２

　手紙なんて、生まれて初めて書いたと思う。いや、実際にいつ生まれたか、どうやって物心つくまで生きてきたのかなんて自分でも分からないんだけれども…。
　それも、文字の手紙じゃなくて、丹念に作り上げた『点だらけの手紙』だ。
　さすがに苦労した。何せ、昨日盗んできた『点字講座』の本をちょこちょこ見ながらの作業なんだから。
　そういえば、なんで僕はあの少女にここまでしてこだわるんだろうか？

　案外すぐに答えが見つかった。彼女は僕を『見た』からだ。

　ひょっとしたら、何も見えないからこそ見えるものがあるのかもしれない。もっとも、非科学的な考え方だけれども。

　少女の下へ手紙を置きに行くと、どうやら彼女は一人で部屋にいるようだった。誰の目にも疑われずに家に侵入すると、僕は灯りの灯った部屋に直進した。

　それにしても、彼女は一体どういう生まれなんだろうか？この家はとても大きい。門から庭を抜けて家にたどりつくまで、結構歩く。家というより屋敷といったほうがいいかもしれない。
　庭木はよく手入れされているし、家の外壁も綺麗で、まるで新築のようだ。けれども、僕の知る限りこの家は何年も前からある。だから、度々壁を塗り替えているのかもしれない。
（そういえば、番犬の類がいないな）
　こんな家には大抵、大型の犬がいたりする。そういう家には僕は近付かない。犬というのはやたらに鼻がいいからね。僕が透明でも、かぎつけてくるかもしれない。

　さて、豪華な庭を抜けて玄関へ。鍵がかかっていないのを確認して、滑り込むように中へ入る。

「あ、いらっしゃいませ」
　彼女の部屋に入るなり、僕は温かく迎え入れられてしまった。それも、ひどく無防備で、無邪気な笑顔に。
　音を立てずに入ったつもりで、顔を見たら手紙を置いて去るつもりだったのだけれども、この少女…慈雨ちゃんはなぜ僕を見ることができるのだろうか？
「君、僕が見えるの？」
　僕が素直に問い掛けると、慈雨ちゃんは首を横に振った。それはそうだ。目が見えないのに、僕の姿が見えるはずはない。
「わたし、両親の顔も見たことがありません」
　顔を伏せるものの、その顔に翳りは無い。あきらめているというよりも、むしろ『それでもあきらめているつもりはない』という、幼さを遺しながらも強い意思を秘めた表情だった。
「この家、君とお母さんだけで？」
「あと、執事さんがいます。母がいないときには、執事さんがわたしの車椅子を押してくれるんです」
　ベッドに座った彼女は、おそらくはその執事がいなければ、この部屋から出るどころか、ベッドから床に下りることすらできないのだろう。
　とはいえ、執事というからには男性だろうから、見かけが小さく幼いけれども、女性である彼女の側にいつまでもいることができないのだ。
「僕が、怖くないの？」
「なんで、怖がるんですか？」
　僕の次の質問に、慈雨ちゃんは不思議そうに答えた。
「あなたが、わたしが怖がるような人だったら、きっとわたしはもう何かされていると思います」
　それもそうだ、と僕は思ってしまった。彼女は目が見えない、ベッドから立つこともできない体だ。僕が何かしようとしても、彼女はされるがままになるだけなのだ。
　もちろん、僕だって（たぶん）男だ。彼女は身長の割には胸があるし、十分に魅力的な体をしている。
　『愛らしい』とは思ったものの、それ以上の…たとえば、『欲情』とか、そういう感情には今のところ至ってはいなかった。
「わたし、どんな姿をしているんですか？背丈とか、どうですか？」
　いきなり、彼女のほうから質問してきた。その内容は、普段僕が自分の体に対して思っている事柄だった。
　彼女だって、自分の姿すら見ることができない体だ。そういった点では、僕と彼女は似ているのである。
　ただ、僕は『姿が無い』、彼女は『姿はあっても見ることができない』という違いはあるものの。
「背丈は…ちょっと小さいかな、見る人によっては小学生だと思うかもしれないな」
「まぁ、そうだったんですか！」
　大げさ、とかではなくて、慈雨ちゃんは本当に驚いたように言った。今まで二十年近く生きてきたけれども、目に見えないものはすべて不明瞭な彼女にとっては、自分の身長すらも驚きの事実なのかもしれない。
　もっとも、僕が今ここで姿を現したとしたら、自分自身の姿を見てどう思うか。僕だってやはり、どんな姿であろうと驚いてしまうだろう。
「…君、お父さんは？」
　僕は、なぜかそんなことを聞いていた。失礼かな、と思ったけれども、彼女のほうが先に応えた。
「…亡くなった、みたいです。五年くらい前に…」
「…悪かったね、ごめんよ」
　僕はそう言うと、彼女の頭を撫でた。まるで、本当の子供に対する仕草だったものの、慈雨ちゃんは特に不平を洩らすことはなかった。
「いいんです。寂しくはないですから。ちょっと不便ですけど」
　それは不便だろう。何しろこの体勢から動けないのだ。トイレなんかどうしているのだろうか。おそらくは、母親か、執事を呼ばなくてはいけないのだろう。
「…もうすぐ、お母様が来ます」
「そうか。じゃあ、僕はこれで帰るよ」
　彼女の言葉に僕はうなずき、持ってきた手紙をしっかりと握らせた。
「…点字…？」
「慣れないから、ちょっと間違っているかもしれないけど、後で読んでみてごらん」
「はい、です」
　そう言うと、慈雨ちゃんは枕の下に手紙を仕舞いこんだ。

