２　私立探偵

「ほら、脩平に電話よ？」
　少し不機嫌そうに言いながら、真夜は脩平に受話器を渡した。
「拗ねるなって。まだ寝るには早い時間だぞ？」
　苦笑しながら受話器を受け取る脩平。
「はい、八坂脩平は私ですが」
『八坂か、僕だよ、出口だ』
　受話器の向こうからは、懐かしい声が聞こえた。ベッドの中の真夜がもぞもぞ動くのを気にせず、脩平はベッドに腰掛けて話に没頭することにした。要するに真夜は、『行為』を邪魔されたので不機嫌なのだ。
（相変わらず間の悪い男だな、出口）

　出口恭介と八坂脩平は、中学時代の級友である。とはいえ、高校が違っていたせいもあり、幼馴染である
真夜は顔を見たことがないかもしれない。仲はよかったのだが、家に招いたこともなかった。
『実はだ、君が探偵をやっていると聞いて、頼みたいことがある』
　前置きも少なくして、出口が口を開いた。
（相変わらず、気が早いヤツだな）
「ん…？頼みたいこと？個人的な頼みならともかく、探偵としての仕事なら、金をもらわないとならないぜ？」
　下半身にやさしい温かみと快感を覚えながら、脩平は言葉を返した。
（こら、何をやってるんだ、真夜）
　ふと見ると、『行為』を邪魔された真夜が自分の足元にひざまずいているのが見えた。ただそうしているのではなく、その手は脩平のものをつかみ、口に含んでしまっている。
『どうした？脩平』
「いや、なんでもない」
　なんでもない、の言葉とは裏腹に真夜の愛撫は激しい。
（おい、そんなに音を立てるな、聞こえるだろ？）
「それで、頼みってのは？」
『この前、こんなことがあったんだ…』
　出口のその言葉を聞いたとき、脩平は『んっ』と声を上げかけた。真夜の口の中で我慢ができなくなったのである。
　脩平はその後、真夜に白濁を舐め取られながら、出口の話を聞かなければならなかった…。

「幽霊屋敷？いまどき、古めかしいというか、アナクロというか、珍しい話ね」
「おいおい、『俺たち』が幽霊屋敷を非現実的だ、なんていえる立場じゃないだろう？」
　電話を終えて再びベッドインした二人は、裸の身で抱き合いながら話し合った。腐れ縁の友人からかかってきた突然の電話は、幽霊屋敷という、まったく探偵事務所向けではない話を絡めた依頼だった。
「…でも、頼むから電話の最中に舐めるのはやめてくれよ？集中できないじゃないか」
「我慢しない脩平が悪いのよ。電話しながら、わたしの口のなかにどばどば…」
「わかったわかった、真夜にはかなわないよ」
　真夜の言い方に、脩平が大きく手を振って応えた。

「で、真夜。今度の出口からの依頼は、真夜に任せることにする」
「へっ？」
　あからさまに、『なにそれ？』という顔をする真夜に、脩平が続けた。
「そろそろ真夜も、一人で依頼を受けてもいいころだろう？」
　元来『どんくさい』真夜は、今の今まで一人で依頼を受けて活動したことはなかった。それは、探偵事務所の主である氷室裕も、脩平も、そして何よりも真夜自身が自分の性格を理解していたからだった。
「それはそうかもしれないけど、でも、ねぇ」
「不安か？」
「うん」
　素直にうなずく真夜。
「心配いらないだろう？仮に幽霊がいたとしても、俺や真夜ならどうとでもできるしな」
「正確には、わたしや脩平がどうこうするわけじゃないんですけどね」
「さて、とだ。詳しい話は明日依頼人本人に聞いてくれ。今日は、ここまでだ」
　脩平が突然話を打ち切ると、真夜の体を強く抱きしめた。
「続きをするなら、話じゃなくてこっちにしよう。出口に邪魔されたからな」
　恥ずかしそうにうなずく真夜も、やはり脩平を抱きしめていた。彼女らはもう夫婦の間柄なのだ。

　先ほど、出口恭介からの電話がくるまでに散々に愛撫を受けていた真夜のそこは、まだ潤っていた。
「なんだ、まだこんなになってたのか。仕方ないか、挿入寸前だったもんな」
　脩平が意地悪く言った。
「入れるなら早く入れてよぉ」
　再び秘所に愛撫を受けて、真夜が悲鳴を上げた。その動きがなんとも愛くるしい。
　これ以上の愛撫は必要ない、と考えた脩平は、間髪いれずに自分の体をぶつけていった。

「うあぁっ、大きい、入ってくる…ぅ」
　足を大きく左右に広げられた真夜が、挿入の激痛に顔をゆがめた。とある理由で『ずっと処女』である真夜には、その日の『初挿入』は幸福と同時に苦痛でもあるのだ。
　脩平の愛撫によって十分にあふれていたものの、真夜のぴったりと閉じた亀裂は、脩平のものを受け入れるにはあまりにも狭い。
「くっ、真夜、力を抜いてくれ…っ。入れるだけで出そうだ…」
　反対に、脩平のほうは我慢が大変なのである。粘膜と愛液に包まれる快感は筆舌に尽くしがたいのである。
　真夜の痛みを和らげるためと、自分の快感に耐えるため、脩平は真夜の胸に手をかけてひたすら揉んでやっていた。
「ひうんっ」
　先端を刺激され、真夜が大きくのけぞった。同時に、『慣れていない』膣が脩平を締め付けていた。
「う、動くぞ、真夜っ！」
　ようやく最奥まで入り込んだものを、脩平はゆっくりと前後させた。真夜がさらに大きく声を上げた。
「や、やあっ、ま、まだ動かないでっ！」
　髪を振り乱しつつ、真夜の声がさらに高まる。最後には声にならず、悲鳴と喘ぎが混じったような声を上げていた。
　その姿はもはや『夢魔』のようになまめかしく、いつもの少女っぽさは微塵もなかった。
「ああっ、脩平っ！気持ちいい、あっ、い、イっちゃ…あっ！」
「真夜！」
　脩平の絶頂と同時に、真夜の体がビクン、と大きく反応した。白濁が膣内に流れ込むと、真夜の体はまるで痙攣したかのように大きく震えた。
「あ、脩平、すごいの、すごいっ、たくさん、出てるぅ…！」

