| 26 僕は先輩のお母さんに夕方見たことを詳しく説明した。 金を請求するところと受け渡しを見たのかを詳しく聞かれた。 そんなことより大切な問題があるんじゃないかと思ったが、たしかに見たのはその部分だけだ。 先輩は僕が亜理咲のことを助けたのを知っていたから相談を受けたのだと説明していた。心配して先生のマンションへたずねていったら、とんでもないシーンに出くわしたことにした。 先輩のお母さんは難しい問題だから口外しないよう僕らに釘を差した。 そしてデリケートな話があるから僕に席を外して欲しいと言った。 すっきりしないまま帰るしかなかった。 部屋に戻っても眠れなかった。 教師と生徒だというだけで水島先生に特別な感情はなかった。だいたい教師なんて生徒と対立する存在だからひどい目に逢っても心が痛まないと思っていたのに、あの声を聞いた瞬間から混乱してしまって自分が何をしたいのかすらわからなくなっていた。水島先生を助けたいのか、それともエッチな妄想の対象に堕ちてしまったのか、あるいは先輩のお母さんに任せて忘れるべきなのか。いや忘れることなんかできない。 ほとんど寝ないで登校した。 昼休みに図書室で会おうと先輩からグループメールが来た。もちろんメンバーは亜理咲との三人だ。 図書室の片隅にかたまって僕らは話をした。 先輩の話だとお母さんが水島先生に会いに来ているはずだという。 強姦も親族間の恐喝も親告罪だから先生が訴えないと罪が問えないらしい。話を聞いているだけでひどく疲れた。 亜理咲には先生の弟が今日も来ると思うかを聞いていたらしい。 「あいつ絶対来るよ。だってお兄ちゃんとそっくりだもん」 怒りの色を浮かべた目をして亜理咲はそう言った。 「水島先生が訴えない場合は念書にサインさせるためにお母さんが水島先生の部屋に行って弟を待つことになるんだって。そのときは誰か応援を頼むから私たちは関わらないようにって言われた」 「なんだか釈然としない・・・」 「大人に頼んだ以上口出しはできないわ」 「でも、なんだか嫌な予感がする」 「どうして？」 「ああいう奴って陰湿だから・・・」 「そうよね・・・」 「写真のデータだってどうやって保管してるのかわからないし」 「どういうこと？」 「デジタルはいくらでもコピーできるから」 「そっか・・・」 「データ消しても復元ソフトがあるし、部屋を徹底的に調べてもバックアップ用にサーバー借りてれば、コンピューターのハードディスクを壊してもCDやDVDを廃棄してデータを読めなくしちゃっても復元できる・・・」 「こわっ・・・」 これは亜理咲だ。 「念書にはそういう項目あったかなぁ・・・お母さんに連絡しておく」 「とにかくネットなんかに流出してないことを祈るばかりだね」 みんな押し黙って暗い雰囲気になってしまった。 昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。 図書室を出て階段を上ろうとしたときに亜理咲が袖を引っ張った。 先輩は別の階段の方が便利だから図書室を出たときに別れて亜理咲と二人だった。 「ユーイチロー、ちょっと・・・」 「なに？」 「授業サボって、あのタカシって奴の部屋に行こうよ」 「まずいよ・・・」 「あたし思い出したんだ」 「何を？」 「あいつ駅前にあるビデオ屋の店員だよ。何度か見たことあるもん」 「じゃあ、まずそれを確かめよう」 「うん」 僕と亜理咲は早退して、いったん家に戻って着替えてからビデオ屋へ向かった。制服姿を見られるのはマズイ。 いた。たしかにあいつだった。 「ここで待ってて」 亜理咲はそう言うカウンターに向かった。 冷や汗が出た。 手には先日リリースされたばかりの人気映画のDVDパッケージを手にしている。いつの間にあんなの持っていたんだろう。 「すいませ〜ん」 「はい」 「これ見たいんだけど〜、みんなレンタル中でぇ・・・」 「ああ・・・これ・・・新作ですから待ってもらえますか」 「予約とかぁ、できないんですかぁ」 わざとギャルっぽいしゃべり方をしている。 「えっと、予約は受け付けていないんです」 「そこをなんとかぁ・・・おねがい」 「二泊三日ですから今日中には何本かは返ってくるはずだけど約束はできないッスよ」 「じゃあ、また来るからとっといてよ。あたしのこと覚えといてね」 「しょうがないなぁ・・・」 「お兄さん何時までいるの？」 