３　魑魅魍魎

（ちょっと、シャレにならないわよ、この怖さ…）
　夜になって件の幽霊屋敷へつれてこられた真夜は、脩平からこの依頼を丸投げされたことを後悔してきていた。
　暗くなって余計に不気味さばかりが際立つこの屋敷は、真夜の心を揺さぶるのに十分な威圧感を持っていたのである。
　加えてあたりが静かで、人の声もしない。時折風の吹き抜ける音が聞こえるだけだった。

　もちろん、恭介のほうも不安がまったくないわけではなかった。むしろ怖いものがある。経緯がどうあれ、この屋敷には得体の知れない何かがいるのは確かだ。これは、あの時目撃した恭介だからこそ言える事実であった。
「…やっぱり、誰もいないんじゃないですか？電気も消えています」
　つぶやくように、真夜が言った。今、恭介が正気でいられるのは、間違いなくここに真夜がいるからだ。
　一目散に逃げ出したい気分ではあるが、ここで真夜をおいて逃げられるほど腐った人間ではない。
「…踏み込んでみましょう。ここが幽霊屋敷なら、不法侵入にもならない」
　実際には不法侵入なのだが、『目撃されなければ大丈夫』というレベルの物言いなのだ。真夜もそれは重々承知していた。

　真夜を守るようにして、恭介が門を押し開けた。不思議なことに、やはり門が開いていた。無用心なのか、それともここに住んでいるのが生身の人間ではなく、もはや幽霊となった夫婦だけだからなのだろうか？

　広い庭を通り抜けた二人は、玄関にたどり着いた。やはりここも鍵が開いていた。よく泥棒が侵入しないものだ。
（…開いてます）
　真夜が目配せをし、恭介が先に踏み込んだ。
　その瞬間、真夜が思わず恭介にしがみついた。
『ああーーーーっ！』という声がしたからである。

　ここにきたのは初めてである真夜には怖かったようだが、恭介はもはや『またか』という表情だった。
「ひ、悲鳴ですよ、今の！」
「落ち着いてください、真夜さん」
　これではどちらが探偵なのかわからない。

　階段をゆっくりと上り、『あの部屋』の前に立つ二人。と同時に、真夜が顔をぽっ、と赤くした。
『あっ、ああっ、ああっ』
　という、女性の悦に浸る声が絶え間なく耳に入り続けたせいである。
（ちょ、ちょっと、幽霊、って、何をやってるんですか、いったい！？）
　恭介も恭介で困り顔である。まさか、『またやっている』とは思わなかったのだ。
（ひょっとして、その、夫婦で、してる最中に死んじゃった幽霊とかですか？）
　真夜がためらいがちに訊いた。が、恭介にそんなことがわかるはずもない。
『ああっ、あなた、あなた…！』
　二人のバツの悪さとは裏腹に、女性の声はさらに高まっていく…。

　『行為』が終わったあと、先ほどまでとは裏腹に、あたりがシンと静まり返ってしまった。
　こうなると逆に不安感があおられてしまうのが真夜である。顔を真っ赤に染めたまま、
『とりあえず戻りましょう、幽霊がいることはわかりましたから』
　鍵穴から部屋の中を覗かなかったのは、真夜の理性の表れなのかもしれなかった。

　廊下を抜ける途中で、二人はさらなる恐怖に遭遇した。それは、廊下の向こうから聞こえる『カラカラ』という音だった。
　とっさに廊下の角に隠れたものの、その正体がわかり、二人はようやっと安堵した。

（車椅子…人がいたんですね、生きてる人が）
（ええ。ですが、見つかるとまずい）
　やがて、車椅子が見えた。乗っているのは少女のようである。年のころはいくつだろうか？中学生か、小学生か。
　この暗さでさすがに顔立ちまではわからないものの、背が低いことは見て取れる。
『お母様、トイレです、漏れそうです、大至急です』
（女の子…、お母様…？）
　切迫した話の内容とは裏腹に、のんびりとした話し方をする少女である。やがて、誰かがあわてて走ってくる音がした。
　二人はそのまま、車椅子の少女を廊下の陰から見守っていた。
（…今、誰か走ってきましたよね？）
　真夜が訊いたのへ、恭介もうなずいた。しかし、その姿が見えない。誰もいないのだ。
　しかし、二人の不安と驚きとは無関係に、車椅子が突然スピードを上げた。やがて、その姿が遠ざかっていく。
「…これ、間違いなく幽霊じゃ…！？でも、女の子のほうは生身だった…生きている人間が幽霊夫婦と暮らしているってことなんですか？」
　恭介も同じ判断をしていた。だが、普通は生きている女の子のほうがいやになるだろう。しかしあの女の子のほうはどうやら『足が不自由』なようだった。そのため、車椅子を使って移動しているのだろう。

