１　優香

　外は猛烈な嵐だ。
　優香は、八階のマンションの窓から、小さな公園を見下ろしていた。
　繁った樹木が、横なぐりの雨に、葉裏を見せるまでに悶え、うねっている。
　かなり大きなケヤキでさえも、渦に揉まれるイソギンチャクのようにみえ、激しい力に翻弄される女の髪にもみえた。

　室内はむしむしと暑い。クーラーが故障しているのだ。
　隣りの、居間につづくベランダでは、若い修理工が修理にかかっている。
　そこにも雨は吹き込んでいるにちがいない。

　今朝は雨まじり風が吹きはじめたので、夫を最寄の駅まで車で送った。
　予報が、ひどい暴風雨になるといっていたから、小学生の息子も校門まで送り、小さな背を丸めて駆け込んでいくのを見送った。
　いまはもう、最近では珍しいほどの嵐になっている。
　夫や子どもは大丈夫かしらと、ふと思った。

　暗い空から叩きつける雨が、窓を滝のように流れている。
　腕を抱いてたたずむ優香は、自分を隠れ家にひそむ魚のようだと思った。
　ザァーッと雨塊が吹き寄せて、窓枠がガタガタ揺れる。
　からだのずっと奥底で、なにかがうごめいた。

　白い手が、黒のスリップドレスの裾をたくし上げる。
　指が絹のショーツに入れられ、茂みの奥をさぐった。
「ぁ　」
　指がヌルッとしたものにふれた。

　ショーツが濡れるのが気持ちわるいのだろう。
　優香は窓辺に立ったまま脚から抜きとった。
　ひそやかな白い腕と太ももの動きが、暗い外光に浮かぶ。
　むしむしと暑い室内だが、少しさっぱりした表情になった。

「雨、大丈夫ですか？」
　優香が、ベランダへのガラス戸をあけて、修理工に声をかける。
　テラスふうのベランダは広く、クーラーのあたりに雨は届かないはずだ。
　それでも強い風に乗って雨滴が飛んでくるのだろう。
　若者は、汗なのか雨なのか、首に巻いたタオルで顔をぬぐって言った。
｢大丈夫です。あ、そこは閉めたほうがいいです。風が強いですから｣

　優香はベランダに出て、ガラス戸を閉めた。
　板張りのベランダは、かなり手前まで雨に打たれて色が変わっている。
　手すりの際の、背の高い草木が風雨で折れそうなまでにしなり、そちこちに置かれた鉢も揺れている。
　百合とミニバラの鉢がふたつ、濡れた床に倒れていた。

　風がどーっと塊みたいに襲ってきて、裾がはためく。
　湿った空気が下着のない内ももで渦を巻いた。
　バラバラと降りかる雨が、薄いスリップドレスに滲み通ってヒヤッとする。
　転がった鉢に近づくと、また横なぐりの雨が襲ってきて、たちまち濡れた。

「あ、僕がやりますよ。濡れますから｣
　青年が優香のほうに駆け寄った。
　Ｔシャツの袖を、肩までまくりあげた腕が、優香にはまぶしい。
　日焼けした、逞しい筋肉が、にじんだ汗と雨滴に光って、フェロモンが、風に乗ってどっと押し寄せてきた。

　ふたりの手が、転がった鉢に伸びてふれあう。
　優香のなかで、なにかがはじけた。
　風によろめいて、若者の足にしがみつく。
　彼はびしょ濡れの床にしりもちをついた。

　青年のベルトをもどかしく解き、ブリーフを引き下げる。
　うつぼが獲物を襲うみたいに、優香がペニスをパクッと飲み込んだ。
「あ、奥さん、こ、困ります｣
　からだの中心を襲われて、青年の喉ボトケが激しく上下している。

　むっと男の匂いがした。
　優香は、咥えたまま彼のズボンを引き下げ、Ｔシャツをめくりあげる。
　ザァーッと雨が吹きつけて、薄いドレスを肌に貼りつけた。
　濡れた薄い布が、くびれた腰からまるい尻の線をあらわにしていく。

　からだにかかる冷たい雨のなかで、ペニスだけが熱い口腔に咥えられている。
　青年のそれはたちまち猛って、優香の口をいっぱいにした。
　無骨な手が、柔らかい乳を下からむずとつかむ。
　優香は、尻に張りついた裾を引きずりあげて、馬乗りになった。
　雨に濡れる腰の、ほてった部分にそれをあてがう。

　熱く凶暴なものが、優香を下からズンッとつらぬいた。
　ハート型の張った尻が、暗い空のベランダで踊る。
　白い尻と、腰に張りついた黒のドレスのコントラストを、雨が容赦なくたたき、流れ落ちていく。

｢わたし、気が狂ったのかしら｣と優香は思った。
　夫はいいところのお坊ちゃんで、職場では社長と親戚筋のエリートだ。
　浮気の気配などはサラサラないし、夫が自分や子どもを愛していることも知っている。
　だからこれまで、一度も夫を裏切るなんて考えたことはない。

　優香のおしゃれや美容にも理解がある。
　太ったら離婚だ、乳が垂れたら離婚だと冗談を言い、肌を日に焼くのも嫌った。
　体の線が崩れるから、子どもは一人でいいとも言った。
　だから優香は、高級なフィットネスクラブでからだを鍛えている。
　プールでは、からだに見とれて言い寄ってくる男もいるが、関心はない。

　夫はパーティや旅行に、いつも優香を連れて行く。
　自分の美しくて貞淑な妻を、だれかれなく自慢したいらしい。
　優香はそれを、愛情の証だと思っていたし、
　美しく装い、もの静かで控えめな女であることに満足していた。

