| 1 次の日の昼過ぎ、先輩はプリント柄のパーカーにジーンズという格好で僕が待っているマンションの入り口にあらわれた。それなりに似合っているし、かわいいんだけど、なんだか気合いの入っていないファッションっていう感じで、やはり僕なんかはただの後輩なんだなぁって思ったよ。それでも一緒に歩くのは楽しかった。 カメラの量販店に入って僕なりのチョイスでいくつかのノートパソコンを見てもらったんだけど、先輩にとってはデザインとかかわいらしさが重要らしく性能のことなどどうでもいいみたい。「今井君、わたしこれがいい」と指さしたのは白いMac Bookだった。 「先輩、これMacですよ・・・」 「どこか違うの？」 「普通はWindowsなんです・・・」 「これだと文章とか書けないの？」 「いえ・・・大丈夫なはずなんですけど・・・じつは詳しくないんです」 「そう・・・なんだ・・・」 なんとなく先輩の顔が悲しそうに見えて役に立てないのが悔しかった。 「あっ・・・そうだ・・・」 「なに？」 「思い出したんですけど、渋谷にMacの直営店があるから行ってみませんか？ そこなら説明とか聞けるし・・・」 「うん。行く」 セリフの最後にハートマークがついているような声で先輩が言った。 公園通りを上っていくとブティックみたいなお店があった。 「わぁ、すてき」 たしかに量販店の雰囲気よりずっとオンナノコ向きだと思った。 「これ、これ。画面もかわいい」 先輩はうれしそうに白いMac Bookの前で立ち止まる。 親切で、すごく詳しい店員さんの説明を聞いているうち、僕も欲しくなってきてしまった。人とは違うものを持っているのってなんだかいい気分だし、それが先輩とお揃いなんてとっても魅力的だ。 「先輩・・・」 「なぁに？」 「僕も、Mac買おうかな・・・使い方、一緒に勉強しませんか？」 なにより僕の心を動かしたのはiChatというテレビ電話機能だった。これを使えば部屋にいても先輩の顔を見ながら話ができる。まわりにMacを使っている人がいないから僕と先輩の専用になる。それに、使い方を覚えるという口実できっと先輩と過ごせる時間が増えるに違いない。妄想かもしれないけど。 「わたしはうれしいけど・・・」 「けど・・・なんですか？」 「今井君はパソコン持ってるでしょ」 「いま使っているのは親父のお下がりで古いんです。入学祝いに新しいのを買ってもらう約束をしてたから、ちょうどいい機会だと思って・・・」 「ほんとに？」 「はい・・・」 なんだか下心が見透かされたようで汗が出てきた。 「ちょっと待ってください・・・」 そう言うと僕は店の外に出て母親に電話をかけた。 「困ったことになっちゃいました・・・」 「どうしたの？」 「カードで支払うからって、お母さんがここに来るんです・・・」 「ほんとに買っちゃうんだ」 「はい・・・」 「だったら、わたしも決めた。学割で予算内だし。で、使い方、一緒に勉強するって約束忘れちゃいやよ。ひとりだと心細いもん・・・」 「も、もちろんです・・・」 やった！ これで先輩と一緒にいられる時間が増える。僕の鼻の下は伸びていたかもしれない。 母親に先輩と一緒のところを見られるのは冷や汗ものだったけど、僕と先輩はお揃いの箱を持ってマンションへ帰った。 「先輩、どうします？」 「なにが？」 「初期設定とか自分でできます？」 「わからない・・・」 「インターネットの回線とかはつながってますか？」 「ううん・・・そんなのが必要なの？」 僕はちょっと考えてから言った。 「業者に頼んで回線が開通するまで時間がかかるから、うちの無線LANが使えるか試してみましょう。先輩の部屋は二階分しか離れていないから電波が届くかもしれません。そうすれば、すぐにネットにつながりますよ」 僕が住んでいる部屋は803号室で、先輩は602号室、直線距離に直せば十数メートルしか離れていないはずだから、きっと大丈夫だと思った。 「うん・・・どうしよう・・・」 先輩はちょっと迷っているみたいだった。 「じゃあ、うちへ来て一緒に初期設定だけやっちゃいましょう。つながるかどうかは後で確認すればいいんだし、スイッチ入れただけじゃパソコンは動きませんから」 きっと男子を家に入れるかどうか迷っているんだろうと思った僕は、先輩と一緒にいたい一心で別の提案をした。 