５.伍之扉


　身体中が燃え上がるような興奮に包まれ、祐介は純白の通路を夢中で駆けた。
　壱之扉から四之扉までの女性たちが、道先案内をしてくれているかのように、祐介の目には彼女たちとの時間のすべてが、艶かしく美しい絵画のように、映っていた。
　中でも、女神との出逢いは、祐介の人生観を一変させた。
「早く！早く、出口を〜・・・、伍の扉は、何処なんだ！」
　周囲の色と同様、祐介の頭の中も何もかも、純白に染まり同化するようだった。
　いくら走っても少し苦しくはなかった。
　遠くに一際輝くスペースが見えてきた。
「あれだ！あれに違いない・・・出れるんだ！出れば、女神に・・・・・・？」
（この世界から出たら・・・どうやって女神に逢うんだ？）
　元の世界に戻れるという喜びと、女神への想いが交錯して足が止まった・・・。
「どうしたら・・・いいんだ・・・僕は、何という勘違いをしてたんだ・・・」
　迷宮から抜け出せば女神に逢えると思い込んでいただけに、祐介は途方にくれていた。
「でも、このままでも、死ぬしかないし・・・死ねば、全てが閉ざされる・・・」
　目の前に見えてきた最後の扉・・・現世への入り口を前に、選択を迫られていた。
「これこそが、伍之扉のテスト・・・究極の試練か・・・」
　一歩進める足取りが重く、ドアノブに手がかかる寸前まで来て、祐介は決断しなければならなくなっていた。
「僕が死んでしまえば、せっかくここで得たものが消えてしまう。女神だけじゃなく、肌を感じあった彼女たちのこころさえ、消してしまう・・・。それは、できない・・・。ならば、生きて、女神に逢えるよう努めるしかない！」
　祐介の気持ちは、決まった。
　純白に輝く扉の取っ手を、ゆっくり回した・・・。

「うわっ！」
　扉を開けた瞬間、目の前が白光して、しばらく何も見えなかった。
「何してるんだよ〜祐介！早く入って来いよ、仕事始めるぞ〜」
　懐かしい同僚の声と共に、いつもの見慣れた社内の風景が目に映った。
（ここに戻ったのか・・・今、いつの何時なんだ？）
「おい、今は何日の何時だ〜？」
「祐介、ふざけてるのか〜今日は４月１日、もうじき９時になりますよ〜」
　同僚にからかわれるように日時を教えられた。
（ウソだろう？僕が迷宮に入ってから、５分しか過ぎてないのか・・・）
　祐介は狐にでも騙された気分だった。
（あれは、白昼夢・・・？僕の錯覚か・・・？否、そんな筈はない。５分経ってる・・・）
「ところで、今日、うちの課に配属された新人を紹介しよう」
　課長が新入社員を招きいれ、紹介を始めた。
「女神 麗子くんだ・・・おい、祐介！しばらく教育係を任せるから、よろしくな〜」
「えっ？・・・女神？・・・まさか？」
　祐介は慌てて新入社員の顔を見た。
（ウソ・・・これは、現実なのか？・・・女神・・・女神が、居るよ〜目の前に・・・）
　麗子は、祐介に近寄り挨拶をした。
「わたし、女神 麗子です。宜しくご指導をお願いします」
　周りの社員に気づかれないように、麗子は軽く祐介にウインクをした。
「こちらこそ、よろしく〜」
　麗子はこの日、課長が各部署や基本的なことを説明して帰った。
（信じられない・・・やっぱり、本当にあったことなんだ・・・）

　それから数日後に、麗子の歓迎会を行なうことになった。
　居酒屋で一次会を行ない、カラオケボックスで二次会をやり、とりあえず、お開きとなった。
　後は、気のあった連中同士で三次会に向かった。
　やっとふたりきりになった祐介は、麗子を伴って夜の街を歩いた。
「迷路を抜けるまで、君は僕を支えてくれた・・・」
「あなたが迷宮から脱出できたおかげで、わたしはこうしていられるわ・・・」
　ネオンが妖しく光る繁華街の裏道を、抱き合うようにして歩いた。
　お互いの温もりを感じながら、存在を確認しあえる喜びを噛みしめていた。
「でも・・・不安だった。僕が脱出できた後、どうやって君を探せばいいのか・・・？」
「わたしは、ずっと、あなたの傍に居たのよ。あなたの悲痛な声を聞き、わたしへの想いを感じて・・・でも声を掛ければ、全てが無に帰すので我慢して・・・」
「他の女性と交わるたびに、僕のこころは張り裂けそうになった・・・」
「わたしも、傍に居て、妬けたわ〜だけど・・・どうしようもないことだから・・・」
「もう、誰も僕らを引き離すことはないよね？」
「そうね、もし、あるとするなら・・・それはお互いのこころね・・・」
「それなら、大丈夫！もう、死ぬまで一緒だよ！」
「もし、裏切ったら・・・その時は、ふたりとも消滅してしまうわ〜」
　恋人たちが愛を確かめ合う場所が続く夜道・・・ふたりは、その中の一室に入った。

「早く、本当にひとつになりたかった・・・」
「わたしも・・・」
　大きなベッドだけがスペースを占有しているような部屋の中で、ふたりは抱擁し激しく口唇を重ね貪るように吸いあった。
「女神・・・君の透き通るような美しい身体を見せてくれ〜隅々まで・・・」
「わたしもあなたの身体を見たいわ〜広くて厚い胸、引き締まったお尻・・・」
　ふたりはすべてを曝け出し、お互いの身体を目で感じあった。
「本当にきれいだ・・・こんなに美しい身体があるなんて・・・もう、放したくない・・・」
「でも・・・人間である以上、いつかは肉体は朽ちていくわ・・・醜くなって・・・」
「それは、君だけじゃなく僕も同じ・・・どんなになっても愛する気持ちは不変だよ」
「わたしは、あなたに、わたしの朽ちた身体を見せたくないわ・・・」
「その時になって、どうしてもイヤなら・・・ふたりで迷宮に戻ろう・・・永久に〜」
「そうね・・・」
「今日からは毎日、僕らはひとつになって眠り・・・朝を迎えよう〜」
「えぇ、それが自然ね・・・元々、わたしたちは、ひとつだった・・・あなた以外、わたしとひとつになれないわ〜」

　お互い引き合うように身体が結ばれ、彫刻のように一体として動かなくなった・・・。