１．

　これは２０年以上も前の話だ。
　その頃は、今のように、友達の間で気軽にセックスを楽しむようなことはなく、セックスは特別な二人の、特別な関係の証しだった。
　だから、女の子は簡単に身体を許してくれないし、男はそんな女の子を落とす事に、いつも躍起になっていた。
　今思えば確かに面倒くさい事だが、逆に目的の女の子との、その瞬間の悦びや興奮は、今とは比べ物にならなかったと思う。
　ただ、そんな真面目な恋愛をする奴が多かったあの頃にも、それを利用しようとする極悪な人間も、中には存在した。

「あの子の裸が見たいな。できればやってるところも。」
「うん、俺も見たい。」
「ああ、確かに綺麗な脚だな。」

　彰と公靖と大輔の３人は、いつもと同じように、晶子の制服のスカートの下から伸びる美しい脹ら脛をじっと見つめながら、小声で囁き合っていた。
　そこは、彼ら３人が通う大学の近くの弁当屋で、今の昼前の時間帯は、昼食を買う客でいつも混雑している。
　弁当を買う人の列は店の外まで並び、歩道に長い行列を作っていた。
　晶子は、この近くの会社にパートとして勤めていて、いつも同じ部署の社員に昼食を頼まれて、この列に並んでいる。
　彰たち３人は、弁当屋の向かいにあるレストランの、全面ガラス張りのテラスで、ランチを食べながら晶子の魅力的な後ろ姿を眺めていた。

「あの子、いつもあそこで弁当を買ってるよな。」
「ああ、真面目にいつも並んでるよ。おい、それにしても凄い尻だな。ウェストもすごく細いし。」
「まったく、あのかわいい顔で、あの身体は犯罪だろ。」
　３人は、晶子のタイトスカートに包まれたその豊かなヒップや、少女のように細いウェスト、そしてスカート越しに見事なラインを描く、長く美しい彼女の脚を、舐めるようにじろじろと見ている。
「おい、おまえ、ちょっと行って、引っ掛けてこいよ。」「そうだ。いつも自慢してるんだから、腕をみせろ。」
　彰と公靖の二人は、背が高くイケメンの大輔に、晶子をナンパするように嗾けた。
「まあ、しょうがないか。よく見てろよ。」
　大輔は自信満々に店を出ると、何食わぬ顔で、列の最後尾に並ぶ晶子のすぐ後ろに立つ。
　それから、財布を出すふりをして、わざと小銭を地面にバラ撒いた。
「あっ、どうもすいません。」
　大輔は困った顔を作りながら、晶子の足元に屈み込んで小銭を拾う。
　一瞬びっくりした様子の晶子だったが、すぐに一緒に屈み込んで、小銭を拾うのを手伝った。
「ありがとう。」「いいえ。」二人は言葉を交わしながら、一緒に下に落ちたコインを探した。
　大輔は、集めたコインを自分に渡そうとする晶子の顔をじっと見つめながら、
「どうもありがとう。君、いつもここに並んでるよね。」と、笑顔で晶子に話しかけた。
「ええ、会社の同僚の弁当を買いに来てるんです。でも、なんで知ってるの？」
　晶子は端正な大輔の顔に、内心ドキドキしながら、もしかして自分に注目していたのかしら。と、期待を込めてそう尋ねた。
「俺はこの近くの大学に通ってるんだ。実は、いつもここにすごく可愛い子が並んでるのが、前から気になってたんだ。」
　晶子は世辞とは分かっていても、この言葉がすごく嬉しくて、おもわず頬を赤く染めながら、地面に視線を落とした。
「あの、もしよかったら、今度一緒に昼食を食べない？」間髪を容れず、さらに大輔が畳み掛ける。
「えっ！？、あ・・いいですよ。私でよかったら、喜んで。」晶子は反射的にそう答えていた。
「俺、大輔。どうぞよろしく。」
「晶子です。こちらこそ、どうぞよろしく。」
　二人は笑顔で自己紹介をして、次の日の待ち合わせ場所を決めた。
　それから大輔は、晶子の会社まで弁当を運ぶのを手伝い、その後、彰たちが待つ店に戻った。

「おい、どうだった？、うまくいったか？」
「ああ、予想通り、すごく真面目な子だ。釣り上げるには、ゆっくりと時間をかける必要があるな。」
「よし、うまく釣り上げた暁には、俺達にも御裾分けをしろよ。」
「わかってる。あの身体を一人で楽しむのは勿体ないからな。」
　大輔はそう言いながら、ニヤリと笑った。

