこか施設に預け、家に連れて帰ってくるのは分かっていました。もちろん僕は母の隠し子である赤ちゃんを見る程気持ちの整理がついてあるはずもなく、ましてや母が、僕が母の不倫出産を知っていると知れたら、今までの母と子いう関係がなくなってしまうような感覚と、もちろん父に知れた場合僕と母と父の家庭が崩壊するのは分かりきっている事でした。
　そんな僕はテーブルの上に置いてあった千円も忘れたまま、そんな女の事などまるで無かった様に、ひっそりと建ち尽くしている先生の家をすぐに後にしました。

　家に帰る途中、電車の中で、流れ行く外の景色をただぼんやりと眺めていた時、不意に僕にとって唯一の母であったのが、最早自分だけの母ではない事に気付かされました。
　そして次第に僕の脳裏には、僕と父の目の前で、妻や母としての使命を終え、体全体を柔らかな光に覆われ全裸になった母が、家庭に戻る事なく、新しい夫と子供が待つ家庭の妻として母として生まれ変わる様に、優しくも神々しく輝く光の中へ向かってゆっくりと歩いて行く、そんな母を前に体が動けず、止める事も声を出す事もできないまま、ただじっと一歩ずつ歩いていく母の後姿を見つめている。その姿は徐々に小さくなり、やがて母は光の中へ溶け合うように包み込まれ、そして一段と眩い光を放ちながらひとつの光となっていく姿が浮かびました。そんな母がエロスと何か神聖なものさえ感じつつも、もう僕の目の前から母は、少しずつ他人へとなっていく様な、寂寥感が僕の心の隙間を駆け抜けていきました。