36

　ダイニングテーブルに座るとひどくバツが悪かった。

　だって、いくら先輩にうながされたからって直後に顔を合わすのは恥ずかしいというか、複雑な気分だ。でも、先輩がドアをノックして食事ができたことを知らせに来たんだ。

　パンと卵焼きとサラダのシンプルな朝食。これを作るのにそんなに時間はかからない。きっと先輩は僕らを待っていたんだ。そう思うと申し訳ない気分にもなった。

　でも、なぜか先輩はうれしそうだ。

「このまま三人で暮らせればいいのに」

　最初に口を開いたのは亜理咲だった。

「そうね。すてきだと思うわ」

　先輩が答える。

「瞳、ほんとにそう思う？」

「もちろんよ。どうして？」

「あたしね、なんだか吹っ切れちゃったの。もう家には帰らないって決めていたけど、ほんとうにそう思えるようになったの。ずっと、みんなといたい。瞳がお母さんよりもお母さんに思えるときがあって、なのに・・・恥ずかしいけど・・・瞳にエッチなことされると身体が溶けちゃうみたいにうれしいし・・・瞳にもエッチなことしたいし・・・ユーイチローは・・・ごめん・・・ごはんのときに話すことじゃなかったかも・・・」

「すてきね」

「えっ・・・？」

「よかったわ。ずっと心配してたの。卒業するまではここにいる約束だったから、それまでに林さんがそういう気持ちになって自分を取り戻してくれたらいいなって思ってたの」

「うん・・・ありがと。瞳」

　すごいと思った。先輩は僕なんかよりずっと先に亜理咲のことを理解していたんだ。それも、もっと深いところで。

「今井君」

「は、はい！」

　いきなり振られて、僕は食べかけの卵を飲み込んで答えた。

「あなたのおかげよ。私にも林さんにもあなたが必要なの。じつを言うとね、ドアの外でずっと聞いていたの。ちょっと羨ましかったけど感動したわ」

「やだ・・・恥ずかしい・・・」

　亜理咲が両手で顔を覆った。

　これだけ本気で恥ずかしがっているのは、あのとき亜理咲が完全に自分を解放した証拠かもしれない。たぶん亜理咲はもう大丈夫だ。

　それにしても参った。いいタイミングでドアをノックされたのは先輩が僕らの、あの一部始終を聞いていたからなんだ。

「瞳・・・」

「なあに？」

「あたしがユーイチローに抱かれても平気？」

「どういうこと？」

「あたしね、たまにユーイチローを独占したいって思うときがあるの。昨日だって・・・ヒトミがユーイチローのを飲んでいるのを見てヤキモチって言うか、胸が苦しくなって・・・でも瞳も大好きなの・・・ときどき自分がわかんなくなる・・・」

「私だってヤキモチくらい妬くわ」

「そう・・・なの・・・？」

「さっきだって、あなたたちの声を聞いてすごく妬けたわ。でも、今井君が言ってたみたいに私たちはひとつなんだって信じてるから・・・この際だからはっきり言うわ。私にはあなたたちが必要なの。みんな愛してるの」

　ものすごい衝撃だった。もちろん僕たちは特別な関係だし、特別な感情がなければこうはならない。それがわかっていても、先輩の口からはっきりと「愛してる」って言葉を聞くのは初めてだし、その重みに圧倒された。

　ここで「僕も」と言ってしまうのは簡単だろう。しかし、それは後戻りが出来ない踏み絵だということもわかっていた。それでも僕は決心した。

「僕も先輩とアリサを愛してます。いま、はっきりとわかりました」

　僕は宣言した。

「僕はまだちっぽけで何ができるのかわからない。けど、いまみたいに三人で暮らせる場所を作りたい。そのためならなんでもします」

　それは人の根幹に関わる重大な目標に思えた。

　亜理咲が泣き出した。

「ねえ・・・それって家族みたいなもの？　あたし・・・もう、ひとりじゃないんだよね？」

　亜理咲が自分の闇を口にしたのは初めてじゃないだろうか？　自分のことを汚れていると言うのも孤独の裏返しだったんだと思った。

「林さん、あなたが気がつかなかっただけで、私たちはもう家族なのよ。もしかしたら世間一般からは受け入れられないかたちの共犯者かもしれない。あなたはひとりじゃないし、私たちは離れられない運命なんだと思う。あなたが私に秘密を打ち明けてくれたときから、それははじまったの。だから、あなたは私自身でもあるの。わかるでしょ」

　ほんとうに亜理咲は女神なのかもしれない。そして先輩は巫女。僕はただの磐座、あるいは二人の扉を開ける神器。そこまで考えたとき猛烈な衝動に駆られた。さっきの亜理咲みたいに先輩を抱きたくなったんだ。

