| 19 「ごめんね。こんなところに呼び出しちゃって」 駅前のマクドナルド。ロータリーを見下ろせる二階のカウンター席に僕は林亜理咲と並んで座っていた。 昨日、先輩と抱き合っているときに携帯が鳴った。林亜理咲からだった。鳴ったのは僕の携帯じゃない。これから母親と一緒に先輩の家に来てもいいかと言っているらしかった。先輩は「もちろん」だと答えて自分の母親に電話をかけはじめた。 結局、僕はそのまま家に帰ることになっちゃったんだ。 事情が事情だからしょうがないと思った。 でも、なんていうのか・・・出すことはできなかったけど満足感みたいなものがあって僕は自分でも意外なほど平気だった。すこしは成長したのかな？ 服を着て、僕を玄関まで送ってくれた先輩の顔を見ていたら、それだけで幸せな気分になっちゃったしね。 翌日の朝、学校へ着くと林亜理咲からメールが来たんだ。話があるから放課後に会いたいって。で、こうしてマクドナルドで並んで座っている。 知らない人が見たら、ありふれた高校生のカップルに見えるかもしれない。 話している内容は高校生っぽくないけどね。 考えてみると先輩と林亜理咲は似ている。 いや、正反対なのかも。 理知的な先輩に対して林亜理咲は直感的だ。でも、その差は対立軸と対象で距離は等しく、よく似ていると思った。 いつの間にか僕は女性を性の対象としてだけでなく一個の人格として見るようになっていた。先輩と林亜理咲だけに限ってなのかもしれないけど。 先輩は特別な存在に間違いない。でも、こうして隣にいる林亜理咲も僕にとっては特別な存在なのだ。 何日か前まで童貞だったさえない男子にとっては当たり前か（笑） 「昨日から瞳ん家にいるの」 「そうなんだ。よかったね」 「うん・・・」 林亜理咲の話では、大学受験に失敗してニートに近い生活をしているお兄さんが家を出て行くまでの緊急避難として先輩の家にいることになった。先輩のお母さんが弁護士だということを初めて知った。先輩以上にてきぱきと話を進めてくれたらしい。 「あたしね、すごくホッとしたの」 たしかに林亜理咲の表情から穏やかなものが感じられる。 「家にいるのがイヤだったの。だから誰かと一緒にいてなるべく帰らないようにしていたの。誰でもよかったの。バカだよね・・・あたし・・・」 「自分のことを責めちゃダメだ。アリサは・・・なんていうか・・・その・・・」 言葉が見つからないのが歯痒かった。 「ごめんねユーイチロー・・・あたし、こんどはユーイチローのこと困らせてるみたい・・・」 「そんなことないって。安心しろよ」 「あたしね・・・昨日の夜、ユーイチローがそばにいるんだって思ったらうれしかったの。だって・・・ユーイチローは、あたしのこと女神だって言ってくれたし・・・それに・・・」 「こんなところで・・・やばいってば・・・」 告白とも思える林亜理咲の言葉に汗が出てきた。 「あたしね・・・昨日、瞳にお願いしたの。ユーイチローは瞳のカレシだってわかってるけど・・・一度だけでいいから貸して欲しいって・・・」 「そんな・・・僕はモノじゃないし・・・それに・・・」 「だめ？」 「そういう問題じゃなくって・・・なんで僕なんか・・・」 「あたしはユーイチローのこと好き」 「うっ・・・」 「でも瞳も好きなの・・・だから困ってるの・・・」 林亜理咲の言葉には意味がつかみきれないところがある。 「あのさあ・・・こんなところで、そんなことを言われてオロオロしてる男子のどこが・・・」 「瞳はいいって言ったよ」 「な・・・なにが・・・」 「ユーイチローとエッチしてもいいって」 「そ・・・そんな・・・」 「ユーイチローはあたしのこと嫌い？」 「そんなわけないじゃないか」 「よかった・・・」 林亜理咲の話は飛びまくるからついていけない。 「あのさ・・・」 「あたしはうれしかった・・・初めてなの・・・あんなことされてうれしかったのは・・・」 「だめだよ・・・こんなところで・・・」 マクドナルドでする話じゃない。キワドイというか危なすぎる。僕は思わず辺りを見回して言った。 「だったらユーイチローの部屋に行きたい」 これは一種の脅しじゃないだろうか。それに男と女の立場が逆転しているような気がする。 「ちょ・・・ちょっと待って・・・そんな・・・僕の気持ちは・・・」 「あたしみたいに汚れた女はいや？」 「そうじゃないってば。アリサのことを女神だって言ったのは本心だし、アリサは魅力的で・・・アリサだったら、いくらでもいい男はいるじゃないか。