35

　夢のような一夜だった。

　あれから僕ら三人は裸のまま抱き合って眠った。

　目を覚ますと先輩と亜理咲がそばにいた。

　まだ外は明るくなったばかり。

　眠っている二人を見ながら僕は昨日のことを思い出していた。

　先輩と亜理咲は外見が違うのに似ているところがある。いや、心のどこかが共通しているんだ。先輩の心の底にあったものを気づかせたのが亜理咲、それを引き出したのが僕だ。そして、それは亜理咲自身でもあった。だから二人は嫉妬し合わない。それどころではなく昨夜のように愛し合ったりもする。世間一般から見れば異常だと言われるかもしれないけど、僕はこの関係に満足しているし違和感はまったくない。ひとつ心配なのは僕自身のことだ。先輩はお母さんと同じ弁護士を目指している。きっと先輩ならすごい弁護士になるだろう。亜理咲は卒業したら花屋に勤めながらフラワーコーディネートの資格を取るんだと言っている。亜理咲には似合っていると思う。僕だけが何も持っていない。ずっと二人のそばにいたいと思うだけで将来に対するビジョンなんてない。僕には何が出来るんだろう。二人のために、あのこと以外で役に立てるんだろうか？　そんなふうに考えていたら、僕にはここにいる資格がないんじゃないかという気分になってきた。

「おはよう。今井君・・・早いのね。どうしたの？　なんか変」

「あっ、先輩。おはようございます。いえ・・・なんでもありません・・・」

　上半身を起こして考え込んでる僕を先輩はいぶかしげに見ていた。

「コーヒー淹れるから、キッチンへ行こ」

　先輩が立ち上がった。

　その輝くような裸身を見ていたら、ますます自分がちっぽけに思えてきた。

　トボトボと先輩についてキッチンへ向かう。

　長い髪を揺らしながら歩く先輩の後ろ姿はほんとうにきれいだった。

「どうしたの？　今井君。具合でも悪いの？」

　マグカップに注いだコーヒーをテーブルに置きながら、僕の顔を覗き込むようにして先輩が言った。

「あ・・・ごめんなさい。大丈夫です。たぶん・・・幸せ過ぎちゃって、ほんとうに僕はここにいていいんだろうかって考えたら・・・」

「どういうこと？」

　隣の席に座った先輩がコーヒーを飲みながら言う。

「その・・・先輩はすごく優秀で、きれいで、やさしくて・・・アリサだって将来の夢を持っていて・・・なのに僕は・・・大好きな先輩やアリサにふさわしい人間になりたいのに・・・ごめんなさい、朝からこんな暗い話しちゃって」

「いいことだと思うわ」

「えっ？」

「考えるのはいいことよ。でも自分を卑下しないで。あなたは私の大切な人なのよ。それをわかって」

　僕を見つめながら言う先輩の瞳に吸い込まれそうだった。思わず「僕なんかで・・・」と言いそうになったけど、その言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。

　それに先輩から「大切な人」なんて言われると猛烈に元気が出てくる。

　気がついたらほっぺたにキスされてた。

　いままでの暗い気分がそれだけで吹っ飛んでしまった。

　やっぱり先輩は最高だ。

「先輩、ありがとう。大好きです」

　その場で抱きしめたい気分だったけど先輩がマグカップを持っているのでやめた。

「ずる〜い。あたしにも大好きって言って」

　背後で亜理咲の声がした。

「林さん、おはよう。コーヒー飲むでしょ」

　先輩が立ち上がって言う。

「うん。ありがと。なんか、すごくいい雰囲気で、あたしだけ取り残されちゃったみたい」

　そう言いながら向かいの席に座った亜理咲はいつものいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべている。

「アリサ」

「なに？」

「大好きだよ。アリサも」

「あ・・・」

　亜理咲の顔が赤くなる。

「どしたの？」

「なんでもない・・・」

　亜理咲はうつむいてコーヒーをすする。

　たぶん条件反射みたいなものだろう。きっと昨夜のことを思い出しちゃったんだ。

　そういえば、いつもと違うことに気がついた。朝勃ちしてないんだ。裸の二人を見ていてもエッチな気分にならない。だから落ち込んじゃったのかもしれない。男なんて単純なものだと思った。

