２　淑子

「わー、涼しい」
　駆け込んできた亜佐美が、クーラーの風を胸元に送りこんでいる。
　ポニーテールの首筋に汗が浮かんでいた。
　外は昼どきの陽射しがきつくなっているようだ。
　学校を早引けしてまっすぐ来たのだろう、セーラー服のままである。
　もってきたシャーベットを佐々木に差し出し、自分も食べはじめた。
　化粧っけのない、生のままの若い肌と赤い唇が初々しい。

「お仕事、どうですか？」
　クッキリした二重の眼が、脚本を覗きこんだ。
「うん、もう少しだ｣
　佐々木は新作にかかるとき、数日間ウィークリーマンションにこもる。
　脚本と演出プランを最終チェックし、今後の作業を組み立てるのだ。
　三度目の書き直しで、脚本はまあまあのできである。
　ある程度の視聴率はとれるだろう。

　亜佐美は、頬杖をついて佐々木を見ていた。
　佐々木はドラマ制作会社のプロデューサーである。
「んんー」とか「ン？」とかうなりながら脚本をめくっている姿が頼もしい。
　毛の生えた太い指が、赤鉛筆を握ってときどき何かを乱暴に書きこんでいる。
　駆け出しの亜佐美には、そういう男たちの生態が珍しい。
　父親みたいな年だが、男っぽくてあったかい感じに好感がもてた。

　佐々木は疲れたとき、ときどき亜佐美を呼び出す。
　たいていは体を求めたが、ただぼんやりとそばにいるだけのこともある。
｢亜佐美がいると癒される｣
　大人の男がそう言ってくれるのが亜佐美にはうれしい。
　それに性への好奇心も手伝って、佐々木の言うことはなんでも聞いた。
　もちろん、そうすることでなにか役がもらえるという打算もあるのだが。

　一年ほど前、佐々木は端役の娘役に亜佐美を起用した。
　誰でもよかったのだが、候補リストからすぐ亜佐美を選んだ。
　佐々木美雄という自分の名と、二つも同じ文字があったからだ。
　どうでもいい役者の、いい加減な選び方である。
　可愛らしい娘だが、演技は未熟でこれといったとりえはなかった。
　ただ、近頃の娘にしてはおっとりしていて、よく気がきいた。
　ロケで喉の渇きをおぼえたときなど、すっと冷たいものを差し出したりする。
　べつにスタッフに媚びているわけではなく、自然なのが好ましかった。
「僕の名と、字が二つ同じだね｣
　緊張している亜佐美をリラックスさせるために声をかけた。
「はい、……光栄です」
　十七歳にしては、落ち着いたそつのない答えである。

　ＡＤにそれとなく身辺を探らせたが、ヘンな男がついている様子はなかった。
　有望と思われる若い娘は、たくさんいる。
　だが、ホストクラブの男とか暴走族のチンピラとかが背後にいることが多い。
　この業界では注意を要することだが、亜佐美にそういう影はなかった。
　打ち上げの夜、ホテルの部屋番号を伝えると、深夜にそっと入ってきた。

　亜佐美のセックスは幼かったが、フェラチオがすばらしかった。
　べつに技巧があるわけではない。ほとんどただ咥えているだけだ。
　しかし、なにかポッテリと包みこむ感触が独特の快感を生むのである。
　それ以来、二人はたびたび逢うようになった。
　もう佐々木は五十にちかいし、がつがつ女をあさる気もない。
　その気になればいくらでも女はいるが、いつもなにか満たされないのだ。
　だが、なにか亜佐美はちがっていた。
　おっとりしているためか、いても邪魔にならない。
　いや、できればいつもそばにおきたいと思ったりもする。
　三十も年が離れているのに、佐々木自身が不思議に思う。
　佐々木には亜佐美より年上の息子が二人いるが、娘はいない。
　ときには、娘がいたらこういう感じかと思ったりするのだ。

＊

　脚本のチェックはだいたい終わった。
　あとは亜佐美の登場シーンを考えて、ライターに指示すればいい。
　昨夜は徹夜状態で、明け方に少し眠っただけだ。
　こういうときに、なぜか股間がうずく。
「疲れた。おいで」
　脚本を抱えて、ベッドにかけて横になった。
　亜佐美が立ち上がって、縛った髪を解こうとした。
「そのままだ」
　細い指がセーラー服のホックをはずしかける。
「それも、そのままでしてくれ」