「えっと店には4時までですけど・・・」 「え〜そうなんだぁ〜、残念・・・あたし、これから出かけなきゃなんないから、また明日来てみま〜す」 亜理咲はきびすを返してこっちに来た。 あいつには見えないよう僕に向かってVサインを出している。 「やった。4時までだって。行こ」 もう店の外へ向かって歩き出している。 「大胆だなぁ・・・」 僕は亜理咲の行動に舌を巻いていた。 「あいつさ、きっと水島Tのこと追っかけてきたんだよ」 「そうかなぁ・・・」 「だって実家は京都だって言ってたもん」 そういえば先生にも、あのタカシって奴にも微かに関西弁が残っているような気がする。 「僕はそこまで知らないから・・・」 「うん、いちおう担任だからね」 「あのさぁ」 「うん」 「僕だって水島先生のことは助けたいって思うけど、ちょっと亜理咲は熱くなりすぎって感じがして、そっちの方が心配だよ」 「うん・・・でも、あいつをやっつけてやりたい。我慢できないの」 「わかった。協力するよ。でも無理はしないで欲しい」 「やっぱりユーイチローはいい奴だね」 ひと駅だけ電車に乗って僕らはあいつのアパートへ行った。 亜理咲はガスメーターの裏側に手を入れて鍵を取り出した。 「ビンゴ！」 こっちを見て笑っている。 「驚いたなぁ。昨日、そんなところまで見てたんだ」 もう亜理咲はドアを開けている。 それを見たら心臓が破裂しそうになったし猛烈に喉が渇いた。でも亜理咲をひとりにはできない。 他人の家に忍び込むのは簡単じゃないから、亜理咲もここへ来れば諦めるんじゃないかと心のどこかで考えていた僕が甘かった。気合いを入れて一緒に入るしか選択肢はない。 「うわっ、タバコ臭っ。それになんかヤな感じ」 亜理咲が顔をしかめる。 1Kの間取り、台所の流しには洗っていない食器が積み上げられている。開いたガラス戸の奥には万年床があった。机の上にはパソコンと19インチの液晶モニタがある。それ以外は殺風景な部屋だ。 迷わず僕はパソコンのスイッチを入れた。二世代前のOSが立ち上がる。マイピクチャをクリックすると日付順に並んだフォルダの階層が表示された。昨日の日付のフォルダをダブルクリックするとカメラメーカーのブラウザが立ち上がった。 「うわっ！」 ずらりと並んだサムネイルはすべて水島先生の裸だ。 亜理咲が背後で息を飲んでる。 サムネイルの上に拡大表示された写真は結合部までしっかり見えているものだった。悶える顔、はだけたブラウスと持ち上げられたブラジャーの下で剥き出しにされたバストが硬いフラッシュの光で浮かび上がっていた。下半身は裸だ。喘ぎ声が聞こえてきそうな半ば開いた口が艶めかしかった。 「ゴクリ」 思わずつばを飲み込んでしまう。 「バ、バカ、ユーイチロー！」 「あっ・・・ごめん・・・」 左に表示された階層の中で一番古いフォルダをクリックする。去年の春の日付だ。 「あれ・・・」 拡大表示された写真は笑顔でピースサインを出す先生だった。 「ハチ公が写ってる・・・」 亜理咲がつぶやいた。 うれしそうな顔。写真の中にいる私服の先生はどこにでもいる普通の女性だった。何枚か先のサムネイルをクリックすると、こんどはどこかのレストランで食事中の先生の写真が大きく表示される。ここでも笑顔だ。サムネイルをスクロールしていくと渋谷の街並みや、有名なレコード店の前にいる先生が写っている。普通の記念写真ばかりだ。最後の方は先生の部屋なんだろうか、小さなテーブルに鍋があり、そこにも笑顔の先生がいた。そして、ビールの缶をかかげているあいつも写っていた。 「どの写真も笑ってるね」 亜理咲が言う。 「うん・・・」 「なんかキモい・・・」 「どして？」 「これ恋人同士みたい・・・」 「そっか・・・」 たしかにそうだった。写真にはほとんど先生しか写っていないし、姉を撮るという気持ちを越えたなにかが伝わってくる。 「あれ・・・」 次にあるフォルダをクリックするとフラッシュに浮かび上がる先生の寝顔が写し出された。どうやらExif情報を元に自動的に日付別のフォルダが作成される仕組みのようだ。右側に表示された撮影情報には12時を少し過ぎた時間が表示されている。 「これって・・・」 サムネイルには同じような写真が何枚も続いている。 スクロールしていくと布団がめくられて上半身が、そして全身まで段階的に説明するような写真が続く。