不意に枕頭の携帯電話がなった。恭子と男は顔を見合わせた。深夜の一時を回っている。
　暫く、二人とも無言で携帯を眺めていた。ららら、ららら、らららら……。深夜にラ・カンパネラの音楽がことさら大きく響く。男が電話機と恭子を交互に見、ちょっと顎をしゃくった。恭子はしかたなく腰を捻り、上半身を反らして枕頭の携帯電話をとった。
「恭子……」
　夫の声だった。
「あなた……」
　何故か意外な気がしなかった。当然連絡のある気がしていた。敢えて言えばこんな時間に、というのが意外といえば意外であったが。夫は暫く黙っていた。恭子も口をつぐんでいた。
「多々良、そっちへいったか？」
　やがて夫がいった。
「多々良さん？」
「そっちだと思ったんだが……」
「あなたがここにくるようにって鍵を預けたお人？　へえ、多々良さんとおっしゃるのこのお方？　その方ならいまわたしの目の前にいらっしてよ」
「すまない……」
　夫は小さい声でいった。
「そっちが気になって気になって。眠れないんだ」
　不意に怒りがこみ上げてきた。
「バカにしないで！」
「申訳ない。君には……君には本当にすまないと思っている！」
「あなたのしてること、どんなことか、分かってらっしゃるの！」
　余程電話を切ろうかと思った。
「すまん……」
「ひとをこんなに辱めておいて、いまさら、すむもすまないもないわ」
　思いっきり復讐してやろうと思った。
「すべてが済んだら、やり直して欲しいんだ……」
「うふ。よくもまあ、そんな勝手なこといえるわね」
「どうにかしてたんだ。……もう一度、もう一度、君とやり直したい」
「勝手なおっしゃり方。……でも、もうダメだわ。わたしのこのからだ、二度とあなたにはなじまないわ。そうなっちゃったの、たったいま。……多々良さんとおっしゃるのね、このお人。名前も知らなかった！　でも、この方とだけしか、わたしの身体、なじめないの。いま、分かったのよ、それが」　
　男を見た。男は裸のまま知らん顔をして煙草を吹かしていた。中央は屹立したままである。
「たったいま、最初の、終ったところ。これから二度目の、するの。いま、その用意してるとこころ」
「よ、用意？　な、何の用意だ、え、恭子。いま、な、何をしてるんだ」
「お見せしてるの。あそこ、多々良さんに」
「わっ！　や、やめてくれ！」
「あなたにはお分かりいただけなくって気の毒したけど、わたしのって、希に見る名器なんですって。お分かりね、名器って。……形も構造も、色も匂いも、それに感度だって申し分ないんですって。付いてる場所も最高だそうなの。……それに、わたしって、コールガールよりずっとずっと淫らでいやらしい腰の動かし方するんですって！　……そんなこと、ちっとも知らなかったでしょ、あなた？」
「お願いだ、恭子！」
「だって、あなたが頼んだんじゃじゃない？　縋がりついて頼んだんでしょ。この方に、わたしを犯せって。……鍵まで預けて」
「ああ。やめてくれ、もう！」
「そうはいかないわ。……ねね、聞いて。いまね、わたし、この方に始末してくださいっておねだりしてるとこ。だって、ここ……わたしのここ、わたしのとこの方のでズルズル。そこらじゅうもうどうしようもないくらい濡れているの！　だから、拭いてちょうだいってお願いしてるとこ。こんなに濡れてちゃ、次の、できないでしょ」
「お願いだ、恭子！」
「……多々良さんの拭き方って優しくて上手よ！　あなたなんかと大違い！　親切に拭かれながら、ここ、多々良さんにじっと見つめられたらゾクゾクしちゃう。……ああ、わたし、また、その気になっちゃった。もう、あなたなんかととお喋りしてられないわ。じゃあね。電話、切るわよ。さよなら、あなた！」
　一方的に電話を切った。
「やるね、奥さん」
　と男がいった。
　ぼうっと顔が火照った。
「言っちゃった……」
　男と顔を合わせて、いたずらっぽくちょっと舌を出した。その唇を男が吸った。
「よろしおますのか。あんなえげつないこといって」
「勝手に苦しんだらいいんだわ。罰よ、わたしを売った罰……」
