１０　前世邂逅

　この人を…正確にはこの人の前世の人を愛している、と思ったのはいつからだったでしょうか。おそらくは、生涯三度目くらいの行為のときでしょう。
　そのころのわたしは、強姦された経験があることを隠して恋人を作りましたが、わたしのほうで性感が得られないことが別れの原因になったものです。
　不思議と悲しくは思わなかったのは、別れて正解だと思ったからなのでしょうか。

　それからのわたしといえば、わたしの初めてを奪った人のことを思い浮かべては自慰を重ねました。
　そんな日々を送りながらも、わたしは『あの人』を探し続けました。顔を覚えている、という情報だけでです。

　数年を経たとき、わたしの家に一本の電話がありました。遠い場所の警察からでした。
『他人の子供を交通事故からかばって死んだ男が、あなたの写真を持っていました』という奇妙な電話でした。

　かくして、わたしたちは再会を果たしました。しかし、それは無論わたしが望んだものではありませんでした。
　あんな出会いのあと、二度目の出会いだったというのに、目からぽろぽろと涙が零れ落ちました。
（また…この人に犯してほしかったのに…）

　この人は、強姦などする人間ではなかった。写真のほうは、わたしを強姦したときに撮影したものだったようです。しかし、顔写真だけでした。
　裸の写真が写されているわけでも、苦痛と快楽にゆがんだ顔を撮影したわけでもなく、行為が終わった後のどこか微笑をたたえたわたしの顔の写真がただ一枚だけでした。誰も『強姦されている最中の写真』とは思わないことでしょう。

　わたしは、生きている理由すべてを失ったのです。

「…たとえ声だけでも、感覚的にだけでも、わたしを覚えてくれていたんですね…？」
　わたしはいとしい人の頭を右手で胸に押し付けていました。暖かい感触、甘い快感…すべてがわたしの求めていたものでした。
　死んだ瞬間から完全に死ねなくなったわたしが求めていたものでした。
「あなたが死んだと知って、わたしもすぐ後を追いました。ですが、どうやら完全に死ねずにこの世にとどまってしまったようです。
　残酷なものですね。この世界にいても、あなたには絶対に会えないはずなのに…ですが…」
　硬いものを包んだ左手を上下に動かしつつ、わたしは言葉を続けます。
「あなたが…この世界に戻ってきてくれて、よかった…」
「うあっ」
　左手をきつく絞ると、恭介さんの先端から白濁があふれ出しました。

　もちろん、ここにいるのは出口恭介さんであって、『あの人』ではありません。しかし、この人は確かにわたしを覚えていてくれているようです。

「…今度は、わたしが…あなたを…」
　先端についた白濁を優しく舐めとり、舌先でその味を確かめながら、わたしは恭介さんに言いました。
「あなたを、犯します…」

　一度放出したというのに、『それ』はまだ硬いままでした。それを確かめたわたしはおもむろにその上にまたがっていました。
「あっ！」
　死んだ体に痛みも快感もないと思っていましたが、わたしの体を驚くほどの痛みが貫いていきました。
「む、無茶だ、まだ濡れてもいないのに！」
　下から恭介さんに声をかけられたときには、わたしはあまりの痛みに涙を浮かべていました。
「だ、大丈夫です…そのうち、慣れますから」
　ゆっくりと、ゆっくりと腰を落としていくと、恭介さんのものの感触が少しずつ上がっていきました。同時に愛液も少しずつ分泌され始めたようで、奥に行くにつれ少しずつ入りやすくなっていきます。
「あっ、ああぁっ、入って…くる…」
「ぐっ、ああぁっ」
　不意に胸に手が伸ばされ、わたしは驚いて腰を下ろしてしまいました。
「ひいっ！」
　急激に訪れた子宮への接触に、思わず声が漏れます。そしてそのまま、恭介さんのものがわたしの子宮の中で震えました。

　どくんっ、と熱いものが流れ込んでくるのがはっきりと分かりました。
　わたしが、ずっとほしかったもの。しかし、それはあまりにも早い到達でした。

「はぁぁっ…！ま、まだ…まだ足りない…もっと、もっとください…わたしに、もっと…」
　出したばかりで少し萎えたものをくわえ込んだまま、わたしは腰を上下させていました。射精の快感と膣内をこすれる快感に酔いしれ、わたしは生前の渇望をすべて満たすべく激しく動いていました。
　ひょっとしたら、今のわたしは、前世のこの人の、あのときの姿そのものなのかもしれません。

