| 30 その翌日、部活が終わったあと水島先生は僕ら三人に残るようにと言ってきた。 「まずは、あなたたちにお礼を言わせて。ありがとう」 僕らの前に座った水島先生はあらたまった感じでそう言った。 「吉川さんのお母さまから聞きました。あなたたちが私のことを心配して相談してくれたって。だからお礼が言いたくて残ってもらったの。詳しい事情は話せないけどけじめはついたわ」 つとめて冷静に話そうとしているのがわかった。 「先生はそれでよかったんですか？」 先輩が聞く。 「私たちがしたことはよかったのかどうか、とっても悩んでいるんです。常識的にはいいことなのかもしれませんが、先生個人にとってはどうだったんですか？」 「よ・・・吉川さん・・・」 水島先生は言葉をつなげられない。 表情が変わる。 必死で保とうとしていたものが崩れてしまったようだ。 その弱々しい様子に先生の身体が小さく見えた。 いや、ひとりの女性としてリアルな大きさに戻って見えたと言う方が正確なのかもしれない。 「好奇心から詳しい事情を聞きたいとは思っていません。でも、ひとつだけ確認させてください。本当にこれでよかったんですか？」 「え・・・ええ・・・弟は実家に帰ることになったわ・・・私は大丈夫だから・・・」 水島先生は言いにくそうに答えた。 「すこし安心しました。先生、お願いがあるんです」 「な・・・に・・・？」 「私たちはこのことをけっして口外しません。これから先生とも話題にはしません。ですから、このまま白鳥学園の教師も文芸部の顧問も続けて欲しいんです。生徒としてではなく、ひとりの女としてのお願いです。こんなことで女の人生が変わってしまうんだったら・・・すごく悲しいんです」 「わかったわ・・・ありがとう。やめないから・・・いえ、やめたらいけないのよね。吉川さんに言われて気がついたわ。強く生きることにするから安心して」 「先生。ちょっとだけあたしの話を聞いてくれる？」 「ええ。いいわよ、林さん」 亜理咲がしゃべりだしたのでビックリした。 なにを言うつもりなんだろう？ 「先生はあたしとおんなじだったんだ。あたしはお兄ちゃんだったけど、無理矢理エッチされた。嫌でも逃げ出せなかった。それを瞳とユーイチローが救ってくれたんだ。だから、いま瞳ん家にいる。いまはとってもハッピーだよ。えっと、うまく言えないけど、先生もきっと救われる日が来るよ・・・きっと・・・」 「そう・・・だったの・・・」 先生は驚きを隠せない様子で言った。 「うん。だから元気出して」 亜理咲は亜理咲なりに自分の話をバーターにして先生を励ましているんだと思った。 先輩だって「お願い」というかたちで先生を励ましている。 僕には・・・なんにもできない・・・ 黙っているしかなかった。 僕だって先生にこのままでいて欲しいと思っている。でも、問題がビミョ〜すぎて、なにをどう言ったらいいかわからないんだ。 それに、一連の出来事で先生との距離が縮まったというか、いままでより先生のことが好きになっていた。かなりやばいレベルで・・・ 「ありがとう・・・林さんの気持ち、とってもうれしいわ。あなたも・・・大変だったのね・・・知らなかった・・・ごめんなさいね・・・」 「いいの。あたしには瞳やユーイチローがいるから。先生も早くカレシ見つけなよ」 亜理咲がニッと笑う。 いたずらっぽい感じもするけれど、その笑顔は無敵の女神そのものだ。 すご〜くいい雰囲気だし、いい方向に向かっているのがわかる。 だけど僕は居心地が悪かった。 このまんまだと亜理咲が僕たちの関係を話してしまうのではないかとハラハラしたし、なにより、この手の話題の中で男ひとりというのはどうしていいのかわからない。おまけに僕は一番年下の、亜理咲に言わせればオコサマだから、気の利いたことなんかしゃべれない。 先輩と亜理咲の視線を感じる。次は僕がしゃべる番だと目が言っていた。 「ごめんなさい。僕帰ります。ちょっと恥ずかしくて・・・僕も先生にはがんばって欲しいです。さよなら」 それだけ言って僕はダッシュで図書室から飛び出した。 |
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| 2011.10.15掲載 |
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