その９　ひとりエッチ


　指が止まらない。
　おまけに、左手は、無意識のうちに、膨らみをそっと握っている。
　胸を触るときも、あの時された感触を無意識に辿ろうとしている自分に、首を振るが、思い出せば思い出すほど、子宮の奥がうずいてしまうのを止められない。
「あん、こ、これじゃ、昨日みたいじゃないのぉ」
　このところ、一人エッチの快感が、次第に大きくなっている。
　もちろん、夫とのセックスみたいに満たされることはない。
　だが、このところ、あまりに子作りのプレッシャーが大きくなったせいか、夫との夜の営みが少なくなっていた。
　いや、少なくなったというより、この数ヶ月、抱きしめられることもなくなってしまったのだ。
　別に、仲が悪くなったというわけでもないが、なんとなく、成美がサインを出しても、さりげなく、それが避けられてしまう。
　もちろん、あからさまに、成美の口からねだるなんてことは恥ずかしすぎてできるわけがなかった。
　早い話が、ここ数ヶ月は、典型的なセックスレスの夫婦というわけだ。
　全てにおいて真面目で、男性関係も、夫一筋できた成美だが、身体はしっかりと人妻として開発されている。
　それが、このところ全く抱きしめもされなくなったのだ。身体が寂しく感じるのも無理はない。
『あ〜ん、やっぱり、欲求不満なのかしら』
　飢えた分だけ、快感が強くなっているのかもしれなかった。
『だから、あんな恥ずかしいことになっちゃったんだわ』
　相手が悪かったのかもしれないが「お医者様で」オカシクなってしまった体験は、成美の中では、自分の落ち度。
　あの時、並河が、たまたまかかってきた一本の電話で自分を取り戻してくれたから、あれ以上の恥をかかずにすんだのだ。
「ついつい、なるみちゃんが可愛くなっちゃって」
　そう言って謝ってくれたが、そもそも、自分がヘンにならなければ、並河だって、普通のままでいてくれたはずだ。
『そうよ。あの時だって、プローブを自分のアレだって、イジメてきたのも、私をからかったんだわ』　
　並河は、ともかく必死になった。
　おまけに、もともと人の良い成美だ。
『そもそも、お医者様が、そんなヘンなことするわけないもの。ホント、あの時は、ビックリしたけど。もう〜、私って昔っから、担がれやすいからなぁ』
　夫以外の怒張を半ば受け入れてしまっていたことを、成美は知らない。
　いや、もちろん半ば気が付いてはいる。
　しかし、それは決して受け入れてはならない事実なのだと、人妻の防衛本能が知っているのだ。
　だが、あの時のことは成美にとっての黒歴史。
　大学時代のミスキャン事件以来の、いや、そんなことは比べものにならない黒歴史になってしまった。
　だが、困ったのは、こうやって思い出してしまうと、子宮が疼いてそのままではいられなくなってしまうのだ。
　今も、油断しているウチに、右手が、ビショビショになった恥ずかしい場所自由に動きまわっている。
　おまけに、左手は、いつの間にかブラの中に入り込んで、まるで、自分を焦らすように、柔らかな膨らみをもてあそんでいた。
『あ〜ん、もう、こんなになってる……』
　下着をすっかりビショビショに濡らして、指は粘液に滑ってしまう。
　同時に、甘やかな電流が腰から流れ出してくる。
『ダメよ、もうしないって。しないって決めたんだから。あ〜ん、でも、う〜んっと、え〜い、あと１回だけ、1回だけ撫でるだけよ、そしたら終わり』
　１回だけと、決意を込めた成美の指が、濡れた場所をぬるりとかき回す。
「あん！」
　声が出てしまったのも、一人だけの家だから。
　だが、あと１回だけ撫でたら終わりにしようと、決めても、まるで、自分の手ではないみたいに、そこから離れてくれない。
「あ、だめぇ、あん、あ、あぁ」
　すっかり慣れきった動きで、指がぬかるみをなぞっている。
　それでも、声をガマンしようとしているせいだろうか、なんだか息苦しくなっている。
『あ、なんか、胸が苦しいかも、そう、きっと、太ったのね。ブラがきつくなったんだわ、取っちゃわないと』
　しなやかな身体に、まだ余分な肉などついてない。
　だが、息が苦しくなるほど、身体が求めているのだ。
　誰にする必要もない言い訳を胸の内でしてしまうと、両手はあっさりと成美の思うとおりに動いてしまう。
　つまりは、ゆったりしたロングＴシャツを脱ぎ捨て、一続きの動作で、シンプルなブラをパチンと外してしまったわけだ。