　…やけに、電話を切るのが早かったなぁ、と僕は思っていた。もっとも、僕も僕で、脩平から『なんで幽霊屋敷なんか興味を持ったんだ？』とそんなふうに聞かれたらどうしようか、と考えあぐねていたのだけれども。
　まさか、幽霊同士のセックス現場を目撃した、などとは口が裂けてもいえない。

　一応、調査員をよこすとは言ってくれたものの、どんな人間をよこす、とは言われていないため、不安もやはりあった。
　脩平本人がくるか、所長が来れば一番信頼できるのだが、そうもいかないだろう。
（そういえば、アイツ、結婚したって言ってたな）
　僕はなんとなくそんなことを思いついた。最初電話に出た、若い女性の声がそうだろうか？
（だとすると、さっきの電話がやけにあわただしかった気がするのは…）
　僕はひとつの考えにたどりつき、大きくため息をついた。
（夫婦仲を邪魔したみたいだな、僕がかけた電話は）

　翌日、僕は待ち合わせの実家で、派遣されてくるらしい調査員を待っていた。
（…この場所、わかるかな）
　多少奥まった場所にあるため、ひょっとしたら迷うかもしれない。やはり、この場所にしたのは失敗だっただろうか。
　しかし、この前の幽霊屋敷からは、ここが一番近い位置にある。現場検証をしたいなら、この家を拠点にしたほうがいいだろう。
　と、そのとき、扉がガラガラッと音を立てて開かれた。現れたのは、長い髪を持つ、美女だった。
　いや、美女というよりはまだ幼さがあり、美少女という呼び方のほうがしっくりくるかもしれない。
「あ、まだ開店前ですよ、お客さん」
　僕は、思わずそんなふうに声をかけていた。つまり、僕の実家はラーメン屋である。

「えーと、わたし、氷室探偵事務所の調査員で、八坂真夜です。あなた、出口恭介さんですか？」
　ちょっとだけ恥ずかしそうに、その女性が言った。僕は仰天した。まさか、彼女が調査員だとは思わなかったのである。
　どちらかというと『探偵』という響きにハードボイルドなものを感じる僕は、女性の探偵なんて考えもしていなかった。
「あ、失礼しました」
　僕は思わず頭を掻いていた。が、『真夜』と名乗ったその女性の苗字に聞き覚えがあったため、僕は聞き返した。
「八坂…って、あなたは、脩平の…」
「妻です」
　今度は露骨に顔を赤くしてしまった。脩平のヤツ、こんな幼な妻をもらったのか。と、僕は少しいかがわしいことを考えてしまう。

「それで、さっそくお話を伺いたいんですが、幽霊屋敷っていうのは…」
「ここから車で一時間ほどの、山の奥にある大きな屋敷のことです」
　僕は当たり障りのないように答えた。目の前にいるのは脩平ではない。その妻である真夜さんなのだ。
　脩平にさえ言いづらいというのに、まさか女性に、あの屋敷で起こったことをつぶさに報告することはできなかった。

　車を走らせて一時間、僕はまたあの屋敷の前にたどりついていた。よく見ると、表札がかかっていた。
　あの時は、夜だった上、あわてていたので目に入らなかったのだろう。
『草那木』と表札には書かれていた。珍しい苗字もあったもんだ。

「あの、幽霊だったら、昼間は出ないんじゃ…」
　真夜さんのその言葉に、僕は頭を掻いた。そういえばそうなのかもしれない。僕があの『仲のいい夫婦幽霊』を見たのも考えてみれば夜なのだから。
「夜、灯りがついていたんですよね？」
　真夜さんに訊かれ、僕はうなずいた。確かにあの日は灯りがついていた。だから僕は、『人がいる』と判断したのだ。
　しかし、そこにいたのは決して人ではなかった。

　先日宿泊した旅館に、もう一度チェックインした僕たちは、情報収集しつつ夜を待つことにした。
　あのときの女将も、また宿の人もみんな『幽霊屋敷』のことを知っていた。
「…あの屋敷は、大会社の社長さんのものだったとか。数年前まで、美人の未亡人が住んでいたものの、今では誰の姿も見かけなくなってしまったんです。うわさでは、行方不明になった夫を追って、娘を連れて自殺したとか…」
（とすると、その親子夫婦の幽霊か？）
　真夜さんも同じことを考えていたらしい。しかし、そうなると、その未亡人は死んで夫と再会し、わざわざ屋敷で
『幽霊同士のセックス』に興じていたというわけである。美談なのかこっけいなのかよくわからない話だった。

「…とにかく、夜になったら、いってみましょう」
　真夜さんの言葉はまるで、自分自身を勇気付けているようにも取れた…。