〜最終話〜

　貴美子は一ヶ月間みっちりと千恵美を調教した。あらゆる手段を使い、時間をかけ、時には優しく、時には怒鳴りながら・・・。
　千恵美もある種の催眠を掛けられた様に・・・もちろんはじめは諦めもあったのだろうが・・・、初めて体験するレズの行為を楽しみ始めた。
　エンドレスな快感と道具や薬を使った高揚感、今まで味わった事のない快感に千恵美はのめりこんで行った。
　純一との関係も続けるよう命じた。もちろん夫との関係も今まで以上に密にするように命令した。
　妙な四角関係が一月半ほどたった頃、貴美子がついに計画を実行した。

　貴美子はここ一月以上千恵美の夫である幸人とも週に二・三回は会っていた。昼間は千恵美とレズって夜は幸人と会っていた。幸人と会わない夜には純一と身体をあわせていた。
　もうすぐ自分だけのものとなる千恵美のことを考えると多少の身体の疲れも感じないようだった。
　貴美子は千恵美には内緒で幸人を薬漬けにしていた。はじめは軽い神経剤から初めて、徐々に効力の大きい薬へと変えていった。
　ただでさえ激務をこなしている幸人の身体や神経に思った以上に刺激や快感を与えていった。
　次第に幸人は日常でも平常心がなくなりかけるほど神経を蝕まれていった。
　昼間は何か落ち着かない様子で仕事もあまり手につかないのだが、夜になると貴美子や千恵美の身体で精神が充醇するまでセックスを貪るようになった。
　次第に幸人は身体が悲鳴を上げはじめた・・・。
　もちろん貴美子が相手をしない夜は千恵美にも幸人に薬を飲ませるように仕組んでいた。
　千恵美には本当のことは言わずに「この薬を使えば幸人さんはあなたを求めるようになる。」とだけ千恵美に言って・・・、千恵美も幸人が今まで以上に自分を求めてくれる事が嬉しく、言われるがまま薬を飲ませていた。

　幸人は壊れる一歩手前だった・・・。

　貴美子は千恵美に純一とも関係を続けさせていた。
　純一は貴美子が千恵美の夫を薬漬けにしている事を知っていた・・・。
　もちろん微妙な薬の調合やタイミングを詳しく指導していたのは純一だった。
　それというのも貴美子が千恵美の夫をうまくものにすれば千恵美は自分の物になるという身勝手な考えからであった。

　しかし貴美子からの報告では既に幸人が薬漬けになってるはずなのに、何故か千恵美との関係が薄くなってるのを疑問に感じていた・・・。

　もちろんそれも貴美子の計画であった。何かにつけ千恵美に純一との誘いを断るように仕向けていた。
　もちろんその際には貴美子が千恵美の相手をしていたのだが・・・。

　思い通りにならない千恵美に純一は少しあせっていた。

　貴美子は次第に精神が病んでいく幸人に限界を見た。計画を実行するときが来たとほくそえんだ。

　貴美子はある日千恵美と純一をあのときのアパートに誘い込んだ。
　純一は久しぶりの千恵美との行為だった。

　純一は考えられる限りの行為を千恵美に示した。薬を使い、道具を使い、言葉で責め、優しく褒めた。
　しかし千恵美の反応に疑問を感じた。確かに感じてはいるがいつもの千恵美の反応が見れない。
　驚くほど敏感であった千恵美の身体がほんの少し反応が鈍い・・・。

　純一が思うのも無理はなかった。千恵美の身体は確実に変わっていた。

　貴美子はこれまであらゆる薬を自分で使うといって純一から騙し取っていた。それを使わず密かに隠し持っていたのだ。
　純一はあくまで千恵美の身体を気遣い、あまり強い薬を使わなかった。だけど貴美子はそれを千恵美に与えていた。
　しかもレズで鍛えた千恵美の身体には男の稚拙な舌戯などあまり感じるわけがない。
　やはり女同士つぼをわきまえた舌戯にはかなわないのである。
　セックスに関しても今では色んな道具があるのでかなり本物に近いセックスが出来る。
　何より貴美子と千恵美の関係の強さは、正真正銘の精神的サドと本能的マゾであるという事が一番だからであろう。

