１３　順風満帆

「…それじゃあ、慈雨ちゃんは、自分の体の中に幽霊がいることを知っていたのか」
　さすがの脩平も、これには驚いたようだった。
「うん。知っていて好きにさせていたんだって」
　真夜も、慈雨からこの話を聞いた時は驚きを隠せなかった。いわば、自分が盲目である理由の根源である優姫という存在がいるのを黙認していたというのだから当然といえよう。
　もちろん、抵抗することもできずにそういう体になっていた、という面もあるかもしれない。しかし慈雨の場合は…。
「慈雨ちゃんは、優姫さんに体を使わせることで、家の外の世界を間接的に見ていたの。もっとも、それが出来るようになったのはごく最近のことみたいだけど…」
「じゃあ、互いに了承を得ずとも利害が一致していたのか。すごい話だな…」
　真夜の話に、脩平がうなった。

「…そういえば冴」
　話が終わった真夜が冴をにらんだ。
「わたしがいない間に、脩平に手をだしたそうね」
「…え〜と、ごめん、わたし、我慢できなくて…」
　バツが悪そうにうつむく冴。同じくそっぽを向く脩平。
「…まぁ、今回は許してあげるわ。わたしも人のこと言えないし…」
「『人のことが言えない』ってどういうこと？」
　逆に冴に問い詰められた真夜が、思わず口を両手でふさいだ。あからさまに『しまった』という顔だった。もちろん、真夜が言ったのは旅館での恭介との一夜のことである。
「さては真夜、浮気してたわね〜？」
「そ、そんなことないわよ！」
「…どっちもどっち、だな…」
　あきれたように言った脩平を、今度は女性二人がダブルでにらみつけた。
「…真夜、一時休戦にして、今日は二人で脩平君を責めるってのはどう？」
「断りたいところだけどそれも面白そうね。一緒に住んでいる以上、悔しいけど脩平も平等に分けるとしましょうか？」
　その場で襲い掛かりそうな二人を見て、脩平が後ずさった。

「待て！二人相手にしたらいくら俺だって吸い尽くされて干からびるだろうが！」
　脩平の抵抗もむなしく、冴が脩平を押さえつけて、真夜がすばやくズボンを下ろしてしまうのだった…。

　数ヶ月後、思わぬ来客があった。
「こんにちはぁ、脩平さん、お元気ですか、沈んでますかぁ〜」
　ピンポーン、というベルの音の直後に、聞きなれたあの間延びしたほんわかとしたあの声が響いたのだった。
　三人が顔を見合わせたのは言うまでもない。

「…出口、ずいぶんやせたもんだな」
　事務所前に立っていたのは、慈雨を抱き上げた出口恭介だった。
「出口さん、大丈夫なんですか？」
　真夜も思わずそんな言葉が出てきていた。何しろ最後にあったあの日よりもずいぶん痩せていたのだ。恰幅がよくはないものの、若々しい姿だったあのときに比べ、今では顔もこけておりずいぶん調子の悪そうな外見だったのである。
「うん。僕の中にいた『前世の僕』が急激に出てしまったせいで、生命力を失ってしまったらしくてね。
　寿命が縮んだりはしないものの、しばらくは体力も落ちるし激しい運動もできそうにない。だけど…」
　恭介は一度そこで言葉を切った。そしてその後
「…後悔はしていないよ」
「そうか。お前らしいな」
　脩平が言った。
「それで、何でお前が慈雨ちゃんを連れてきたんだ？」
　脩平が当然の疑問をぶつけた。目の前にいるのが慈雨である以上、つれてくるのは玲依か、あるいは草那木氏でなくてはならない。
「それは、彼女が自分の目で君たちを見てみたいって言うからだよ」
　恭介がそういい終わらないうちに、慈雨がいきなりぱっちりと目を開いた。
「わぁ、皆さんそんな顔をしていたんですね。すごいです〜」
「わっ！目、開いた！」
　驚いたのは冴だった。
「脚のほうも、だんだん動くようになってきている。本当ならなんの遜色もなく歩けるらしいんだけど、なにせ赤ん坊のころから歩いたことがないから、普通に歩けるようになるまではかなり時間がかかるそうなんだ」
　恭介の説明を聞いた脩平がうなずいた。その顔は満足そうだった。
「玲依さんからも、君たちによろしく言ってくれといっていたよ」
「そうか…。で、だからなんでお前が慈雨ちゃんをつれてくることになったんだよ？」
　問題がいまだ解決していないことにいらだちながら、脩平が言う。

