３．門番捨吉の淫らな野望

　　歓喜院の境内に落ちている小さな滝で垢離（こり）をとった壮一と瑤子の熟年夫婦は、新しい下着に着替え、与えられた作務衣を身につけると、いよいよ始まる修行への覚悟を確認するように目顔でうなずきあい、小屋の出口の簾をめくって外へ出た。

　すっかり夏の日が暮れて、滝で清めたからだに黄昏の夕風がなまめかしく感じられる。小屋の外にはあの大男の門番が不機嫌な顔で待っていた。それにしてもなんという醜男か、夕日の中で改めてよく見ると、髪は散切りのボサボサ頭、髭だらけの赤ら顔に、大きな団子鼻、上を向いた鼻の穴から鼻毛をのばし放題、例の煮染めたようなフンドシの臭いが胸をつく。夫の壮一にとっては、こんな男に妻の瑤子がしがみついて歓喜したなど信じたくないことだった。

　大男は汗を流そうともせず、股間からあの異臭をふりまきながら夫婦の前をせかすように小走りに歩いた。しかし、その姿はもうさっきの居丈高な大男ではなく、いつもの門番の媚びた態度に戻り、廊下ですれ違う修行師や修行女に黄色い歯をむいておあいそ笑いをしながら、ペコペコする。それは、道場の誰もが、新入りを従えた門番が今しがたしたであろう役得を知っていることの証だった。

　第一、しがない門番の男に、「あなたは、合格です。あしたから修行に参加できますよ」などという資格があろうはずがない。
　しかし、彼がそういう強い言い方をしたということは、門番に瑤子を奪われるのでは、という夫・壮一の不吉な予感が、まんざら見当違いではないことをうかがわせた。
　
　それというのも、先刻の滝壺の小屋の中の淫行で、門番は、修行の基本である男女合一の交気術を滝壺の小屋でどさくさ紛れに試み、瑤子と気を通じることに成功し、有頂天になっていたからだ。
　門番（名を捨吉という）は、男女合一の交気術の修行に落後し、修行が未熟ということで修行師の資格を与えられず、門番をつとめる道場の落第生だった。その捨吉が、「男女合体の交気術」に、瑤子と出会ってはじめてほぼ完全に成功したのだから、歓喜すまいことか。門番捨吉は、瑤子との交気を教導師の前で行うことに成功すれば、晴れて修行師に昇格となる。そう思うと、捨吉には瑤子との道場での出会いに運命を感じ、つまり下世話に言えば相性の良さを確信し、瑤子をわがものにする決意をしたのだった。そこで彼はうれしさのあまり、「あなたは、合格です」などと個人的な希望をつい口に出してしまったのだった。

　ずるがしこく用心深い彼・捨吉は、夫壮一の警戒心を防ぐために、瑤子の欲望を満たす行為は自制し、滝壺の夫婦の行為を小屋から監視しながら、いずれ瑤子にとっては我が逸物が唯一の歓喜の恵みになることを確信し、ひとりほくそえんでいた。
　なぜなら、壮一と瑤子が結婚してはじめて味わった、さきほどの無上の悦楽は、捨吉の交気術がもたらしたものだからだ。捨吉は、瑤子が歓喜院の修行で夫を苦痛なく迎えることができるように夫婦が熟達する前に、夫婦の修行を妨害し、瑤子を捨吉なしには生きられないからだにしてしまおうと、密かに決意を固めていた。

４．妻は男前の教導師と女性道場へ
　　
　大小の建物を渡り廊下で結んだ道場は、変なたとえだが離れの個室が山あいに無数に散在し、連なるような造りになっていて、要所要所の提灯や裸ロウソクが灯りがぼんやり照らしだし、セックスの桃源郷らしい隠微な雰囲気をかもしだしている。

　門番と夫婦は、歓喜院の長い曲がりくねった渡り廊下を急いでいた。門番の、内部の人間に見せる卑屈な態度を見るにつけ、壮一は、門番がいきなり妻に挿入したことは、修行道場の掟に反する行為にちがいないという思いがこみあげ、男の後ろを追いながら、怒りにふるえた。妻の白い股に門番の汚い陰部が深々と挿入され、モノを送抽せず、じっと下腹部を合わせたままだったあの卑わいな光景は、今もなまなましく思いだされ、壮一の目に焼き付いている。長い静止のあと突然妻が激しい悦楽に身をふるわせた、猥褻きわまりない醜男と妻の姿態を思い出しては、はげしい嫉妬の感情に、あらためて胸をしめつけられていた。

