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　いやはや入院生活はタイヘンだ。プライドはずたずたになるし不便この上ない。そして来るべきときがやって来た。

「ジャ〜ン」

　次の日、亜理咲が持って来たのは紙袋に入ったタオルの山だった。

　覚悟を決めるしかなさそうだった。

「瞳は？」

「あとで来るよ。ってか、抜け駆けして来ちゃったんだ、あたし。だってユーイチローと二人になりたかったんだもん」

　亜理咲らしいと言えば亜理咲らしかった。気持ちはうれしかったけど、ちょっと恥ずかしい。しかし、ヘンなことに燃えるもんだ。亜理咲は清拭のことを知ってからずっとこだわっていた。亜理咲は薄い毛布を剥ぐとお仕着せの寝間着を脱がせはじめる。その顔はうれしそうだ。

「なんだか楽しまれてるみたい」

「うん。ユーイチローの面倒みるのうれしいよ」

　例のニッていう笑顔を僕に向ける。

「気持ちはうれしいんだけどさ、僕だって恥ずかしいんだ」

「わかってるよ。安心して」

　ぜんぜんわかってなかった。

　亜理咲はタオルを持って洗面所兼トイレに入っていく。すぐに水音が聞こえた。個室にはトイレがついていてお湯も出るんだ。僕はまだ立てないから使ったことはない。

「ユーイチロー・・・かわいそう。あたしたちのために・・・ごめんね」

　亜理咲はそう言いながら暖かいタオルで僕の顔を拭きはじめた。

　耳の後ろから首筋、胸から腹へとていねいに拭いている。正直言って、かなり気持ちがいい。しかし・・・

「こんなになってるんだ・・・」

　亜理咲は管が通った僕のものをつまんで、しげしげと見ている。これが心配だったんだ。

「そこはいいから・・・」

　クニクニされても、ぜんぜんエッチな気分にはなれない。むしろ、ものすごく恥ずかしい。

「だいじょぶ。まかせて。ちゃんときれいにしてあげるから」

　ぜんぜん大丈夫じゃない。

「頼むよ。すごく恥ずかしいんだ」

「あら、あたしや瞳を縛って好きにしたくせに。自分にされるのはやなんだ」

「バカ・・・病院でそんな話やめろよ」

　亜理咲の眼は笑っている。からかわれているだけなんだと思った。たしかに冗談でも言いながらじゃないとヘビーな気分になりかねない。亜理咲なりの気遣いなんだと納得した。

　亜理咲はタオルを取り替えて袋の裏側まで拭くと、脚の方へと移動した。

「仕上げだよ」

　身体を横にされて背中を拭き終わった後、亜理咲が僕に見せたのはスプレー缶だった。

「なにそれ？」

「ドライシャンプーだよ。水を使わなくても頭が洗えるの」

「へぇ・・・そんなもんがあるんだ・・・」

「うん。ちゃんと調べたんだ。清拭のやり方だってネットで調べて看護師さんにも聞いたんだよ」

「そう・・・だったんだ。ありがとう、アリサ」

　亜理咲は亜理咲なりに自分ができることを考えていたんだ。手際がよかったのも納得できた。その気持ちが素直にうれしかった。

　ドライシャンプーはメチャ気持ちよかった。

「アリサ」

「ん？」

「ありがとう。リフレッシュしたよ」

「気持ちよかった？」

「うん。気分爽快」

「だったら、またしてあげるね」

　そう言う亜理咲もうれしそうだった。

　しばらくすると瞳も来た。

　僕らの顔を見比べて不思議そうな表情を浮かべる。

「ごめんね、瞳」

「えっ・・・？」

「あたしひとりでユーイチローに清拭しちゃった」

「あっ・・・ずるい・・・」

　きっと、この二人は何かを話し合っていたに違いない。アリサは抜け駆けしたって言っていた。たぶん、二人で身体を拭く約束をしていたんだと思った。

「ごめんね。次は瞳の番にするから・・・」

　亜理咲は駆け引きがうまい。いや、瞳に対する気持ちがストレートに伝わっているから駆け引きじゃないのかもしれない。しかし、結果的には自分のワガママを僕らに納得させてしまっている。こういうところは亜理咲の得な性分だと思った。

　二人の気持ちはありがたいけど、やっぱり気恥ずかしい。それに、母さんなんかに知られるとまずい。これからのことを考えると頭が痛かった。