物憂い虚脱感で目を開くのも億劫であった。恥辱にまみれた精神と肉体は、まだかすかに震えていた。そのくせこの恥知らずな虚脱感と疲労感は、恭子の体と神経の全体に不思議な充足感をもたらせていた。
「ああ……」
　息をつくと、自然に涙が溢れてきた。
「卑怯もの！」
　うっすらと目を開くと、恭子はまっすぐに目の上の男をみて呟いた。男は恭子に重なったままである。
「いやあ、まいった、まいった……」
　男は恭子の項に唇を這わせながら、
「……すごいオ×コや！」
　ニヤリと笑って片目をつむった。
「好きやなあ、あんたも……。ビックリもんや！　とんだ不感症や」
　瞼の上にそっと唇を添え、
「あの気のやりよう！　……本気でその気になってはったわ」
　羞恥で全身が火照った。
「やめて！」
　唇を噛んだ。
「びっくりしたな、もう。しかし、ええ道具や。ほんとエエ道具つけてはる。千人に、いや一万人にひとりの名器や。……流石の私も三こすり半。入れただけで、三回もこすらんうちに出てしもたがな」
　恭子の内部にはまだ男があった。男は内部の男を揺すって淫らな笑い方をした。
　耳を塞ぎたかった。
「やめて！」
　構わず、男は言った。
「しかし道具も道具やが、イクときの奥さんの顔、素晴らしいたらなかったわ！　ほんと、神々しいくらい美しい」
　軽く唇に唇をかさねた。
「なんちゅうか、こう、恨めしそうな、訴えるような、祈るような、すがるような……。イクとき、いつもあんな顔、しはるの？」
「いや！」
　不意にまた涙が溢れた。
「……確かめるような、戸惑うような、……そのくせなげやりで、デスペレートで。もう、どうでもしてくれというせっぱつまったあの顔！　まさに恍惚の女神の表情や！　どんなセクシーな女優だってあの顔はできん。天使が昇天するときだって奥さんの顔には勝てまへんやろ」
「お願い、やめて」
　唇を噛んだ。
「……消え入りそうな声ですすり歔いて、悩ましげにゆるゆると腰を使って、あんなエエ顔して悶えて、最後にイクイク、イクイクってしがみつかれたら、男たるもの出さずにはおれんわ」
　さらに固く唇を噛んで、目を閉じた。意地悪く男は嵩に懸って言った。
「こうなったら、もうやけくそや！　今夜は、奥さんをイカしてイカしてイカしまくりまっせ！」
　恭子は小さく首を左右に振ってイヤイヤをした。内部に、また、何かおぞましいものがうねってくるのを拒む気力は、いまや完全に失せていた。
「ほうれ、見てみ。また、逞しくなってきましたやろ、ワイの倅」
　男が腰を揺すった。変に生温くて捉えどころのない、粘液のような形のないものが内部の層というあらゆる層を、ゆるやかに、そして柔らかく圧迫していく。
「いまのはほんの小手調べや。これからが本番だっせ」
　男はまた腰を捻った。
「ああもう。……お願い、やめて」
「抜かず三発ちゅうやっちゃ。あと二発、休憩なしで奥さんをイカせたげまっさ」
「も、もう堪忍……」
「好きなくせして……。よかったンやろ」
「お願い、もう……」
　構わず男は腰を揺すった。
「ああ、もう……だめ！　ね、や、やめて、ね、お願い！」
　恭子は目を開き、正面から眞上の男の顔を見据え、激しく首を振り、そして頑なに言った。
「わしは承知しても、倅が承知センがな」　
　いいながら男は恭子を見て、それでも運動を停止した。
「どうしたんや……」
　恭子は黙って首を左右にふった。
「ほんと、どうしたの？」
「ほどいて、縄。痛いの……。手も足も痛くて…」
　男は笑った。
「ほどいたら、また、させてくれまっか」
「…………」
「よっしゃ、ほな、ほどいたげましょ」
　不意に悪戯を思い付いた子供のようにいそいそと言った。
「……だけど、その前に『私をもういっぺんイカせて……』って言ってくれると嬉しいんやが……」
「…………」
「なんや、あきまへんか。ほな、抜かず三発や」
　男は身構えた。
「ま、まって」
　恭子は目を閉じて息を吸った。
「ほな、言う……な」
「…………」
「言ってくれますな」
「…………」
「どうやねん、言わんと……このまま、続けまっせ」
「…………」
「さあ、奥さん！」
　唇を噛んだ。
「言う……わ」
　覚悟した。
「ほんとやね。言うね」
　男は身構えた。
「はい、言います」
　恭子は再び大きく息を吸った。
「さ、早く。早くや！」
「…………」
「さあ……」
「……私を」
　眼前の男の目の底を覗きこんだ。
「……私を、も、もう、いっぺん」
　絶句した。
