逆上した父親が、母親の首を絞め、母親の不倫相手と、信哉君を包丁で刺したのだ。 そして、その日、賢と公園で野球をする約束をしていた僕が、賢を迎えに行った時、その事件が起こっている最中だった。 賢の父親が、賢を刺そうとしていた。 ―やめろ！！！― 僕は咄嗟に、手に持っていたバットを振り上げた。 ―やめろ！！！この悪魔！！！― そして、力の限りバットを振り下ろした。 ―いやぁぁぁぁ！！！― 血が噴き出し、賢の服に滴った。まるで、賢が刺されたかのように。 「馬鹿みたいだよね……」 賢は両手で顔を押さえて肩を震わした。 「あんな事があっても…まだ…剣道を続けてるなんて……」 止めようと思った。でも、止められなかった。だって悔しかったから。大切な信哉を奪われ、幸せを奪われたのに、あんな親のために剣道まで奪われるのが悔しかった。 でも、結局、剣道を続けていたのは親を憎み続けるための場所が欲しかったからだった。自分が勝てば喜んだあの二人の笑顔を穢したくて、地獄で苦しむ母親にどこまでも憎み続ける娘の姿を見せたくて、刑務所にいる父親に、娘が剣道で勝利し日のあたる所でみんなに囲まれている姿を見せつけ苦しめたくて。そんな理由で必死に剣道を続けてきた。全ては復讐のために。自分の中にいる《復讐の鬼》が、自分をそう動かし続けた。でも、こんなところで出来なくなるなら、さっさと止めればよかったんだ、と賢は泣き始めた。 （違うよ、それは、違う…） 「それに…優一の事も傷つけた……。優一のお父さんとお母さんにも……いっぱい迷惑かけて……。本当に……疫病神だよね…私……。どこにいっても……」 「それは、違うんだ！！」 僕はいつの間にか賢の前に立って彼女の細い両肩を掴んでいた。 Another View 川崎 賢 「それは違うんだ！！」 優一が私の肩を掴んで訴えてくる。でも、私にはよくわからない。 「何が…違うの？私……最低だよ…。優一を散々振りまわして……その上、たくさん傷つけて……」 私は、事件の後、優一の家に引き取られた。 優一の家庭はとても温かくて、優一のお父さんもお母さんも、私を自分の子供のように育ててくれた。時には優しく、時には厳しく。 でも、私はその陽だまりに浸かるのを拒否し続けた。ずっと不幸に浸ってきたことを見せつけられるようで、今までの自分の人生がとても酷いものであったことを思い知らされるようで。 だから、優一のお父さんとお母さんに八つ当たりした。 ―本当の親じゃないくせに― 本当に…酷いことを言ったと今でも後悔してる。でも、二人は怒らなかった。ただ笑って、意固地になっていた私を抱きしめてくれた。 それに、優一にも八つ当たりした。温かい家庭に育ってきた優一に嫉妬して、剣道で私の方が強いことをいいことによく痛めつけた。でも、優一も私に優しく接してくれた。まるで、本当の妹のように。 ただ、私が中学一年の時に自殺しようとしたら本気で怒られた……。 ―命を無駄にする奴なんか大嫌いだ！！― その時、初めて私は優一のお母さんに打たれた。優一にも打たれた。でも、嬉しかった。前の親は、私を八つ当たりの道具にしてぶってきた。でも、優一も、優一の両親も、私の身を案じてくれてそうしてくれたのだから。 その時、初めて私が、かつての実の親と同じ事を優一とその両親にしてきた事に気付いた。 ―ごめんなさい……ごめんなさい……― でも、その後も結局は迷惑をかけてばっかり。 事件の後、私は自分の事を《僕》と言うようになっていたし、剣道でもよく相手に怪我をさせて優一の両親を困らせた。それに、前よりも一層、優一を振りまわした。 「それは違うよ！賢！」 優一に否定されて、感情が昂る。 「いったい…何が違うのよ！！」 「迷惑かけたっていいじゃないか！心配させたっていいじゃないか！だって、家族じゃないか！」 「え……」 《家族》…それは私にとって、大それたもの。決して、手に入らないと思ってたもの。 「そんなことない！！」 優一は私の心を呼んだように叫んだ。そして、強く抱きしめてきた。 「優一……」 「賢…愛してる！！だから…もう何も捨てないでくれ！！」 「捨てる……？」 （何を言ってるの、優一？） 「ここで、剣道を捨てないで！ずっと、ずっとがんばってきたじゃないか！賢は気付いてなかったかもしれないけど、大会とかで勝った時、賢は喜んでたよ！とても嬉しそうに。賢は剣道が好きなんだよ！どれだけ悲しい思いがあったとしても、やっぱり、賢は好きなんだ！だから、これ以上、過去に縛られて大切な物を捨てないでくれ！！」 「優一……」 「好きだ…賢」 優一の唇が、私の唇に重なる。そして…私の心が温かいもので包まれていった。 （心が……とかされる……） そこで私は、全てを理解出来た。なぜ、剣道が弱くなったのか。それは、《復讐の鬼》が消えかかっているから。優一が傍にいてくれて、優一のお父さんとお母さんが私を子供にしてくれて、そのおかげで、私は本当の幸せを手に入れることができた。だから、心の仲が幸せで満ち溢れて、《復讐の鬼》が居座る余地がなくなったんだ。 最近、私が感じていた喪失感、それはきっと《復讐の鬼》の最後の抵抗だったんだ。 『俺を捨てれば、お前は無力だ。嫌だろ、昔みたいに何の力もないのは？憎むのをやめるのは虚しいだろ？憎むのを止めれば、お前の両親を許す事になるんだぞ。お前は本当にそれでいいのか？両親に地獄を見せてやらなくて、お前の気持ちは晴れるのか？』 そう、囁き続けていたんだ。でも、今まで言い返せなった。だから、ずっとその言葉に従い続けてきた。 でも、今なら言い返せる。 ―お前なんてもういらない！だって、私は本当の幸せを手に入れたんだから！もう、憎むことも、復讐する事も必要ない！私は、優一と生きていく！― 「優一…もう、大丈夫…」 唇を離して、心配そうな顔をしている優一にほほ笑んだ。 まだ、心の片隅に《復讐の鬼》が居座ろうとしているけど、大丈夫。直ぐに捨てて見せる。だから 「優一…私…もう、逃げないね……」 もう逃げない。今まで親を憎むことで心を保ってきたけど、もうそれも終わりにする。憎しみを力にするのはもうお仕舞い。 だから 「私が勝つって、信じて」 心が清々しい。 「わかった」 優一は、力強く頷いてくれた。 そして、私達は手を繋いで武道館へと戻った。 「あ、賢！！」 晴香が私を見ると駆け寄ってきた。 「もう、心配したよ！どこに行ってたのよ！」 「ごめん」 私は素直に頭を下げる。 「本当に、あなたって…賢…？」 晴香が、私の顔を覗き込んで驚いたように目を見開いた。 今の私の顔は、今までになく清々しているからだろう。 「ごめんね、心配かけて。でも、もう大丈夫だよ」 「賢……」 晴香の瞳が潤んだ。 「馬鹿……」 コツン、と優しい拳骨が私を打つ。 「さあ、行くよ！」 「うん！」 私は晴香に手を引かれて、試合へと向かった。 Another View end |
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| 2011.3.9掲載 |
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