目覚し時計のアラームで僕は目を覚ます。今日は7月10日月曜日。 「ふぁ〜」 起き上がって背伸びをして、体をほぐすとせっせと朝食の支度にとりかかる。僕は西嶋優一、光琳学園に通う高校二年生だ。医者になることを目指して、設立されたばかりの新興学校光琳学園に通うべく田舎から出てきた僕は、マンションの一室を借りて一人暮らしをしている。 朝食を食べ終わると顔を洗い、制服に着替える。新興学校だけあって、制服のデザインはとてもオシャレだ。ズボンは紺色の生地に黄色のチェックが入っており、カッターシャツも青で統一されていた。 「さて、今日も学校だ」 季節は夏を目前に控えている。そのため登校するのも暑くて一苦労だ。 しかし、医者になるという目標のためにもそんなことは言っていられない。僕は登校すべく扉を開けた。 すると 「よっす」 扉を開けた目の前に、一人の女の子が立っていた。腰まで届く長い髪、小ぶりのメロンのような胸、きゃしゃな体つき、少し幼げな可愛い顔立ち、身長は少し小さめな少女。 「おはよう、賢」 彼女の名は西嶋賢（つかさ）、別名川崎賢、僕と同じ光琳学園に通う二年生で、僕の隣の部屋に住んでいる幼馴染である。苗字からわかるように、彼女と僕は兄妹という関係にある。だが、血の繋がりはなく義理の兄妹で、戸籍上では西嶋の姓だが、学校では旧姓の川崎を名乗っている。ある事情によって、僕の親が彼女を養女として引き取ったのだ。 「もう、遅いよ。今日も僕が先じゃないか」 賢は、自分の事を僕という。彼女は女でなりながら男のように日々ふるまっている。それは服装からもよくわかる。なぜなら、彼女は女子なのに僕と同じ男子の制服を着ていた。女子は紺色の生地に赤のチェックが入ったスカートと、青色の生地のカッターシャツにピンクのリボンというのが制服であった。 ただ、光琳学園は自由を尊ぶ風向を持っており、生徒には女子の制服か男子の制服かのどちらかを選ぶことができる。ただし、いままで異性の制服を着たのは賢が初めてだ。しかも、靴も革靴ではなく、軍人が履くような真っ黒でごついブーツを履いている。 昔から女の子でありながら、言葉づかいや服の趣味などさまざまな物が男と同じであった。そこで中学生の頃に精神科医に診たところ、性同一性障害だと診断された。でも、本人がそれに悩んでいる様子がないので家族や僕はほっとしている。 「ごめん、ごめん」 「うん、よろしい」 賢はそう言ってからからと笑った。 それから僕と賢は二人で登校し、学校に到着したのは午前七時半だ。授業開始は午前九時なのに、登校には早すぎる。だが、それには理由があった。 「じゃあ、また教室でね」 賢はそう言って剣道場へと向かっていった。少し小柄な背中には竹刀の入った袋がぶら下がっていた。 賢は光琳学園の剣道部に所属していて、彼女は勉強特待の僕とは違い、スポーツ特待でこの学校に入った人間だ。剣道の腕はぴか一で、県大会でも三位に入賞する程の実力者だ。 そしてこの僕は、実力者様に無理やり毎日のように朝早く叩き起こされて一緒に登校しているわけである。僕は自分の教室の自分の席につくと毎日の日課である二度寝を始めた。 ―女の子のなく声が聞こえる― 僕の目の前には小学生ぐらいの女の子が、お腹を手で押さえながら泣いていた。 ―お腹、痛いの？― 僕はそう女の子に声をかけた。しかし、女の子には聞こえていない。それもそのはず、これは、僕の夢なのだから。 「起きろ！優一！」 耳元の大声と共に、バチン！という大きな音が聞こえてきた。凄まじい力で僕の背中に張り手が命中したのだ。 「いっ！！」 僕はあまりの痛みで飛び起きた。すると、目の前には、にこやかに笑う賢。 「やっと起きた。もうすぐ先生が来るぞ」 他には誰も周りに立っていないことから張り手をしたのは間違いなく賢だ。剣道で鍛えたその腕力は僕よりもはるかに強いだろうと思われる。 「ああ、そうだな。わるい」 そう言って僕は体を起こすが少し重い。 二度寝のせいだろう。時計を見れば八時五十八分。間もなく授業だ。 「授業中は寝るなよ？僕も今みたいに起こしてやれないからな」 眠たいのは賢が毎朝早くに起こすからだろ、と僕は心の中で呟きつつ 「ああ、わかってる」 といって受け流した。 「そう。それじゃあ、また後でね」 僕を張り手で叩き起こす任務を終えた賢は自分の席へと戻っていった。 「お前も大変だな」 すぐ後ろの席から同情する声が聞こえてきて振り返ると、そこには同郷出身で幼馴染の宮之下一輝がいた。