| 12 翌日の昼休み、僕はいつものように校庭の片隅にあるベンチで弁当を食べていた。 「おいしそうね」 突然声をかけられて顔を上げると林亜理咲が立っていた。 「林先輩・・・」 「瞳じゃなくてガッカリした？」 林亜理咲は誰であろうと名前を呼び捨てにする。でも、それがちっとも嫌な感じがしないのは彼女の得な部分だろう。 「ヒトミって吉川先輩のことですか？」 「そうやって、とぼけたってお見通しよ」 「なにがですか？」 「ユーイチローが瞳のこと好きだっていうこと」 そう言って林亜理咲は僕の隣に腰掛けた。長いベンチなのに不必要にくっついてくる。どういうつもりなんだろう？ 僕のことを「ユーイチロー」と呼ぶのにもちょっと抵抗がある。 「そんな・・・たしかに吉川先輩のことは尊敬しているし・・・」 「エッチした？」 「な・・・なに言ってるんですか・・・」 あけすけな問いに僕は唖然とした。 「おっかしいなぁ・・・あたしの勘は確かだと思うんだけど」 僕の顔を下から覗き込むように言う林亜理咲の目が輝いて見えた。なんでだろう？ 「そんなわけないじゃないですか」 「うそつき」 「じゃ・・・じゃあ仮にですよ。仮に僕が吉川先輩のことが好きだったとしても、それが林先輩に関係ないでしょう」 「あるのよ」 「なんでですか？」 「だって、あたしも文集の編集委員なんだもん」 混乱して訳がわからなかった。 「わけわかんないですよ」 「あたしはユーイチローに興味があるの。だから編集委員に立候補したんだもん」 「なんですか・・・それ・・・？」 ますます訳がわからなくなった。 「ユーイチローは、あたしのこと嫌い？」 「いや・・・嫌いじゃないですけど・・・」 「だったらアリサって呼んでくれる？」 「アリサ・・・ですか・・・いいですけど・・・」 林亜理咲の口から出る言葉はカタカナ表記に聞こえてしまう。 完全に林亜理咲のペースに巻き込まれていた。 それに、ますます身体を押しつけるように密着してくる。 嫌じゃないんだけど・・・困惑って言葉が頭に浮かぶ。 「あのさ・・・」 「はい・・・」 「あたしの経験をユーイチローに聞いて欲しいの。そして書いて欲しいのよ」 「ええっ・・・？」 「話せば長くなるから放課後に時間くれないかな？」 「いい・・・ですけど・・・」 「やった。じゃあ決まり。授業終わったら教室に迎えに来て」 林亜理咲は、それだけ言うと立ち上がって風のように去っていった。 彼女が何を望んでいるのか、僕の身になにが起こったのか、さっぱり理解できないまま昼休みが終わった。 だいたい林亜理咲の話には脈絡がなさすぎる。 13 放課後、僕は言われたままに林亜理咲がいる2年B組の教室の前にいた。 来てしまったのはなぜだろう。先輩である林亜理咲の言いつけだから？ いや違う。身体を押しつけるようにして座ってきたときの感触とか、間近に見るふとももの白さとか、僕に興味があると言った謎の発言とか気になることはいっぱいある。それに、林亜理咲みたいな女子に頼まれごとをしたら誰だって嫌な気はしないだろう。結局、僕もスケベな男子の一人に過ぎない。 「あっ、ユーイチロー。ちょっと待ってて」 林亜理咲は僕を見つけると満面の笑みを浮かべて手を振った。 「さっ、行こっ」 林亜理咲は腕を組んで僕を引っ張るように階段の方へ向かう。僕の腕がバストに触れるのなんかまるで気にしていない様子だ。その感触にビックリしながら引きずられるように階段を下りる。吉川先輩より確実にでかいしブラジャー越しなのに、ふんわりとした柔らさが伝わってきた。 「ど・・・どこ行くんですか？」 「学校は誰に聞かれるかわかんないから静かに話せるとこ」 気がつけば、もう校門の外だ。 「今日は彼氏と一緒に帰らないんですか？」 「うん。あれは付き合ってるけどカレシじゃないの。