５

（まいったなぁ…）
　僕は、目の前で交わされている、未亡人と探偵の会話を聞きながら思った。
（完全に、僕のことを夫だと思っているのか）
　それはそれで、むしろ嬉しいといえばすごく嬉しいけれども、僕には困ったことに姿が無い。そのうえ、ウルムナフ・草那木という名前にも心当たりがない。

　結局、僕はこの家に残ることになってしまった。なぜかというと、この家から出るに出られないからである。
　なんと、庭に番犬がいたのだ。入るときには生垣によって見えないようになっているものの、出る時にはその姿がはっきりと確認できた。ドーベルマンと思われる大型の犬が、四匹。とても太刀打ちできる相手じゃない。入るときには見逃してもらえたものの、あれだけ大きな犬の前を（いると分かっていながら）通る度胸がない。
　結局、広くて隠れ場所も多いこの家にしばらく隠れなければならなかった。幸い、入口のセキュリティに信頼を置いているようで、食堂や厨房などには監視カメラなどはないらしい。食料の調達もなんとかできそうだ（ちょっと玲依さんに悪いけれども）。

　問題は、慈雨ちゃんには僕の姿が見える、ということだ。彼女一人の時ならばともかく、他の人間…玲依さんや、ジャン飛田という執事が一緒にいるときに彼女と出くわしたら、逃げ場所がなくなる。
　話が終わったあと、玲依さんたち二人が応接間から出て行くのを見て、僕はしばらくしてから部屋を出た。ドアを開くときが一番緊張するのだ。

　幸いにして、廊下には誰もいなかったし、床は絨毯張りになっていて、歩いても音が響かない。
（それにしても、玲依さんの夫は、慈雨ちゃんの目を治すために出かけ、そのまま行方知れずになったのか…）
　そう考えると、行方不明になった理由も合点がいく。たとえば、乗っていた飛行機が事故を起こしたとか、だ。
　だが、そんなニュースがあれば、玲依さんの耳に飛び込んでこないはずがない。だからこそ、彼女も今でも不審に思っていたのだろう。
（玲依さんは、何をしているのかな…）

　ようやく夜になり、僕は屋敷を自由に動き回れるようになった。いくら広い家に人が少ないとはいえ、僕は透明人間である。見えないという概念は、この際利点というより欠点と捉えたほうがいい。
　時計を見ると、夜の一時。これならば、慈雨ちゃんや玲依さんは眠っていることだろう。そう思い、僕はなんとなく玲依さんの様子を見に行こうと、廊下を歩き出した。

「あれ？」
　途中の応接間に、灯りが灯っていた。こんな夜中に客がいるのだろうか？
「…玲依さんと、毛一人は…」
　ドアに耳をつけてみると、二人の声が聞こえた。一人は女性、もう一人は男だ。しかし、ジャン飛田という執事ではない。

『…玲依さん、私では、あなたを幸せにできないと仰るのですか？』
『…貴方のようなお人ならば、わたしでなくても、幸せにできると思います。しかし、わたしは…』
『しかし、ご主人が行方不明になってから、もう五年もたっているんです。もう、戸籍上は亡くなったことになっているではありませんか。その喪も、もう開けているんです』

　どうやら、あの影村とかいう弁護士だ。そういえば、執事が『影村弁護士の求婚を断わった』というようなことを言っていた。おそらくは、主人であるウルムナフ氏がいなくなった際に横恋慕したんだろう。
　まぁ、玲依さんの性格、清楚さ、あの肉感的な体を考えれば、男ならば放ってはおけないとは思うけれどもね…。
　が、僕がそう思っていると、中から悲鳴が聞こえてきた。

