| 22 「家庭の事情だから詮索しないで！」 廊下から聞こえてくるのは亜理咲の声だった。 「都合が悪ければ私が林さんの家にお邪魔してもいいのよ」 一緒にいるのは水島先生だ。そう、文芸部顧問の水島玲子は亜理咲の担任でもある。 「だからぁ、あたしは家にいないから三者面談なんか無理なの」 亜理咲の口調はかなりきつい。 「将来のことだから大切なお話なのよ」 「あたしのことはあたしが決める！ あっ、ユーイチロー、行こ」 僕を見つけた亜理咲は走ってきて腕を組んだ。 「は、林さん」 引き止めようとする水島先生には見向きもせず亜理咲は僕を引っ張って階段を下りる。 ゴールデンウイークはとっくに過ぎ、衣替えになった放課後のことだった。 あれから何度も身体を合わせたはずなのに、半袖の腕に伝わる亜理咲のバストの感触は新鮮で下半身に血が集まってしまう。 「あっ、膨らませてる」 亜理咲はニッと笑って言う。 「アリサの魅力には逆らえないよ」 「したい？」 「ば、ばか・・・学校だぞ」 「瞳とはしたくせに」 「あ・・・あれは・・・」 僕らの間では隠し事をしないというルールみたいのが生まれていた。お互いが疑心暗鬼にならないよう、三人で仲良くやっていくための暗黙の了解だった。先輩と図書室で寸前までいったことを亜理咲は知っている。 すべてを包み隠さずというわけじゃない。プライベートは尊重したけど、亜理咲は僕と先輩のことを具体的に知りたがった。どこでどういうふうにしたとか、どんなふうに感じたのかとか、話をしているうちに三人ともエッチな気持ちになって、すごいことになっちゃったこともあった。 そうそう、気がついているかもしれないけど、これからは林亜理咲のことを亜理咲って書く。もう、僕らの間じゃ名字は関係ないものになったから。 亜理咲は先輩の家に住むようになってすごく明るくなった。 それまでが暗かったわけじゃないけど、あのアブナイ、ある種の男にとっては淫靡と感じるかもしれない暗い影が姿を消した。憑き物が落ちたって感じかな。 亜理咲は先輩の家に卒業するまでいることになった。その安心感も大きいんだろう。亜理咲の両親が先輩のお母さんと話し合って決めたらしい。亜理咲は嫌な思い出がある家では暮らしたくないから、卒業して働いてひとりで生活できるまでここにおいて欲しいと願い出て、それが認められるかたちになったんだ。もちろん本心だけど、僕らと一緒にいたいという気持ちの方が大きいと本人は言っていた。 「来て。話があるの」 亜理咲は僕を引っ張ってズンズン歩く。 図書室に連れて行かれた。いや連れ込まれた。 いつものことだけど図書室には誰もいない。 僕らは窓際の席に並んで座る。 「どうしたんだよ？ アリサ・・・」 「あのさ」 「うん」 「ユーイチローと瞳はお互い初体験だったんだよね？」 「うん・・・」 なにを話そうとしているのかわからなかった。 「あたしは違った・・・」 「あのさ・・・僕らの間じゃヴァージンとか関係ないと思うんだけど・・・」 「あたしはユーイチローと初体験したいの」 「そう言ってくれるアリサの気持ちはうれしいよ」 過去形の使い方が違うと思いながら答える。 「違うの」 「えっ？」 「あたしね・・・お尻はヴァージンだよ・・・ユーイチローもお尻でしたことないでしょ？ あたしのヴァージン、ユーイチローにあげたい。そしたらあたしたちも初体験同士だよね」 「う・・・」 現在進行形だった。 「こんなこと思うあたしってヘンタイかな？」 「い・・・や・・・そんなことないけど・・・」 「ユーイチローはお尻に興味ないの？」 まったく亜理咲の話はいつもストレートだ。そして唐突、脈絡がない。 「あたしね、ユーイチローと初体験したい・・・あたしの気持ち・・・わかる？ それとも、やっぱりヘンタイで汚いからいや？」 「いや・・・ヘンタイとは思わないし・・・汚いとも思わない・・・」 事実、想像しただけで下半身が痛いほどになっていた。 僕は亜理咲のかわいらしい蕾のようなアヌスを思い出していた。 「わっ！」 亜理咲がズボンの上から大きくなったものに触れてきた。 「こんなになってる・・・したいんだね・・・うれしい」 まだ亜理咲の傷口は癒えたわけじゃないんだ。そう思うと愛おしくなって、無意識に肩を引き寄せてキスをしていた。 ガラッ そのとき大きな音がして扉が開いた。 入り口に立っていたのは水島先生だった。 飛び上がるほど驚いた僕は後ろを向いたまま硬直してしまった。 まずいところを見られた。言い訳の言葉を考えていると水島先生が靴音を響かせて近づいてきた。 どうしてこの人はこういうタイミングのときに現れるんだろう？ 「生徒の恋愛に口を挟むつもりはないわ。でも、二人とも場所をわきまえてね。それから、林さん。話が終わってないわ。探していたのよ」 セルフレームの奥にある眼が冷たく光っていた。 「先生のばか！」 亜理咲は立ち上がってひとこと言うと走り去ってしまった。 追いかけようとする気持ちを萎えさせてしまう素早さだった。 「あ・・・」 諦めた水島先生は、いままで亜理咲がいた椅子に座って僕の方を見た。 「今井君」 「は・・・はい・・・」 「林さんのことを聞かせて」 「なんのことですか？」 「進路指導や、これからのことを考えなきゃならないの。なのに、林さんは書類も提出してくれないし、ご両親に電話をかけても娘に任せてあるからって要領を得ないのよ。今井君は何か知っているんじゃないかと思って」 「なにも知りません」 「そう・・・」 先生の目が落胆で曇った。 「さみしいわ」 「なにがですか？」 「教師と生徒っていう壁があることはわかっているつもりよ。でも私はあなたたちのことが大切なの。できるだけのことはしたいのに」 「なにも知りませんから。帰ります」 ほんとうのことを洗いざらい話したらどうなるんだろう？ 水島先生はなんて言うだろう？ 困った顔が目に浮かぶ。困らせてやりたい。ちょっとサディスティックな感情を覚えながら僕は立ち上がった。 きっとむかついていたんだね。 教師なんて基本的には信用できないから。 いつも黒いスーツをクールに着こなしている水島先生は一部の男子に人気がある。たしかに大人の女っていう感じで色っぽい。顔立ちもメガネ美女っていうのかな、すっきりとした美人だ。オープンにしたブラウスの襟元からはバストの谷間が見えそうだし、タイトスカートに包まれたヒップは丸く持ち上がっていて歩くたびに左右に振れる。授業中に机の下から覗く男子もいるくらいだ。たしか年は27才、イギリスへの留学経験もある才女だと聞いた。 そんな先生ががっかりする様子はゾクゾクするほど色っぽかった。 |
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| 2011.7.30掲載 |
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