「どうしたんや……。急に唖になったんかいな」
　男が腰を捻った。
　意を決した。
「も、もう　いっぺん、イカセて……」
　投げ出すような言い方で言った。
「なんや、言えるやないか。……しかしもっと感情を込めてや。身を揉んでな、ねだるようにな、甘えるようにいうんや。さあ、もういっぺん」
「もう堪忍……」
「あかん！」
　恭子は縋るように、男を含んだままの下腹部を少し捻った。捻りながら、ふと、自分で自分を辱めることに、自虐的な快感を感じている自分を意識していた。
　舌の先端で唇をちらりと湿した。
「私を、もう　いっぺん……」
　祈るような表情であった。
「私を、もう　いっぺんイ・カ・せ・て・下さい」
　消え入るように言った。眼前に狼狽するような男の目があった。挑戦するように恭子はその男の目を正面から捉えた。
「もう一度私をイカせて下さい」
　澄んだ声でもう一度言った。言ってゾクリと全身を震わせた。
「うわあ、やめて、奥さん！　……そんな可愛い顔して、そんなエッチなこといわれたら、倅のやつ奮いたってしもてからに、制御でけへんがな……」
　男は、驚きをごまかすように派手な言い方をした。
「……ああ、こうなったら、もう、やけくそや。いいついでに『わたしのイキたてのオ×コ、見て』っていうんや」
「…………」
「さあ、言うんや」
「…………」
「さあ。奥さん、……言わんとこうやで！」
　……もういいと思った。もう、いい。
「わ、わたしの、あ、あそこ、見て」
「うそつけ、誰がそんなこといえといった！　……イキたての、やろ」
「イ、イキたての……」
「そう」
「イキたての、……わたしの」
「そうそう。……縄をほどいたげまっせ」
「オ×コ……」
　涙が溢れた。
「わたしのオ×コ……」
　もういい！　もういいのよ。恭子！
「わたしのイ、イキたての、オメコ…、見て、見て下さい」
　男がうっと唸った。
「ああ、この奥さん、こんな可憐な顔をして、な、な、なんという破廉恥なことをいうんやろ。ああ、た、たまらん、たまらんわ！」
　ぶるぶると男は全身を震わした。
「見て下さい」
　目を閉じ、唇を噛んで言った。
「おう、おう、み、見るがな、見るがな　見せてもらいまっせ！」
　目を開き男の目をみた。
「見て、見て」
「……な、なんて嬉しいこといってくれるんやろ、この奥さん！」
　 男は魅かれたように激しく恭子の唇を吸った。吸われるままに吸わしていた。
「……見たげまっせ、見たげまっせ。じっくり拝ませてもらいま。南無、観是音菩薩さんのイキたてのオ×ンコ……」
　再び男はウッと唸ると、両手で全身を支えるようにして身を引いた。後退していく男の動きに合わせるようにして恭子がうねった。うねりながら「ううっ」と思わず臀部を揺るがせていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、待ちいな奥さん。あかん、あかん、そんに締めつけたら。……抜けやせんがな」
　男は笑った。
「すけべ！　この菩薩さん、×ンポコくわえて離しよらん」
　全身が羞恥でかーっと染まった。三度、男はうっと唸ると構わず膝を起こした。恭子は再び身を捻った。捻らずにはおれなかった。「ううう」とまた呻いて唇を噛んだ。男はそれから、無様な姿勢で腰を引くと、ひどくのろのろと恭子から離れた。それから自分の一物にそろりと両手を添え、
「そうれ、奥さん、これが貞淑な人妻を狂わせた憎い倅や」
　いいながら、ゆっくりとその一物を恭子の眼前へ移動させた。不気味な肉塊がちらり目の隅をよぎるよりも早く、瞬間、恭子は咄嗟に目を閉じていた。しかし、それでもその閉じた目の底に、静止画像のように生き生きと鮮やかに、そのグロテスクで醜い生き物のうごめきが焼きついていた。息をのむ巨きさであった。
「すごい、見てごらん。こいつ、奥さんの淫液と、おれのザーメンでずるずるや。湯気がたってる。このいきり方、どうや。さあ、見て見て、まだまだやり足らんいうて、反り返ってる」
　恭子はさらに堅く目を閉じてイヤイヤをした。瞼の底に不気味な生き物がモソモソとうごめいていた。
「さあ、見るんや、奥さん！」
　男は恭子の形のいい鼻をつまんだ。
「さあ、目を開けんと、こいつを奥さんの、その可愛いお口にぶち込みまっせ！」
　それでも頑なに目を閉じていた。と、奇妙な生温さがトントンと鈍重に鼻梁の先端をくくすぐっていった。プーンと蒸れた枯草の匂いが鼻をついた。
「いずれ、おしゃぶりしていただくことになるんや、こいつ……」