　直後に、ドアがノックされたので、僕はまた部屋の隅に身を潜めた。姿は見えないものの、音を立てたら不審に思われるだろう。
「お母様」
「慈雨、体は大丈夫？いつも一人にしてごめんなさいね」
　現れたのは、慈雨ちゃんをそのまま大人の女性にしたような女性だった。
　慈雨ちゃんと同じく、腰まで伸びた長い髪が艶かしいくらいに光っている。
「大丈夫です。いろいろ励ましてくれる人がいますから」
　慈雨ちゃんが、そっと僕がいるほうに顔を向けた。やはり、彼女は僕が『見えないけれど見えている』らしい。
（綺麗な人だな）
　慈雨ちゃんの母親を見て、僕は正直にそう思った。長い黒髪と、寒色の和服がよく似合う、そんな美女だ。
　母親は、慈雨ちゃんを車椅子に乗せると、ドアをあけた。僕は、車椅子がドアを通る前に、さっと部屋を出た。

「…あら、慈雨、誰か来ていたの？」
　落ち着いた調子で、母親が尋ねた。けれども、慈雨ちゃんは首を横に振った。多分、慈雨ちゃんが言った『励ましてくれる人がいますから』というセリフを受けての発言だったのだろう。

　二人が遠ざかったあと、僕はすぐに帰るようなことはせず、このだだっ広い屋敷を見て回ろうかな、と思った。幸い、玄関以外のセキュリティはそれほど厳重ではないようだし、たとえ不審に思われたって、これだけ空き部屋があれば隠れる場所には困らない。
　が、僕はすぐに『妙だな』と思った。

　親子二人、それに執事がいるだけだというのに、この屋敷は広すぎやしないだろうか？見た目も豪華だし、門扉から玄関まで結構歩く。
　五年くらい前まで父親が生きていたとしても、たった四人でこの家の広さはどうだろうか。まるで、お城暮らしではないか。

　しばらく見て回った後、僕は、慈雨ちゃんたちが部屋に戻るのを見届けた。
　が、同時に知りたいこともできた。この家のことそのものに興味を持ったわけだ。

　普段なら、僕はこんなことに興味を持たない人間だ。自分の体のこともあるし、気にかけても仕方が無いことだ。所詮他人のことだからね。
　けれども、今回は違った。

　僕は、慈雨ちゃんを部屋に送り届けたあとの母親の後を尾行してみた。ひたすら長い、よく陽の光が入る廊下を抜けて、やがて彼女は一つのドアを開いた。僕は、バレない程度に背後にひっつくと、彼女の部屋に一緒に入り込んだ。

　和服の未亡人が、寒色でまとめられたベッドに腰をかける。その姿は、先ほどみた慈雨ちゃんの、まさに生き写しといえた。もっとも、背の高さが違うため、こちらのほうがはるかに色っぽい。
「慈雨…」
　ぽつり、と呟くのを僕は聞き逃さなかった。
（さて、どうしようか）
　忍び込みはしたものの、彼女が独り言でこの屋敷のことを喋ってくれるわけがない。おまけに、彼女が部屋を出て行こうとしないかぎり、僕もこの部屋から出られないのだ。
　ヘタをすれば、腹の虫が鳴りかねない。
（仕方ないな・・）
　僕はイを決して行動に出ることにした。
「…うっ！」
　ベッドに体を横たえようとしていた母親の腹に、軽く拳を突きつける。すると、彼女はあっけなく失神してしまった。
　シーツの端をちぎって、彼女に目隠しをし、それから後ろ手に縛る。
（…美人だな）
　倒れ方が悪かったせいか、和服の裾から脚が覗いてしまっていた。まるで雪を置いたように白く、三十代（四十代？）とは思えない若々しさを見せる、まさに『脚線美』というに相応しい脚だった。
　思わず見とれてしまい、僕は目をそむけた。それから、裾を直してやる。

