| その２４ 再び 無意識のうちにシャワーを浴びていた。 朝から何度目だろう。 秘部を洗う度に、そこがヌルリと濡れているのを、思わずにはいられない。洗っても洗っても、いや、トイレで拭うそばから、ぬかるんでしまう。 かといって、快感を期待しているつもりなど、成美には微塵もない。 ただ「この後」を意識しないようにすればするほど、何だか成美の身体の奥底から熱いモノが沸々とわいてくる、そんな感じなのだ。 「出かけちゃった……」 髪を乾かしている成美に一声かけた夫が、どこかしら心ここにあらずの様子で出かけてしまった。 いつになく落ち着かない夫の様子にまで、注意が行かなったのは、成美自身の心が目一杯だったせいに違いない。 いや、むしろ出かけてくれるのを期待していた成美なのかもしれない。 気が付けば、受話器から、すっかり馴染んだ低音が響いていた。 「ご主人、今、出かけられてましたよね？」 「え、あ、はい、でも、どうして？」 「いえね、実は旦那サマと、こうすることを打ち合わせしてあったんですよ。奥様がご不安だろうと思いまして。ええ、旦那サマは、ちゃんとご存じですからね、全部」 となると、夫が出かけたのは、先生と話し合ってのことなのか。 『ウソ！だから、あんな風に出かけていったの？』 ウソだと思いたい。 だが、いつになく、そわそわと出かけていった夫の後ろ姿が浮かんでしまう成美だ。 「そんな……」 「いろいろとご不安でしょうし。でもご安心ください。この後の治療についても、今、全部打ち合わせしてます。ご了解いただきましたから」 「ウソっ！」 思わず口をついて出た言葉に低音の声が被さる。 「ウソと言われましても」 「でも、主人は何も言わな……」 「ええ、まあ、なかなか、ああいう治療について、ご主人からしたら、おおっぴらに良いとは言えないのも、まあ、そういうものでしょう」 「主人は、先生になんと？」 「ま、ご夫婦のためと、ご主人にもご理解いただきましたので。お任せいただけると」 「だって、そんな……」 「まあ、細かいところはご存じありませんけどね。きちんと、改めて説明いたしますが。しかし、これは、ご夫婦、おふたりの幸せのためですから」 「私たち、ふたりの……」 「ええ、もちろん。昨日、奥様にもそう申し上げましたよね？」 「あ、えっと、あの、あ、はい」 「ご主人がおっしゃるには、直接奥様に言うのはなんとなく照れると。だけれども、奥様さえよろしければ治療を続けてほしいと言うことです」 「あの、でも……」 治療のことを知られてしまった恥ずかしさと、何よりも、夫がそれを認めたということが成美には信じられない。 「で、直接、奥様と話すのはお恥ずかしいとのことでして」 「え、えぇ」 「お任せいただいたという印に」 「印？」 「ご主人はこの後一度お帰りになります」 「帰って、来る？」 どんな顔をして会えば良いのだろう？ とっさに、そっちを心配してしまう。 「はい、そして、この後、私がそちらにお邪魔したら、ご主人は、ご自分からもう一度、外出を申し出られます。それを合図だと思っていただけば、はい」 まさか、と成美は思った。 だが、本当だと思うしかない。 『あの人が、この後の治療を知ってる……』 あのオーガズムを夫は聞かされたのだろうか？だが、もし聞かされたなら、なぜ夫は成美のふしだらな絶頂を怒らないのだろうか？ ひょっとして、夫も、赤ちゃんのために、成美以上に我慢をするつもりなのか？ 『ああ、だけど、』 昨日のことをどのように聞いているのか。羞恥心に心が精一杯になったのは、昨日の比ではない。 だからこそ、いつの間にか帰ってきた夫に顔を上げられなかった。 いや、気が付いたら、先生が目の前にいたのだ。 「先生に、飲み物でも買ってくるから」 そして、まるで、シナリオ通り、と言いたげな夫のセリフ。 えっと言う表情になった成美は、夫の顔を見る。 『ウソ…… あなた、本当に？ね、本当に知っていらっしゃるの？』 昨日の「治療」のことを知って、妻を二人きりの家の中に残しておくなんてことを、本当に言うのだろうかと。 