賢と同じ剣道の特待生で、僕達のすぐそばにある別のマンションで一人暮らしをしている。背が高く剣道をやっているだけ体つきもいいが、少しやんちゃで、明るい性格の持ち主であった。 「そうでもないさ」 「でもよ、毎日早くに叩き起こされて登校に付き合わされるんだろ？それで疲れて寝ていれば張り手を喰らわされるんだろ？本当に平気か？」 からかうように尋ねてくる一輝。確かに、賢は女の子なのに、口調から性格まで男そのもので、とてもやんちゃだ。でも、こういうのもそれほど苦でもなかった。いつも彼女の我が儘をきかされたり、無理やりなにかに付き合わされたり、そんなことは幼い時からのことだ。だから、もう慣れた。 「ま、お前がそれでいいならいいけどよ」 一輝はそう言って軽く笑った。 「うん、そうだよ」 僕もそう言って話を終わらせると前を向く。先生が教室に入ってきたのだ。 ―でもよ、賢はあのままじゃ、いつか、壊れちまうぜ― それは一輝の声だ。 「え？」 僕は慌てて振り返る、が一輝はリュックから教材を取りだしている最中だった。 （賢が、壊れる…） 僕はその言葉に、何か思い当たることがあるように恐怖を感じた。 お昼になると、僕、一輝、賢、そしてもう一人の親友である晴香の四人で食事を採るのが日課だ。 「やっほー。賢、購買にご飯買いにいこー」 そう言って、僕らの教室に入ってきた女の子が三条晴香だ。肩で切りそろえた綺麗な黒髪。美少女という言葉が似つかわしい容貌。背が女子の中では高く、胸はFカップと特大サイズだ。彼女も、僕らの同郷出身で幼馴染。しかも、彼女も一輝と賢同様、剣道の特待生であった。ただ、クラスが彼女だけ違っていたから、毎日のように僕らの教室にやってきて、賢と一緒に購買へお昼を買いに行く。ちなみに、彼女は一輝の住んでいる部屋の隣に住んでいる。 「やぁ、優一、今朝も賢の世話で大変だったでしょ？」 と、彼女は僕のところへやってきて、一輝と似たようなことを言ってくる。 「いや、そうでもないよ」 と僕。 「そうそう、今朝だって僕のほうが早く起きて、暑い部屋の外で待ってたんだから」 賢は自分のほうが世話としているんだ、とでも言いたげに胸を張った。 （やれやれ、僕は賢の世話をしているという自負があるのに、賢は自分が僕の世話をしてると思ってるのか） そんな僕の心の声を察したかのように晴香は笑った。 すると、晴香のFカップがゆさゆさと上下してその大きさと柔らかさを強調し、ついつい、僕はそれを凝視してしまう。 （でかいな…） その時だ。 「変態！」 なぜか賢が声を上げて底の固いブーツで思いっきり僕の足を踏んづけた。 「いったい！！」 しかし、賢は不機嫌そうにそっぽを向くと 「当たり前だ、馬鹿！」 と言ってさっさと教室を出て行ってしまった。 「ありゃりゃ、怒っちゃったね」 晴香はクスクスと小さく笑うと、賢を追って教室を出て行った。 「なあ、優一。お前、好かれてるな」 一輝がそんな意味不明なことを呟きながら僕の肩にぽんと手を乗せる。 一方の僕は、じんじんと痛む自分の足を必死で撫でていた。 Another View 川崎 賢 「まったく、優一の奴」 僕は購買に出来た長蛇の列に並びながら不機嫌そうに頬を膨らましていた。 僕の前に並んでいる晴香は、僕を見て微笑んでいる。 （僕だって、まあまあ胸は大きいのに） 僕はそっと自分の胸に触れる。 この間、ちゃんと下着屋さんで図ってもらったら僕の胸はEカップだった。でも、晴香というFカップの前にはその輝きも霞んでしまう。今日の優一の態度がまさにそれだ。 （それとも、背が少し小さいからかな） 胸とは違い、身長のほうは発育が少しだけ遅れているようで、発育の進んでいる晴香と比べると身長差が10cmもあった。 （背が晴香ぐらい高かったら、優一は僕を見るのかな…） 僕は晴香が前を向いている隙にそっとその背後に忍び寄って背伸びしてみる。しかし、全然足りない。僕は自分の頭の高さと晴香の頭の高さをどうにか埋められないものかとひたすら背伸びをし続けた。 Another View end 二人が教室に戻ってくると、僕ら四人は他愛もない会話をしながら昼食を採り、昼放課を過ごした。 |
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| 2011.2.5掲載 |
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