　制服のまま床にひざまずいた亜佐美が、ペニスを探り出して口に含んだ。
「いいよ、本、読んでて」
　佐々木のものを咥えたまま、もごもごと言う。本とは脚本のことだ。
　私は私で遊んでいるから好きなことをしてて、と言っているようである。
　佐々木はしゃぶらせたまま、開いたページを少し読んだ。
　亜佐美のフェラはなんとも微妙で、セックスを前提にした激しさはない。
　子どもが遊びながらキャンデーをしゃぶるような、気のないフェラだ。
　だが先天的な口の構造なのか、ひたっと吸いついてからみついてくる。
　そういうフェラをする女はめったにいない。
　亜佐美にしゃぶらせていると、ずっと昔につきあっていた淑子を思い出す。

　もう、二十年ちかくも昔になるだろうか。
　いまとは別のプロダクションだったが、淑子は営業部にいた。
　唇がタラコを思わせて好色な感じがする子だった。
　美人で仕事もよくできたが、ほんとうはタレントになりたかったらしい。
　淑子は好奇心が強く、セックスは飽きることがなかった。
　しかし、次第にテレビに出たいとか結婚したいとか言いはじめた。
　妻子のある佐々木には浮気だったが、彼女は真剣に悩んでいたらしい。
　二年ほどして彼女は姿を消し、音信不通になった。

　営業部の淑子は、いつもスーツをきちんと決めていた。
　テレビ局やスポンサーの宣伝部に出入りすることが多いからだ。
　まだＡＤだったが、佐々木も同道して説明役を引き受けることがある。
　帰り道、よくホテルに入った。
　たいていはスーツ姿のままの淑子にフェラをさせた。
　地味なスーツと清楚なブラウスはお堅いＯＬそのものである。
　聡明そうな女が、ペニスを咥えさせられて淫蕩な表情に変わっていく。
　その変化に佐々木は欲情した。

　亜佐美の唇も、少し分厚くてタラコといえばいえる。
　それがいま、膨らみきったものをもてあまし気味に蠢いている。
　ひざまずいた亜佐美に佐々木が命じた。
「床に」
　スーツ姿の淑子にしたことを、再現するのだ。

　夏の清楚な制服のまま、床に四つんばいになる。
　短いスカートから、白い太ももが生々しくのぞいた。
　後ろからその姿をしばらく眺め、パンティを剥きとる。
　張りつめたもので、濡れたそこをさぐってゆっくり押しこむ。
「うーっ」
　入り口の狭いところが、ぐりぐりと根元まで移動した。
　深くつらぬかれて、ポニーテールがゆれた。
　ゆっくり出し入れしながら、少しずつスカートをまくりあげていく。
　白い尻がきれいなハート型をえがいていた。

　淑子はスタイルがよく、体の線が魅力的だった。
　亜佐美のラインはまだそれほどではないが、若い肌が輝いている。
　上着の下から手をさしいれて、小ぶりの乳房を握る。
　堅い乳首を指に挟むと、亜佐美がうめいた。
　出し入れを激しくしながら、乱していく。
　セーラー服を捲り上げ、ブラジャーをはずす。
　犯されながら着衣を乱される姿がせつなそうだ。
　佐々木が背から首筋に舌をはわせると、幼い腰がふるえた。
　首筋を舐め、肩に歯を立てる。
　淑子はここで獣のような叫びをあげたものだ。
　亜佐美は体を震わせながらも、声が漏れるのを耐えている。
　すべてを剥ぎとって全裸にするころ、亜佐美が声をあげはじめた。
　少女には似合わない腰の動きだ。
　佐々木は亜佐美の細い背中に精をまき散らした。

　シャワーを浴びて、出前の蕎麦で遅い昼食をとった。
　素裸の亜佐美は佐々木のパジャマの上着をひっかけている。
「友達のカレがね、どっかの奥さまに襲われたんだって」
「ん？」
「ほら、このあいだ嵐の日があったでしょ。そのときベランダで｣
　若い娘の話はわかりにくい。
　電器店に勤める友達のカレが、ある家のクーラーを修理しに行った。
　するとそこの奥さんに誘惑されて、寝てしまったという話らしい。
「それって浮気でしょ。彼女、怒ってた｣
「浮気というのかね。交通事故みたいなものだろ」