だが、現実に、夫は出かけようとしている。 出て行く刹那、つかの間見つめ合った目には、確かに、何かを言いたげな光があった。 「あ……」 そこに割り込むように響く先生の低音。 「ああ、どうぞ、どうぞ。もう、勝手もわかってますし。今日の施術は４０分もあれば大丈夫ですからね。そのころまでにお帰りいただければ十分です」 「は、はい。えっと、あ、ナル、帰る前にメールするよ。心配しないでね」 「え、ええ」 切なげな表情は、間違いなく、先生の言ったとおり「この後」を知っているということを伝えてくる。 となれば、ここで成美は断れるわけがない。 なんと言っても、この治療は「ふたりのため」にだと、思うしかないのだ。 あなた、と口にしそうになった成美は、一瞬言葉を飲み込んで、「大丈夫」と言ったのも、夫を安心させたい一心だった。 けっして、あの快感を、もう一度味わいたいからではない。 『そうよ。あなたと、ふたりのためなんだもの』 成美は、決意するしかなかったのだ。 ドアのあける音を聞いた瞬間、成美が大きく息を吐いたのは、全てを受け入れる決心だったのだろうか。自分でも分からない。 ただ、不思議なのは、出て行ったはずの夫の気配を感じていること。 ひょっとすると身体に刻み込まれた快感を、再び味わってしまうことへの後ろめたさなのかもしれない。 『あなた……』 あの、快感の嗚咽を夫に聞かれてはならないと人妻の本能が、告げている。 『お願い。見ないで。ずっと、知らないでいて……』 出て行ったはずの夫が、ひょいっと廊下から顔を出しそうな、そんな気さえした。 だが、チェーンとカギの音が響いた瞬間から、この家の中には、自分と先生だけなのだと、腹の底で覚悟するしかなかった。 『そうよ、夫は、先生から話を聞いたのに、治療を望んでいるのだから』 コクリと、わずかな唾を飲み下したのは、成美の覚悟だったのかもしれない。 そんな、つかの間の、覚悟の静寂を破ったのは、先生の優しく低い声。 「お待たせしました。さて、痛みはどうですか？」 「え、あ、ええぇ、あのぉ、おかげさまで」 いつも通りの声など出せるはずもない。 後悔と、早くも身を染める羞恥で、消え入りそうになる声しか出なかった。 羞恥を隠そうとするためだろう。成美の普段では考えられないような、甘えた声になるのは、どんな心理が働いたのだろうか。 「そうでしょ、そうでしょ。私の施術は、ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、効くんですよ〜 旦那さんとのエッチも、すぐ、再開できますからね」 「いやん、先生、そんなことぉ」 確かに恥ずかしい。 だが、それを押し隠すには、甘えた関係でいた方が良いという、無意識の働きだろうか、成美の声は、不自然に甘えたものになる。 なによりも、恥ずかしさの中に「慣れ」があると言えば、あるのかもしれない。なんといっても、つい昨日、たっぷりと、快楽を教え込まれた相手でもあるのだ。 差しのばされた手に、パジャマ姿の腕を預けてしまうのも、自然な流れに感じる。 「はい、そのまま、ちょっと袖をね。はい、協力して。旦那さんが戻るまでに終わった方が良いでしょ？」 「それは、あのぉ、あの、また、今日も、ですか？」 今日も、の後を口にすることなどできなかった。ただ、無言で促されるままに、素直に自分でパジャマのボタンを外しているのが、不思議だ。 「そうですよ」 さも当然のように口にした先生の目は、はだけた胸を押さえるようにしながらパジャマを脱ぐ姿を見つめている。 それを拒否できないことも、成美には不思議ではある。 だが、ごく自然な形で見守られているようにも思えて、ブラを付けてない胸を片手で押さえながら、脱ぐのを止めることができない。 「あ、それは……」 羞恥に顔を伏せた成美は、差しのばされた手に、脱いだパジャマを預けてしまう。 何で、そんなことをしてしまうのか分からない。 脱いだパジャマなど、横に置けば良いだけなのに。 「恥ずかしがらなくても、大丈夫。