その１９　気功

　だが、羞恥の体験の記憶は、並河にされた、恥ずかしくも、甘美な快感の記憶につながってしまう。
『あの時、本当は私ってエッチなのかも、って思えちゃったんだけど』
　だが、なぜか、一人エッチのたびに、あの時の診察のことを、何度も思い出してしまうのも成美なのだ。
　おまけに、その後、「旦那さんの検査もありますから」と不妊治療に一緒に行ってもらって以来、時折のエッチの度に、夫はいろいろと聞いてくるのだ。
　どうやら、成美がエッチに感じてしまうのを聞きたいらしいのだ。
　もちろん、あの、感じてしまった恥ずかしい体験を、夫に言えるわけがない。
　だから、一生懸命「感じるわけないでしょ」って言うのだが、そのたびに、なんだかガッカリした顔するのを成美は気が付いていた。
　よく分からなかった。
『奥さんが、他の人に感じさせられる話を聞きたいってことなのかしら？』
　何度も、それを不思議に思うのだが、そういう時、ほんのちょっとだけ、心の奥で、イタズラな「鬼」が成美にささやくのだ。
『江川さんとのエッチを告白しちゃえ』
　もちろんそんなこと、言えるはずが、なかった。
『一生の秘密なんだから』
　そう戒める成美の頭の中を知るよしもなく、医者が、心配顔でのぞき込んできた。
「さ、持ち上げますよ」
「あ、はい、お願いします」
　内心の動揺を押し隠して、そう返事をするしかない。相手が医者で、成美は現に痛みで動けない以上、なるようにしかならないのだ。
「そっと、いきますからね。痛かったら痛いって言って」
　なんか、サラサラする感触の手が、成美の尻の下に入ってくるのを感じたが、この後の痛みの恐怖に、それどころではない。
　いや、こんな場合であるのに、ほんの少しだけ感じてしまう自分を恥じらってしまう成美だ。
　しっかりと、白衣の先生が、成美の腰を抱え込む体勢。
『恥ずかしいけど、仕方ないことはガマンするのも、女の強さよ、ともかく、あんな恥ずかしい体験に比べたら、このくらい何でも無いんだから』
　無理やりにでも自分に言い聞かせていないと恥ずかしくて死にたくなりそうだった。
　なんといっても、腰を抱えている先生の視線は、成美の恥ずかしい場所から３０センチ。脚を閉じているとは言え、誰にも見られはいけない茂みを、自由に見下ろせるのだ。
　二人がかりで持ち上げられて、和室に連れて行かれる。
『あ〜ん、お部屋、片付けてないのにぃ』
　女として、妻として「突然のお客様」に、散らかっている家の中を見られるのは、ある意味で、医者に裸を見られるよりも、ずっと恥ずかしいことかもしれない
　ふわっっという抱き方で腰と脚を抱えられなが、夫には上半身を抱えられている。
　その分だけ視線が遮られて、医者の視線が、自分のどこを見ているのか、少しも分からないのが不安を煽る。
　成美の皮膚感覚は、ともすると、広がりそうな脚の間に、視線が突き刺さるのを感じていたのだ。
　和室に入った時点で、今度は医者一人で成美を抱える。
　夫は、素早く布団を敷いてくれている。
「あなたの腰を治すために呼ばれました。松原と申します。こんなカタチですが、初めまして」
「あ、あの、どうも、あ、えっと、あの、すみません」
「いいんですよ。腰をやられると人間というのは動けません。こっちは、そういう人に慣れてますからね」
『裸で倒れている女性をを抱っこするってコトが、そう多いとは思えないけど、好意でそう言ってくれているのよね。そのくらいは分かる』
「もう、大丈夫ですからね」　
『この、先生の声、低音で素敵かも』
　やはり、治療してもらえるとなると人間というのはどこかに余裕が生まれるモノなのだろう。成美好みの低音で響く声に、余計に安心感を感じてしまった。
　さりげなく、抱えてくれてる先生に視線を走らせる。
『見た目は女の子にモテそうはないけど』
　どちらかと言えば、野暮ったい中年だろう。
『かえってそっちの方が安心できるわ。第一、私を抱っこして、ビクともしないんだもの。逞しいのかも』
　ふと、こうやって江川に抱っこされていた時を思い出してしまった。たちまち、意図しない連想が成美の頭にフラッシュする。
　押しとどめようとする前に、江川に後ろから貫かれた記憶までもが蘇ってしまい、慌ててかき消すハメになる。