気になる？」 「い・・・いえ・・・でも、いつも一緒に帰っているから」 「あのさ、ゆっくり誰にも邪魔されずに話したいからユーイチローの家に行きたい。あたしん家じゃ家族がいるから二人っきりになれないのよ」 「ええっ・・・？」 どうして林亜理咲は僕の家に誰もいないことを知ってるんだろう？ 僕は学校の誰にもプライベートのことを話したことはない。 「だめ？」 語尾が伸びて甘い感じの問いだった。また下から覗き込むように僕の顔を妖しい目つきで見上げてくる。体勢が少し変わって、ますます僕の腕に柔らかいバストが押しつけられる。 「だ・・・だめじゃないけど・・・」 「やった。じゃ行こっ」 林亜理咲は大股でズンズン進む。僕の家がどこにあるのか知ってるんだろうか？ 「は・・・林先輩・・・」 「だ〜め！ アリサって呼んで」 「は・・・はい・・・じゃあ、アリサ・・・僕ん家、なんで知ってるんですか？」 「だって瞳とおなじマンションじゃない」 「えっ・・・吉川先輩の家・・・知ってるんだ・・・」 「あら、瞳とあたしは仲いいのよ」 意外だった。まあ同じ文芸部なんだし、付き合いは僕より一年長い。考えてみれば当たり前のことかもしれないけど、吉川先輩と林亜理咲とは共通の接点がそれくらいしかなくて、傍から見る印象は正反対のものだから仲がいいと言われてもピンとこない。 「何階？」 「は・・・8階です・・・」 気がつけばマンションのエレベーターの前にいた。まだ腕を組んだままだ。 「ア・・・リサ・・・」 「なあに？」 「こんなところ近所の人に見られたら・・・マズイんですけど・・・」 「ずっと、あたしのおっぱい楽しんでたくせに」 「な、なに言ってるんですか。だいたい腕を組んできたのはアリサの方だし・・・」 「サービスよ」 林亜理咲はニコッと笑って言う。ひと昔前に流行ったアニメのセリフみたいだ。 林亜理咲がエレベーターのボタンを押すと扉が開く。誰も乗っていないし、まわりにも人影がないのでホッとする。 誰かに見られたらと思うと冷や汗が流れた。それに、僕は誘惑されてるんだろうか？ 吉川先輩に知られたらどうなっちゃうんだろう。また昨日みたいに嫉妬して積極的になるんだったらうれしいけど、そういうふうになるとは考えにくい。 林亜理咲のペースに押されてここまで来ちゃったけど、なんだかすごく抵抗があった。でも、そんな気持ちとは裏腹に期待感もある。複雑な気持ちを抱えながら僕は鍵を開けて玄関の扉を開いた。 「へぇ〜、けっこうきれいにしてるんだ」 林亜理咲は僕のベッドに勢いよく座って言う。なんで僕はリビングじゃなくて自分の部屋に案内しちゃったんだろう。角度がついて僕の方を向いたひざ小僧と、その上のふとももに、どうしても目が行ってしまう。 先輩もそうだけど、林亜理咲の脚はスベスベだ。粉を吹いたような感じの女子が多いのに、何か特別な手入れをしているのだろうか？ そんな僕の考えを見透かすように林亜理咲が笑って言う。 「見ても大丈夫よ」 「えっ？」 「だってスパッツはいてるんだもん」 林亜理咲が超ミニにしているスカートをまくってみせた。 息が止まるかと思った。黒いホットパンツみたいなスパッツが見える。でも、そういう問題じゃないだろう。身体の線がはっきり見えるスパッツは、ある意味パンティーなんかより刺激的な眺めだ。まあ、腰を振りながら階段を上っている林亜理咲を下から覗いている男子生徒が知ったらがっかりするかもしれないけどね。 「やめてよ・・・アリサ・・・どういうつもり・・・」 「だってパンツ見えるかと思ったんでしょ？」 林亜理咲はいたずらっ子みたいな目でこちらを見ながら言う。いつの間にか、僕は林亜理咲のことを「アリサ」って呼ぶようになっていた。 