「では、これでホームルームを終わります。みなさん、また明日」 先生が一日の授業の終了を告げると、生徒達は早々と教室を出て行った。ある人は帰宅し、ある人は部活へ。僕は帰宅部なので家に帰るのが自然なのだが 「じゃあ、優一、また部活の後でね」 僕の肩を、すれ違いざまに軽く叩きながら賢が言った。 賢は毎日、部活の終了後、残って個人練習をする。そして僕も、賢のそれに付き合うのだ。付き合うといっても一緒に練習するわけもなく、ただ、賢が必死に練習するのを眺めているだけだ。 僕は部活の終了時間まで図書館で勉強する。 そして、部活の終了時刻。僕は教材をリュックにしまい、剣道場へと足を運んだ。 すると 「ふざけるなよ！このくそ女！」 剣道場の前まで来た時、中から男子の怒鳴り声が聞こえてきた。何やら道場の中が慌ただしい。 「なんだよ。弱い男のくせに」 「賢…？」 今の賢の声だ。 僕は慌てて道場の中に入った。すると、一人の男子生徒、確か同じクラスの吉備とかいったやつと賢が対峙して睨みあい、その周りを剣道部員達が不安げな顔をして取り囲んでいた。 「ねえ、何があったの？」 僕は手近な剣道部員に尋ねた。 「川崎が、夏大会の団体戦のレギュラーに選抜されたんだよ。でも、それに一部の部員が反発して、この有様さ」 さらに詳しい話をすると、賢が選抜に選ばれたことで、三年生の女子生徒一人が選手から外されたらしい。だが、その外された女子生徒は、かなりの努力家で、夏の大会に向けて必死に練習していたらしい。顧問もそれを認めて夏大会の団体戦のレギュラーに抜擢したのだが、その後、剣道部の監督の強い要望で、二年生である賢が急遽その生徒と交代することになったという。それに吉備を中心とする一部の男女部員が不服を申し立て、それに賢が反発して今のような有様らしい。 「なんで、二年のお前が選抜なんだよ！先輩は最後の大会に向けて必死に練習してたんだぞ！」 「僕に言われてもしらないよ、そんなこと。それに、勝手に選手を代えたのは監督でしょ？顧問は最後まで反対してた」 「それがどうした！お前は監督のお気に入りだからな、どうせまた胡麻でも擦って選手になったんだろ！」 吉備の言う、監督のお気に入り、という話しは僕も聞いたことがあった。なんでも、賢は剣道部の監督にとても気に入られていて、事あるごとに重要な試合に出場できるよう取り計らってくれていると。だが、そのために、毎回のように三年生などが交代させられているようだ。 「胡麻なんか擦らないよ。それに、文句なら監督に言えばいいじゃないか」 「監督は俺達の言うことなんて聞く耳をもたないさ。お前は大のお気に入りだからな」 お気に入り。その言葉に、賢はうんざりしたようにため息をつくと 「じゃあ、あんたもお気に入りになってみたら？どうせ弱いんだから、胡麻でも擦ってたほうが時間の無駄も少ないんじゃない？」 とはきすてた。 「なん…だと…」 吉備の顔色が変わった。 （まずい…） いくらなんでも、今のは言い過ぎだ。吉備の目は今にも賢に襲いかかろうとしていた。現に、彼の手に握られている竹刀がぶるぶると震えていた。 （一輝は？それに、晴香は？一輝と晴香は次期男女の主将だって、賢から聞いた。あの二人なら、この騒ぎを…） しかし、どこを見ても二人の姿はない。 「ねえ、宮之下と三条は？」 僕はまた剣道部員に声をかける。 「さっき、顧問に呼ばれていったよ。もうすぐ主将の交代だから、それについての話らしい」 「じゃあ、その女子の先輩は？」 その人なら皆を諌められるかもしれない。 「部活が終わって直ぐに選抜交代のことを聞かされて、一足先に帰ったよ。帰り際、悔しくて泣いてたみたいだけど」 そして、その先輩の泣き顔を吉備が見てしまい、それが引き金になったらしい。 