３．濡れてる

　ひなたは、看板の陰でスカートを穿こうとした。
「スカートを穿いていいとは言ってませんよ」
　携帯ではなく、じかに男の声が聞こえた。予め、ここに潜んでいたようだ。
「ごめんなさい。でも、ちょっと、急用で・・・・あのぉ、もう勘弁してください。本当に急いでるんです」
「ほほーっ。彼氏が帰ってくるんですか？」
（それも知ってるの？・・・・誰なの？）
「いいでしょう・・・でも、ちょっとじっとしていてください」
　男は、ひなたの手からスカートを奪うと、ひなたの脇から手を回し、その手を上にあげ、ひなたに万歳の格好をさせて、ぎゅっと両手で顔ごと抱え込んだ。背の高い男だ、ひなたの頭は、男の胸までしかない。
　ジョキ・・・
　脇で不気味な音がした。もうひとりいたようだ。
（ハサミ？・・・・切ってる、スカート？・・・・・）
　ひなたは、口も押さえられていたので、声は出せない。
「いいですよ。もう、手をどけますが、振り返ってはだめです」
　そう言うと、男達は、去っていった。ひなたはじっとしていたが、足音が聞こえなくなって、手に握らされた、スカートを見た。
（ああ・・・・なんてこと・・・これじゃ・・・・）
　もともと短いスカートを、さらに２０ｃｍくらい切ってあった。
　それでも、しかたなく、ひなたはそれを身につけた。できるだけ、下にさげてみたが、前も後ろもきっと隠れてはいない。上からは見えないので、触ってみた。スカートの裾から、指１本分くらい出ている。ヘアが指に触れた。後ろにも手をやった。後ろはもっと短かった。お尻が半分出ている。
（もう・・・切るんなら、真っすぐ切ってよ・・・・どうしよう・・・・こんな格好じゃ・・・・）
　徹のアパートまでは、ここから１０分はかかる。この格好で通りを歩くのは、かなり無謀だった。
　ひなたは、ジャケットを脱ぐと、それを腰に巻いた。
（これで、後ろは隠れる。前は・・・・しょうがない・・・）
　ひなたは、バッグで前を隠しながら、通りに出た。３月、暦の上では春とはいえ、さすがに夜は寒く、ジャケットを腰に巻いて薄手のシャツ一枚という格好は、異常ではあったが、お尻丸出しよりは、正常に近かった。

　ひなたの神経は、異常に昂ぶっていた。
　前からも後ろからも人は途切れない。後ろから近づく足音にせかされるように、急いで歩く。
　不自然な格好だが、見えてはいない。それでも、ひなたは、すれ違う全ての人に見られてしまっているような錯覚を覚えた。それは・・・・恥かしいことではあったが、いやではなかった。
　息苦しく、肩で大きく息をしながら、徹のアパートに向っていると、少し前で車が止まった。
　徹の車だった。
　徹は、助手席の窓を降ろして、ひなたを呼んだ。
「ひなた、乗って」
　救われた気持ちでひなたは徹の車に駆け寄った。
「まだ、うちに着いてなかったの？」
「うん。ちょっとわけがあって・・・」
　ひなたは、徹になんて言おうか、まだ考えていなかったが、とにかく急いで、腰に巻いたジャケットをほどき、徹の車に乗り込んだ。

「何、その格好？」
　座席に座ると、スカートはさらにまくれ上がり、下半身は完全に露出した。
「そこの・・・公園でね・・・痴漢・・・痴漢に会ったの」
　確かに、痴漢のようなものではあった。
「痴漢？・・・で、スカート切られたの？」
「うん」
「前も後ろもぐるっと？」
「３人いて、身動きできなかったの」
「ふーん、で？」
「えっ？」
「いや、切られただけか？」
「ええ・・・」
「つけて来てるんじゃないのか？」
　徹は、車のサイドミラーを覗き込んだ。
「大丈夫だと思う」
「うん、誰もいないみたいだな」
　徹は、車を出した。