先生はスエットの上下を着て眠っていた。 「おかしくないか・・・これ・・・」 「うん・・・」 次々に拡大表示させていくとスエットをまくられてブラジャーが見えていたり、下の方を下ろされてショーツが丸見えになっている写真まであった。 「ひどい・・・」 「えっ・・・？」 「睡眠薬かなんかで眠らされてるんだよこれ・・・」 「そうだね」 「許せない」 さらにスクロールすると、ついに先生は全裸にさせられ、バストや局部のアップが続いている。その執着心の強さには恐怖すら感じた。 そして、ついに屹立を先生の口に押し当てたり、あそこへ指を挿れたり、屹立を挿入していく課程を写した写真が出てきた。 「たぶん、この日が最初だ。これで先生を脅して関係を続けてたんだ・・・」 「これ・・・消せないの・・・？」 「消すのは簡単だけどバックアップとかしてあったら意味ないし・・・これから先輩のお母さんが先生のところ行くんだから、消したのバレたらマズくね？ 怪しまれたりしたら・・・」 「そうだね・・・だったら、もうちょっと見よう。事情が知りたいし」 「時間大丈夫か？」 「まだ3時前だよ」 「わかった」 最後のサムネイルには三角形のアイコンがあった。 「これ・・・動画だ・・・」 「見せて・・・」 「うん・・・」 亜理咲に言われるままクリックする。 別窓がポップアップした。 「あっ・・・いやっ・・・なにこれ・・・だめ・・・タカシ・・・ああっ！」 激しく揺れる画面から先生の声がした。 「ずっと、ずっと姉ちゃんとこうしたかったんだ」 タカシが叫んでいる。 「だめっ・・・私たち姉弟なのよ・・・や・・・やめて！」 驚きと戸惑いで先生の目が見開いている。 抵抗しようと押し返す手のせいで画面は不安定だ。 「遅いよ。姉ちゃんが寝てる間に何度もこうしたんだ」 「どうして・・・だめよ・・・ああっ！ いやっ！ ああんっ！」 フレームが移動して結合部が写し出された。 タカシは腰を動かしている。 明るさが足りずノイズだらけの画面の中でタカシのものが突き刺さっているのがわかる。 「い、いや・・・タカシ・・・ゆるして・・・」 「ずっと姉ちゃんのことが好きだったんだ・・・」 「どうしてなの・・・そんな・・・だめ・・・だめなのぉ・・・ああっ！ ああっ！」 言葉で抵抗していても先生の声は甘い。 「くそっ！ こんなに感じやがって・・・姉ちゃんは処女じゃなかった・・・」 「や・・・やめてっ・・・おねがい・・・」 「ちくしょう・・・中で出してやる！」 激しい動きで画面も揺れている。 ベッドがきしむ音、先生の喘ぎ声が続く。 「だめ！ だめぇっ！」 「おおっ！ うおぉぉっ！」 「いやぁ〜っ！！」 動画が終わっても僕と亜理咲は画面から目を離すことができなかった。 薄暗い画面は不鮮明だったけどすべての事情が飲み込めた気がした。 「こいつ・・・先生のことが好きだったんだ・・・」 ねじ曲がった欲望に、ねじ曲がった行為、許されることじゃないと思いつつも男としてなんとなく気持ちがわかった。 「アリサ・・・帰ろう。あとは先輩のお母さんに任せよう・・・」 「バックアップとかは？」 「あっ・・・忘れてた・・・探してみる・・・」 机の引き出しを開けてみると白いラベルのDVDのケースが十枚くらいあった。マジックでほぼ一ヶ月おきの日付が走り書きされている。トレーを開けて内容を確認すると、やはりバックアップだった。 それからIEを立ち上げて履歴を見たり、メーラーの内容を覗いてみたりした。 「なにしてんの？」 「ちょっとだけ確認」 「ふ〜ん・・・で、それバックアップだったの？」 「うん」 「ぜんぶ？」 「たぶんね。日付があるからマメにとってるんだと思う」 「そっか・・・」 話をしている最中に携帯が鳴った。すごくビクッた。ポケットから出すと先輩からだった。 「はい・・・すみません。アリサと抜け出しちゃって・・・はい・・・わかりました・・・はい・・・はい・・・じゃあ後で・・・」 「瞳？」 「うん。学校にいないからって心配してた。先輩ん家に集合だって。行こう」 「わかった」 僕は忍び込んだ痕跡をなるべく消してタカシのアパートを出た。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2011.8.20掲載 |
南田朗さんの作品集→ |