（ああ・・・この快感、この感触…胸も…乳首もしてほしい…）
　わたしの頭のなかでいかがわしい考えが起こったとき、恭介さんの指が胸の頂点を揉み解し始めました。
　以心伝心という言葉がありますが、まるでわたしの想いが伝わったかのようなタイミングでした。
「ひゃぁっ！」
　同時に激しく下から突き上げられました。いつの間にか恭介さんのものはいきりたち、固くなってわたしを責めていました。

「いっ、イく…っ！！ああっ、恭介さん…」
　互いの腰の動きが激しくなると、わたしは快感の頂点に達して震えました。
　そして、またわたしの中に熱いものがどくん、と流れ込んでくるのが分かります。

「あっ…うあっ…あぁぁあ…」
（これが…これが…ほしかった…わたし、やっと満たされて…）

　快感が途切れるのにどのくらいかかったでしょうか。それと同時に、わたしの意識が薄れていくのが分かりました。
　恭介さんの顔が涙でにじみ、よく見ることができません。
（愛しています…わたしが…消えたあとも、ずっと…）

　幸せでした。これで全てが終わったと思いました。しかし、わたしの意識が消える直前、この体が恭介さんに抱きとめられるのが分かりました。
（…あぁ、わたしは…この人の全てがほしい…）

　わたしは、そう思いながら、甘い快楽に酔いしれながら目を閉じました。

　この屋敷に来てから、夢のようなことばかりが起こっている気がする。最初の幽霊騒ぎに始まり、透明人間、真夜さんが出てきた夢、慈雨ちゃん失踪、突然戻ってきた慈雨ちゃん、そして、僕の寝床に現れた謎の美女…。
　鳥がさえずる音で目が覚めた僕は、ようやく朝が来たことを悟った。正直安心したような気がする。二度と朝が来ないんじゃないか、思っていたからだ。
　それというのも、寝床に出てきた美女（こっちが幽霊？）が『死んでも死ねない体』だとか、『前世の僕』とかそんなことを言っていたからだ。
　なんとも現実離れした話ではあるのだが、僕自身、あの美女のことをなぜか覚えていることは間違いない。名前とか、そういった詳しいことまでは分からないけれども。

　問題は、それが『今の僕』が持っている記憶ではないということである。正直、前世の僕への愛情を僕に向けられても返答に困る。
　もっとも、昨日の彼女はかなりの美女だったから、うれしいはうれしいけれども。

　それに、彼女はどう考えても幽霊だ。まさか、幽霊騒ぎが本当になるとは思っていなかった。

（それにしても、前世の僕を追いかけて、今の僕の前に出てくるなんて、すごい幽霊…ん？）

　僕はそこでようやく『異常事態』に気づいた。この部屋は僕が一人で借りている。部外者同士とはいえ、女性である真夜さんと一緒の部屋を借りることはできないし、この屋敷は部屋がたくさんある。
　しかし、僕の横には明らかに人が寝ているような、毛布のふくらみがあった。
（だ、誰か寝てる…？昨日の幽霊か？）
　僕の脳裏に昨晩のことがよみがえる。しかし、幽霊の添い寝なんてぞっとしない。

　頭まですっぽりと毛布をかぶっていて、その姿までは確認できないが、寝息をたてていることから、どうやら生きた人間ではあるらしい。
（まさか、真夜さんか？）
　先日の夢のこともあり、僕は真夜さんを『只者ではない』と思っている。そのせいもあってか、『彼女ならカギのかかった部屋に入ることくらいできる』という先入観に似たものすらあった。
　僕は、おそるおそる毛布をめくってみた。

　そこにいた人物を見て、僕は驚愕せざるを得なかった。

　長い髪、幼い顔立ち、小柄な体、そしてその小柄な体のわりに大きめな胸、白い服…。

「…な、なんで慈雨ちゃんが、僕の部屋のベッドで寝ているんだ…！？」
　草那木慈雨。僕の隣に眠っていたのは、彼女だった。