| 46 「抱いちゃえばいいんだよ」 亜理咲が言った。 昨夜の出来事を僕は瞳と亜理咲に説明した。 その答えがこれだ。 「水島Tは家族じゃないけど、あたしはいいよ」 亜理咲は続ける。 「でも・・・ユーイチロー・・・エッチできないの？」 「うん・・・わからないけど・・・そういう気分にはなれないんだ・・・」 「かわいそう・・・でも、ユーイチローがどんな身体になっても、あたしはユーイチローのそばにいるからね」 瞳は黙っている。もしかしたら怒らせちゃったんじゃないかと心配だった。 「ごめん・・・瞳。怒ってる？」 僕は気になってたそのまんまを聞いた。 瞳は首を振って答える。 でも黙ったままだ。 「昨夜、瞳と水島Tのこと話してたんだ。あんなに不安定な精神状態で大丈夫なのかって。もしユーイチローが抱いてあげて安心するならそうすればいいと思うよ。だって、あたしだってそうだったんだもん」 「それとこれとは・・・だいたい、そうなったとしても僕は先生と一緒になる気はない。だったら、しない方がいいし、正直な話、僕には瞳や亜理咲の方がずっと大事だから・・・」 「わかってるよ。でも、あたしにはわかるんだ。水島Tの気持ち。あたしは自棄になって・・・知ってるよね？」 「うん・・・」 そうだった。亜理咲は自分の身体を憎むように言い寄る男たちに与えていたことがあったのだ。 「水島Tがヘンな男にやられちゃうくらいだったら、ユーイチローにしてもらって救ってもらう方がいい。そう思うよ」 「僕がして救いになるのかなぁ・・・？」 「なる・・・と思うわ」 はじめて瞳が口をきいた。 「えっ・・・どうして・・・」 僕はちょっと驚いて聞き返した。 「先生には雄一郎につぐないをしたいっていう気持ちがあると思うの。そして、自分も喪失感にさいなまれて不安定になっている。その両方を満たせるのは雄一郎だけだから・・・」 「それは・・・瞳の気持ちじゃない・・・」 「私の両親のことを話すわ。お母さんは知っての通りの女性で強く見えていた。でも、それは思い込みというか意気込みみたいなもので、ほんとうは弱い部分があるの。彼女はそれを隠して・・・いえ、自分で許せなかったのね。経済的にも精神的にもお父さんと対等であろうとがんばってきた。お父さんは、そんなお母さんは強い女だと勘違いして自分なんか必要じゃないと思うようになった。そして仕事で知り合った女性と深い仲になってしまったの」 瞳からこんな話を聞くのは初めてだった。それに、瞳が何を言いたいのかつかめないところがあった。 「お父さんは、なにかで困っているその女性を助けた。そして一線を越えてしまった。お父さんは正直に告白して、お母さんに判断を委ねたの。お母さんは自分の気持ちを無視して建前だけで対応した。そして別れてしまったの。それ以来、お母さんは心を閉じてしまった。どうして、あのときに素直になれなかったんだろうって思うわ」 なんとなくわかってきた。瞳は自分の中の矛盾に悩んでいたんだ。 「お父さんも素直じゃなかった。お母さんが結論を出したときに、何も言わずに従ったの。過ちは正していくのが筋なのに、二人とも最初から筋ばかりを気にしていた。二人とも、とってもいい人たちなのに順番を間違えてしまったんだとしか私には思えない。私は・・・私は・・・」 「もういいよ、瞳。自分を責めちゃだめだ。僕には瞳の気持ちが大切だから、もし先生が困ったことになったとしても、瞳や亜理咲が危なくなったときみたいに身を挺する覚悟はできない」 瞳に苦しい思いをさせるくらいなら、こんな話をしなきゃよかったと思った。 「それが問題なの。もし困ったことになったら、私は絶対に後悔する」 「あのさ・・・瞳・・・」 亜理咲が口を挟んだ。 「なに？」 「あたしが割り切って考えられるのは堕ちるところまで堕ちちゃったからだと思うの。だから瞳には、あたしの考えを押しつけることはできない。でもね、救って欲しいって気持ちが痛いほどわかるから・・・」 「でもさ・・・アリサ・・・アリサが言ったとおり先生は家族じゃない。僕らの間でも線を引くことは必要だと思うんだ。そうじゃないと・・・現に瞳は苦しんでる・・・」 「うん・・・でも・・・たとえばだよ。私たち家族の中に緊急避難するお客さんがいたっていいんじゃないかなって・・・」 いつもは瞳の提案を尊重する亜理咲が今回は引かない。 そして、いつものとおり僕の意思は後まわしだった。 「瞳」 僕は瞳を呼んだ。 「なに？」 「ちょっとこっちへ来て」 「うん」 「僕の身体を起こしてくれる」 「大丈夫？」 「うん・・・大丈夫だから・・・頼むよ」 「うん」 瞳は僕の背中に手をまわして上半身を起こしてくれた。 「そのまま・・・」 「えっ・・・？」 僕は左手で瞳を引き寄せてキスした。 すっと舌を差し込むと応えてきた。 時間にすれば十秒くらいだったけど、ちゃんとしたキスだった。 「瞳、大好きだよ。だから無理はして欲しくないんだ。僕は瞳の鍵なんだから。それを忘れないで」 僕は最大限の笑みを作って瞳に言った。 「あっ・・・うん・・・」 瞳の瞳はトロンと蕩けたようになった。 こんなとき、いつもは「ずるい」と言う亜理咲も黙っている。 「もう、この話は終わりにしよう。先生のことは僕だって気になるけど、ここで議論してもはじまらないとも思うんだ。それに・・・どんな結論が出たとしても・・・いまの僕にはなんにもできない・・・」 「雄一郎」 「なに？」 「ほんとにほんとなの？」 瞳が亜理咲みたいな聞き方をしてきた。 「うん。そういう気にならないっていうか・・・ぜんぜん反応がないんだ。怪我の後遺症かなぁ・・・このまんまだったら・・・どうしよう・・・」 「お医者さんに聞いてみる？」 「それも、ちょっと恥ずかしいなぁ・・・もうちょっと様子を見るしかないね」 「わたしも・・・ずっと雄一郎のそばにいるから・・・」 「うん。ありがとう」 僕は瞳を抱き寄せた。 「あ〜・・・ずる〜い・・・」 そのときになって亜理咲も寄ってきた。 |
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| 2012.9.1掲載 |
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