『ううん、違うの。これは治療してもらうため。でも、先生がしっかり抱えてくださって良かった』
　無理やり思考を換えようとして、体重のことを思い出してしまった。
　体重が増えたことを気にしている成美だ。これで重そうにされたら、恥ずかしさの三重苦になってしまうところだ。
　逞しい先生の腕に、ホッと、感謝をするところ。
　その時、そっと先生が耳に口を寄せて低音で囁いてきた。
「この後の治療はちょっと恥ずかしいですよ、ガマンしてくださいね」
「え？」
「お尻を突き出した格好をしてもらいます。ワンちゃんスタイルってことでしてね。だって、真っ直ぐ寝られないでしょ？」
　え？と、驚く成美だが、確かに、ブーメランになったまま仰向けになれないのは確かだ。だが、ワンちゃんスタイルと言われると、押し消した、イメージがあっという間に蘇ってしまう。
　その「ワンちゃんスタイル」で、貫かれて、あれほど感じてしまった恥ずかしくも甘美な記憶。
　なぜか子宮にツンと甘い電流が流れる成美に、低音の声がささやきかける。
「どうします？治療するところは、ご主人に後ろで見ててもらいますか？」
「ダメっ」
　考えるまでもない。
　そんなところを夫に見せるわけには行かなかった。
　自分がその格好をするところを想像しないわけにはいかないが、まるで江川にされているシーンを見られてしまう錯覚すら浮かんでしまう。
　さっと耳まで真っ赤になる成美の羞恥の顔に、松原は訳知り顔で頷く。
「すみせんね。恥ずかしいでしょうけど、私達は慣れてますからね。どうします？ご主人にも後ろから一緒に見ててもらいます？」
　なぜか秘密めかした囁きに感じる。
　それこそ、余計に背徳の感じが漂って、ゼッタイに見せてはならないとオンナの直感が叫ぶのだ。
　不思議な感じだった。
　恥ずかしいコトを考えただけなのに、どこかしらドキドキとときめくような妙な感覚が、腹の下の方で、キュンと響いたのだ。
「だめぇ、主人は、だめっ」
　まるで独り言みたいに、勝手に口が動いていた。
　ホンの小さな声だったが、ちゃんと聞こえたらしい。
「うん、うん、そうだよね」
　小さく頷き返してから、今度は、声を向ける相手を変えている。
「さて、ご主人、ここからは、いくら旦那様でも、患者さんが恥ずかしがります。ちょっと向こうの部屋で、お待ちください」
　布団の上にそっと横向きに降ろしながら、優しい響きだが、きっぱりとした宣言だ。
「え？」
　夫がビックリした顔で成美を見たのがわかったが、あえてそっちを見ない。
　なぜか、後ろめたいような、恥ずかしさがあったのだ。
「はあ、あ、では、よろしく」と言ったのかどうか。成美にはよく聞き取れなかったが、静かに出て行った夫の後ろ姿に、心の中で、ごめんなさいをしてしまう。
　「妻の治療」なのに、出されてしまう夫の気持ちが、なんとなく悲しそうに見えたからだ。
　だが、話はこれからだ。
「改めて、ご挨拶となりますが、奥様の治療に当たらせていただきます。私、松原と申します」
「あ、よ、ろしくお願いします」
　さりげなく乳房を隠しながら、顔だけ向けた成美が、今にも消え入りたいと言った風情で、身を縮めてあいさつを返した。
　改めて思えば、真っ裸で男と二人きりになってしまった。
　逃げだそうにも、身動きできない。
『あ〜ん、もう、消えたい……』
　一瞬、逃げ出したい気持ちでいっぱいになったが、動けない以上、どうしようもない。
　成美の葛藤と羞恥を知らぬ顔をして、分厚い手が、腰と布団の間に入ってきた。
「さ、ちょっと痛いですけど、我慢ですよ」
『いよいよ、恥ずかしい格好をさせられる』
　グッと腰の下の手に力がかかった。
「痛いっ」
　身を固くしようと思ったが、その前に、激痛が走って、思わず、口走ってしまったが、痛みそのものは一瞬だった。
　だが、次の瞬間には、世にも恥ずかしい姿をさらしてしまった自分に、泣きたくなっていた。
『え？ウソ！後ろから見ないでぇ』
　反射的に逃げようとした瞬間、ホンのちょっと動こうとしただけでビリッって、電気が走って動けない。
