第七章

１．変化

「仁美さんでよかった」
　沙紀は、全裸のまま、ベッドに横になりながら仁美に言った。浴室を出た仁美は、一度部屋に戻った。教室を使っているのでかなり広い部屋にベッドが３つある。小さなカウンターと冷蔵庫、ごく普通にホテルの一室だが、バス・トイレはない。そこに全裸のまま沙紀が入ってきたのだ。
「何が？」
「真垣さんの相手」
「相手？」
「うん。私は、お仕事でお付き合いを始めたんで・・・他にちゃんといるんだろうなって思ってたの」
「それが、わたし？」
「うん、真垣さんが言ったもの。違うの？」
「真垣さんが言ったの？」
「そう・・・さっき」
「・・・沙紀ちゃん・・・それで、私でよかったの？どうして？」
「うん」
「どうして？」
「さっき、お姉さんになってくれるって言ったでしょ」
「うん」
「じゃぁ、沙紀のこと嫌いじゃないよね」
「うん」
「だから、よかった」
「そうね。わたしも沙紀ちゃんが好き、沙紀ちゃんでよかった」
「怒ってない？」
「怒る？私は真垣さんのもの、受け入れるだけよ」
「やっぱり、仁美さんでよかった。そっち行っていい？」
　仁美がうなずくと、沙紀は、仁美のソファの横に座って、仁美の腰に手を回し、膝の上に頭を置いた。
「沙紀ちゃん、裸でいろって言われてるの？」
「ううん」
「裸が好きなの？」
「好きっていうわけじゃないけど、沙紀は真垣さんだけのものじゃなくて、みんなのものらしいのね。だから、裸でいた方がいいのかなって・・・」
「・・・そう・・・そうなの」
「仁美さんは？・・・さっき一樹さんとしてたけど・・・」
「わたしも沙紀ちゃんと同じよ・・・・ねぇ、沙紀ちゃん」
「何？」
「共有って、どんな感じ？いやじゃない？」
「うーん・・・どうだろう？みんないい人だよ・・・本当言うと、真垣さんより俊哉さんがいいなぁ。こっちに来て、まだ２回しか会ったことがないんだけど・・・なんか底なしに優しい人」
「優しい？」
「うん。会ったことない？」
「あるけど、一度、ちょっと話をしただけ・・・」
「そう。いい人だよ。仁美さんもきっと好きになる」
沙紀が共有されていることを、普通に受け入れているのに仁美は驚きながら、心の中に何か違和感を感じていた。
（驚いてる、わたしが？・・・わたしが、お姉ちゃんか・・・・かもしれないな）
　仁美の脳裏に姉、弥生の顔が思い浮かんだ。
（私らしくない・・・そう・・・私らしくない）
　今、目の前にいる沙紀、自由奔放な彼女が、仁美には昔の自分だったような気がした。

２．信頼

　沙紀の携帯にメールがはいった。
「もう一本撮るんだって」
　メールを見て沙紀は仁美に告げた。
「これから？」
「うん、そうみたい」
「どこで？」
「隣りの部屋だって」
　隣りは、ちらっと覗いたが、ごく普通のマンションの部屋のようなつくりだった。すぐに、ドアが開いてメイクの人が入ってきた。
「私、外に出てるね」
　そう言って、仁美が部屋を出ると、隣りの部屋には、すでにスタッフの人が来ていた。仁美は、真垣の部屋に向かった。

　ドアの前で仁美は躊躇した。なぜか少し真垣との距離を遠く感じられて、ノックするのに勇気が必要だった。しばらくためらっているとドアが開いた。
「仁美・・・バーへ行くとこだけど・・・」
　そう言って歩き始めた真垣の後を仁美は付いて行った。
　バーといっても、誰もいない。真垣は、カウンターの中に入って、バーボンのボトルを取り出したが、仁美のためにコーヒーを沸かし始めた。

「沙紀ちゃん。かわいいですね」
　言った瞬間、仁美はすぐに後悔した。後悔しながらも、仁美は真垣の反応を必死に見た。
「いい香りだ。ミルクは・・・テーブルに上に乗ってると思う」
　真垣は、仁美の言葉をあっさり無視して、仁美の前にコーヒーのカップを置いた。
「ごめんなさい」
　仁美は、素直に謝った。自分がどうこう言うことでないことはわかっていた。
「妬いてる？」
「いえ、そんなつもりじゃ・・・・」
「妬いたら？」
「えっ・・・・」
「無理しなくてもいいんだよ。素直に思った通りで・・・」
「どうして？」
　仁美は急に悲しくなった。
「わたし、真垣さんのものなのに・・・・どうして」
　仁美は、自分が厳しく叱られないことが不満だった。共有だといわれながら、真垣以外の人をすすんで受け入れてはいないことを、沙紀を見て痛感した。しかも、今は真垣の行為を咎めるようなことを口にした。それでも、叱られないことが不満だった。
「仁美は、私を独占したい」
「そんなことは・・・・」
「独占したいと思うから、嫉妬する。嫉妬すれば、たぶん、愛せない」
「そんな・・・そんなことないです。愛してます・・・」
「そう、愛してる。独占するのが仁美の愛だ」
「ごめんなさい・・・もう言いません。だから・・・・許して」
「怒ってないよ」
「仁美は、共有されるのはいやか？」
「・・・・・・・・」
「それを私が望んでも？」
「・・・・・・・」
　仁美は答えられなかった。でも、真垣の思うような女になりたかった。
「わたしを・・・他の人に抱かせたいんですか？」
　思い切って、仁美は真垣に聞いた。
「私に見られながら、他の男に抱かれる気分は？」
「・・・・不安です・・・・」
「愛されてないんじゃないか？嫌いになったんじゃないか？怒り出すんじゃないか？」
　どれもそうだった。
「はい」
「わたしが信じられない？」
「そんなことは・・・・」
「信じているなら、不安にはならないだろう。わたしがしろと命じたことだ、怒るはずがない。それが信じられないから、不安になる」
「信じてます」
　確かにそうかもしれない。でも、そうだとは言えない。仁美は、なにがなんでもそうだとは認められなかった。
「仁美、わたしはどうやら、本気で仁美を愛したようだ。わたしはお前を捨てない。信じろ」
「真垣さん・・・・・」
　真垣の口からそんなセリフを聞くとは思ってもいなかった。
「信じます・・・信じてます。なんでも言う通りにします。仁美は真垣さんのもの。疑ったりしません」
　必死の思いで仁美は真垣に自分の真実を訴えた。