「で、話があるんでしょう・・・」 このまんま林亜理咲のペースに巻き込まれたら、どうなるかわからない。と言うよりシチュエーションがやばすぎる。心の中で林亜理咲を押し倒したいという欲望が芽生えはじめていた。それが単なる妄想ではなく現実味を帯びた欲望であることを、ここ数日の出来事が僕に教えてくれていた。いま目の前でスカートをまくってみせた林亜理咲は押し倒してしまえば僕を受け入れてくれるはずだ。そうなったら吉川先輩との関係はどうなるんだろう。その心配だけが僕の気持ちにブレーキをかけていた。 「最初は瞳に書いてもらってたの」 「な・・・なんのこと・・・？」 まったく林亜理咲の言動や行動には脈絡がない。なんのことだかわからなかった。 「だからぁ・・・小説よ。あたしの体験」 「ええっ？」 「瞳が書くと、瞳の世界になっちゃって、あたしには難しすぎる。だからユーイチローに書いて欲しいの」 「ちょ・・・ちょっと待ってください・・・ということは、吉川先輩の作品ってアリサの体験談なの？」 ものすごく混乱した。だったら、秘密の箱はどうなるんだろう？ 僕は先輩の鍵じゃなかったのか？ もし、あの作品たちが先輩の心の中の出来事じゃなかったら、どうして先輩は僕に抱かれたんだろう？ なにもかもがわからなくなった。 「うん。全部じゃないけど、あたしの経験だよ。でも、瞳には瞳の世界があって形が変わっちゃうの。それに読みにくいし」 「アリサも秘密の箱を持ってるってこと？」 「なに、それ？」 すこし安心した。「秘密の箱」と「鍵」のキーワードは先輩のオリジナルらしい。 「たぶん・・・ですけど・・・吉川先輩の心の中には誰にも開けられなかった秘密の箱があって、それが小説の核になってるんです。きっと、アリサの話が刺激になって自分の中に秘密の箱があることに気がついたんじゃないかなぁ。だから、吉川先輩の作品はアリサの体験談を元にしてるけど、アリサ自身の話じゃないんだよ」 そうあって欲しいという願望から出た言葉だった。 気になることもある。それは林亜理咲の体験だった。かなり遊んでいる感じだから、すごいこともしているのかもしれない。それが先輩の欲望に火をつけたのかもしれない。 「う〜ん・・・難しいけど、なんとなくわかる。あれは、あたしだけの話じゃないってこと」 「だとしたら、僕がアリサの話を書いたって違うものになっちゃうし、黙って書いたら吉川先輩にも悪い気がする・・・」 「瞳が言ったんだよ」 「えっ？」 「ユーイチローに話を書いてもらえばって」 「いつ？」 にわかには信じられない話だった。 「ええっと・・・おとといの夜。電話がかかってきてユーイチローならわかってくれるから、ユーイチローに書いてもらえばいいって」 おとといと言えば先輩と結ばれた日だ。あの後、先輩が林亜理咲に電話をしたということだろうか？ だったら、その心理がわからない。もしかしたら先輩は僕とのことを彼女に話したのだろうか？ 謎ばかりが深まっていった。 「疑うなら瞳に直接聞いてみればいいじゃん。ちょっと待って」 林亜理咲は携帯を取りだして言った。 「あっ、瞳ぃ？ あたし。うん。いまユーイチローの部屋にいるの。うん。なんだかユーイチローったら疑ってるみたいで・・・うん。じゃあ待ってる」 電話を切ると林亜理咲は僕の方を向いて言った。 「瞳も来るって」 すこし安心した。これ以上、林亜理咲と二人きりでいたら理性を保つ自信がない。反面、ちょっとガッカリした気持ちもあって、先輩がここへ来ることがうれしくて、やっぱり複雑だった。 |
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| 2011.5.5掲載 |
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