「うん・・・だったら・・・いいかも・・・」 こうして僕と先輩は昨日みたいに並んでパソコンを開くことになった。場所が自分の家のテーブルという違いは学校にいるときよりもふたりっきりという感じが強くてドキドキがとまらなかった。 帰り際にローマ字入力に慣れていない先輩のために変換表が付いたマウスパッドをプレゼントした。 「ありがとう」と言う先輩の笑顔を見て胸が苦しくなった。 その場で抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて引き留めたい衝動に駆られたけど、そんなことができるわけがなかった。 自分の机の上で真新しいMacと、いままで使っていたノートを並べて昨日打ち込んだ先輩の小説のデータをコピーして確認のために開いてみる。読みはじめたらとまらなくなった。夢の世界を描いたような抽象的な作品で、昨日は内容まで頭に入らなかったけど、こうして読み返してみると先輩の心の中が見えてきそうな気がした。 それに、この苦しさはなんなのだろう？ 胸が締めつけられるみたいで、先輩のことばかり考えている僕がいた。 気がつくと痛いほど勃起していた。 先輩のことを考えながらオナニーをするのは気が咎めたけど右手が自然に動いていた。 ジーンズとブリーフを一緒に下ろして、図書室で嗅いだ先輩の匂いや、白いひざ小僧の上にあるスカートの奥を想像して射精してしまった。 すごい勢いで飛び出した僕の精液は放物線を描いて机の上を汚した。 なんだか、すごく悪いことをしてしまったような気がした。ティッシュで後始末をしているときに母親が帰ってきた。 「雄一郎、いるの？ 遅くなってごめんね。すぐごはんにするから」 ノックの音とともに聞こえてくる母親の声を聞いて、僕はあわててジーンズをはいてリビングへ行った。 「今日、先輩って言ってた女の子ってすごい美人ねぇ。びっくりしちゃった。あんな娘と一緒にいるなんて雄一郎も年頃かなぁ」 「そんなんじゃないったら・・・文芸部の部長なんだ。それに・・・」 「あら、顔が赤くなってるわよ。やっぱりあやしいなぁ。お揃いのパソコン買ってたし」 息子をからかう母親なんて最低だ。 「雄一郎は引っ込み思案で、人付き合いが苦手なところがあるからお母さんはうれしいのよ。もう高校生なんだから彼女とか作って青春を謳歌しなくっちゃ」 僕が押し黙っていると母さんはそう付け加えた。 「彼女とかじゃないよ・・・」 「人を好きになるのはいいことよ。とってもすてきな娘じゃない。お母さん応援するからがんばってね」 デパ地下で買ってきたお総菜を盛りつけながら、うれしそうに言う母さんの顔を見ていたら、オナニーしていた自分が恥ずかしくなった。 2 たぶん僕は恋をしてしまったのだと思った。 とにかく先輩のことばかり考えてしまう。 それに・・・先輩のことをオンナとしてすごく意識してしまう。 抱きしめて、あの匂いを胸いっぱいに吸い込んでみたい。 そして・・・ そして・・・ こんな想像していることが先輩にわかってしまったら一発で嫌われてしまうだろう。 でも先輩も悪いんだよ。 だって、先輩の作品は読みようによってはとてもエロティックなんだ。 少女が石造りの螺旋階段を下りていく最中の心象風景を描いた短編なんだけど、たぶんあそこから子宮へたどり着く物語なんだ。主人公は女だけど、読んでいるうちに感情移入してしまって、僕自身が先輩のあそこへ入っていくような気がしたんだ。 もしかしたら、主人公は精子で・・・ そんなことを考えていたら携帯が鳴った。メールの着信音だ。 先輩からだった。インターネットにもつながったし、キーボード入力の練習中らしい。明日、聞きたいことがあるから教えて欲しいという内容だった。 「お母さん、明日っている？」 「明日も仕事なの。なんか用？」 「ううん、なんでもない」 母親の返事を聞いて「いつでもOK」だと返信した。 二回くらいやりとりして、明日の一時に先輩が僕の家へ来ることになった。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2011.4.17掲載 |
南田朗さんの作品集→ |