　佐々木はゴロッとベッドに横になって脚本を広げた。
「奥さまが浮気したらどうする？｣
「さあね」
「わたし、奥さまに悪いみたい｣
　亜佐美が腰のあたりに頭を乗せて横たわった。
　はおったパジャマがはだけて、小ぶりな乳がのぞいている。
　おもちゃのようにペニスをもてあそび、またぽってりした口に含んだ。
　さっきしたばかりだから、佐々木のものはすぐには回復しない。
　そんなことは気にしない様子で、無邪気にしゃぶっている。
　中年男の醜い腹のむこうの、無垢な少女がまぶしかった。
　そのままにさせて、佐々木はまた脚本に目を落とした。

「どうしたの？　こんなに大きくなって｣
　人形にでも話しかけるみたいに、亜佐美がペニスにつぶやいている。
　佐々木にうずきが戻ってきた。
「嚢に、毛があるだろう」
「フクロってこれ？　生えてるわ」
　睾丸の収まった嚢が、そっとやわらかな手で包まれた。
「毛を、引っ張って抜いてくれ｣
　しばらく忘れていたが思い出した。それは昔、淑子がよくやったことだ。
　ひたっとペニスを吸いながら、触れるか触れないかぐらいに嚢を撫ぜる。
　穏やかな愛撫の予想しないときに、ピッと毛が引っ張られるのだ。
｢痛くない？」
　チクッとした痛みが快感に変化して、背骨から脳に走った。
「おいで」
　佐々木は仰向けのまま亜佐美をまたがらせ、下からつらぬいた。
　まだ堅い乳房が、下を向いてややボリュームをます。
　粉をふいたようなふくらみの先端で、桜色の乳首が堅くしこっていた。
　佐々木が腰を突き上げ、亜佐美もその動きにあわせている。

　つながったまま佐々木が上体を起こし、そのまま上になる。
　腹の出た中年男に押しひしがれて、亜佐美の顔がゆがんだ。
　ひそめた眉、半開きのタラコ唇が、なぜか淑子を思い出させる。
　つながった部分を、指でひらいて調べてみた。
　クリトリスを包む苞が長い。
　膣壁がペニスに絡みついてめくれ出てくる。
　襞のつくりや色あいは初々しいが、やはり淑子に似ている。
(もしかして、淑子の娘ではないか？)
　そんなバカなことをふと思った。

　亜佐美が下からしがみついてきて、キスを求めた。
　淑子はイキそうになると、唇を求めてむしゃぶりついてきた。
　佐々木は亜佐美の口をむさぼりながら、淑子を思い描いて果てた。

＊

｢君のお母さんは、どんな人だろうな｣
　佐々木は腕のなかで丸まっている亜佐美に聞いた。
「どんなって……」
「名前は？」
「園井淑子｣
　一瞬、佐々木はドキンとした。
「いくつ？」
「四十三になると言ってた」
　淑子もそれぐらいの年になるはずだ。
　正確には、あれから何年だろう。
　佐々木は三十で淑子が二十五だったから、もう十七、八年になる。

　うかつであった。
　ほんの端役だから履歴書もろくに見なかったのだ。
　もっとも資料を見ても、姓が変わっているから気づいたとはかぎらないが。
「どこに住んでる」
「九州よ、どうして？」
「いや、君がいい子に育っているからさ｣
　亜佐美はフフフと照れたように笑った。
　父親は食品会社を営んでいるそうだ。
　そういえば、どこかの社長の御曹司と結婚したという噂を聞いたことがある。
　亜佐美は母に女優になれといわれて、家を離れて東京の高校に進学した。
　親戚の家から学校や劇団に通っているのだとう。
　そういうことを聞いたのも、今回がはじめてである。

「母に会ってくれない？　先生のファンなの｣
「……」
「田舎もんだから、恥ずかしいけど」
　亜佐美が佐々木の胸に頬をよせて乳首を吸っている。
　淑子も終わったあと、けだるい表情で佐々木の肌に唇を這わせたものだ。
　あの淑子がどう変わっているだろうか。
　気まずい、というほどではないが、あまりいい別れではなかった。
　体の関係はつづいていたが、佐々木はうっとうしくなっていた。
　テレビに出してくれといわれても、やはり表に出る子とは人種がちがうのだ。
　ある程度の訓練は必要だし、多少なりとも華がなければならない。
　結婚したいといわれても、いまさらゼロからスタートする気もない。
　そして終わり方がはっきりしないまま、彼女は姿を消したのだ。