「ユーイチローのバカ・・・」

「なんでだよ」

「だって・・・そんなふうに言われたら・・・」

「好きなんだから、しょうがないじゃないか」

　追い打ちをかけるようで、ちょっと意地悪かとも思ったけどそう言った。正直な気持ちだったからね。

「・・・バカ・・・」

　亜理咲は下を向いたままだ。

「だって・・・あたしなんか・・・」

　まだブツブツ言ってる。

「おいでよアリサ。僕はさっき先輩から元気をもらったんだ。だからアリサにも分けてあげる。いや、分けるんじゃなくて増やすのかも」

「ほんと・・・？」

「もちろんだよ」

「うん・・・」

　ためらいがちに僕の脇へ来た亜理咲を僕は思いきりハグした。

　そして耳元でもう一度「大好きだよ」と言った。

「あん・・・」

　甘いため息を漏らした亜理咲が身体を震わせた。

「私は朝ごはん作ってるから、その間ベッドへ行ってきたら？」

　気がついたら先輩が僕らの脇にいた。

「あ・・・ごめん、瞳。あたし、そんなつもりじゃなかったのに・・・」

「わかっているから心配しないで。私のことは気にしないで今井君に愛してもらいなさいよ」

「いいの・・・？」

「今井君」

「はい」

「まだ林さんは不安定なの。だから満たしてあげて。あなたにしかできないのよ。お願い」

「は・・・い・・・わかりました・・・行こう・・・アリサ・・・」

　神託のような先輩の言葉に気圧されて僕は亜理咲の背中を押した。

　そして僕は亜理咲の部屋に行って、もう一度亜理咲のことを抱きしめた。

「アリサ、僕たちはひとつなんだ。僕はアリサと先輩のためならなんでもする」

　そう言うと亜理咲は震えだした。

「泣いてるの？」

「・・・」

　亜理咲は答えない。

「あたしなんか・・・汚れてるのに・・・」

「まだ、そんなことを・・・おいで・・・アリサ・・・ベタで陳腐な言い方かもしれないけど、僕は本気でアリサのことを女神だと思ってる。どうして自分が僕の女神だってわかってくれないの？」

　そう言いながら、僕は亜理咲をベッドに横たえた。

「ほんとに・・・ほんとに、あたしでいいの？」

　また少しだけどわかった気がした。亜理咲と僕も共通の部分を持っているんだ。それを満たせるのはお互いしかいない。そして、先輩はそれをよく理解している。だから僕に亜理咲を満たして欲しいって言ったんだ。

「僕はアリサじゃなきゃだめなんだ。アリサと先輩と僕はひとつなんだよ」

　僕は心を込めて亜理咲を吸い、舐めて、撫で、揉んで、繋がった。

　その行為はセックスというよりかは賛美と言った方がぴったりのものだった。

　僕の気持ちが伝わったのか亜理咲は滑らかに鳴き続けた。

「ユ、ユーイチロー・・・うれしい・・・あたし・・・もう、離れられない・・・それでもいいの・・・？」

　貫かれながら何度目かの絶頂を迎えた亜理咲は痙攣しながら言った。

「僕だって・・・アリサから離れられないよ・・・」

　挿送のスピードを速めながら言う。

「あっ！　また・・・いっちゃうっ！　ああっ！！」

　亜理咲が痙攣する。

「ね、ねえ・・・」

「なに？」

「ユーイチローも・・・気持ちいい・・・？」

「もちろんだよ・・・」

「いっちゃいそう・・・？」

「うん・・・もうすぐ・・・」

「だったら・・・おねがい・・・」

「なに？」

「昨日みたいに・・・飲ませて・・・ほしいの・・・」

「いいけど・・・まずくない・・・？」

「ううん・・・すてきだよ・・・それに・・・外で出されると・・・ちょっと悲しいんだもん・・・」

「わかった・・・抜いてもいい・・・？」

「うん・・・あたしばっかり・・・先に何度もいっちゃった・・・ごめんね」

　屹立を静かに引き抜くと、亜理咲はぎこちない動きで上半身を起こして僕を押し倒した。まだ余韻が残っているんだろう。それでも取り憑かれたように僕のものを口にふくんだ。

　なんていうか、口でしてもらうのを見ているとひどく気分が高ぶる。男の心のどこかで征服したいとか支配したいという欲望があるからだろうか。よくエッチなビデオで女優さんに「奉仕します」なんて言わせているのを見たけど、きっとそういう理由なんだと思う。ただ僕は亜理咲に奉仕してもらっているとは思わないし、征服したいとも思っていない。それでも、この光景には興奮する。亜理咲の気持ちがダイレクトに伝わってくるんだ。

　そう、昨夜、先輩にしてもらったときもそうだった。

　亜理咲の姿と先輩のイメージが重なったとき僕は放出した。

　まるで僕の分身が亜理咲の口の中へ拡散していくようだった。

　あまりの気持ちよさに目の前が真っ白になり、半ば意識を失って脱力してしまった。

　目を閉じているのに僕のものを愛おしそうにしゃぶっている亜理咲が見えた。

「アリサ・・・」

　僕は独り言を言うように亜理咲の名前を呼んでいた。

　やがて萎えたものから口を離した亜理咲は僕の腰を抱きしめながら言った。

「大好き・・・大好きなの。ユーイチロー。こんな気持ち・・・はじめて・・・」

　僕の心も甘いもので満たされていた。