『きゃあっ！』
　どたっ、と誰かが倒れる音。
『な、何をなさるんですか！』

（これはいけない！）
　僕はなりふり構わずドアを押し開け、ハッとしてこちらを見る二人には目もくれず、部屋の片隅に置いているタンスの上にあった花瓶を、床に叩き落とした。
　床が絨毯だから割れたりはしなかったものの、玲依さんを無理矢理襲おうとしていた影村にとっては、驚きのできごとだっただろう。
「…あの人も、怒っています」
　あわや、その豊満な胸が着物から覗くところだった玲依さんが、前を整えながら言った。怒っているのは、主人じゃなくて僕なんだけれどもね。
「…わたしが今生きているのは、あの人がきっと、慈雨の目を治す術を得て帰ってくると信じているからです。そうでなければ、わたしはもう生きている望みすらありません。どうか、分かってくださいませ…」
　玲依さんが、花瓶をタンスの上へともどす。その際、独り言のように呟いた。
「…あなた、そこにいるんですね？」
（えっ？）
　驚いた僕は、思わず声を上げそうになった。おそらく、今の言葉は影村弁護士には伝わらなかっただろう。
　それに、玲依さんがなぜそんなことを呟いたのかは分からない。僕が見えたとも思えない（派手にドアを開いたりはしたけれども）。
「いるのならば、今夜、わたしの部屋へ来てください。カギは開けておきます」
　そっとつぶやいた言葉は、信じられないものだった。玲依さんは、もしかしたら今の一件で、僕が『透明人間』であることを悟ったのかもしれない。

　さて、行くべきか、行かないほうがいいのか。
　僕はしばらく考えて、一つ結論を出した。
　もっと遅くなってから、彼女が眠ってから行こう、と。

　夜中の三時を過ぎたころ、僕は玲依さんの部屋へ行ってみた。眠っていなかったらやめたほうがいいだろう。僕の姿を見たら彼女はなんと思うだろうか（実際にはもう、見られているのだけれども）。
　そっと、音を立てないようにドアを少しだけ開いてみると、光は漏れてこなかった。とりあえず電気は消えているのだ。
　ゆっくりとドアを大きく開いて、僕は部屋の中に足を踏み入れた。誰からの声もしないことを確認して、僕はドアを閉めてカギをかける。
「本当にカギが開いていた…。玲依さんは、僕を夫だと思っているのか」
　音を立てないように、ベッドに歩み寄ると、そこには玲依さんが寝間着姿で横たわっていた。どうやら本当に眠っているらしい。待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。

　僕は、どうしたらいいか分からなかった。彼女は僕を待っていたし、カギだって本当に開いていた。けれども、彼女を今すぐに起こせば、僕が透明であることがバレてしまう。そして、同時に僕が彼女の夫ではないこともバレてしまうだろう。
　それは自分自身にとっても危ないことだし、何よりも、夫の生存に希望を持ち始めていた玲依さんや慈雨ちゃんにとっても、悲しいことに違いない。

　迷った末、僕はもう一度彼女に目隠しをしてから起こすことに決めた。

「…玲依さん、玲依さん…？」
　目隠しをきつく締めたあと、僕は彼女を揺り動かした。とりあえず、今は『夫のフリ』をしてみようか。姿については何か理由をつければいい。
「…あ、あなた？来てくださったのですね？」
　突然、玲依さんがガバッと起き上がった。思わぬことに頭をぶつけそうになり、僕は後ずさる。
「なぜ、わたしに目隠しをするのですか？見られてはいけないことでもあるんですか？」
　彼女は、いきなり目隠しをとろうとはせず、僕に尋ねてきた。少し考えたのち、僕はこう答えた。
「実はね、出かけた先で事故にあってしまい、命は取り留めたんだが、顔半分が焼け爛れてしまって、玲依さんに見せられる状態じゃないんだ」
「…な、何ですって！」
　話し方とか、口調からバレはしないだろうか、とおっかなびっくりではあった。何しろ僕は、ウルムナフ・草那木氏を知らない。夫婦生活なんて知らなくて当たり前だ。
「ああ、あなた…それでも、わたしはあなたの妻です。どうしてすぐに帰っていらっしゃらなかったのですか…？慈雨もわたしも、ずっと待っていたというのに」
　憎らしげな言葉ではあったものの、その言葉からは憎悪が感じられなかった。
「分かりました。わたしはあなたの顔がどうなっていても、あなたの妻であることは変わりません。でも、あなたがその顔を見られたくないがためにわたしの目を隠すのならば、わたしはこれを取ったりはしません…でも…」
「でも？」
「…来てくださったからには、抱いてくださりますね？」
　目隠しの奥から、彼女の強い意志を感じずにはいられなかった…。

「玲依さん」
　僕は、行為が始まる前に聞きたいことがあったため、彼女の名前を呼んだ。
「何でしょうか？」
「もし、その目隠しを取った時、玲依さんの前にいるのが僕ではなかったら…？」
「そんなことはありえません。だからこそ、こうしてお側にいるのではありませんか。長年生活を共にしてきたからこそ、あなた自身にも分からないことがわたしには分かるのです」
　玲依さんは、どうやら僕が夫だと信じてやまないらしい。
「あなたこそ、どうしてそんなことを聞くのですか？もしもわたしの夫ではなかったとしたら、そんなことを尋ねる前に、わたしはもう餌食にされてしまっているでしょう？あなたは、どんな時だってわたしをまず気遣っていたではありませんか」
　彼女の言うことも正論なのだ。