「瞳！」

　僕は無意識に先輩の名前を呼んでいた。

　ビクンと先輩の身体が震えた。

　視線が絡み合った。

「ひとみ・・・ぼくは・・・」

「だ・・・だめ・・・もう・・・がっこうへ・・・」

「だ」が「ひゃ」に聞こえた。先輩は僕の気持ちに気がついている。いや、先輩がそれを望んでいる。僕にはよくわかった。

「瞳、僕は瞳を抱きたい。いまここで、アリサの見ている前で・・・さっきアリサとしたのとおんなじように」

「く・・・ふ・・・」

　先輩は金縛りにあったように動かない。目が虚ろだ。あのときと同じ。僕らが初めて結ばれたときの目だ。

「秘密の箱はまだ開いていない。僕は鍵だ。だから、いまここで瞳の箱を開けてあげる」

　先輩の身体がふるふると震え出す。もう一押しだと思った。

「アリサ」

　僕は亜理咲の方を向いて言った。

「僕はこれからここで瞳を抱く。アリサとおんなじように。これは大事なことなんだ。アリサは見届け役だ。わかるよね？」

「う・・・うん・・・」

　亜理咲が怯えたようにうなずく。

「瞳、今日は学校へは行かない。これは僕らがほんとうの家族だってことを確認するためのイニシエーションなんだ。こっちへおいで」

　僕は立ち上がってリビングのソファーを指さした。

　僕もあのときと同じなにかに取り憑かれたような精神状態だった。考えるより先に言葉が出てくる。

「さあ、ここへ」

　僕はソファーの脇に立って両手をひろげた。

　ついに先輩が立ち上がった。

　視線が宙に浮いていて、その姿は彫像のようだった。ただ燃えるように渦巻くヘアーが生身の肉体であることを主張していた。

　一歩、一歩、揺らめくように先輩が近づいてくる。

「瞳、僕はもう瞳のことを先輩とは呼ばない。その意味はわかるよね？」

　先輩がかすかにうなずく。

「それは瞳自身が望んだことでもある。そうだね？」

　またうなずいた。

「僕を見て」

　目が合った。

「僕は誰？」

　しばらく沈黙が続く。

「ゆ・・・雄一郎・・・」

　先輩が答える。名字じゃなく名前を呼んでくれた。先輩の心の奥の、またその奥に隠されていた秘密の箱がいまベールを剥がされて露わになった。蓋を開けるのは僕だ。

「そう、僕は雄一郎。瞳の鍵なんだ。そして瞳は僕の大事な人。さあ、来て」

　僕が両手をひろげると先輩は僕の胸に飛び込んできた。堰を切ったという表現がぴったりするほどの勢いだった。その衝撃をなんとか受け止めながら僕は先輩の身体を抱きしめた。

　甘い香りがする髪の中へ顔を埋めると僕のものが大きく硬くなっていくのを感じた。

　ちょっとだけ身体を離して先輩の顎に手をかけて上を向かせる。

　そして、ゆっくりと唇を重ねた。

　最初は軽く、次に歯茎をなぞるように舌を差し込んだ。

　それだけで先輩は肩を上下するくらい息を荒げた。

　手のひらで背中を撫でると、ときどきヒクリと身体を震わせる様子がいじらしい。

　僕の背中にまわされた先輩の手、その指先に力がこもってくる。

　密着した胸からは興奮したとき特有の息づかいが伝わってきた。

　僕が抱きしめているのは今までの先輩じゃない。先輩は今、サナギから蝶へとメタモルフォーゼしようとしている。

　僕は唇を離し、耳から首筋、そしてバストへと移動させていく。

「はぁぁんっ！」

　愛らしい蕾のような乳首に到達したとき、先輩ははじめて甘い声をあげた。

「あっ！　はぅっ！」

　身体が大きく震え出す。

　すべての想いが伝わるように念じながら舌先で乳首を転がすように舐めた。

　先輩が両手で僕の頭を抱える。そして柔らかな膨らみに僕の顔を押しつけた。

　僕はもう片方の膨らみを手のひらで包み込んで、持ち上げるようにして揉んだ。

「はっ！　はっ！　はぁぁんっ！！」

　その息づかいから小さなアクメが次々に先輩を襲っているのがわかる。

「あうぅぅっ！」

　先輩の身体が硬直したのを機に、僕はひざまずいて唇を下の方へ移動させた。

　そのとき、ちらっと亜理咲の姿が視界に入った。見届け役だと言った僕の言葉が暗示になってしまったのか彼女は金縛りにあったように立ちつくし、目を見開いて僕らのことを見つめていた。きっと彼女の目には僕の姿が神像にかしずく神官のように見えているんじゃないかと思った。