　その女の娘が亜佐美とは、世の中は狭いものだ。
　二十年近くたって、あの淑子がどう変わっているだろうか。
　会ってみてもいいと思った。
「いいよ、お母さんが喜ぶなら｣
「わっ、うれしい。……あたしたちのこと、言っちゃだめよ｣
　子どものように亜佐美がしがみついた。

＊

「佐々木さん？　わ・た・し……。わかります？」
　ドラマの収録がはじまる直前、淑子から電話が入った。
　弾んだ声だ。携帯の番号は亜佐美が教えたのだろう。
　かすかに聞き覚えのある声だが、すぐ誰とわかる声ではなかった。
「こんどの金曜日、夫のお相伴で東京へ行くの。会えます？」
　佐々木はレストランやバーを思い浮かべて、どこで会うか考えた。
「あまり時間がないの。夜は夫とパーティに出なくてはいけないから｣
　淑子は、昼過ぎにホテルの部屋に来てくれればありがたいといった。

「まあ、美雄さん……」
　ホテルのドアをノックすると、期待と不安が混じった淑子が現われた。
　おぼろげだった顔が焦点を結ぶ。
　二十年ちかく前の印象とはだいぶちがうが、特徴はそのまま残っている。
　淑子は盛装していた。
　薄紫のキャミソールドレスが、白い肌にあっている。
　肩がまるだしだが、ストールを羽織ればすぐにもパーティに出られるだろう。
　少し肉づきがましたようだ。
　白い背とまるい臀部の後を、奥に進んだ。

　豪華な応接セットのある広い部屋だ。旦那は景気がいいらしい。
「このドレス、どうかしら」
　まるで昨日も会った恋人のように、淑子は両腕を上げてくるりと体を回した。
　ドレープの入った胸元が開いていて、あらわな腋の下がドキッとさせる。
　昔より、さらに凹凸がはっきりしたようだ。
　透けたシフォンにサテンの光沢が、成熟した女体にマッチしている。
「にあうよ。もうパーティ？」
「そうよ。大切な人との久しぶりのパーティ｣
　新調したドレスは、今夜のパーティに用意したものだ。
　しかし淑子は、十八年ぶりに逢う男にも見てほしかったのだ。

「お元気そうね｣
　脂ののった二の腕が、佐々木の首に巻きついた。
「逢いたかったわ｣
　タラコを思わせる濡れた唇がぴったり密着する。
　激しい吸引力に、むかし唇がしびれたことを佐々木は思い出した。
　するするした布地を通して、二十年ぶりの淑子をたしかめた。
　やせぎすだった体が、重量感をまして丸みをおびている。
　佐々木の手が臀部のふくらみにとどくと、淑子がずり下がりはじめた。

　ベルトが解かれ、ファスナーがひかれる。
「おいおい、旦那は？」
「だいじょうぶ、仕事から会場へ直行するから｣
　ソファに佐々木を押し倒した淑子が、ペニスを引き出す。
「もう年だからな、自信がないよ」
「そうかな？」
　ぬめって蠢くものに、深く咥えこまれた。
　得体の知れないナマコに呑み込まれたようだ。

　巻き毛の長い髪が下腹をくすぐる。
　熱い口腔のなかで、カリのあたりがザラついた舌の中腹でなぞられる。
　尖った舌先があちこちをつつくが、そのときも隙間なく包み込まれて吸われる。
　指が、触れるか触れないかという微妙さで嚢を撫でた。
「されるより、ご奉仕するほうが好きだわ｣
　昔の淑子はそう言っていたが、いまもその嗜好は変わらないようだ。

　ふいに嚢の毛が引っ張られ、チクッとした痛みが快感を増幅した。
　その痛みを癒すように、掌の微妙な愛撫がまたつづく。
「うっ」
　内ももの付け根に爪が立てられた。
　爪が数を増やして、両ももをひらけというようにギリギリと食いこんでくる。
　先端はせまい喉の奥まで達し、根元が歯で強く噛まれた。
　甘噛みが根元から先端へと移動していき、カリの部分でねじれた。
　痛みの跡を、ナマコみたいな舌が癒すようにねぶる。
｢立派よ、すごいわ」
　淑子は口を離してよだれの跡を舌なめずりしている。
　猛ったものが握られ、肛門を舐められた。