大丈夫、ほら、はい、いいよ」 恐れにも似た何かに、成美の頭の中は、既に真っ白になっている。 「はぃ……」 「それでいい。ね、もう、全部任せていいですよぉ〜 ちゃんと今日もしっかり治療して、気の流れを良くしますからね」 ふっくらした、形の良い乳房を押さえながら、ようやく、上半身を傾けて頷く。 「おっと、その前に、今日は集中力を高めていただきますよ」 「集中力、ですか」 「そうです。昨日は緊急でしたからね、そのままでしたけど。でも、痛みがあらかた取れた今日は、雑念がわきやすいですから、ほら、これ」 いきなり、頭に何かを被せられた。 「え？きゃっ、これ」 視界が真っ暗になった。 とっさに振り払おうとしたか細い手が、グッと捕まえられて頭の上に差しのばされてしまった。 耳元に「落ち着いて」という低音が囁かれていた。 「はい。良いですよ。ほらとっちゃダメ。じっとして。どうです、光、見えます」 「見えません、先生、怖い」 両手を掴まれたまま、かすかにイヤイヤをしながら、乳房が露わになっているのをつかの間、忘れている。 形の良い膨らみは、重力に逆らって形を保つ硬さを持っている。 ピンクに近い色が窓からの光を浴びて、ピンとはじけたように尖っていた。 もちろん、すぐ目の前の男の視線に犯されていても、暗闇に閉ざされた視界では知るよしもない。 「大丈夫。なまじ、奥さんのお家の中ですからね。気の流れに集中してもらうには、視覚は邪魔なんです」 膨らみをねっとりと見つめながらも、声はいたって誠実だ。 「でも、見えないし、ちょっと、怖い」 緊張感。 だが、そこには確実に甘えの気配が混ざっている。 成美の中のオンナが、昨日の甘い快感を覚えているせいなのか。 それとも、これを治療だと思いたい成美の思いが、「施術者を頼る患者」の訳を演じさせようとしているのか。 ともかくも、しっかり者で、真面目、男におもねることなどしたこともない成美が、いつの間にか、積極的に相手を頼る心理になったのは、視界を閉ざされたせいだろう。 押さえられた手を、ふりほどくどころか、いつの間にか、すがるように、自らの力で握り返していた。 「大丈夫。ほら、こうやって」 成美が握りしめた片手がふりほどかれる。 残された左手を、両手で握りしめたのは成美だ。 頭の上に差し上げた両手の下で、裸の上半身はあまりにも無防備だった。 「あっ、ダメぇ、あぁ、こわくて」 イヤイヤをする、その声には、はっきりとした、甘えの気配が濃厚になる。 「ちゃんとそばにいますからね。見えなくても大丈夫？見えませんね？ホントに？ほらよけないと奥さんの口にチンチンを」 「え？きゃっ！いや！」 とっさに声と反対方向顔を避けてしまう成美だが、そのくせ、両手は差し上げて、先生の片手を握りしめたまま。 自らの両手をふさいだまま、避ける形だけをしたようなものだ。 「ははは、嘘ですよ、嘘。そんなことしませんって。でも、その慌てぶりなら見えてないってのは、ホントのようですね」 「もう〜 先生ったら〜 ひど〜い」 ホッとした声だが、本来なら、治療なのに、そんなウソを、冗談でもつくはずがない。だが、それを責めることすら思いつかない。 「さあ、準備がちゃんと整いましたね〜」 何を「準備」というのかわからぬままだが、アイマスクに覗く成美の白い顔は、少女のあどけなさを見せてコクリと頷いた。 「いいですよ、人間にとって、視覚というのは最大の情報源ですからね、だから見えないと言うことは、本能がほかの感覚を呼び覚まそうとするんです」 肩を抱くようにしながら、ゆっくりと布団に仰向けにされていく。 いわば男に押し倒される形も同然なのだが、視界を奪われた成美は、襲われる恐怖よりも、男に頼る気持ちが芽生えているのは、昨日のオーガズムのせいなのか。 「すなわち気を正しくするのには、大変、有効なのです」 すでに上半身裸だった。 仰向けになった成美のしなやかな細い腕は、自分を抱きしめるようにそっと腕を組んで、形のよい乳房を自然に隠すポーズになってしまう。 今さら、という声が頭のどこかでした気がするが、かといって、全てをさらけ出すために、腕をふりほどく決意は生まれないのだ。 