　先生の目が、後ろから自分に注がれているのがはっきりと意識できるのだが、こんな姿をじっと見つめられるのに、遮ることすらできないなんて。
　こうなってくると、ひたすら自分に言い聞かせるしかないではないか。
『ガマンしなきゃ。相手はお医者様なのよ！』
　どれほど恥ずかしくても、逃げようもないし、身動きできない身体。
　それなら「こうなったら、なるようにしかならない」と開き直れるのも、内診を受けたことのあるオンナの度胸というヤツだろうか。
『もう〜　恥ずかしいっていうのを消しちゃわないと、このままじゃオカシクなちゃう」
　とはいえ、どう考えようとも恥ずかしいものは恥ずかしい。なにしろ、ついさっき合ったばかりの先生が、本当に真後ろから覗き込んでいるのだ。
『見ないでぇ』
　そんなはずはないのに、恥ずかしい場所に、熱い視線が突き刺さってくる気がした。美肉に熱が生まれている。
　だが、恥ずかしさのメーターが振り切れる前に、意外なことを低音が告げてきたのだ。
「奥さん。腰も痛いみたいですけどねえ、奥さん、ご主人との子宝で悩まれてません？」
「え？分かるんですか？」
「そりゃあ、これだけ悪くなってれば、そのくらいは」
「私、どこか悪いんですか？ケンサしたことあるのに異常なしって……」
「それは西洋医学の検査でしょ？我々は気の流れを見ています。この腰の痛みだって、奥さんみたいに若い人が、こうなるのは、気の流れの乱れが元ですから」
「気の流れ？」
「そうです。ちょうど、腰のこの部分の裏側が、ほら、子宮のちょうど支えになっているでしょ？ここが乱れているから、子宝も、そして腰も、ってことです」
　驚いた。
　初めてあった先生に、何も言う前から、子どもがほしくて生まれないことを言い当てるなんて。
『この先生、すごいかも』
　人間は、気にしていることをずばりと言い当ててくる相手を信用しやすいモノだ。成美の心に、信頼の文字が浮かんだのも当然なのかもしれない。
　おまけに、妊娠のことを言いながら「そこ」を撫でられることには、必然性のようなものを感じて当然だ。
　初めて、恥ずかしさ以外の感情で、自分を撫でる手を受け止め始めた。
『あれ？なんか、熱い？』
　お腹に当てられている手が、すっごく熱い感じがするのだ。「温かさ」ではなく、熱を帯びた何事かだ。
「うん、気が滞っているから……　わかります？滞った気の源を探っているんですけど。どうです？熱く感じるんじゃないですか？」
「はい、なんか、先生の手、熱く感じます」
「そうでしょう。今、奥さんの身体に流れる気に、私の気が当たっています。うん、これはかなり……」
　すべすべの白い腹は、あくまでもしなやかだ。その肌を、ホンの少し押すようにしてゆっくりと滑らせている。
『なんか、ホント、熱い、これって何？』
「うん。はい、ゆっくりと口で呼吸して。吸って〜　吐いて〜　うん、お腹で、そう、上手ですよ、ゆっくり〜」
　指示されるままに、腹式呼吸で息をする成美の丸い尻に、いつのまにか先生の手がそっと乗っていた。
　信頼が生まれたせいだろうか、それが嫌らしいこととは思わなかったが少し困ったのは、成美自身の中だった。
『あれ？なんかヘン。この熱い感じって、ひょっとして、感じちゃうかも』
　あって良いはずがないのだが、子宮の上を撫でられれば、それは、秘部のすぐそばまで手が来ると言うことだ。
　手入れをしてあるとは言え、ゆっくりとした動きは茂みの上も、シャリシャリとした感触のまま、遠慮なく撫で上げている。
『あん、これ、どうしよ……』
　困ったことに、恥ずかしくはあっても、少しも嫌な感じではなくて、むしろ「感じる」てしまうのだ。
　下手をすると、シャリシャリと茂みの上を撫でてくる手が、もっと下に来ることまで想像してしまいそうなほど。
　そうなってくると、自然な感じで尻に置かれている右手が、微妙に振動するのだって快感につながってしまう。
『どうしよう。これ、すっごく気持ち良い。このままじゃ困っちゃう』
　偶然なのだろうが、何かの拍子に、尻に載った手が、サラサラと滑ってしまうと、思わず反応してしまいそうか快感が生まれていた。
　今までチカンされても、尻がこんなに感じるなんて思ったこともないし、夫にもされたことがない。