　運転しながら、徹は、ひなたのむき出しの下半身が気になった。
「ひなた・・・なかなかいい格好だね」
「バカ言わないでよ」
「その格好で歩いてたんだ？」
「だって、しょうがないでしょ」
　シートベルと引っ張り出そうと、ひなたが少しドア側に身体をねじったとき突然、徹の左手がひなたの股間に伸ばされ、太股のあいだに侵入してきた。
「だめよ、危ないでしょ」
　ひなたは、ぴったりと足を閉じて、徹の手を押さえたが、遅かった。
「ひなた・・・濡れてるよ」
　徹の小指にじわーっと温かいものが感じられた。
「だめ・・・・」
　ひなたは、弱弱しい声で答えた。
　徹の手が、ひなたの股間を擦るように上下する。
「やめて・・・・ねっ・・・お願い・・・・・えっ・・どこ行くの？」
　車は徹のアパートの前を通過した。
「俺、何も食ってないんだ。飯食いに行こう」
「何言ってんの・・・わたし・・・ねぇ、こんな格好なのよ」
「そう・・・・でも、セクシーだ」
「冗談言ってないで、戻って、お願い」
「ホテルだよ、ホテル。だいじょうぶだって・・・」
（ラブホなら・・・誰に見られるってわけでもないし、まぁいいか）
　ひなたは、ジャケットを膝の上に掛け、少し足を開いて、徹の手を動きやすくした。

４．会員制ホテル

「ホテルって・・・・ここは？」
　ひなたは、いつもよく行くラブホを想定していたが、いつものホテルとは、違った。
「レストランホテル」
　そこは、シーサイドのリゾートホテルで、ひなたは、初めて来るところだ。
「だめよ・・・レストランでしょ。他の人もいるんでしょ」
「だいじょうぶだよ。ここは会員制」
　徹は、駐車場に車を止めると、渋るひなたを引っ張り出した。ひなたは、慌ててジャケットを腰に巻こうとしたが、徹は、そのジャケットを取り上げた。
「徹・・・だめだって・・・・」
　ひなたは、慌ててジャケットを取り返そうとしたが、徹はさっさと建物に向って歩いていく。ひなたは、急いで、徹を追いかけた。
　レストランの入り口とホテルの入り口は別で、ホテルのほうに入ろうとする徹にひなたは追いついてしがみついた。
「だめだって・・・ねぇ、お願い」
　すると、徹は、ひなたの腕をほどき、後ろにまわって、ひなたの背中を押して、ロビーにひなたを押し込んだ。入り口に男性がいた。ひなたは、慌てて、後ろにさがって徹の背中に隠れた。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
　ロビーにいた男性が、ひなたの姿を見ても驚くことはなく、普通に二人を招き入れる。
「食事をするから、彼女を先に案内してももらえますか？」
　徹も、ごく普通に男にそう言い、背中にしがみついているひなたに
「チェックインしてくるから、先に行ってて」
　そう言って、ひなたの背中を押した。
「って・・・徹・・・・・」
　ひなたは、何か言いかけたが、徹はさっさとカウンターのほうに向って行く。
（そんなぁ・・・だめだって・・・ねぇ・・・あああ・・・）
　ひなたは、慌ててバッグで前を隠した。
「ご案内します。どうぞ」
　男は、全く普通にひなたを案内する。
（何？ここ・・・・いいの？こんな格好でも・・・・）
　前は、バッグで隠してはいるが、お尻は丸出しだ。ひなたは、何度も後ろを振り返りながら、男について歩いていった。