なのに、どうして僕なんだか・・・年下だし・・・さえないし・・・」 「わからないの？ あたしを助けてくれたのはユーイチローなんだよ」 「と・・・とにかく出よう・・・」 林亜理咲の声が大きくなってきたのでハラハラした。夕方のマクドナルドはけっこう人が多い。近所だし、知ってる人にでも聞かれたら冷や汗ものだ。 「うん」 林亜理咲はうれしそうに立ち上がった。違うよ。ここでは話せないと思ったから出ようと言っただけで、彼女の提案を受け入れたワケじゃない。 「アリサ・・・僕はアリサのことを疑ってはいない・・・けど・・・どうしても先輩から話を聞きたいんだ」 僕は歩きながら言う。 「僕はアリサのことが大好きだし、できることはなんでも協力したい。それに、ただ単にスケベな男子のひとりとしてエッチなことにも興味がある・・・いや・・・正直に言っちゃうと、僕はアリサのことを抱きたい。あのとき・・・母さんが帰ってこなかったら、どうなっていたんだろうって思う。ずっとアリサのことばっかり考えていた。でも、問題はそんなに単純じゃないと思うんだ」 「わかってるよ。ユーイチローは正直だね。だから、あたしは・・・瞳に頼んだんだ」 「じつは・・・昨日・・・先輩から言われた・・・これからもずっと鍵でいて欲しいって・・・それから・・・」 「聞いた」 「ええっ？」 「身体が宙に浮いて、溶けたみたいになって、落ちていったって。ユーイチローは瞳の大切な鍵なんだって」 「そ・・・そんなことまで・・・話したの？」 「うん」 「だったら・・・どうして・・・」 「瞳が言い出したんだ・・・あたしは鏡に映った瞳の姿なんだって・・・だから、あたしもユーイチローとエッチした方がいいって」 「んぐ・・・」 「どうしたの？」 「じつは・・・さっき・・・おんなじことを考えていた・・・」 「あたしとエッチした方がいいって？」 「そうじゃないよ・・・先輩とアリサは正反対だけど似てるって・・・」 あまりに開けっぴろげなアリサの言葉に汗をかきながら答えた。 「あたしにはユーイチローと瞳が一緒に見える」 「ア・・・リサ・・・」 「なぁに？」 僕は決心した。 「ひとつお願いがある」 「うん」 「先輩と話したい。いまここで電話していい？」 「いいわよ」 「じゃあ・・・」 僕は立ち止まって携帯を取り出して先輩に電話をかけた。 三回目のコールで先輩が出た。 「あっ・・・先輩・・・僕です・・・はい・・・じつは今アリサと一緒で・・・はい・・・ええっ！ そんな・・・いえ・・・いやとかそういう問題じゃなくって・・・先輩は・・・わ、わかりました・・・はい・・・はい・・・」 先輩は自分から電話を切ってしまった。 僕は呆然としたまま「通話終了」と表示された携帯のディスプレイを見つめていた。先輩の口調は有無を言わさぬ命令って感じだったんだ。その真意がいまいち理解できない。それに、どういう結果になっても終わってから一緒に来るように言われた。 「どうだった？」 林亜理咲は自信満々の表情で言った。 「言って・・・いいのかなぁ・・・？」 「なんだって？」 「アリサは自分のことを汚れているって思い込んでいるから・・・それを、きれいにできるのは僕しかいないって・・・だから、きれいにしてあげて欲しいって・・・」 「そうだよ」 「なにが？」 「あたしは汚れているから・・・」 「そんなことないよ！」 思わず大きな声を出してしまっていた。 「だったら・・・あたしを・・・助けて・・・」 林亜理咲の目は真剣だった。 気圧されてしまう。 「ちょっと・・・自信がないんだ・・・」 「なにが？」 「あのときは先輩が一緒だったし・・・ひとりでアリサに感じてもらえるのか・・・だって、言いにくいけど、お兄さんとは・・・感じなかったんだろ？」 「あのね・・・あたし・・・さっきから濡れてるの・・・あたしを救ってくれるのは・・・ユーイチローしかいない・・・」 僕の頭の中で何かが弾けた。「救う」が「巣食う」に聞こえた。そう、僕の脳みそは先輩の命令と林亜理咲の願いに巣食われていた。 「行こう」 僕は大股で歩き出した。 「うん」 後ろでうれしそうな林亜理咲の声が聞こえた。 まるで後頭部に目が付いているみたいに彼女がどんな表情をしているのかがわかった。 |
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| 2011.6.23掲載 |
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