| 21 僕はスーパーマンになっちゃったんだろうか？ あるいは遠いところから別人格が降りてきて憑依してしまったのかもしれない。そう考えなければ、ここ数日間の出来事をうまく説明できない。いや、自分で納得できないんだ。 大きく歯車が動いたきっかけは先輩の声だった。僕が先輩の腕を握ったときの声だ。先輩の中に潜んでいる欲望とか人格みたいなものを僕が引き出してしまった。それはモードが変わるとか、そんな生やさしい言葉では言い表せるものじゃなく、やはり秘密の箱が開いたとしか言えないものだった。 僕が鍵であることに気がついたのは思い込みなのかもしれない。いまだに、どうして僕に鍵の資格があるのか理解していない。っていうか、僕には自信がない。僕はさえない16才の男子で、特別な能力を持っているわけじゃないし、学校では目立たない、どちらかというと暗めの空気みたいな存在だと思っていた。 でも、鍵になると自分でも驚くくらい堂々と冷静に、しかも自分の欲望をコントロールしながら先輩や林亜理咲のよろこびを引き出していた。 これは僕じゃない。そう感じても現実だった。 ひとつ考えられるのは先輩の小説が僕の心の中で眠っていた何かを呼び起こしてしまったっていうことだ。もしそうだとしたら、それは奇跡よりもありがたい出来事だと思うし、僕は呼び覚まされた自分に忠実になりたい。だって、いままでの自分より気持ちのいい存在だから。 でも相変わらず臆病な自分がいて、求められないときの僕はビクビクしているというか、先輩が離れていってしまうのではないかと不安だ。 そして林亜理咲。最初は遊んでいるギャル程度にしか思っていなかった彼女には大きな闇があった。その闇は先輩の秘密の箱と表裏一体のもので、運命としか言いようのない大きな力がはたらいて、僕は彼女の闇に光をあてた。 確実に言えることは、先輩と林亜理咲は僕にとってかけがえのない女神になったということだ。 どちらが好きだとか優れているとか大きさや量でははかることなんかできない。 それが僕にとっては大きな悩みだ。 愛だとか恋なんてわからない。 でも二人のためなら何でもしたいし、力がみなぎってくる自分がいる。 それをご都合主義だと思う自分もいる。 もちろん後悔はしていない。 ただ、これからのことを考えると不安なんだ。 そんな意味のことを僕は二人の前で話していた。 場所は先輩の部屋。 あのあと林亜理咲は失神したように動かなくなってしまった。ときおりヒクリと痙攣してはいたけど。 しばらく寄り添って彼女の髪を撫でていた。あのとき先輩がしていたみたいに。 気がつくと林亜理咲は涙を流していた。きれいな涙だと思った。なぜか「浄化」という言葉が頭の中に浮かんだ。 後始末とかいろいろあったけど、そんなことはどうでもいい。僕は「どういう結果になっても終わったら一緒に来るように」という先輩の言葉を思い出して、いま先輩の部屋に三人でいる。 「すてきね」 「えっ？」 先輩の言葉の意味がわからなかった。 「今井君は私が思っていたよりずっとすてき」 「そんな・・・僕なんか・・・」 「あなたは自分のずるさを隠そうともせず真っ直ぐに私に向かってきた。疑いもせずに秘密の箱を開けてくれた。だから林さんの箱を開けられるのはあなただと思った。私にはできなかったこと」 「先輩はいいんですか？」 「わからないの？」 「えっ？」 「私にも林さんにもあなたが必要なのよ」 「でもそれは・・・」 「あなたの心はとてもきれい。だから悩んでいるんだと思う。でも、そんなこと誰が決めたの？ おかしな常識に縛られるより、私は私の気持ちに素直になりたい」 「瞳ぃ？」 「なに？」 「あたしにはわかる。言い出せなかったんだけど、それって、これからも三人で付き合っていけるってことだよね？」 「そうよ。ひとりの異性に縛られなきゃならないって誰が決めたの？ 縛られてるから取るとか取られるとかの意識が生まれるんだと思うの。今井君は特別な存在だし、あなたは私の分身みたいに思えるの。だから、私はあなたがここに住むように提案したの」 本当だとしたら、いや疑いようはないけど先輩はすごい策士だと思った。さすが弁護士の娘。あっ・・・弁護士だったらこんなこと言わないか。 「そうよ」 先輩は驚いて何も言えない僕に向かって笑いかけた。僕の心が読めるんだろうか？ それとも無意識に言っちゃってたのかな？ 先輩の目を見ていると僕の中にある価値観というか常識の概念が音を立てて崩れていくのを感じた。うん、気持ちいいぞ、これは。 「あのさ・・・あたしは瞳の言うとおりにしたい。そうなって欲しい。でも、瞳とユーイチローだけでいいの・・・」 「大丈夫よ。数を増やすことが目的じゃないんだから。たまたま私たちは三人だったっていうだけ」 「そっか・・・安心した・・・」 林亜理咲の言葉は僕の不安でもあった。まだ考えがまとまらない。いや、考えちゃダメだ。降りてきた自分に従えばいいんだ。 「それに私の考えを押しつけるつもりはないの。縛られる自由だってあるはずだから。もし嫌だったら言って」 「あたしは大賛成だよ。瞳ともユーイチローとも一緒にいたい」 「今井君は？」 僕はすぐに答えることができなかった。同意しようと決意したら、男が二人で女が一人だったら「嬲る」だけど、女×男×女はなんて読むんだろうなんて関係のないことを考えはじめちゃってたからだ。 「今井君ったら」 「は、はい！」 「いやなの？」 「ぼ、僕は・・・うれしい・・・です」 「だったら・・・ひとつお願いがあるの」 「な、なんですか？」 「私のこと先輩って呼ぶのはやめて。三人でいるときだけでいいから。ジェラシーなんかくだらない感情みたいなことを言っているのに矛盾するかもしれないけど、あなたが林さんのことアリサって呼ぶのがちょっとうらやましいの」 「でも・・・僕は先輩のこと尊敬してて・・・」 「形にこだわっているみたいで恥ずかしいんだけど、理屈だけじゃ割り切れない気持ちもあるの。すぐにとは言わないけど、名前で呼んで欲しい・・・ときもあるのよ・・・」 最後の方の歯切れが悪かった。名前で呼んで欲しいときって、あのときのことだよね？ 「わかりました。僕は鍵ですからね」 そう言うと先輩の顔が赤くなった。 「もうすぐお母さんが帰ってくるから夕飯の支度しなくっちゃ。今井君も一緒に食べようよ」 なにかを振り切るように言う先輩の耳元で僕は言った。 「じゃあ、あのときだけでいいから僕のことも名前で呼んでください。待ってますから。ヒ・ト・ミ」 「ひゃん」 先輩の反応に僕と林亜理咲は声を立てて笑った。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2011.7.6掲載 |
南田朗さんの作品集→ |