　しかし、また壮一は同時に、その嫉妬の怒りを上回る興奮で心臓が飛び出すような経験をしたことは認めなければならなかった。そうだ、柔らかな股を大きく広げさせられ、男に乱暴に挿入される妻の愉悦の表情を見ることこそ、夢だったのではないか。
破戒僧に妻が犯される白日夢が正夢になったのだ。
　妻を従え男に遅れまいと廊下を小走りに追いながら、瑤子が捨吉の汚い股間に歓喜したあの目のくらむような光景、あの切ない時間が、突然目の前に浮び、興奮が股間によみがえる。
　それにしても、妻へあれだけ長時間挿入を続けても、出し入れをいくら繰り返しても、巨根は一度も萎えることなく、一滴も漏らさず、平然としてたのは、門番はよほどの好色漢か見かけによらぬ練達の修行者か。いったいここには何者がいるのか。壮一の不安がまた大きくふくらんだ。

　堂と堂をつなぐ渡り廊下の突き当たりが左右に分かれるところで、捨吉はあわてて廊下にはいつくばり深々と頭をさげた。
「遅くなって申し訳けございません。客人はこれへご案内いたしました。お導きよろしく。」
　そこに修行師がひとり、白足袋の白さが宵闇にくっきりわかるほどの、凛々しい居ずまいで壮一夫婦を出迎えた。長髪を後ろに束ね、眉が濃く、鼻筋が通った端正な顔立ち、よく鍛えられたがっしりした体格で、作務衣の襟元から胸毛がのぞく偉丈夫、年の頃は３０代半ばか、年齢より落ちついた風貌は女なら一度会えば忘れられなくなるいい男だ。平伏する捨吉が上目遣いに顔を上げると、彼は、手で追い払う仕草をして捨吉を立去さらせ、捨吉には目もくれずに、壮一と瑤子に深々と礼をした。

「教導師の茎心です。はるばるおいでになったご決心に、心から尊敬もうしあげ、ご参詣に感謝もうしあげます。
　きょうから、私があなたがたご夫婦の修行の責任者として、お世話させていただきます。あなたがたのお励みの結果が、玉のような赤ちゃんのお誕生となりますよう、われわれもせいぜい励ませていただきます。」
　入門手続きのあいさつの後、教導師茎心は、夫の壮一には左の男性用の修行道場へ行くようにいい、妻の瑤子には茎心が女性道場に案内するから心配しないようにといい、これからの修行のあらましを説明してくれた。

　それによると、妻の瑤子は、次の生理日から治療を兼ねた修行が始まり、それから１週間か２週間修行道場にこもることになるので、その間、壮一も男性道場で、和合のための基礎的な修行を続けて待つように、また、院主の大修行師が瑤子に子宝を授ける儀式を行うときは、必ず立ち会ってもらうので楽しみに待つように、などと早口に言い放つと、妻の瑤子を促して、右手の女性用修行道場へ向かった。
　
　男の魅力いっぱいの教導師に手をとられ、それでも戸惑いながら夫を振り返り振り返り、暗い廊下の奥へ歌舞伎の道行きのように行ってしまった妻瑤子の艶めいた後ろ姿を見て、突然、壮一はいいようのない後悔におそわれた。とんでもない境遇に妻を陥れてしまったのではないか。妻は心変わりしないで、最後まで修行ができるのだろうか。
　いや、そのまえに、もういちど、あの乳首を吸ってやりたかった。最後のキスをしてやればよかった。

　つい今し方滝壺のなかの妻が、岩に両手をつき、壮一を待ちこがれて後ろ向きに尻を突きだしていた。あの臭い大男が、妻を押さえ込み、長い時間きつい膣の中を刺激し続けた直後なので、瑤子はあの男の巨根が満たしてくれなかった快感の余韻を子宮に強く感じ、押さえきれない欲情にふるえていた。もう待てない瑤子が、壮一にお尻を突きだし大きく股を広げたときに、壮一が見慣れたはずの股間が、みたことのない猥褻な表情をみせ、びしょびしょに濡れたピンクと茶褐色の深い縦皺のヒダがミミズの群のように蠢いた時の、誘うようななまなましい表情が、くっきりと壮一の目に焼き付いている。
　まだ、壮一の精液が瑤子の内股に筋をひいてたれているだろうか。あの、強く握ってくる膣の感触もまだ壮一の勃起したモノに残っている。（ああ）、壮一は思わずうめいた。もう引き返すことはできないのだ。

（つづく）