　佐々木は手を伸ばしてファスナーを引いた。
　紫のドレスがＶ字に割れて、白い背中がひろがる。
　左の肩甲骨のホクロが、昔のままにあった。
　ホクロなど忘れていた佐々木だが、それを見たとたん我慢しきれなくなった。
　上体を裸に剥く。
　カップはドレスについていて、乳房がすぐあらわになった。
　少し力を失っていたが、しどけない様子がかえって生々しい。
　乳首が大きく尖っていた。
　亜佐美はこの乳を吸って大きくなったのだ。

　裾を引き上げて腰までまくりあげた。
　ショーツはなく、ボリュームのある尻がまるだしになる。
　昔とはちがう尻肉の量感が、熟れた女を誇っているようだ。
　紫の布に二分された白い女体が、佐々木を見境なくした。
　尻を抱えて後ろから激しく犯した。
　人妻の淑子を、旦那の部屋で犯しているのが刺激的だ。
　亜佐美の母を、亜佐美と同じように犯しているのも刺激的だ。
　背後から乳に手をまわし、肩に噛みつく。
「ぅうぉぉーーーッ」
　淑子が獣のような叫びをあげた。たぶん廊下にも聞こえただろう。

＊

「よかったわ」
　前からもした。横からもした。上にして下からも突き上げた。
　最後は正面からしっかり抱きあって果てた。
「愛してる……。ずっとあなたのこと思っていたのよ｣
　溶けたような視線を宙にはわせて、手は佐々木の体をまさぐっていた。
「僕もだ。君よりずっと」
　佐々木の手も淑子の肌をまさぐっているが、頭はドラマの撮影に戻っていた。

「いけない、時間がないわ｣
　レースのカーテンに陽射しが斜めになっていた。
　もう四時をすぎている。
　淑子はのろのろ起き上がりティッシュを股にはさんでドレスを直している。
　汗ばんだ肌に布地が貼りつくようだ。
「シャワーを浴びれば」
「いいの。あなたも一緒にパーティにいくの」
　淑子がニッと笑う。
　佐々木の精をとどめたまま、パーティに行きたいのだそうだ。

「冷蔵庫にビールがあるわ｣
　鏡の前で髪を直しながら娘のことを切り出した。
「それで亜佐美はどう？　ものになる？」
「ああ、彼女は君の娘なんだってね。知らなかったよ｣
「いい子でしょ。いい女優になれるかなあ」
「まあ、若いんだからこれからだよ。でも、ほんとにいい子だ｣
「あなたが、ちゃんと教育してあげてね｣
　母親に似た亜佐美のフェラチオをふと思った。
　淑子が振り返って言った。
「まさか、あの子に手を出したりしないでしょうね」
「ん？　……それはないよ。商品には手をつけないのがこの世界の決まりだ｣
「安心したわ。あの子はあなたの娘なんだから｣
「えっ？｣

「誰にも内緒よ。あなたと私の二人だけの秘密。あの子はね……」
　淑子が自分もビールをもってきてソファに向かいあった。
　表情が真剣である。
「あなたには二番目のお子さんもできて、私は……｣
　結婚はできないと悟ったが、ちょうどそのころ妊娠したのだという。
「どうしてもあなたの子を生みたかったの……」
　それで急いで、以前からプロポーズされていた田舎の同級生と結婚した。
「だから名前は、あなたの字をとって亜佐美とつけたの｣

「ウソだ、……ウソだろう｣
「嘘じゃないわ」
　淑子の眼に涙が浮かんでいる。
　ウソだとは思うが、あるいは本当のことかもしれない。
　淑子が急に姿を消して、連絡がとれなくなったのは……。
　佐々木の子を身籠って結婚したとすれば、怪しげな男からの連絡は困るのだ。
「夫も知らないし、亜佐美も知らないことだから、ゼッタイ秘密よ｣
「それはわかったよ。しかし、そんな……」
　半信半疑のまま佐々木は答えた。
「もう帰って。美容室に寄らなくては」

＊

　佐々木は打ちのめされていた。
　まさか亜佐美が自分の娘だったとは……。
　まだ高校生の娘の、フェラチオを心ゆくまで愉しんだ。
　いやらしくいじくりまわして愉しんだ体が、自分の娘だったとは……。