『あぁん、私、裸になっちゃった』
　まるでいたわるように、自分の胸を撫で回すと、ビクンと感じるポイント。
『あ、硬くなってる。あの時、みたいに』
　キュッと乳首が硬くなっているのを、指先に感じた瞬間、このところ毎日、思い出してしまう「あの時」を、またもや思い浮かべてしまったのだ。
　夫以外の手が、胸を這い回って、どうしようもなく淫らな気分になってしまった、あの時のこと。
　ソコまで意識ししてしまえば、もはや後戻りすることなど不可能になっている。
　もどかしげに、フレアに広がるスカートも、シンプルな下着も、いつの間にか脱ぎ捨てていた。
　一人リビングで、お風呂に入るわけでもないのに裸になる。
　ただ、それだけで、自分がどうしようもなく淫らになった気がしてしまう。
「あん、いや〜ん。私ってば、こんなことしちゃってる」
　墜ちている気がした。
　自分がどうしようない、淫らな女になったんだと思えてくる。
　そのくせ、身体の中のモヤモヤは、破裂しそうなほど膨らんでしまうのだ。
「あん、いやあぁ、違うのぉ、違うのぉ」
　イヤイヤをするように、白い顔を振り立てる時には、指は、既に、たっぷりとぬかるんだ秘裂をとらえている。　
「あ、あん、あ、あっ、うっ、あん」
　イケナイ一人遊び。
　こうなってしまうと、イケナイと思えば思うほど、快感がわいてきてしまうのだ。
「あん、あん、あん、だめぇ、見ないでぇ」
　いつのまにか、成美の脚は、広がりきっている。あの日、並河にのぞき込まれた形を忠実になぞって、Ｍの字というより、Ｗを逆さにしたような形だ。
　細い指先が、敏感なボタンをクチュクチュと弄りながら、自分を追い上げていく。恥ずかしい一人遊びを、見られているのだ。
「ダメ、見ちゃ、いやあ」
　頭の中にいる並河に、全てを広げて見せていた。
「ああ、いやん、みないで。あん、そんなに広げちゃいやぁ」
　左手と、右手の薬指が、器用に美肉をかき分けている。ぬかるみに滑る指を、何度も何度も、中に差し込んでは、広げている。
　その動きすら快感につながっている。
『いやらしいな、なるみちゃんは』
「あん、そんなことないぃ」　
　頭の中で並河の声が聞こえている。
「見ないでぇ、ああ、胸は、胸はいじっちゃいやぁ」
　左手が、いつのまにか乳首をコリコリと転がしている。その動きは、あの日の検査で弄られたやり方そのものをなぞっているのだが、今の成美は気が付かない。
「あぁ、あうう、いやあ」
『ほら、感じるんなら言わないと。逝かせてって言ってごらん』
「だめだめ、だめぇ！言えないぃ」
『言わないと逝かせて上げないよ』
　指が高速で、ボタンをこすり立てている。
「あん、いじめないでぇ」
「じゃあ、言わないとね」
　冷静な医者の声が、成美をなぶっている。
「あああ、恥ずかしい、ああ、か、感じるぅ」
　だが、これ以上上り詰めるには何かが足りない。
　それが何かを知っているのだが、思い切りが突かないまま、指が、自分を焦らしていた。
　いつのまにか、成美のオナニーに染みついてしまった、あの習慣。
「ああ、今日も、今日もしちゃうの？」
　自分に問いかけているのだろうか。それとも、頭の中の並河に問いかけているのだろうか。
　もはや成美自身も分からない。
　だが、次の瞬間には、指を外して立ち上がっている。
　最近、リビングの端に細い姿見を置くようになっていた。
　すらりと立てば、全身が映る。
　何気なく置かれてしまった姿見。
　もはや止まらない。
　飛び起きた成美は、鏡の前にふらふらと近寄ってしまう。
「ああ、違うの、違うの、違うんだからあ」
　誰に言い訳しているわけでもない。だが、この後自分がしてしまうことは、恥ずかしすぎる。だが、しないではいられない、今の成美だ。
「だめぇ」
　細い姿見に映る成美は、ゆっくりと寝そべっていく。
　膝から折り曲げた足先が、くっきりと鏡に映っている。
　両手は、顔を覆っていた。　
「ああ、見ないでぇ」
　少しずつ、少しずつ、膝が、離れていった。
　震える脚。
　だが止まらない。
「イヤイヤ、いやあぁ、見ないでぇ、あん、いやああ！」
　逆さになったＷの字になった脚。
　一瞬だけ首を起こした成美。
　鏡の中に、真っ赤に充血した自分の、ソコがあった。
「見ないで、あああぁ、ごらんに……　ならない……」　
　カクンとアゴが上がってしまった。