　しかし、子どもが学校へ上がり、少し暇ができてネットを覗くようになって、なにかがちがうのではないかと思うようになった。
　淫らな写真があけすけに公開されているし、信じられないような告白もある。
　とくに官能文書というサイトには、ふつうの男女の、あきれるほど濃密な情事があふれていた。

　その小説を読みながら、知らぬ間にあそこが潤むことがある。
　夫が知ったら、軽蔑した目で、はしたない女と言うにちがいない。
　彼はセックスには淡白で、なにか不潔なことのように思っているらしく、あそこに口をつけることもなく、ただ指でまさぐって、すます。

　わたしは、人形みたいな存在なのか……、優香はそう思うこともある。
　だからといって、小説のようなシーンを演じたいとは思わなかった。

　背後から雨が襲いかかり、むき出しの尻、ドレスがまつわりついた背を打つ。
　仰向けの青年の顔に優香の濡れた髪がへばりつき、それをモロに雨が洗っている。
　からだの奥ふかく打ち込まれた熱い杭を、さらに深く叩き込むように、優香は腰を激しく上下させた。

　突風が襲い、なにかの鉢が、またいくつか転がった。
　青年が、優香にクサビを打ち込んだまま上体を起こし、そのまま組み敷く。
　二人の絡まりあった足が、転がった鉢を蹴飛ばした。
　乳を上からわしづかみにした青年の髪から、ボタボタと雨滴が落ちてくる。
　その頭上の暗い空を、ちぎれた低い雲が矢のように走っていた。

　激しい息づかいに開いた口に、雨が注いだ。
　雨滴を飲み込む喉から胸への白いカーブに、青年が猛り立つ。
　優香も髪がべっとり貼りついた顔をゆがめて、下から激しく腰を突き上げた。

「後ろからッ　お願いッ　後ろからしてッ」
　優香が自ら腰をひねって、獣みたいに四つんばいになった。
　夫とはしたことのない、はしたない形だ。

　尻をもちあげ、上体を床に突っ伏す。
　床は鉢からこぼれた土が雨に濡れてザラザラしているが、優香はわれを忘れて、そこに頬と乳をこすりつけた。
　ほてって赤い肉を、猛烈な風雨が洗っている。

　青年がそこにむしゃぶりついた。
　全身を雨に打たれながら、そこだけ生暖かい舌で弄われる。
　野卑な無精ひげが、秘められた部分をザラザラこすった。
　そんなことをされたことのない優香がうめく。

　揺れる尻がつかまれ、熱くて太い杭をググッと押し込まれた。
「ひぃーっ」
　喉もとまで届くような犯され方に、優香は風に鳴る電線のような悲鳴をあげた。
　突き出された裸の尻が、激しく動き、ひねられ、ペニスをしごく。

　青年が、濡れたドレスを、背後からびりびりと引き裂いた。
　しなやかな裸体が、浮かび上がる。
　肉の薄い肌に、肩甲骨と背骨がよじれて、淡い影を刻んだ。
　雨がその影を伝って流れた。

「いいのか？　え、スケベな奥さん、いいのか？｣
　青年が、びしょ濡れの髪を後ろからつかんで、顔を上げさせる。
　泥に汚れた美しい顔をゆがめて、優香は叫んだ。
「いいわッ、もっと、もっと激しくッ」

　竜巻のようなものに襲われて、イソギンチャクが岩を離れた。
　くるくると舞い上がっていくを優香を、つらぬいた熱い杭がさらに突き上げ、とどめを打つように爆発した。
「いくーッ」
　のたうつ白い肌が、泥まみれの床で硬直した。

　浜に打ち上げられた、瀕死のイソギンチャクみたい、と優香は思った。
　しどけなく裸体を横たえて、激しい雨を、いまは天使の手のように感じていた。

　青年が、優香のそこを自分のタオルでぬぐった。
　そのタオルをくるくる巻いて、髪を縛っている。仕事に帰るのだ。
　シャワーを浴びるまでもなかった。
　激しい雨と風が、二人の泥と汗を洗い流してくれた。

「まだ、だいぶかかるの？｣
「いや、もうすぐです｣
　青年は困ったような顔で、パンツ一枚でクーラーの修理にかかった。

　優香は別のワンピースをはおり、若者のジーンズとＴシャツを乾燥機に入れ、コーヒーをいれた。飲みおわるころには乾くだろう。

　青年が室内機の調整をして、「終わりました｣といった。
　涼しいさわやかな風が流れてきて、あの蒸し暑さも外の嵐もウソのようだ。
「ひどい嵐ね｣
「そうですね、夜中までつづくそうです｣

　修理代を受け取り、乾いた衣類を身に着けると青年は帰った。
「また、なにかありましたら……｣
「そうね、またなにかあったら……｣
　なんだか、意味があるような、ないような挨拶だ。

　玄関のドア閉めると、優香は空腹を覚えた。二時である。
　お昼をたっぷり食べたら、子どもを迎えに行かなくてはと思った。

　キッチンに立つと、青年が注いだものが内ももを流れるのを感じた。
　テッシュで拭きとって、そのままショーツをはく。
　青年が汚したままのあそこで、今夜は夫に迫ろうようと思ったのだ。

　夫は、その気になっても、たいてい指でクリトリスをまさぐるだけだ。
　変化に気づくことはないだろう。
　他人の精液の中に夫を迎え入れながら、優香は嵐のベランダの狂乱を、もう一度味わうつもりなのだ。
　嵐は夜半までつづくというし……。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１　了