「…ここは…？わたしは、一体…？」
　しばらくして、彼女が気付いた。この体勢では執事を呼ぶことはできないし、慈雨ちゃんはああいう体だ。誰も助けにはこられないだろう。
「…誰か、そこにいるの？」
　母親は、目隠しをされた上に縛られている自分に気付いてもがき始めた。先ほど直した裾が元にもどり、また綺麗な脚が飛び出す。

　僕は、思わず彼女の裾を左右に大きく広げていた。
「ああっ！」
　母親の顔が染まった。慈雨ちゃんも、大きくなればこういう風に顔を赤くしたりするんだろうか、と考え、僕は彼女が十八歳だということを思い出す。
　ふと我に帰ると、僕の前には、その慈雨ちゃんの母親の、あられもない姿があった。手を拘束された彼女は、必死に足で抵抗しようとするものの、押さえつけさえすれば、意味をなさなかった。
「…綺麗だ」
　僕は思わず呟いた。
「…えっ！」
　僕が洩らしたその声に、彼女は『信じられない』という声を上げた。しかし、僕はその驚き方の不自然さに気付くことなく、彼女の脚の間へと顔を埋めていった。
「きゃ…んっ…」
　声を上げそうになるのを、抑えようとしているのが分かった。未亡人は、誰かに声を聞かれるのを嫌っているのだ。
　僕は、自分が透明人間であることも忘れ、夢中で彼女の雌蘂を舌で撫でた。
「ん…ん…っ、んぅ…」
　しばらく、脚をばたつかせていた彼女の体は、やがてぐにゃりと抵抗をなくした。僕は足を押さえつけるのをやめ、腰を支えてやってから、優しく、小刻みに舌を動かしてやる。

（こんなことをしたいわけじゃなかったのに）
　彼女が、理性とは裏腹に吐き出してしまう愛液の味を受け止めながら、僕はそんなことを考えていた。
　未亡人である彼女を見た瞬間から、もしかしたらこうなることを予想していたのかもしれない。あまりにも、彼女は綺麗だった。
　その亀裂も、慈雨ちゃんを産んだことがあるとは信じられないほど綺麗で、舌で撫でてやるたびに、未亡人は敏感に、小さな声を上げた。舌に触れる、ザラついた、恥毛の寒色が心地よい。
「は…ぁぁぁっ…」
　目隠しをされたまま喘ぐ彼女の顔を上目遣いに見る。どうやら、絶頂に達してしまったらしい。
（僕は、未亡人を…イかせたのか）
　妙な満足感と、不安が僕を襲った。こうして、僕が理性を取り戻すことになる。

　やがて僕は、彼女の裾をもう一度直してやる。これ以上のことはしたくなかった。いや、僕も男だ。目の前に、縛られた美女がいれば、自分のものにしたくなって当然だ。けれども、あの屈託の無い少女…慈雨ちゃんに嫌われるのだけは、なぜか嫌だった。

　後ろ手に縛ったシーツの切れ端を少し緩めてやってから、僕は立ち去ろうとした。
「待って…！」
　そんなとき、未亡人のほうから声をかけてきた。その顔は、目元は隠されているものの、火照っていていくぶんか赤い。
「…慈雨だけは、娘にだけは何もしないで…！わたしはどうなっても構いませんから」
「…すまないことをしました。でも、彼女にだけは何をするつもりもありません。あなたを一目見て、頭がおかしくなってしまって…」
「…えっ？」
　また、彼女が驚いたような声を上げた。
「…あなたは、一体…」
「…慈雨ちゃん、少しでも具合がよくなるといいですね」
　僕はそれだけ言って、今度こそ立ち去ろうとした。が、彼女のほうからもう一度声がかかってきた。
「…待って、あなたは、わたしのこの身に火照りを与えました。…最後までお付き合いください。でなければわたし、許しませんから！」
　目隠しをされたまま、彼女は信じられないことを言った。どういう意図があるのか、ただ単に僕が情欲に火をつけてしまっただけなのか、僕にはよく分からなかった。