「この屋敷、親子三人で暮らすには広すぎますよね。それに…」
　人の気配がなくなった廊下を、真夜が見回す。
「たしかに階段もあるんですけど、よく見るとエレベータもあるし、かなり低い位置にボタンが設置されていたり…、ただの廊下なのに幅が広かったり、まるであの女の子のために作ったような感じがしなくもないですね」
（ちゃんと見てるんだなぁ）
　一時期どうなるかと思ったが、真夜はやっぱり探偵なんだなぁ、と恭介はなんとなく思った。それまでは、なんだか『同伴してきた凄腕の私立探偵』というよりは、『ちょっと頼りない美少女で守るべき対象』だったのは否めない。

　屋敷を出て、二人はこれからどうしようか話していた。
「明日朝、またここに来てみましょう。女の子は生きているみたいですし、何か聞けるかも」
　真夜の言葉は正論だった。幽霊相手に正体をつかもうというのが無理な話なのだ。話を聞ける人間がいるなら、まずはそこからあたるべきなのだろう。
「でも…幽霊が、子供に呼ばれて駆けつけたりするんでしょうか」
　真夜の疑問ももっともだった…。

　体がとても熱かった。それはそうだろう、声だけとはいえ、二日も連続して、『男女の行為の声』を間近で聞かされたのだから。
　真夜さんのほうも、頬を赤く染めたまま、バツが悪そうにしていた。僕はともかく、彼女はまだ結婚して数年の女性だ。
　もちろん、ほかの人間のセックスを盗み見るような真似もしたことはないだろう。それに関しては僕もないのだが。

　あのときの旅館に帰ってきた僕たちは、荷物を降ろすと、明日の朝のことについて話し合った。
　が、僕のほうは体が熱く、真夜さんとの話も半ば上の空だった。
　畳敷きの部屋、僕の目の前には今、真夜さんがいる。僕は高鳴る胸を押さえるのに精一杯だった。しかし、その糸がもうすぐ切れることを、僕は悟っていた。

「…っ！！」
　真夜は、一瞬何が起こったのかを理解できなかった。ひょっとしたら、彼女自身も『行為』を聞かされたことで、理性を乱されていたのかもしれない。あるいは、彼女の中にいる『もうひとつ』の自分の成したことなのだろうか？
　男の重い体が、真夜を押し倒していた。
「なっ、何を…っ？」
「真夜さん…、ごめん」
　真夜は、何が起こったのかをようやく悟った。そして、自分の体が今どうなっているかもわかっていた。
　ただ体が熱いだけだと思っていた。しかし、恭介の体の重みは、間違いなく真夜の『女』を刺激していたのである。
　見かけにはたくましくは見えない腕が、彼女を抱きしめたことで、もうその体は没入しつつあった。

（だ、だめ、今手を入れられたら、わたし…）
　真夜の抵抗は、残り少ない理性が成させたものだったのかもしれない。スーツのスカートの中に伸びる手を必死につかむも、最後には足の間の秘所に受け入れてしまい、真夜は声を上げた。
「んっ…」
　最初の強引さとは裏腹に、下着の上から秘所をなでる動きは優しく、真夜をすぐに快楽に引きずり込んでいた。
（こ、このままじゃわたし、依頼主に犯される…）
　しかし、考えと裏腹に体が素直に反応してしまう。やがて、恭介の手が下着の中に入り込んでしまった。
「うあっ」
「真夜さん、濡れてる…」
　真夜は、自分を『女』だと認識せざるを得なかった。あの幽霊屋敷で『行為の声』を聞いてから、体が熱かったのである。
　そして、自分自身の官能が間違いなく刺激され、知らぬ間に濡れていた。
　下着を通り抜けてスカートにまで染みができるんじゃないか、と心配し、少しでも話題をそらそうと、旅館についてからも『明日の予定』をややまくし立てるように話していたものだった。
　だが、それを破ったのは恭介のほうだった。
「あっ、あっ、あっ」
　恭介の指は、真夜の秘所を的確に揉み解していった。真夜はつい先ほどあの屋敷で聞いたのと同じ声を、脩平のかつての同級生、そして依頼主である恭介の前で上げるしかなかった。