「ふざけやがって、このくそ女が！」 その吉備の怒りは頂点に達したらしく、持っていた竹刀を大きく振り上げた。 「危ない！！」 僕に考えている余裕はなかった。人の垣根を割いて賢を庇うように二人の間に入った。そして、バシン！！と凄まじい激突音が道場に響いた。 「う…」 吉備の振りおろした竹刀は僕の脇腹に当たっていた。でも、賢は無事だ。 「優一…」 僕のいきなりの登場に賢は驚きを隠せていない。 「なんだ…お前…」 それに吉備のほうも驚いているようだ。 「お前達！何をしている！」 そこへ、剣道部の顧問が帰ってきた。その後ろには、一輝と晴香もいた。 「あれ、優一じゃないか？」 と一輝。 「本当だ、どうしたの、優一？」 と晴香。 顧問と二人が来れば、もう心配ない。 （これで、もう大丈夫だ） 僕はほっと胸を撫で下ろした。 その後、事情が事情だけに、吉備は厳重注意だけで済み、賢は御咎めなしだった。 「にしても、一時はどうなるかと思ったぜ…」 そう剣道部員達は口々に呟きながら帰宅していく。吉備や、反発していた部員達も早々と剣道場を去った。そして、残ったのは道着姿のまま個人練習を始めている賢と、僕、そして制服に着替え終わった一輝と晴香の四人だけだ。 「じゃな、優一、賢。まだ日が長くなり始めたばかりだから、あんまり遅くまで残るなよ」 一輝がそう言っても、すでに賢は練習に打ち込んでいて聞こえていない。 「ありゃりゃ、もう聞こえてないみたいだね」 と晴香。 「じゃあ、僕が適当に時間を見計らって賢に声をかけるよ」 「ああ、そうしてくれ。じゃあ、また明日な」 一輝は道場を出ていく。 しかし、晴香がそっと僕の隣までやってきて、その耳元で 「今日は、賢を守ってくれてありがとう。賢はいくら性格が男の子でも、体はやっぱり女の子だから、竹刀なんかで殴られたら大怪我するところだったよ」 晴香と一輝は先ほどの事のてん末を部員から聞いたらしい。 「いや、いいよ。そんなの」 「賢は感謝してくれた？」 「いや、でも、構わないよ。僕は感謝されたくてやったわけじゃないからね」 「そう。ならいいけどさ」 晴香は僕に背を向け、そして ―でもね、優一。優しすぎるって、本当はすごく残酷なことなんだよ― それはとても暗く、切ない声で呟かれた。 「え？」 「じゃあ、また明日！」 しかし、振り返りざまにそう言って時の晴香はいつも通りの明るい晴香だった。 （今のは…） 今日の一輝といい、さっきの晴香といい、僕は、自分の周りの何かが急に変って行ってしまいそうな不安にかられた。 それから夕方の七時まで、賢は基本練習をし続けていた。 一本一本の素振りを、気合いをこめて、本気で練習用の人形に打ち込んでいく。その気迫に、僕は思わず見とれてしまう。 （でも、なんだろうな、この違和感は…） 剣道はかつての剣術、つまり、殺人術だ。だが、今の剣道はそれとは似ても似つかない、人の生きる道を示す物。でも、賢の剣道は、どこか殺人術のように見えた。それは、昔からの事なんだが。 「お待たせ」 賢の練習が終わると、僕はタオルを片手に彼女の前に立つ。そして、ぐっしょりと掻いた彼女の汗を拭いてやる。拭くといっても、顔や頭だけだが。 「ちょっと痛いよ」 もう少し優しく頭を拭いてと賢が言ってくる。 「はいはい」 しょうがないから僕は言うとおりにする。 すると 「や〜ははぁ〜」 と賢は嬉しそうに呟いて微笑む。 （昔から、嬉しかったり、照れくさかったりするとこう言うんだよな） 僕はそんなことを思いながら手なれた手つきで賢と頭や顔を拭いていく。 その間、賢はいつも上目遣いで僕を見つめ続けてくる。タオルで顔に影が差してもその目だけは煌々と光を離し続けて僕を捉えて離さない。 