「恭介さん、玲依さんじゃないでしょう？」
　しかし、脩平の言葉に返事はせず、慈雨が屈託のない瞳を恭介に向けた。
「『お母様』、です」
　慈雨の言葉に、恭介が苦笑いをした。
「今までが今までだからね。急に『お母さん』とは呼びにくいな…」

　その言葉で全てを察した三人が、『えーっ！』と大合唱した。
「…そういうわけなんだ。今では彼女は『出口慈雨』なんだよ」
「け、結婚したのか、お前！？」
「うん。これも何かの縁だからね。幸いにして、玲依さん…じゃなかった『お母さん』たちも納得してくれたよ」
　恭介が頭を掻きながら言うのを、慈雨が満足そうに微笑みながら見ていた。

「それに、さ…」
「ん？」
「…前世で結ばれなかった二人のためにも、僕ら二人は今の世で結ばれて幸せになりたい。そう考えているんだよ」
　恭介が窓の外を見上げた。今頃あの青空の上のほうでは、結ばれなかった魂二つが幸せに寄り添っているのだろうか…？
　誰にもその疑問の答えは出せなかった。しかし、その幸せをここにいる誰もが願っていた…。

　
「…だって、あんなに痛いものだったとは思っていなかったんです！あんな大きいのが入ってくるなんて思わないじゃないですか〜！」
「声が大きいよ慈雨ちゃん…」
　街中で過激な内容を話す慈雨を、恭介がいさめていた。この二人もようやく、『夫婦生活』を営むようになった証拠である。
　しかし、慈雨のほうがかなり幼い性格をしているため、こんな内容でも平気で大声で話してくれるのだ。
「でも、これで、恭介さんとの間に子供ができるんですよね？…あ、それはそれでさびしいかも〜最終的には気持ちよかったですし、できなくなるのも残念です〜」

　そんな過激な会話を交わす二人の真横を、ブレザーを着た高校生が通り過ぎていった。その直後
「おーい、一緒に帰ろー！」
　と、同じく制服の女子高生が通り過ぎていく。
「仲がいいな…」
　と恭介がつぶやいたところ、すぐにまた
「忘れ物ですよ〜！お弁当〜！」
　と、修道服姿の女性が追いかけて通り過ぎていく。

「あれ・・・？今の二人、同じ顔してませんでしたか？」
「そういえば…あ、また来た」

「待て！それは私の弁当だ！間違えているぞ！」
　と、今度はスーツ姿の女性が通り過ぎていく。

「・・・またさっきの人と同じ顔をしてましたねぇ」
「うん。三つ子かな？珍しい…。」
　二人が顔を見合わせるのをよそに、三つ子の女性たちはあっという間に見えなくなってしまっていた。

　あれから二年が経過し、氷室裕と妻彼方の間に子供が出来、さらに真夜と脩平の間にも子供ができた。
　恭介は体調を取り戻し、そして慈雨は完全に歩けるようになったうえ、背も少しずつ伸びてきたようだった。
　そのためか、再び慈雨に出会ったときは見違えるほどに大きくなっていて、玲依と見間違うほどの美貌を誇っていた。

　…が、性格はあまり変わっておらず、いまだに『お元気ですか、へたってますか』と挨拶をしてくるものだった。

　慈雨は氷室探偵社の四人目の探偵として…というよりはマスコットとして迎えられることになる。

　真夜たちは自分たちの子供に『優姫』と名付けた。その子供はやがて成長し、氷室夫妻の子供と結ばれることになる。
　しかし、それはまた別の話である…。

　　　　　『永世少女』４　『Ｉ×Ｂ（アイ・バイ・ビー）２』　　　　　了