　下着が下ろされ、スカートがめくり上げられる。
「だ、だめです、出口さん、ここ、旅館…」
　場所がどうだから、という問題ではない。しかし、真夜はもう確実に冷静な思考を欠落させていた。
（だめ、声を出したら、こんなことをしているって、旅館の人にバレちゃう！）
「……！」
「綺麗だ、真夜さん」
　恭介がそう言ったのは、決して世辞や建前や社交辞令ではなかった。真夜の秘所の亀裂は潤いながらもぴったりと閉じていて、まるで一度も男女の交わりを起こしたことのないかのように綺麗だったのである。
「だ、だめ…」
　自らの秘所を見られる羞恥に、真夜は身悶えた。真夜のこの場所を知っているのは、脩平だけなのだ。それが今、夫である脩平以外の男に見られているのである。その事実は、真夜に屈辱感と同時に、一種の背徳的な快楽をも与えていた。
「…あふれてきたよ、真夜さん」
　一方、恭介のほうも、真夜の一種の『魅力（？）』にあてられていたかのように、真夜の秘所を眺めていた。
　指でその閉じた亀裂を押し広げると、まるで堰を切ったかのように、愛液が溢れ出していく。
　恭介は、間を置いてそこに舌をつけて、なぞるように動かしていく。

　喜悦の声が上がった。

「あっ、すごい、すごい…わたし、舐められて、溢れてる…」
　恭介の舌に攻め立てられた真夜は、もはや逃げる術を失っていた。いや、術はあっても逃げることはできなかっただろう。
　あの『幽霊屋敷』における出来事は、あろうことか二人の欲情をも誘ったのである。
　恭介はもはや無我夢中といった様子で真夜の秘所を責め苛み、真夜は快楽と喜悦でそれを受け止める。二人はもう、『オスとメス』になっていた。

　やがて、恭介のものが取り出された。

「ひいいぃぃっ！！」
　真夜が激痛に顔をゆがめたのが、恭介にもよくわかった。その内部はまるで処女のようだった。
「抜いて、抜いてっ、痛いっ！」
　髪を振り乱して叫びながらも、真夜は開いた足を閉じようとはしなかった。恭介のいきり立ったものが、真夜の膣内に深々と突き刺さっているのが、真夜自身にもよくわかっていた。
（しゅ、脩平、わたし…ごめん、ごめんなさい…）
　激痛がやがて快感に変わるのに、そう時間はいらなかった。

　いつの間にか、スーツもブラウスも大きく開かれ、真夜の胸も露出させられていた。もはや脱がされる感触すらなく、裸を見られるという羞恥も、今の真夜の前では快感だった。そんな中、恭介は自分の体をひたすら激しく真夜にぶつけていた。
　やや上から、角度をかえてまっすぐ、浅く入り口を責め立て、そして深々と突き刺す。違う責め方をするたび、真夜は過剰なほどの反応を見せた。そして、恭介はもうそれを楽しんでいるようにも見えた。
「うあぁっ、真夜さん、出る、出る…」
「いやぁ、中は、中はやめてっ！」
　そんな状況でも、ふたりはかろうじて理性を残していたのだろうか。恭介は射精の寸前で真夜から脱出し、真夜は受精を拒むべく恭介に向かって叫んでいた。
　しかし、必然的に、真夜の裸の全身に、恭介の白濁が振りまかれていく。

「はぁ…はぁ…はぁ…っ」
　ほてった裸体を隠す気力もなく、真夜は息を荒くして身を横たえていた。そして、恭介はそんな真夜を抱きしめていた。
　それはもう、恋人、夫婦のような抱きしめ方だった…。
　やがて真夜は、自分の胸についた白濁を指でぬぐうと、その指をぺろりと舌で舐め取った…。