「さあ、早くしないと朝になってしまいますわ？」
　目隠しのせいで、彼女の目は見えないものの、口元が微笑を浮かべたのがよく分かった。

　寝間着の薄い着物の前を広げ、その豊満で美しい乳房を出してやる。
「んっ…」
　それから、今度は裾を広げて、玲依さんの下半身を露にしてやる。すると、玲依さんから恥ずかしそうな声が漏れた。
　いつものように、綺麗な雌蘂に舌を這わせるべく、露になった下半身目掛けて顔を寄せた。
「ああっ…」
　ちゅるっ、と小さな音を立てて、僕は優しく舌先で刺激してやる。すると、彼女は敏感にそれを感じ取って反応してしまう。
「あっ、ああっ」
　あくまで優しく、舌先のみを使って、悪く言うと焦らすかのようにねちねちと舐める。
「あ…ああっ」
　やがて、彼女の雌蘂が溢れた。僕はあふれ出た愛液を掬い取り、喉の奥へと流し込む。実際に味があるかどうかは怪しいものの、彼女の雌蘂の香りと交わって、甘美な味に思えた。
「あっ、ああっ、そうです、あなたはいつも、そうやってわたしのことを、優しく舐めてくれて…」
　そういえば、この前もそうだったな、と僕は思う。どうやら、僕と彼女の主人とは共通点がよほど多いようだ。
　顔を上げると、美しい未亡人は、快感が我慢できなかったのか自分の乳房を揉みしだいていた。それを見た僕は、迷わず彼女の乳房に手を当てた。
　掌で撫でてやってから、おもむろに掴む。それから、指で先端を摘み上げる。
「きゃうぅっ！」
　おおよそ未亡人らしくない、高い声が僕の耳をついた。どうやら、彼女はここが弱いようだ。それが分かれば責めないわけにはいかない。
　舌を這わせると、『ひぃっ』という可愛らしい声があがった。唇でそっと挟み、赤ちゃんのように吸ってやる。最初は弱く、そして強く。
「ああッ」
　憂鬱そうな声があがるなか、僕は余った手で彼女の帯を紐解いていく。帯がほどけると、僕は彼女の全てを剥がし、全裸にしてしまった。
「綺麗だ、玲依さん」
「ああっ、恥ずかしいですわ…玲依は今、あなたに何もかもを見られています…」
　顔を覆って恥ずかしがる姿は、貞淑という二文字がよく似合うものだった。

　彼女の裸を、眺め回す。出るところは出て、引っ込むところは〜の言葉どおりに、彼女の体はメリハリがついていて、とても三十台とは思えない。二十代前半でも通りそうだ。
　普段露出のない着物姿であるためか、日焼けのようなものはまったくなく、絹糸のように白い素肌が白熱灯の光に赤く光っていた。
　妖艶さと清純さ。それがうまい具合に共存している。

「んっ…あなた…」
　不意に、彼女が自分から四つんばいになると、その場で半回転、僕の前に顔を持ってきた。
「…わたしに、あなたを下さいませ…」
　上品な口調だが、こんな美人にそんなことを言われたら、断わることなんて絶対できない。僕は、彼女の顔の前に硬直しきったそれを突き出していた。
「玲依さん、口をあけて…」
　僕の先端が、彼女に飲み込まれた。唾液と舌の感触がとても温かい。そして、撫でるように優しい刺激は、僕をあっという間に絶頂の寸前まで追い込んでいく。
　ぎこちないけれども、慣れている。そんな感じだった。
　目隠しをされた人妻が、男のものを食んでいる。僕は、興奮を抑えるのに必死だった。
「きもちいいよ、玲依さん」
　ありのままの感想をぶつける。こんな言葉しか思いつきそうも無い。

「うっ！」
　しばらくして、僕は我慢のすべてを解放し、彼女の口の中にすべてを流し込んだ。
「んんぅっ！」
　悲鳴交じりの声が上ったものの、彼女はそのまま僕のそれを口で強く挟み、射精が終わるまで逃がしてくれそうもない。
「ああっ！」
　やがて、僕の全てが果てた。