つかの間の空白。 布団の向こうでは、男は半ば腰を浮かしながら、脱がしたパジャマをゆっくりと袖畳みしているのだが、成美には見えない。 あるのは、そばで動く気配と、皮膚が感じるチリチリしたような「裸」の感覚。 自分の家で、夫以外の男とふたりきり。 しかも、視界を奪われる無防備な姿で、半裸を晒しているのだ。 ありえないような「羞恥」が、つかの間の空白の時間に襲いかかっていた。 ひょっとすると、それは計算尽くだったのかもしれない。 それは、ホンの一瞬の空白の「間」であり、成美にとっては永劫を感じさせる「魔」であったのかもしれない。 陶磁器を思わせる太ももが、ホンの少しだけ、こすり合わせる動きでヒクリとしたのを見つめる男の目に、きらりと光が走る。 「気の流れは、自然体の中にこそ宿るっていうことを常に覚えておくことです」 その声の方向に成美は、ふと違和感を感じた、 まるで、自分と反対側の誰かにしゃべり掛けているようなのだ。 『まさか、だれか？ううん、だって、ここは私の家よ。誰かいるなんてありえないもの。あ、でも、まさか、あなたが…… ううん、そんなのありえない、だって、さっき』 夫が出て行ってしまったのをはっきりと覚えてる。 『き、気のせいよ。なんか、ヘンになってるのかも。あ〜ん、ヘンな気を持ちすぎよ、これは治療なんだから。しっかりしなくちゃ。ヘンなことするわけじゃないのよ』 治療なのだと言い聞かせねば、自分がオカシクなってしまいそうな、恐怖がある。 さっき吹いたばかりのはずの大事な場所が、もはや、トロリとぬかるんでいるかもしれない。 そうなっていないことを、無駄を承知で祈ってしまう成美だ。 「いいですか。大事なのは自然体ですよ」 「はい」 そう、自然体。 『治療なんだもの。これは治療よ。がんばれ、ワタシ、ヘンなことを考えちゃダメ』 治療には、集中が大事なのに違いない。 『そうよ、自然体になって、気の流れを、正しくしてもらうんでしょ』 気の乱れをなんとかしないと、赤ちゃんが授からないのだから。自分の身体に滞る気の乱れを、何とかしなくてはならないのだ。 たとえどんなに恥ずかしくても、だ。 「それなら、ほら、腕は、ちゃんと、こうして」 「え？あ……」 温かい手が、成美の恥じらいの両手を、掴んで、自然な形で広げてしまった。 一度隠した胸を、改めて見られているのだと思うと、余計な羞恥がこみ上げてきたのだが、そのくせ、先生の手に逆らって、手を元に戻せない。 治療である以上、先生の言うとおりにしなくてはならないのだ。 羞恥をこらえる成美の頭に、グッと力が入って、柔らかな枕に沈み込んでいく。 黒い髪が、フワリと広がっていた。 ピンク色の乳首が、いつの間にかコリっと硬く尖っているのを、はっきりと自覚してしまうのが、なおさら恥ずかしい。 おまけに、視覚を奪われたせいなのか、皮膚がはっきりと男の視線を感じるのだ。 ねっとりとした視線が、自分の胸を犯しているのを感じながら、成美はギュッと目を閉じて耐える姿勢を取っていた。 「おお、良い色だ。うん、うん、旦那さんは幸せ者だねぇ」 乳首の色のことだ。とっさに、そう思っても、乳首を隠せない。 『恥ずかしいのに……』 心の中の何かが、成美の動きを縛っている。 「いやあ、先生、おっしゃらないでぇ」 やはり、甘える声になってしまう。 「今日も気持ちよくしますよ〜 うん、良い形だ」 「え、そ、それは、あの…… あん、いやん。恥ずかしい」 はっきりと「今日も気持ちよくする」と言われてしまう自分なのだ。今さら、それを隠すこともできない。 できるのは、先生にすがるように甘える患者の姿だったのかもしれない。 だが、そこには、昨日、イカした男とイカされた女の「慣れ」が生まれているのを成美は意識することもできないのだ。 「いいのいいの。はい。さ、ちょっとお尻あげてね。はい。ＯＫ」 かがみ込んだ男の息を、無駄な脂肪一つないお腹に感じながら、成美は自然な姿でお尻を持ち上げていた。 スッと、空気が下半身を包み込む。 