| 25 「お願い・・・タカシ・・・もう、こんなことはやめて・・・」 「早く脱げよ」 「いや・・・ああ・・・」 バルコニーに面したサッシ越しに聞こえてくるかすかな声を僕らは息を飲んで聞いていた。 先輩の言うとおり生け垣の奥には鍵のかかっていないドアがあって簡単にバルコニーが並ぶ南側にアプローチできた。オートロックってなんなんだろう？ 亜理咲の勘は当たっていた。サッシの奥で行われていることは彼女が想像したとおりだった。 「だめ・・・やめて・・・ああっ・・・」 学校にいるときの水島先生からは想像できないような声が聞こえてくる。 「いいかげん正直になれよ。こんなに濡れてるくせに」 「いやっ・・・だめ・・・ああっ・・・ああっ！」 声を聞いているだけで、どんな状態なのかが目に浮かんだ。 「やっ・・・やだ・・・あっ・・・ああんっ・・・」 喘ぎや抵抗する言葉とともにカーテンの隙間からフラッシュの光が漏れてきた。 やっぱりそうだ。水島先生は行為の最中に写真を撮られていたんだ。 ギシギシとベッドがきしむ音も聞こえてくる。 「いやっ・・・いやぁっ・・・」 言葉で抗っていても身体が反応していることは声の調子でわかる。 ベッドのきしみが激しくなる。 先生の喘ぎ声の間隔が短くなっていく。 その間もフラッシュの光が瞬く。 「ああっ・・・あんっ・・・だめ・・・中はだめっ・・・おねがいっ！」 「わかってるよ」 すさんだ感じの声と同時にギシギシという音が大きくなる。 「ああっ！ いやっ！ いやぁっ！」 「うおぉぉっ！」 先生の高い声とタカシの雄叫びが同時に聞こえた。 十秒くらい時間をおいてフラッシュが何回も焚かれた。 きっとネットなんかでよく見る精液が降りかかった裸の写真を撮られているに違いない。 サッシの内側からは先生の嗚咽が聞こえていた。 いたたまれない気分になった僕は先輩と亜理咲の肩を叩いて帰ろうと目配せした。 意外なことに亜理咲がバルコニーを指さして「ここにいろ」とサインを送ってきた。 「明日も来るからな」 しばらくすると先生がすすり泣く声に混じってタカシの声が聞こえた。 それを聞いたとき亜理咲が立ち上がった。 猫族を思わせる亜理咲の動き。非常用のドアまで滑るように歩いて行く。 「やっぱりね・・・」 道路に面した表側に出たとき亜理咲がポツリとつぶやいた。 「う・・・ん・・・」 もう、僕はこの場所にいたくない気分だった。 「林さん、なにかわかったの？ よかったら教えてくれる？」 先輩が言う。 「うん。ちょっと待ってて。あいつ、きっともうすぐ出てくるから」 亜理咲はそう言って、マンションの入り口が見える場所まで歩く。 僕らは着いて行くしかなかった。 五分も経たないうちにタカシがマンションの入り口から出てきた。駅とは反対方向に歩いて行く。 「やっぱり・・・終わったら出て行っちゃうんだと思った。行こう。あっちなら遠くないはずだよ。居場所を突き止めなくっちゃ」 かなりアブナイ感じがしたけど亜理咲の押し殺したような声には迫力があった。 タカシは軽い足取りで歩いて行く。 僕らが後をつけているなんて夢にも思っていないはずだ。 十数分後、町外れにあるいかにも昭和という感じの文化アパートの一室にタカシの姿は消えた。ところどころにヒビ割れの補修痕がある薄汚れたモルタルの外壁がもの哀しい感じだった。 「サイテー！」 亜理咲が吐き捨てるように言う。最低とも裁定とも聞こえた。 同じ男として穴があったら入りたい気分だった。最低なことに水島先生の声を聞いて興奮していた僕がいるんだ。だから、余計ここにいたくなかった。 「帰ろう・・・僕はここにいたくない・・・」 正直に言った。 「ユーイチロー」 「なに？」 「お兄ちゃんに言われたことあるんだ。男は出さなきゃならないって。出せば気が済むんだって。男って出すことしか考えられないの？」 「う〜ん・・・そういうところもあるかもしれない。溜まっちゃうと自分が自分じゃなくなっちゃうようなときもあるよ・・・」 「ユーイチローも？」 「正直に言うとそうだね。でも僕には妹もお姉さんもいないからよくわからないとこともある。ただ・・・なんていうか・・・すごく嫌な気分なんだ。自分も含めて性みたいなものを感じちゃって・・・」 「サガ？」 「うん。きっと男は子孫を残すために種を蒔くのが本能なんだ。だから衝動に駆られると後先がわからなくなっちゃう。女は、そういう意味では受け身だし、その後のこともあるから行動原理っていうか考え方が違ってくるんだと思う」 「ふ〜ん」 亜理咲は怒っていた。その気持ちをどこへぶつけていいのかわからずにいた。 「ねえ今井君」 「はい・・・」 先輩が話に割り込んできた。 「男の人はみんな出さなきゃ満足できないの？」 「そう・・・ですね・・・目的が遂げられないっていうか・・・」 「だったら、なんであのとき出さずに帰ったの？」 「え？」 そうか・・・亜理咲を家に置く提案の後、先輩から告白られたときのことを思い出した。 「あのときは先輩が満足してくれたし、先輩の顔を見ていたら幸せな気分になっちゃって・・・」 亜理咲はまだ怒った顔で僕と先輩を見ている。 「どうして今は嫌な気分なの？」 「自分でもわからないんです。でも・・・ああいうのは・・・きれいじゃない」 「今井君らしいわ」 「えっ？」 「あなたにはそういうところがあるの。だから惹かれるんだと思う」 「そんな・・・それに、僕はいま自分が嫌なんです」 「どうして？」 「水島先生の声を聞いて・・・興奮していた・・・」 「でも、あなたは帰ろうって」 「あの泣き声を聞いていたら辛くなっちゃったんです」 「私も・・・」 「でしょ」 「そうじゃないの・・・先生の声を聞いて私もあなたに強引に抱かれているところを想像しちゃったの。さっきの話だけど、女にはそういうところがあるんだと思う。無理矢理されたいっていうか・・・本当にそうなったらわからないけど願望は確実にあるわ。きっと林さんも。だから怒っているのよ。性に逆らえないのも人間だから」 「瞳・・・も・・・興奮してたの？」 「うん」 「じつは・・・あたしも・・・でも、あんな奴許せない」 亜理咲も・・・だったのか・・・ 「またお母さんの力を借りなきゃならないのかなぁ・・・」 「なにかアイデアがあるんですか？」 「今井君、あなた今日のことお母さんに説明してくれる？」 「はい・・・でも大丈夫かなぁ・・・」 「文集委員の仕事じゃないけどね」 「あっ・・・そうか・・・わかりました」 「なに、なに？ ずるい。あたしわかんない」 「仲良し三人組が顧問の先生を弁護士のお母さんの力を借りて助けるってこと」 「あっ、うん。あたしも協力する」 先輩が携帯を取り出して電話をかけていた。 話をしているうちにマンションに着いた。 |
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| 2011.8.12掲載 |
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