　亜佐美といて、心が癒されるように感じたのは、娘だったからか？
　いや、あれは淑子の冗談だろう。そんなことがあるはずがない。
　他人の子を産み落として、二十年近くも平穏な家庭を保てるはずがない。
　いやしかし、事実は小説より奇なりということもある。
　あるいは、ほんとうのことかもしれない。

＊

　パーティ会場へ向かうタクシーのなかで、淑子はにんまり笑みを浮かべた。
　十八年間、この日をまっていたのだ。
　亜佐美が佐々木の子というのはウソである。
　たしかに結婚する直前に妊娠したのは事実だ。
　しかし、それは夫の子であると淑子は信じていた。
　佐々木と結婚できないと悟った淑子は、いまの夫と二股かけていたのだ。
　いずれ別れる佐々木とするときは、避妊に気をつけていたから間違いない。

　だが佐々木は、半信半疑ながら自分の子かもしれないと思ったようだ。
　それでいいのだ。
　いちばん単純な判別は血液型だが、夫も佐々木もＢ型だから問題はない。
　ＤＮＡを鑑定すればウソだとわかるが、佐々木もそこまではしないだろう。
　佐々木が亜佐美を自分の娘かもしれないと思えば……。
　まさか佐々木が手をつけることはない。
　業界の狼どもからも守ってくれるはずだ。
　亜佐美に才能があれば、大女優に育ててくれるだろう。
　ないとしても、少しはましな役を回してくれるはずだ。

　私に冷たくした佐々木をとことん利用してやる。
　利用して、私が果たせなかった女優への道を娘に実現させてやる。
　娘の父親なのだから、昔のように私をむげにはできないはずだ。
　私の都合いいときに都合のいい東京夫として、いつでも呼びだせる。
　そのうち私だってテレビに出られるかもしれない……。

　ニタッと笑うタラコ唇を、タクシーの窓から夕陽が照らした。

＊

　事務所に帰った佐々木は亜佐美のファイルを調べた。
　血液型はＢとある。
　淑子はＡ型のはずだから、Ｂ型の自分の子としても不自然ではない。
　生年月日。1987年８月18日とある。
　赤ん坊の誕生が十月十日とすれば……、メモ用紙に書いて計算してみた。
　妊娠したのは86年の11月８日になる。
　その日に淑子と寝たかどうかはともかく、その前後にはなんどか抱いた。

　その秋のことは、佐々木はよく覚えている。
　番組が不調の上に主役が交代したりして、ＡＤの佐々木は体調を崩した。
　10月に二番目の息子が生まれて、淑子との間がさらにぎくしゃくした。
　結局、過労で11月下旬には入院した。
　それきり淑子とは連絡がとれなくなったのである。

　亜佐美が自分の娘である可能性は……。
　100パーセントとはいえないが、十分にある。
　どうすべきか佐々木は悩んだ。
　悩んだ結果、きっぱり淑子とも亜佐美とも手を切ろうと決心した。
　そのためには、手切金をつくらねばならない。
　淑子は金では納得しないだろうから、いまのドラマを手切ドラマにする。
　脚本を書き換えて、亜佐美を準主役に抜擢するのだ。
　あとはひっそり、陰で亜佐美を見守ってやればいいい。

＊

　ドラマの撮影は延期にして、佐々木はウィークリーマンションにこもった。
　演技の未熟な女の子を準主役にするのだから、脚本は大幅な書き換えだ。
　書き換えというよりオリジナルにちかい。
　ライターやスタッフはもちろん、ディレクターも怒り狂うだろう。
　それに肝心のプロットが、佐々木自身にわいてこないのだ。

　三日がたち、四日が過ぎた。なにもアイデアは浮かんでこない。
　七転八倒して疲れ果てると、無性に亜佐美がほしくなる。
　あの不思議なフェラチオにひたりたい。
　なにもかも忘れて、亜佐美の体を抱きたい。
　切実にそう思った。
　しかし、あの子がほんとうに自分の娘なら……、そういうわけにはいかない。

「どうしたの？　先生｣
　何日目かに、亜佐美がすっと入ってきた。
　日よけのためか目深に白い帽子をかぶっている。
　土曜か日曜なのだろう、赤いТシャツにジーンズというラフな格好だ。
「みんな心配してるわ｣
「うん……」
　生返事をする佐々木を不思議そうに見ていた。