覆っていた布地が一気に降ろされたのだ。 パジャマと一緒に、パンティーまでもが一気に降ろされてしまった。 ありない光景だった、 夫が出かけて３分もたたないうちに、人妻が、自ら協力しながら男の目で裸になったのだ。 ヘアに感じるわずかな風は、ひょっとしたら男の呼吸が届いているのかもしれない。 『ダメよ、ヘンなこと考えちゃダメ。これは治療なんだもの。治療よ、これ』 成美は何にも考えまいとした。 意識してしまえば、自分が一気に壊れてしまう気がしたのだ。 「じゃ、今日は、イメージを浮かべていただくために瞑想音楽を聴きながら、施術を行いますね」 「え？ めいそう、おんがく？ですか？」 「そうです。このヘッドフォンをつけていただきます。おっと、先にお断りしますけど、ちょっと暑いので、今日は先に脱がせていただきますからね」 『脱ぐ？』 二人きりの家の中で、視界を奪われた裸で横たわる目の前で、先生が脱ぐのだという。 すなわち、そこには裸の男と女が生まれてしまうということ。 恐怖を感じるべきだった。 だが、施術者への甘えと信頼を「持ちたい」という患者にとって、恐怖は、あってはならない感情なのだ。 代わりに、ツーンと何か、甘酸っぱい何かが成美の背中を駆け上っている。 『ダメぇ、ヘンなことを考えちゃダメぇ、ダメなんだからぁ』 何を考えないようにしているのか、はっきりと分かっている。 だが、それを言葉にしてしまうわけにはいかない成美だ。 そのくせ、それが何なのか、人妻の心と体ははっきりと知っている。 何か重たいものが子宮の中で生まれようとしていた。 「脱ぎますよ。脱いでます。今日は、全部脱いじゃいますからね。ほら、今シャツを」 聞いてはならない。 先生は準備をしてるだけなのだ。 成美は、身じろぎもせずに、身体を硬くして耐えていた。 「はい、下も、ね。はい。脱いじゃいました。これで奥さんと同じ裸になってますよ」 『裸？ ……先生も……裸。ああぁ、どうしよ、ああ、なんか、ヘンな感じが、あ、あ、私、ヘンになっちゃいそう』 女芯の奥に、熱い何かがこみ上げてくる。 ぬかるみを意識せずにはいられない成美は、アイマスクの下の目を、ギュッと強く閉じるしかできなかった。 身じろぎすれば、奥で生まれたぬかるみがこぼれてしまいそうな気がしたのだ。 「はい、じゃあ、これをつけてね」 つかの間、気を取られた成美の耳をいきなり何かが覆った。 ヘッドフォンだった。 スタジオで使うような大型の密閉型のものだ。 成美の小ぶりの頭にピタリとなるように、つかの間調整される。 『え？これ？何？』 思っても見ない音が流れている。 『瞑想音楽って、こんな、なの？』 それはヘヴィーメタルだった。 騒音にも似たヴォリュームで流されている音に、ビクンと身体を震わせた成美。 どちらかと言えば、クラシックやせいぜいポピュラーしか聞かない成美には、まさに騒音にも似た圧倒的な迫力だ。 激しく響くビートに驚いた次の瞬間、自分の耳が完全にふさがれてしまったのだとはっきりと意識してしまった。 目も耳も塞がれる。 残されたものは、裸の男に委ねた皮膚感覚だけ。 喧噪と言う言葉がぴったりの真っ暗な世界の中、成美は、一糸まとわぬ身体に突き刺さり、なめ回すような視線を肌が感じ取っている。 『あぁ、見られてるぅ。動けない』 あろうことか、裸を男の目にさらしたまま、患者という立場が成美を縛っている。 息がかかるのを感じるほど近づいた視線を身にまといながら、身体を隠すこともできないのだ。 ツーンと、甘酸っぱさに似た快感が、その白い背中を駆け抜ける。 その無防備な姿を意識した瞬間、力を目一杯込めて閉ざしていた両脚をわずかに、こすり合わせてしまっていた。 長い、長い、羞恥と快楽の時間が、始まろうとしていた。 |
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| 2012.9.29掲載 |
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