２．

　私は江口公貴、不動産会社をいくつか経営している。
　今年の夏で48になる。
　妻とは3年前に離婚して以来、気ままな独身生活を送っている。
　女には不自由はないが、本気になるほどの付き合いはしていない。飯をおごり、飲みに連れて行き、気が向けば抱く。こんな日々だ。
　そんな時出会ったのがヒトミだった。
　ヒトミは個人病院の医療事務をしている。私の会社で働く聡子の友人であり、先日引越し先の相談に訪れたことを機に、仲間内で食事をしたり飲んだりするときには顔を出すようになったのだった。
　いつも控えめで、時折見せる淋しそうな横顔が、なぜか私の心をくすぐった。
　気がつくとヒトミを目で追っている自分がいた。久しぶりによみがえった淡い恋心だった。
　その思いが、征服への願望に変わっていったのはいつの頃からだろう・・・

　二人の間に静かな沈黙が流れていた。
　車の中で　やっと泣き止んだヒトミに言った。
「少し落ち着いた・・・？悪いこと聞いちゃったみたいだね、ごめん・・・」
　うつむいたままのヒトミがつぶやいた。
「いいんです。彼・・・他に女の人がいるみたいで・・・」
（ふーん、そうなのか。）
「彼に聞いてみたの？そのこと。」
「いいえ・・・でもわかるんです。最近よく電話がかかってくるし・・・」
　泣きはらした目を上げて、訴えるようにヒトミが言った。
（泣き顔もそそるな・・・）
　唐突に私の左腕が、ヒトミの手を握った。
「・・・江口さん・・・？」
　言いかけたヒトミに
「不安だったんだね。彼のこと、ホントに好きなんだ・・・ヒトミちゃんを泣かせるなんてひどい奴だな！」
　さらに強く握りなおしたヒトミの手の感触を楽しみながら、アクセルを踏み込んだ。
「俺はね、そんな淋しい顔のヒトミちゃんを見たくないんだ。」
　そういって左手の指でそっと愛撫するように、ヒトミの指の間を撫でた。
　ヒトミは何も言わなかったが、少し身を硬くするのを感じた。
　郊外にでてしばらくすると、国道沿いにパーキングを見つけそこに滑り込んだ。
　自販機の明かりを見つけ、ヒトミは少しホッとしたようだった。暗闇で光を放つ自販機が、まるで救世主のように感じたのかもしれない。
「喉渇いてない？何か飲むかい？」
　ヒトミの手を離し、小銭を捜す。
「じゃぁ・・・コーヒーを。」
　缶コーヒーとお茶を片手に車に戻とうとノブに手をかけると、ヒトミは電話で何か話していた。電話が終わるまでタバコをふかし、車外で待った。
（彼と話しているのかな・・・）
　ちくんと心の奥に針が刺さったような痛みを感じた。これは嫉妬なのか？
　携帯を耳から離す様子を見計らって車に戻る。
「彼かい？」
「えぇ・・・こんな時ばっかり勝手なこと言うから・・・」
「君に会いたいって？」コーヒーを渡しながら聞いた。
　缶コーヒーに口をつけ頷くヒトミ。
「・・・で、君はなんて返事したの？」
「・・・・・」
　黙って缶コーヒーを握っている。
「そうか・・・OKしたんだね？」
　ヒトミがコーヒーを飲み干す。
　その瞬間を見逃さなかった。
　いきなり覆いかぶさり、右手で助手席のシートを倒した。
　一瞬何が起こったかわからない様子だったヒトミも自体を飲み込んだように身構えた。
「何するんですか！やめてください！！！」
　ヒトミの手から空き缶が落ちた。
　いやいやする子供のように体を左右に揺り動かす。
　ヒトミの両手をつかんで上半身の動きを止めてのしかかり白く伸びた首筋に唇を這わせる。
　そのまま耳元まで唇で上りながら、ささやいた。
「ヒトミちゃん・・・君が好きなんだよ！彼に会わせたくない！」