　おまけに、お腹を撫で上げる手は、子宮にダイレクトに届くような熱さが、別な快感を生み出している。
『あ〜ん。これ、このままじゃ……　頑張らないと』
　成美の葛藤はいつの間にか、見られる恥ずかしさをこらえることから変わってしまった。
　このままでは「治療中に淫らな声を上げるスケベオンナ」になってしまいそうだと、懸命に快感をこらえることばかりが頭に浮かぶのだ。
「ゼッタイに、恥ずかしい声、出さないようにしないと」
　だが、決心するたびに、お腹を撫でる手から、快感が響き、尻を滑った手が、ゾクリとした快感を送り込んでくる。
　おまけに、次第に、その快感が大きくなってくる気がしていた。
　ハア、ハアとした息がいつしか苦しげになっているのを、成美自身は気付かない。
　先生に分からないように、唇を噛みしめ、必死で声をガマンするしかない。
　気が付かないと言えば、痛むはずの腰をかばいながらも、尻が微妙にうねり始めたのは、性の味を知っている人妻としては、ごく自然なことだったのかもしれない。
　だが、懸命に耐えようとしている。
『ダメえ、感じちゃ。エッチなコトしてるわけじゃないの。普通に、お腹を撫でるくらいで、エッチな声なんて、簡単にガマンくらい、ワケない……』
　と思った瞬間に、ダメ押しのように、さっきまでよりも、指先が茂みの下の方まで伸びてきた。
　そこはもはや、恥丘の膨らみといえるふっくらした場所だ。
「あっ」
　ついに小さな声を漏らしてしまった成美は、慌てて、顔を振った。だが、先生の手は、さっきまでと全く変わらずに動いている。　
『あ、だめぇ、ちょっと、なんなのぉ』
　サラサラと上の方に向かった手はみぞおちを越えて、乳房の膨らみのすそ野の方まで伸びている。
『あぁ、こっちも、感じちゃう』
　もはや、治療というより、愛撫されてるのと同じだった。手が触れてくる場所が、ほんのりと温かくなり、心地よさと同時に、ゾクゾクするような快感が生まれている。
『あん、だめぇ、こんなコトされてたら、そのうち濡れてきちゃう』
　本当は、もう濡れている感触があるのだが、それを認めたくない成美だ。
「あぁ」
　突然、尻にあった手がズラされたのだ。撫で上げられた感触は、成美の口を突き破って恥ずかしいため息を漏らさせてしまった。
　だが、先生は、それには一切反応しない。
「ぎっくり腰と言いましてもね」　
「え？」
「ほらね、ここ仙腸関節。ここが損傷している場合。まあ、平たく言えば、ここのネンザだと思ってください」
『あん！う、うそぉ！』
　先生の手が、腰の頂点から、尻の、ちょっとくぼんだ部分まで、ゆっくりと撫で降ろしたのだ。
『あぁ、ダメ！それ、感じちゃう！いやぁ〜』
　危うく唇をかんで耐えたのだが、心の中では、悲鳴が上がっている。それが、嫌悪でも痛みでもなく、快感の悲鳴なのは、ゼッタイに知られてはならないのだ。
「どうです。痛みます？」
「いえ、あ……」
「どうかしましたか？」
「いえ、あの、いえっ、なんでも、あっ」
　うっかり口を開くと、恥ずかしい声が漏れてしまう。
　ゆっくりとした動きだが、その手は、まるで愛撫のようだ。
　サラサラサラっと、尻の表面をうす〜く、撫でている。
　ゾクゾクする快感が、次第に背中を上って来るのが、はっきりとしてきた。
『ダメ、これじゃ。濡れちゃう。ううん、もう、たぶん、いやぁ、違う、きっと少しだけよ』
　痛みを気にしているはずなのに、サラサラと撫で回される快感が次々と送り込まれて、細くくびれた腰は、ヒク、ヒク、ヒクっと動いてしまうのを止められない。
『どうしよ、先生にばれちゃう。エッチだって。え〜ん、エッチな私のカラダ！ダメよ、静かにするのよ！』
　だが、サラサラとなで上げられ、「熱」を送り込まれ続けている以上、一度燃え始めた身体は、どうしようもない。
『あぁ、あ、あと、あと、もうちょっとで……』
　ほんの数回撫で上げられたら、声が我慢できそうにないほど、切ないモノがこみ上げてきたその時に、低い声が後ろから響いた。
「どうです。痛みます？」
「いえ、あ……」
「どうかしましたか？」
「いえ、あの、いえっ、なんでも、あっ」
　何とか答えようとするその口は、答えの代わりに、ひどく恥ずかしい声しか絞り出せなくなっていた。