「はい、終わり」 拭き終えると、タオルを賢に渡して僕の役目は終了する。 「じゃあ、着替えてくる」 「はい、行ってらっしゃい」 賢は女子更衣室に入っていった。 （やっぱり、賢も女の子か） いつも男のように振る舞う賢。なのに、着替えは女子更衣室を使う。彼女には悪いが、少し笑えてしまう。 そんなつまらないことに、僕がクスクスと笑っていると 「うわぁ！！」 という賢の声と共に、ガタン！という大きな音が聞こえてきた。 「賢！！」 突然のことに驚いた僕は咄嗟に更衣室のドアを開けてしまった。 「あ…優一…」 「え…」 そしてそこで、僕は初めて女の子の体を見た。 賢は、床に尻もちをついた状態で、しかも、水色のローライズパンティーしか履いていない状態だった。 綺麗で艶のある色白な肌。肉付きのよさそうな太もも、可愛く窪んだ臍、くびれたウェスト、大きく膨らんだ双乳と、綺麗なピンク色をした乳首。それらが更衣室の窓から差し込んだ夕日の光でより一層輝きを見せていた。 まるで僕は、地上に降り立った天使を見ているようだった。 その天使の頬はリンゴのように赤らめていて、その眼は星のようにきらきらと輝いていた。 どうやら、賢はスポーツ用の下着から普段用の下着に着替える最中、更衣室の床に散らばっているダンベルに足をひっかけて尻もちをついたらしい。 「あの…優一…」 今にも泣き出しそうな顔をして、賢は弱弱しく 「その…見ないで…」 と呟き、そっと制服で乳房を隠す。 それなのに僕は （ああ、やっぱり賢も女の子だよな…） そんなわけのわからない感慨にふけりながら再度、賢の体を見つめてしまう。 賢は見られていることに羞恥を感じているらしくみるみるうちにその白い肌を真赤に染めて 「見るな！！馬鹿！！」 と叫んだ。その一括で僕は正気を取り戻し、体中の体温が一気に上昇するのを感じた。 「ご、ごめん！い、い、い、今すぐ、その、で、出てくから！」 僕は更衣室を飛び出そうと足を上げた。だが、僕も自分のすぐそばに転がっていたダンベルに足を躓けた。 「あ」 そして、僕は、賢の上に倒れて行った。 バタン！！ 「う…」 僕は倒れる瞬間、目を閉じてしまった。しかし、感覚からして賢をつぶしてはいないとわかる。 （でも、賢は…） 「………？」 賢、と声をかけようとしても声が出ない。というよりも、唇が動かない。 僕は目を開けると、目の前には賢の顔があった。そして、僕の唇と、賢の唇が重なっていた。 （まずい…） 僕はその状況でときめくよりも、賢から繰り出されるであろう、強烈な拳を想像して冷や汗がどっとわきでてきた。 しかし 「ん……」 賢は、目を瞑り、体から力を抜いていた。まるで、僕に全てを預けるように。 でも、僕は唇を離した。すると賢の口から吐息が漏れる。 「はぁ…」 そして、賢いは薄らと目を空けて、僕を見つめた。 「優…一…」 「賢…」 僕は賢の着替えに手を伸ばして普段用のブラを掴むと、覆いかぶさった衝撃で再び露出された乳房の上に被せた。 「優…一…」 その時、賢はなぜが目を細めた。 「その…見ちゃって…ごめん…」 賢は静かに首を振って 「うん…平気…だよ…」 でも、僕が起き上がっても賢は起き上がろうとしなかった。 「じゃあ、僕は外で待ってるから…」 「うん…」 僕が更衣室を出ると、ようやく賢は体を起こした。そして、僕が更衣室の扉を締めるまでずっと僕を見つめていた。 |
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| 2011.2.9掲載 |
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