「入れるよ？」
　僕は、ためらいがちに彼女を四つんばいにしていた。後ろから白熱灯が当り、彼女の綺麗なお尻が優しく照らされる。そして、その中心にある雌蘂に張り付いたような恥毛も、愛液と光が反射して、キラキラと光を放っていた。
「ああ、来て…来て、ください…」
　後ろから、僕は彼女の中へ入った。
「ひいいいぃっ！」
「ああっ！」
　同時に声を上げた。彼女の膣が僕を締め上げる。相変わらず、愛液の量が凄まじい。動かすたびにぬるぬるとした彼女の愛液が、僕を絶頂に導こうとしてくる。
　根元までようやく差し込むと、僕はもう理性をすっかり失い、彼女を激しく攻め立てていた。
「ああっ！そうです、そのまま、そのままお願いしますっ！」
　玲依さんも、過激な声を上げつづけた。
　ぷるん、ぷるんと乳房が揺れるのを、僕は下からわしづかみにして止める。乳房の感触もとても柔らかい。夢中で揉んでいた。
「きゃあぅっ！」
　後ろから激しく攻め立てつつ乳首を摘むと、玲依さんからひときわ大きな声があがった。乳首への愛撫に弱い玲依さんなら、無理はなかった。
「あ、ああっ！れ、玲依はもう、我慢ができませんッ！」
　どうやら、玲依さんのほうが先に糸が切れそうだった。僕も適度にスピードを上げて、彼女を攻め立てる。まさしく、『ぴったりあっている』という言い方が正しいと思えるほど、僕のそれは彼女の雌蘂と相性がいいようで、スムーズに動きながらも、締め付けが強く、優しい。そして、彼女の膣内の襞がまるで絡み付いてくるように僕を包んでくれる。
　玲依さんが大きくのけぞると同時に、僕も彼女の中へ注ぎ込んでいた。
　きゅっ、と乳房を強く強くわしづかみにして、僕は射精の快感に耐えていた。

　目隠しを取らないままに、僕は彼女と抱き合った。妙な気分だった。ここにいるのは、僕の妻であろうはずがないし、僕だって、彼女のことをつい先日まで知らなかった人間なのだ。
　でも、彼女は僕を夫と呼び、僕は彼女の夫であると偽った。姿がないことをいいことに、嘘までついて。
　もし、嘘だと知ったら彼女はどれほど悲しがるだろう。それこそ、自殺まで考えかねない。
（…玲依さん…）
　妙な話だろう？僕はこのとき、すでに玲依さんを愛してしまっていたのだから…。そして、彼女も偽りの夫である僕を、愛しているのだ。心も、体も捧げてくれたのだ…。

　なぜか、どことなく寂しかった。もちろん、彼女の体はとても豊満で、僕の体は充分に満足している。しかし、その献身的な態度も、肉感的な体も、そして彼女が行為の間上げつづけた高い声も、僕ではなく、本当は、彼女の本当の夫に対して上げられるものなのだ。そう、僕に対してではない。

「ふふっ…」
　そんなことを考えていると、僕を抱きしめている玲依さんが優しく笑った。
「…そうやって、何か考え事をしていると、わたしがこうやって抱きついていることも忘れてしまうのも、あの日のまま」
　僕は、はっとした。気付いてみれば、彼女の乳房が僕の腕に押し付けられ、その細くて綺麗な足は、ぼくの下半身に絡み付いている。恥毛の感触も伝わってくる。
「悩まないで、とは申しません。でも…」
　そこで、彼女は一度言葉を切ったあと、しばらくしてやっと口を開いた。
「わたしと慈雨のことだけは、どこか心の片隅に置いておいて欲しいんです。せっかく、こうやって…顔を隠してでも、戻ってきてくださったのですから」
　その言葉を聞いて、僕は心をそのままもっていかれたような思いを感じた。
「…もう一回、しようか」
　僕は彼女の頭をそっと撫でながら言った。
（不自然かな？）
　と思ったけれども、彼女の仕草を見たり、言葉を聞いたり、あるいはその綺麗な乳房を押し付けられたりすると、我慢というものがききそうもなかった。
「ええ、わたしもそのつもりでした。今夜は、夜明けまでわたしの側にいてくださいね？今夜だけで、あなたがいなかった五年間を取り戻すつもりなんですから！」
　内心、『すごいことを綺麗な顔をして言うもんだ』と思ったものの、屈託なく微笑みを浮かべる玲依さんのその顔は、まさに慈雨ちゃんの面影そのものだった…。