今日は休みだ・・・。
　昔の出来事を夢で見た目覚めは、何かを暗示しているのか？
　僕はコーヒーの豆を挽きながら、あの日の思い出していた。

　８時４５分・・・時計を見て慌てた僕は、由香を揺る起こし時刻を告げた。
　由香も慌しく身支度を整え、部屋の換気を行ない、乱れた後始末に大慌てしていた。
「それじゃぁ〜また〜」
　由香の母親の声が通りから聞こえてきた。
　僕は階段を駆け下り玄関に行き靴を掴むと、再び、階段を駆け上がった。
　間一髪だった・・・。
「由香〜ただいま〜」
「あっ、お母さん、お帰り・・・寒かったでしょ〜」
　なんとなく不自然さを感じさせる由香の応対だった。
「もう、玄関からは帰れない、ここから出て行くよ」
　僕は由香に小声でそう告げて軽くキスをし二階のベランダに出た。
　ベランダのポールをつたって何とか庭まで降り、
　由香の心配そうな顔で見送る顔を見ながら通りに出た。
「また・・・」
　僕は声にならない声で由香に向かって告げると、由香が頷きながら手を振っていた。
　まるで平安時代の夜這いのような感じがして、苦笑いをしながら車を停めてある場所まで駆けていった。

　それにしても・・・あの夜から次の日まで、僕のモノは立ちっぱなしで困った。
　あの蜜壷からの香りの影響か・・・、どうにも鎮まらないモノの後始末に悪戦苦闘した。

（今日は・・・確か・・・由香の受験日だったと思うけど・・・）
　愚かにも、あまりにも慌てていたので、携帯の番号もメアドも聞くのを忘れて・・・。
　もっとも、僕が本当はカウンセラーではないことも由香は知らない訳で・・・。
　あれから何日過ぎたか・・・由香は大丈夫だろうか？
　肉棒も鎮まると、由香の肢体の全てが恋しくなる・・・。
　亡くなった由香の義父も、きっと由香の淫香に惑わされ、離れられなくなったのだろう・・・。
　ブラックのコーヒーを口に運びながら、取り敢えず、もう一度、由香の家に行こうと思った。