　それでも千恵美は純一の行為に快感はおぼえていた。
　純一も久しぶりだからしょうがないと心の中で思い直し、久しぶりの千恵美の身体に没頭した・・・。
　二人の行為もそろそろクライマックスを迎えようとしていた。純一が下から腰を突き上げ千恵美が上で腰を使いながら髪を振り乱し感極まった声を張り上げている。
　純一と千恵美の腰が最高潮に動いているその時！
『ガチャッ』玄関のドアが開いた。

　二人の視線が玄関の方向に向いた。
「キヤァ〜〜〜ッ！！」千恵美の悲鳴が飛んだ。

　玄関に立っているのは仕事に出かけているはずの幸人であった。

　隠す布もないベッドの上で純一のものを咥えたまま上に馬乗りになってる千恵美は幸人を見た瞬間固まってしまい動けないでいた。

　純一は上で固まっている千恵美を払いのけ、玄関で仁王立ちしている幸人に向かって歩き出した。

「あんた誰だ！今すぐ出て行け！！」純一がすごんだ。
「お前こそ人の女房に何している！！」幸人が言った。
　このとき純一はこの男が千恵美の夫であると始めて気付いた。

　幸人は大きな声で「千恵美〜！！」と叫んだ。
　放心状態の千恵美の身体がビクッと反応した。
　純一はこのままじゃまずいと考え「まぁまぁ・・少し落ち着いて・・ここじゃなんだから外で話し合いましょう・・」幸人の身体をつかんで玄関の外に出した。

　以外に筋肉質で背も高い純一に押されて幸人の身体が玄関の外に押しやられた。

　純一はすばやく玄関のドアを閉め鍵を掛け千恵美に服を着るように命じ、自分も服を着て千恵美にこう言った。
「僕が旦那さんを車でどこか連れて行くからその間にこの部屋を出て！決して手荒なまねはしない！安心して良いから・・・。旦那さんには僕からようく話をして決して君には迷惑をかけないようにする。」
　今まで表情のなかった千恵美の顔に血の気が戻った。
「どうしても旦那さんに理解してもらえなかったときは、僕が無理やり君を連れ込んだ事にして良いから・・・。多分無理だとは思うけど誠心誠意話し合ってみる。それでもだめなときは君が僕の事を訴えればいい。」

　玄関の外では今にも壊れそうなほどの勢いで幸人が声を張り上げドアをたたいている。

「純一さんのことを訴えるなんて・・・出来ないわ・・。」
「じゃぁ君は子供を捨てる事が出来る？・・・出来ないだろ！多分このままじゃ君は離婚されて子供の親権も剥奪される。」
「でも・・・」
「僕は大丈夫！独り者だし訴えられてもせいぜい婦女暴漢で初犯だし1〜2年が関の山さ。もしそれが原因で離婚するにしたって、君の親権には差し障りないしね。」
「でもそれじゃぁ純一さんに悪いわ・・・。」
「そもそもこうなったのは僕や貴美子のせいだし・・。それに今の僕には千恵美が一番大事なんだ！僕を信じて！決して君にとって悪いようにはしないからさ！」
「・・・解りました・・・でも・・・」
「大丈夫！！僕に任せて！すぐに出て行くから君は外が静かになってから出てきて。・・あっそれと今日は子供を迎えに行ったら、どこか親類の家ででも過ごしといて。夜に旦那さんが帰って一悶着あるといけないからさ。」
　そう言って純一は部屋の外に出た。

　しばらくがたごとと騒音が響いて二人の激しい声が聞こえていたが、しばらくして車の排気音とともに静かになった。

　千恵美は純一に言われた通りそそくさと部屋を出て娘をお迎えして知人の家に厄介になった。

　純一は嫌がる幸人を無理やり車に押し込みしばらく走った後、郊外の河川敷の駐車場で車を止めた。
　車の中では幸人は怒鳴りっぱなしだったがあえて純一は一言も発しなかった。