　伸ばした指先が、またもや敏感なボタンをとらえたのだ。
　止まらない。
　閉じた瞳の中で、鏡に映った自分の秘所が、鮮明に浮かんでいる。
　あんなに淫らな姿を、見られてしまったのだ。
　鏡の向こうには、並河の目が合った。
　急速に、白いマグマが成美の身体を膨らませる。
「ああ、だめ、い、いっちゃう」
　しかし、閃光がきらめこうとした、ホンの１秒前に、指を離してしまう。
「あああ、なんで、そんなあ」
　成美の身体は忠実に、あの日の羞恥をなぞろうとしているのだ。
　そう、あの日、何度も何度も、イキかけた身体は、焦らされたのだ。そのあげく、口走ってしまった、恥ずかしいおねだり。
　夫にすら、聞かせたことのない、あのセリフ。
　口にするまで逝かせてもらえない。
　だが、自分では限界がある。
　限界まで高まった快感が、あの日のようにしつこくは焦らすことなど不可能なのだ。
『ほら、言わないと。オ○○コって言うんだ。恥ずかしい言葉を言わないと逝かせて上げないよ。ほら、言って』
　頭の中の並河は、ずっと露骨に淫らな言葉で迫っていた。
「あぁあああ、恥ずかしいのにぃ」
　指先が再びぬかるみをかき分けている。
　もう限界だった。
「ああ、あ、ああ！逝かせてぇ！オ○○コ、逝かせてぇ、あううう、く、だ、さ、い」
　ピチャピチャと音がするその場所を、細い指先が振動していた。
　めいっぱい広げた脚。
「ああ、言っちゃう、あ、ダメ、弄って、オ○○コ、弄ってください！」
　左手までも、美肉をかき回していた。
　一瞬、開いた目は、無条件で鏡を見てしまう。
「いやああ！あ、あ、い、いくうう！」
　グッと目を閉じた成美の背中が、くくく、っとブリッジを作る。
　閃光がきらめいていた。
　ヒクン、ヒクンヒクン。
　腰が突き上げるように、動いて、……止まった。
　はあ、はあ、はあ。
　しなやかな白い身体が、ぐったりとリビングに伸びている。
「やっちゃったぁ」
　細い腕は、クリンと丸いおでこに当てられて、成美は呆然と、天井を見上げていた。
　全身から力が抜けて動けない。
　けだるい満足感と、激しい後悔。
「一人エッチ……　悪いことじゃ、ないんだよね」
　そんなことは、もちろん知っている成美だが、問題は、自分が、あの日の羞恥を何度も何度も反芻していることなのだ。
　逝ってしまった後は、目の前の鏡など見られない。
　ひどく情けなくなっていた。
　何もあんな恥ずかしいことを思い出す必要などないのだ。
　だが、自分があの日、最後のプローブを入れられた瞬間、本当に、並河のモノを入れられている気がしたことが許せなかった。
　許せないくせに、あの瞬間を思い出しては、激しく、子宮に甘い電流が生み出されてしまう。
「あああ、もう、私、ダメになっちゃったかも」
　両手で顔を覆おうとして、指先が、ぬめっていることに気が付いて、またまた、後悔する成美だったのだ。

　あれほど恥ずかしい体験も、やはり乗り越えるしかなかった。なんといっても、赤ちゃんが欲しいことには変えられないのだ。
　それから、成美は、３度、NAMIKAWA・BIRTH・CLINIC　に行くことになった。
　「若先生」は、あれから出てこない。並河とは打って変わった押し出しの強そうな、そのくせ優しい目をした初老の院長。
　初めて、成美は安心できたのだが、その時は、成美の身体に異常がないことを聞かされた。
　あの時は、ヘンなことになってしまったが、するべき検査をちゃんとやっていてくれたのだ。ひょっとしたら、成美は、そっちの方に安心したかもしれない。
　だが、成美に原因がなければ、夫なのか。
　とうとう夫に打ち明けなければならなかった。
　どうしても、夫と一緒に行く必要があったのだ。しかし、夫の精子も結局、問題がなかった。
　そこで、三度目に訪れたとき、このまま様子を見るか、人工授精をするか、静かに尋ねられた。
　妊娠の可能性はあるはずだった。
　だから、欲しくて欲しくてたまらない赤ちゃんだったが、人工授精をするまでの踏ん切りはつかなかったのだ。
「医学的には、どこも悪くない」という事実が、決断を鈍らせたかもしれない。
　かといって、父親の命のロウソクは、確実に、ジリジリと短くなっている。
　不安と焦り、そして、自分自身を責める心が、人妻として成熟しつつある成美の心と体に微妙な影を落としたのは確かだった。
　かくして、季節はいつのまにか、冬を迎え、新しい年を迎えていた。