　翌日から、大輔と晶子は一緒に昼食を摂るようになった。
　大輔は食事をしながら、晶子の事をいろいろと聞き出し、彼女の弱点を探ってゆく。
　晶子の家は、彼女が小さい時に父親が病気で亡くなり、その後は、母親の少ない収入で生活をしている貧しい家庭で、晶子も高校を卒業してすぐに働きに出ていた。
　父親が医者で、使う金に不自由したことのない大輔は、これを知って、（「ふーーん、贅沢をしたことがないのか。これはいいカモだな。」）と、密かにほくそ笑んだ。
　作戦が決まった大輔は、晶子に「ねえ、今度の日曜日、暇？」と誘いをかける。
「うん。予定はないけど。」
「ドライブに行かない？、今、ちょうど紅葉が綺麗だし。」
「わぁ、嬉しいな。ぜひ、連れて行って。」晶子は初めてのデートの誘いに、本当に嬉しそうに笑った。

　大輔は待ちあわせの場所に、メルセデスのクーペタイプの車に乗ってあらわれた。
　車には詳しくない晶子だったが、その車が高級車であろうことは想像できた。
　晶子を助手席に乗せた大輔は、走り慣れた道を西に向かう。
　大輔はゆっくりと大通りを流しながら、「朝食を食べていこうか。」と、思いついたように晶子に言うと、すぐ先の交差点を左折した。
　車はそのまま、大きなテレビ局の横を通り過ぎ、明治時代の将軍の名前がついた坂道を駆け上がると、真っ黄色に色づいている銀杏並木を抜けて、その先のＹ字路の真ん中にある、洒落たカフェレストランに停まった。
　この辺りは、何時かはこの近くに住んでみたいと、晶子が以前から憧れていた地域で、生活に困っている今の晶子には、縁のない場所でもあった。
　自分の服装を気にした晶子が、「ごめんなさい。私・・こんな所に来ると思わないから、ラフな恰好で来てしまって。」と縮こまる。
　まわりは皆、ブランド物の服を身に纏った裕福そうな女性ばかりだ。
　大輔は、「何言ってるの。とても素敵だよ。ここは馴染みの店で気取らないところだから、そんなこと気にしないで。」と、笑ってみせる。
　そこでゆっくりと朝食を摂った二人は、再び車に乗り、高速道路を走って紅葉の名所を目指す。
　女の子の扱いに慣れている大輔は、デートの間、全てにおいて、そつがなかった。
「寒くない？」「トイレは大丈夫？」「飲み物を買ってこよう。」「家に連絡をしておいた方がいいよ。お母さんが心配するから。」
　晶子はそんな大輔を、いつの間にか”頼もしい”と、思い始めていた。
　はやくに父を亡くした晶子は知らず知らずの内に、頼り甲斐のある男性を求めていたのかもしれない。途中の絶景ポイントでは、安心した顔で大輔の肩に頭を預ける晶子の姿があった。
　大輔は晶子に無用な不安を抱かせないように、夕方の間に彼女を家に送り届ける。
「今日は楽しかったよ。また会ってくれる？」
「私こそ、今日はどうもありがとう。また誘って下さい。」
「おやすみ。」「おやすみなさい。」
　大輔は決して焦らなかった。最後までその本性を押し隠したまま、なにもせずに晶子と別れた。

　次回のデートの日、晶子の仕事が終わってから、外で待ち合わせをした二人は、大輔の誘いで繁華街にある高級寿司店で食事をした。
　店に入ると親しそうにそこの主人と挨拶を交わした大輔は、「僕は、いつものやつを。彼女にはお薦めのものを、見繕って握ってあげて。」と、慣れた感じで注文をする。
　食事中、大輔は店の人と楽しそうに談笑していた。
　どうも大輔の父の代からの常連らしく、その店の主人は大輔の事を”大輔坊ちゃん”と、呼んでいる。
　ネタはどれも新鮮でとても美味しく、大輔は人一倍多く食べ、それにつられて晶子もいつもより沢山食べた。
　その日、大輔はわざと付けではなく、カードで支払いを済ませた。
　店を出る晶子の耳に入ったその金額は、彼女の一ヶ月の給料より遥かに高額だった。

　大輔は、その日も紳士的な態度を保ったまま、晶子を家まで送り届ける。
　家の前で車を停めた大輔が「帰りが遅くなってごめんね。少しでも長く君と一緒に居たくて。」と晶子に告げると、満ちたりた気分で一杯の晶子は、なにか感謝の気持ちを表わしたくて、自分の方から自然に顔を大輔に近づけ、そっと彼に口づけをした。
　これを待っていた大輔が、晶子の二の腕を掴み手前に引き寄せると、きつく彼女を抱きしめる。
　そして、晶子の背中を優しく撫でながら、「愛してるよ。晶子ちゃん。」と耳元で囁いた。
　あまりの幸せにボーとなった晶子が、潤んだ瞳で「私も・・」と答える。
　二人はお互いに相手の瞳を見つめ合い、その後、熱い口づけを交わした。