　少し薄暮の河原で二人とも車を出て向き合った。
　胸座を掴んで絶叫しながら言葉にもならない声を発する幸人を見て純一は少し疑問を持ったが、（女房を寝取られた旦那というのはこういうものだろう・・・）と少し冷めた目で見ていた。

　しかし確かに幸人は変であった。

　貴美子が与える薬は昼には焦燥感が増し極端にイライラソワソワし夜に貴美子や千恵美に対すると極端に安心できるように貴美子が仕向けていたのだった。
　幸人は貴美子に誘われるがまま少しでも早くこの焦燥感を亡くそうと指定された建物に時間通りに到着した幸人の目に飛び込んできたのは、今まで微塵も疑った事のない愛する千恵美の痴態だった。
　ただでさえ爆発しそうな精神状態の中、止めをさされたかのような現実に、幸人の精神は破壊しかかっていた。

　朦朧とした意識の中で冷静な純一との話し合いの最中。いくばくか取り戻していた現実を引き裂いたのは、少しでも冷静になろうと、タバコをすおうとポケットの中を探った瞬間であった。

　いつも幸人は右の裏ポケットにタバコをしまう癖がある。あまり吸わないように心がけて一番取り出しにくいポケットにしまうのである。
　しかし今日ソコに入ってたものは折りたたみ式のジャックナイフだった。
　それを手にした幸人はなれない手触りに一瞬戸惑ったが、手にしてそれを見た瞬間に、何かが切れたような気がした。
　幸人はナイフを握った手を純一に振りかざしていた。
　純一も冷静に幸人の仕草を見ていた。ポケットを探った瞬間に幸人の表情が変わるのを見過ごさなかった。
　二人は揉みあい土手を転げ落ちた。下に落ちた頃純一が身体を上げると幸人の持っていたナイフが幸人の身体に刺さっていた。
　赤い血が流れ緑の土手を染めた。
　たまたま近くを通りがかったサラリーマンが事の顛末を見ていた。

　救急車とパトカーのサイレンが夕暮れの河川敷に響き渡った・・・。


　事件がひと段落した川上家では、やっと少し日常に戻れた千恵美がいた。
　夫の四十九日も終わり綾香も何とか父親がいない生活にもなれ始めた。
　日が進むたびに夫への罪悪感も消え始めた・・・。

　あの事件の後警察に呼ばれた私は、始めて夫が殺されたのを知った・・・。
　最初は頭が混乱して取り乱したのだが、警察の方の丁寧な説明を受け次第に落ち着きを取り戻した。

　純一さんはこの事件に一切私を関わらせないようにしているみたいだった。

　事の顛末を見ていた人がいて、二人で揉み合って転げ落ちたときに、たまたま夫が持っていたナイフが自分の腹に刺さったのだと証言していた。
　純一さんもたまたま言いがかりを付けられて話し合っていた矢先にいきなりナイフを向けられ取り合いになったと言っているそうだ。
　夫が仕事でストレスを抱え込んでイライラした挙句に言いがかりをつけ純一さんとの事件につながったと警察は見ているらしい・・・。

　私はもうどうでも良かった・・・。
　夫はもう生き返りはしない・・・。夫を殺した純一さんとこれから先生活をしていく気分にはなれないだろうし、出来もしないだろう・・。

　警察にはあくまで被害者の妻を演じて、一刻も早く・・・。
　純一さんが正当防衛で刑務所を出てくる前に・・・・。
　夫の生命保険と、この家を売ったお金と、会社の株を整理して・・・。
　誰も知らない所へ娘の綾香と・・・・。
　そして憔悴していた私を陰で支えてくれ・・。
　警察とのやり取りも適切なアドバイスをくれ・・・。
　何より私の体を満足させてくれる・・・、そう・・・貴美子と・・・。
　三人で暮らせたらと思っています。