　レストランは、丸いテーブルが、通路を挟んで両側に５つずつ、けっこうゆったりと並んでいた。空いている席は入り口近くと一番奥の２つ。案内の男は、入り口近くの席を素通りして、ひなたを奥の窓際へと案内した。
（えっ・・・ええええ、手前の席でいいのよ。行かないで・・・・ここでいいってば・・・）
　ひなたは、入り口の空いている席でちょっと立ち止まったが、男についていくしかない。大きく息を吸い込んで、少し距離が開いた男の後を急いでついて歩いた。バッグをお尻に当てるのは、不自然だし、不恰好だ。お尻は隠しようがない。ひなたは、覚悟を決めた。
（ここの人が、何も言わないで案内しているんだから・・・・これでもいいのよ。きっと・・・）
　食事中のテーブルの脇をひなたは歩いた。どの席も、前には案内の男がいる、問題はない。ただ、ひなたが通り過ぎると、後ろでガタガタとイスの動く音がした。何人かが、振り返って見ているんだろう。
　心臓の鼓動が早まった。ようやく男が立ち止まった。
「こちらで・・・どうぞ」
　男は、入り口のほうを向いたイスをひいた。
（ああ、そっちじゃなくて・・・こっちに座りたいんだけど・・・・）
　ひなたは、自分で入り口に背を向けた側のイスに座った。みな、こっちを見ているに違いない。そっちを向く勇気は、ひなたになかった。

　ひなたは、イスに浅く腰を掛けた。座ってしまえば、どうということはない。
「いらっしゃいませ」
　濃いブルーのチャイナドレスを着たウエイトレスが、水を持ってきた。彼女の格好を見て、ひなたはここが中華料理店だということに初めて気がついた。
「お連れ様は、すぐにいらっしゃいますか？」
「は・・・はい」
「では、すぐに準備いたします」
　そう言って、彼女は戻って行ったが、ひなたは、しばらく彼女を目で追った。スリットがかなり深い。ほとんどウエストの位置まで切れ込んでいて、彼女が歩くと、裾が割れて、お尻まで露出した。見える限り、そのお尻を覆うものはなかった。
　彼女を追って振り返ったひなたの視界の中に隣のテーブルの女性の白いむき出しの足が入った。その彼女もチャイナドレスだ。少し足を開いて座っているせいか、左足は、付け根からほとんどすべて露出していた。
（ここって・・・・？会員制って言ってたけど・・・・）
　そこに徹がやって来た。
「お待たせ」
「ねぇ、徹」
「何？」
「ここって・・・・会員制って言ってたけど・・・・」
「ここのホテルのメンバーズクラブ」
「ここって・・・・」
「ちょっと変った趣味のある人が、使うみたい」
「変ったって？」
「ひなたみたいな人の集まり」
「私みたいって・・・？」
「知ってるよ」
「何を？」
「ブログ」
「えっ？」
（知られてた・・・徹に・・・）
　ひなたは、唖然として、徹を見つめた。