「断わっとくけど、わし、奥さんが『コールガールよりずっとずっと淫らでいやらしい腰の動かし方する』なんていった覚えはあらしまへんのやけど……」
「あら、そう？　やだ、わたしの創作なの。でも、ほんと、上手だったと思わない？　……腰ぐらい、いつでもお好みの動かし方で動かしてあげてよ」
　妖婦のようにコケティッシュに笑った。
　と、また、携帯のラ・カンパネラが鳴った。
　恭子と目を合わせて男が電話を取った。今度は男が直接電話に出た。
「またや。ご主人からや。どうします？」
「……いま、それどころじゃないと、いって」
　恭子のいったとおりのことを男は電話に向っていった。
「……奥さんはいまそれどころじゃないんだって」
　電話で短く男は恭子の夫と言葉のやりとりをしている。
「ひつこいご主人や。いま、あんたが何をしてるかって、聞いてる」
　携帯電話を恭子のそばまでもってきた。
「わたしの口からは恥ずかしくていえないって、いって」
　電話口に向って男はいった。
「聞えた？　奥さんの口からは恥ずかしくていえないんだって。……そりゃそうでしょ、犬みたいに、お尻、わしの方へきゅうと突き出して、バックからわしに、アソコ、舐めさせているんだもの。……まあまあ、そうがなりたてなさんなって！、今更、もうどうしようもおませんがな。何々？　うん、うん。　……しゃあないな、ほな、実況中継したげましょか」
　いいながら、男はベッドの上に座ってあぐらを組むと、恭子を軽々と膝の上に乗せ上げて、自分の方を向かせた。
「いま、奥さんは、わしの目から五センチも離れていない真ン前でこっちむいてはる。これから、ディープキスをする。奥さん、素直に目ェつむって、わしにキスされるの待ってはる。ちょ、ちょっと待ってな。キス、すぐ済ませるから」
　暫く沈黙が続いた。電話の底からくぐもったような呻るような恭子の夫の声が聞こえる。
「……ディープキス、いま、終った。甘くておいしいキスや。……で、だ、わし、いま、あぐらを組んでるんやが、見て見て、奥さん、わしに抱かれたまま、長くて白い両足を根本から割って、そうろり、そうろり、わしの腰を挟み付けてきよりはりますわ……」
　恭子は男の目をみながら、男の言葉どおり素直に両足を伸して、ゆっくりと男の腰を挟んだ。
「で、奥さんのお尻、いま、わしのあぐらの上に、おっとっとっと……乗ったわ、乗った、奥さんのお尻！　わしのあぐらの上に奥さんの真っ白なお尻や。ええ、尻や。ぽちゃぽちゃと弾力があって白くて豊かでもちもちしてる。もちろん、奥さんのオ××コ、ぴったり、ほれ、わしのに密着。で、わしは、わしのを、こうして、こうして、下から上へぐさりと……うう、奥さん、そんなにいきんだらあかん、あかん、そう、そう、抜く、抜く力。ぐ、ぐさりやで。ぐさり。そう、もうちょっと、お尻ねじって。そう。そう、うまいもんや。で、あてがう、あてがう。そうそう、で、ぐ、ぐさりや、ぐさりっと。……うっ、は、入った、入った」　
　うっと恭子は息を呑んだ。男のいうとおりになった。
「もちろん、二人とも素っ裸でっせ。この格好でつながったままこれからまたディープキスですわ」
　小さく喘いでいる恭子の唇に力ずくで舌を差込んだ。唇を重ねながら豊かな恭子の両尻を抱え、ゆっくりと上下させた。恭子は目を閉じゆるゆる腰をねじって両手で男の背中を抱いている。
「さ、説明、もう、ここまで。あとは堪忍して。ここから先、とてもあんたに悠長に説明なんかしてるヒマあらへん……」
　電話から、恭子の夫の何をいっているのかは聞き取れない狂ったような絶叫が、受話器を通して洩れてくる。
「うるさいな、ご主人、まだ、ぎゃあぎゃあいってまっせ」
　男は電話を耳から離し、持て余したように手の中でぶらぶら遊ばせていた。
「じゃ、わしと奥さんのヘソの間に、この携帯、置いときますよってね。……二人のこすれあう音とか奥さんの喘ぎとか、よかったら、ひとりで好きなだけ聞いていなされ」
　があがあという雑音にも似た恭子の夫の絶叫が、更に激しく電話から伝わってくる。二人は、それを無視しそのままの姿勢で目を合わせ、互いに抱合うと再び唇を重ねた。

＝　終　＝