「わたし、冷し中華が食べたかったの。先生も食べる？」
　帽子を投げ捨てて、コンビニの袋をガサガサかき回している。
「ああ、少しもらおうか｣
　亜佐美が卵を焼いたり、キュウリやハムを刻んでいる。
　その後姿を眺めながら、佐々木はやはり娘かもしれないと思った。

「ごめんね、間に合わせで｣
「料理が得意なのか？　卵焼きが上手だな｣
　お世辞でなくほんとうにうまいのだ。何も食ってなかったせいかもしれない。
「母に会ってくれたのね、ありがとう」
「うん、ドレスがよく似合ってたよ｣
「ヤダわ、ほんと田舎もんなんだから。なにか無理を言ったんじゃない？」
「いや、……べつに｣
「先生はよくしてくれるはずだから、言うことをよく聞きなさいって……」
　それ以上、話の内容には踏みこんでこなかった。
「君は……、お父さんが好きか？」
「うん、好きだよ。先生ほどじゃないけど｣
　にっこり笑って、キュウリをぽりぽり噛んでいた。

「元気がないのね。どうしたの？」
　麺を箸にひっかけて、亜佐美が心配そうに聞く。
「君に、主役を食うぐらいの役をやってもらおうと思ってね｣
「ふーん」
　まだまとまりのない、バラバラのアイデアを話した。
　人に話してみることで、プロットが固まることがあるからだ。
　亜佐美の顔が、だんだん曇っていった。
「私、イヤ。できない。自信がないし」
「しかし……」
「私は前の脚本で十分よ。面白いし。直したらかえっておかしくなるわ｣
　そうなのだ。十七歳の小娘の言うとおりなのだ。
　つじつまあわせばかりで、ろくなドラマにならないことは目に見えていた。
「あのままいこうよ。きっと当たるよ｣

　亜佐美が天使のようにみえてきた。
　こんな心配をしてくれるのは、やはり自分の娘だからかもしれない……。
　佐々木は亜佐美を抱きしめた。
　感謝する父親のハグのつもりだったが、そうはいかなかった。
「おヒゲが、イターイ」
　無精ヒゲを避けるように亜佐美がずり下がっていき、ファスナーがひかれた。
「だめだ、それは……」
　自分の娘にそんなことをさせていいはずがない。だめだ……。
　だが、ほしい。亜佐美にしゃぶってもらいたい。
　押しのけようとしたが、力は弱かった。
　なにも知らない亜佐美は、いつものように唇をひらく。

　ふしぎな、ぽってりした感触が、萎えたものをあたたかく包みこんだ。
　立たなければいい、勃起しなければ娘を犯すことはできない。
　そう願ったが、そうはならなかった。
　亜佐美の口からじわじわと穏やかなものが広がった。
　体のすみずみに張り付いていた緊張と疲労が、徐々に徐々に溶けていく。
　溶けたものが股間の一点に集まっていくのを感じた。
「もう寝ましょ。ぐっすりお昼寝しよ」
　無邪気にいたわってくれる亜佐美を、佐々木は自分の娘だと確信した。
　してはならないことだ。だが……
　震える手で娘のジーンズを引き抜いた。
　してはならないことだ。思いながらも……
　パンティを剥ぎ、太ももをわしづかみにして股間に顔を埋めた。
　してはならないことだ。罪の意識にかられながらも……
　猛り立ったものを娘の体に押しこんだ。

＊

　ほんとママったら性悪なんだから。
　自分がふられたからって、いまごろ仕返しをするなんて。
　あたしに、だから安心しろなんて、よけいなお世話よ。
　自分だって、どっちが父親だか、ほんとはわからないくせに。
　あたしをダシにして、この人に逢いたかっただけじゃない。
　あたしは、パパが二人いたって、ちっともかまわない。
　お小遣いだって二人からもらえるしね。
　もし、この人がほんとにあたしのパパだったら……。
　それだっていいじゃない。
　こんなオジサンといつまでも付き合ってるわけじゃないから。
　女優にはいろんな経験が必要なわけだし。
　いいのよ、センセ。もう、安心して。
　あんな女になんか、もうゼッタイ会わせないから。
　そのかわり、あたしを大女優にしてね。

　亜佐美は肘枕をして、子どもみたいな寝息を立てている佐々木を見ていた。

２淑子　了