　亜理咲のケアは後でもできる。今は先輩に専念すべきときだ。僕は先輩に視線を移す。

　淡く生えたヘアーの奥にスリットが見える。

　驚いたことに先輩の内股は溢れた蜜で濡れていた。

「瞳」

「は・・・い・・・」

「ソファーに横になって」

「は・・・い・・・」

　操り人形のようなぎこちない動きで先輩はソファーに腰を下ろし横になった。

　膝を持って脚を開かせる。

　吸い寄せられるように僕は先輩のあそこへ顔を近づけていった。

　なつかしい先輩の匂い。

「あうぅぅっ！」

　舌先で蜜をすくうように秘肉を舐めあげると先輩は高い声で啼いた。

　同時に背中が弓なりに反った。

　腰を抱えて舐め続ける。肉芽がどんどん硬くなっていくのがわかる。先輩は高い声で喘ぎながら痙攣を繰り返している。

　いつも感度がいい先輩だけど、こんな悶え方を見たのは初めてだ。

　それは神々しささえ感じる姿だった。

　先輩の悦びがダイレクトに脳へ伝わってくるような気がした。

「いまだ！」声ではない声が頭の中で響いた。

　僕は身体を移動させて先輩に覆い被さる。

　腰をちょっと動かしただけで屹立の先端が蜜壺の入り口にフィットした。

「ああああっ！」

　一気に挿入すると先輩は絶叫した。

　両手が背中にまわされ抱きしめられる。先輩の爪が僕の肉へ食い込む。その痛みすら心地よく感じながら僕は激しく律動した。

「ああっ！　ああっ！　ああんっ！！」

　僕の動きにシンクロして先輩は喘ぎ続ける。

　どれくらいそうしていただろう。時間の感覚を失ってしまったみたいだった。先輩は僕の下で何度も硬直と弛緩を繰り返した。

　そして、ついに僕もクライマックスを迎えた。

　思いきり深く挿し込んで放出させた。

　外で出すことなどまるで考えなかった。

「あああ〜んっ！！」

　先輩は僕に応えるように腰を浮かせ恥骨を押しつけながら硬直した。

　そして何度も痙攣した。

　腹筋の動きが密着した肌から伝わってくるほどだった。

　やがてブリッジのように浮かした腰が崩れ落ち、先輩はグッタリと弛緩してしまった。

　僕はゆっくりと先輩から身体を離す。

「瞳・・・」

　呼びかけても返事はない。先輩は意識を失っているみたいだった。

　ときどきヒクリと震えている先輩の姿態を眺めながら、これ以上美しいものはないと思った。

　立ち上がったまま、ずいぶんと長い間、先輩の姿に見惚れていた。気がつくと亜理咲がタオルを持って来て後始末をはじめていた。

「ひとみ・・・ひとみぃ・・・」

　そう呼びながら亜理咲は先輩の下半身を拭いている。

　先輩が大きく息を吐いた。そして、ゆっくりと目を開けた。

「あ・・・」

　声ともため息ともわからないような声を漏らしながら亜理咲を見る。

「あ・・・ありさ・・・ちゃん・・・」

「ひとみ・・・すごく、すごくきれいだった。あたし感動しちゃった・・・」

　そう言う亜理咲に先輩が手をさしのべる。

　亜理咲の二の腕をつかんだ先輩は目を閉じて静かに息を吸い込みゆっくりと吐いた。そして言った。

「亜理咲ちゃん・・・私たちはひとつ・・・」

「あれ、瞳ったら、あたしのこと『ありさ』って呼んでる」

「いや？」

「ううん・・・うれしいけど、ちょっとヘンな感じ・・・」

「あのね・・・いままで、ずっと心の中でそう呼んでたの・・・もう・・・名字で呼ぶのは不自然なの・・・」

「うん。うれしいよ瞳」

　ふたりの会話は僕らの関係がまた深くなったことを物語っていた。

「瞳」

　僕は先輩の名を呼ぶ。

「すてきだった。今日のことは一生忘れられないと思う」

　先輩の目を見ながら意味をたしかめるように言った。

「でも、ごめん。また中で出しちゃった。後悔はしてないけど、洗った方がいいかもしれない・・・」

「雄一郎・・・わかってる・・・大丈夫だから・・・でも、手を貸して。まだ力が入らないの・・・」

　先輩が僕の方に手をさしのべる。

　僕は先輩を抱き起こした。

　僕にもたれかかった先輩は小さな声で「うれしい・・・」と言った。