（今日、もし由香が受験だとしていないとして、何時ごろに帰ってくるのか？
みんなと一緒に気分転換に出掛けたら・・・待っていても無駄になるし・・・）
　いろんなシチュエーションを頭に描いているうちに、由香の家の近くまで来た。
　この間と同様、空き地に車を停め由香の家に歩を進めた。
　今日は休日だから、あちらこちらから子供の遊ぶ声がしている。
　僕は、あまりウロウロしてると怪しまれると思い、由香の庭先から何気なく中を覗いた。
　誰も居ないようだ・・・
（母親も居ないのかな？・・・まさか試験会場に一緒に行くわけないよな・・・）
　一階のＬＤＫに人影が見えた。
（あれっ？・・・由香、かな・・・？）
　思い切って玄関のチャイムを鳴らした。
「はぁ〜ぃ、どなたですか？」
（ヤバイ・・・母親だ！）
　まもなくドアが開いて母親が出てきた。
「あのぉ〜・・・どちら様でしょう？」
　母親は訝しそうな視線を僕に投げかけながら尋ねた。
「由香さんは・・・、あれっ？・・・」
「あっ！・・・」
　ふたりで顔を見合わせながら、ほとんど同時に驚きと疑問の声を発した。
「もしかして・・・部長・・・？」
「そう言う、君は・・・真弓？」
「ホントに・・・？・・・本当に、部長なんですか？」
「そう言う呼ばれ方を、昔してたよね、確かに・・・」
（そう言えば・・・たしか・・・表札に書いてあったような・・・？
　でも、由香の名前しか頭になかったから・・・気づかないよ・・・）
　ふたりの周りだけ時間が停止したような・・・
　いや、逆行していくような・・・そんな時間が流れていった。
「こんなところでは何ですから・・・とりあえず中へお入りください」
　僕は何故か運命のような妙な因縁を感じながら、真弓の招きに応じて中に入った。
　玄関から奥の応接間なのか客間なのか、通された部屋のソファに座った。
　まもなく真弓がコーヒーを運んできた。
　沈黙の時間が長く感じるほど、時間が過ぎていった。
　何から話せばいいのか・・・？お互いに言葉に困っているようだった。
「あれから、もう２５年も経つんだね？・・・だけど、君は少しも変わっていない」
「そんなぁ〜・・・２５年も経てば、充分、おばさんですよ」
「でも、ひと目で分かったよ、君だってことが・・・」
「わたしも・・・すぐに分かりましたよ」
「不思議だな・・・なんか、そんな長い年月が経ったなんて、信じられない・・・」
「ホント、・・・確かに年齢は老けたのかもしれないけど、違和感を感じないわ・・・」
　お互いがお互いをタイムスリップでもした気分で見つめあっていた。
「あの時は・・・悪かったね、・・・僕も若くて・・・どうしていいのか分からなくて・・・」
「でも・・・あの日から、わたし、毎日のように部長からの誘いを待っていたんですよ・・・」
「本当にゴメン！・・・申し訳ない、この埋め合わせはするから・・・」
「えっ？・・・どうやって埋め合わせするんですか？・・・時間は元には戻らないのですよ！」
　僕は本当に申し訳ないと思っていた。
　真弓の表情は僕を責めているようには見えない優しさが出ていた。
（こんなことがあるのかな？今朝の話だよ・・・真弓の夢は・・・・・・。
それにしても・・・きれいに年をとったな・・・昔のように肌は透き通るようにきれいだし・・・）
「ところで、どうしたんですか？由香をご存知だったんですか？」
「いや、偶然なんだけど・・・まさか、君の娘だったなんて・・・」
「えぇ・・・父親は早く亡くなって・・・その後、再婚したのですが・・・去年、亡くなって・・・」
「じゃぁ、大変だったでしょう〜？・・・娘さんとふたりで・・・」
「それほどでも・・・部長は何を為さっているんですか？」
「その部長って言うの・・・もうやめようよ〜」
「あら、ごめんなさい〜昔の口癖ですね・・・でも、なんて呼べばいいのかしら？」
「そうだな・・・川口さん、とか・・・渉さん、とか・・・」
「それじゃ、あらためて・・・ワ、タ、ル、さん・・・何か変！」
「そうだね・・・君は部長としか呼んでなかったからね」
「だからぁ〜・・・それで由香とは・・・？」
「偶然、進路の相談を受けて・・・いや、友達から聞いて・・・」
「そぉ〜・・・そんな仕事をしてるんですか・・・」
　これ以上、追求されると困ると思い、話題を探した。
　それにしても真弓の外観は昔から変わっているようには思えなかった。
　透き通るような白い肌、今の時代であれば巨乳と呼ばれる胸の膨らみ・・・もっとも、服の上からでは想像でしかないけど・・・。
「不思議な話しだけど・・・信じられないと思うけど・・・今朝、君の夢を見て・・・」
「またぁ・・・冗談でしょ〜」
「それが本当なんでビックリしちゃって・・・こんなこともあるんだ、って・・・」
「どんな夢だったの？」
「・・・実は・・・やっぱり内緒！・・・ところで、今日、由香さんは？」
「あぁ、今日はあの子、大学受験で・・・さっき電話があって、とりあえず終わったから、 友達と一緒に食事などして帰るから、って・・・」
「あ、そう。それは良かった・・・」
「良かったかどうかは、発表を待たないと、何とも言えないけど・・・」
「ところで、君は、何をしてるんだい？」
「一応、食べるだけなら、亡くなった主人の生命保険や何やらで、何とかなるんだけど・・・ 由香を大学に行かせるとなると、やっぱり働かないと・・・それで、今年からスーパーで働き始めたの・・・」
　真弓の話しをする表情から、結構、大変だということは感じ取れた。
「やっぱり大変なんだ・・・僕に協力できることがあれば遠慮なく言って！」
「ホント！・・・じゃ、今度こそ、信じてもいいのかな？」
　からかうような言い方で可愛い微笑みを僕に向けた。
「今度こそ、神に誓って・・・」
　僕はキリスト教信者じゃないけど、わざと大袈裟に立ち上がって身振りをつけながら言った。
　真弓も僕につられて立ち上がり、右手を上げる仕草をした。
「アッ！」
「危ない！・・・大丈夫かい？」
　低いテーブルに躓いて転倒しそうになった真弓をからくも受け止めた。
　あの日・・・あの２５年も前の、あの日以来の接触だった。
　真弓は慌てて僕から身体を離すと、昔のように白く透き通った頬を赤く染め俯いた。
　２５年前の未熟な若輩者だった自分の言った約束を果たそうと真弓に近づいていった。