５．プレゼント

　ちょうど料理が運ばれてきて、話は途切れた。
　徹は、食べ始めると、ほとんど話さない。そして、とにかく食べるのが早い。食欲どころではないひなたの分まで、黙々と食べ続けている。
（ブログを知ってるって・・・・。わたしの露出癖も知られてるってこと・・・・。わたしみたいな人が集まる場所ってどういうこと？）
　ひなたは、あらためて周りを見回した。
　言われて見れば、確かにみな露出度が高いような気はする。
　箸をおいて、周りをきょろきょろしているひなたに気づいて徹が話しかけた。
「何か気になってる？」
「ううん。・・・・ここにいる人達はみんな会員なの？」
「そう・・・だと思う。俺も初めてだし・・・・」
「初めて？・・・いつ会員になったの？」
「１週間くらい前かな」
「どこで知ったの？」
「紹介された」
「誰に？」
「おいおい、刑事か、お前は・・・」
「いや・・・まぁ・・・」
「真垣っていう、本社の役員」
「なんで？」
「いや、まぁ・・・誘われて飲んでるうちに、勢いっていうか・・・」
　徹は、語尾をにごらせた。
（まったく、いったい、どんなところで飲んでたのか・・・・）
「いらっしゃいませ」
　不意に声がして、ひなたが振り向くと、４０歳くらいの男性が立っていた。
「今日、初めてでございますね」
「ええ」
　徹が答えた。
「ありがとうございます。当ホテルの支配人の藤代と申します。今後ともよろしくお願いいたします。料理のほうは、いかがでしたでしょうか？」
「いや、おいしかったですよ」
　出された料理は、クラゲの冷菜・カニ肉と豆腐のスープ、芝エビの香り炒め・イカのチリソース掛け、骨付き豚肉にチャーハン、そのほとんどを一人で平らげた徹が答える。
「後は、デザートでございますが、その前に、初めて来られたご婦人のお客様に当方から、こちらの衣装をプレゼントさせていただいているんですが・・・」
　そう言うと、藤代は、赤いドレスを取り出して、ひなたに渡した。
　ひなたは、戸惑いながらもそれを受け取った。
「着てみて・・・ひなた」
（着替えてって・・・・ここで？・・）
　ひなたは、慌てて徹を見たが、冗談ではなさそうだ。
　ひなたは周りを見た。全ての視線が、ひなたに集まっている。
（どうしよう・・・・いやだって・・・言えないんだろうなぁ、きっと・・・）
　ひなたは、ドレスを受け取ると、立ち上がった。
（お尻丸出しで、ここまで来たんだ。今更よね）
　脱いでみたくもあった。ごく普通のレストランで、ごく普通に食事をする人達の中で、普通に全裸になる。想像しただけでぞくっと震えた。ひなたは、ほとんど何の役にも立っていないスカートを脱ぎ、シャツも脱ぎ全裸になった。
（慌てるな・・・普通に着替えるのよ。ひなた・・・・だめ、震えちゃ、みっともない）
　ひなたは、自分に言い聞かせた。足が震えている。他のお客の会話の声が途切れた。
（見られてる・・・・みんなに・・・・でも、みんなに多様な人達なはず・・・・落ち着いて、落ち着いて・・・）
　ひなたは、ドレスを手に取った。ウエストからお腹の部分は、厚手の生地でコルセットのようになっている。下から穿いたのでは、お尻が通りそうにない。ひなたは、長い裾の部分を丸め上からかぶった。
　ウエストをベルトで締めると、そこから胸まで、ひなたは思いっきりウエストをしぼめ、見えないように隠されているファスナーをひき上げた。絞ったウエストと対照的にバストは、乳房の４分の１くらいしか覆われておらず、隠すというよりは、せり上げて見せるのが目的のようだった。ひなたの大き目の乳首はすでに固くとがっており、隠しようがなかった。裾は足首までのロングドレスだったが、前も後ろも腰のベルトの下からスリットが入っているので、イスに座れば、左右に別れて下半身は丸出しになるはずだ。
（お腹以外は、何も着けてないのと大差ない）
「お似合いですよ」
「ありがとう」
　藤代に礼を言ったのは、徹だった。
「では、ごゆっくり」
　ひなたは、戻っていく藤代に軽く頭を下げた。
「ひなた」
　徹が、少し前に乗り出して、小声でひなたに話しかけた。
「何？」
　ひなたは、座っている小声の徹に顔を近づけようと腰を曲げた。ただ、それだけでもう裾はひなたのお尻を左右にすべり、ひなたは丸出しのお尻を他の客に晒すことになる。驚いて背を元に戻そうとするひなたに
「だめ、そのまま。裾も押さえないで・・・」
　徹が、小声だが、厳しい口調で言う。ひなたは、もう一度腰を曲げお尻を晒した。
「みんな、見てるよ。ちょっと、そのままじっとしてて・・・」
　ひなたは、下腹部にじわーっと熱いものを感じていた。
「だめ・・・徹、もうだめ・・・・」
　数秒して、ひなたはイスに座ったが、頬は紅潮し、息が荒かった。
　ブログのことも、徹がどうして知ったのか、いつから知っているのか、訊きたいことは山のようにあったが、それが聞ける状態ではなくなっていた。