「あ！賢だ！！！」 僕の隣でクラスメイトの女の子が声援を上げる。賢のいる二年生選抜チームの試合が回ってきたみたいだ。 僕も彼女と同じ方へと視線を向ける。 「賢、がんばって！！」 隣の女子は声を張り上げる。 「そうだ！がんばれ！！」 「がんばれ！！川崎！！」 「やっちぇえ！！賢！！」 光琳学園の生徒達が次々と声を張り上げる。 （みんな、賢を信じている） みんなも、賢がいなくなった事を聞いていた。でも、みんなは賢が帰ってくると信じていた。だって、みんなも賢がどれだけ努力してきたのかを知ってるから。 そして僕も、賢を信じて応援する。 「賢！！がんばれ！！！」 相手はあの王能寺だ。でも、僕達は賢を信じる。 選手が互いに向かい合い、竹刀を構える。 「始め！」 そして試合が始まった。 Another View 川崎 賢 「がんばれ！！川崎！！」 「やっちぇえ！！賢！！」 聞こえる、みんなの声援が。 「賢！！がんばれ！！！」 聞こえる、優一の声が。 私はそっと観客席を見る。すると、皆、笑ってる。まだ、勝ったわけじゃないのに。 （そうだ…私は……） 皆の笑顔を見るのが好きだった。私が勝つと、大好きな人たちが喜んでくれるのが本当に嬉しかった。 （そうだ…だから私は…剣道が好きなんだ……） そして今も、剣道が好きだ。 （すごいな…優一…） 私でさえも気付かなかったのに、優一は気づいてくれた。 （見ててね、優一） 必ず、勝って見せるから。 「始め！！！」 審判の合図で、試合が始まる。 わーー！！！ 試合が始まる中、私は目を瞑る。すると、またしても《復讐の鬼》が私に囁きかけてくる。でも、もう、何を言ってるのかわからない。ただ、聞こえるのは相手の足音だけ。 相手が近づいてくる。 （この試合で、全てに決着をつける） そう、《復讐の鬼》を倒して、私は本当に幸せになるんだ。 相手が、目の前に迫るのを感じる。 （この試合で、《復讐の鬼》を…！） 自分を不幸にし続けてきた弱い自分を…！ （ここで……） 「穿つ！！」 目を開いた目の前には既に相手が竹刀を振り上げていた。でも、大丈夫。《憎しみ》という足かせはもう存在しない。今の私は、今までで一番、早い！！ 空気の切る音が、私の耳に轟いた。 バシン！！！ そして道場に、衝突音が木霊する。 Another View end バシン！！！ 僕は一瞬、何が起こったのかわからなくて目を見開いた。 「いま……何が……」 賢が、閃光のように相手とすれ違い、その後に遅れてきたかのように激しい衝突音が聞こえてきた。 あとコンマ数秒というわずかな刹那の中、賢は目にもとまらぬ速さで相手の面に一撃を叩きこんでいたのだ。 二人の選手が背を向ける形で膠着し、会場中が沈黙に包まれた。 「い、一本！！」 そして、審判が、賢の勝利を告げたのだ。 「え……？」 （勝った？本当に……？） 全身から、喜びが込み上げてくる。 「や…やった！！！」 僕は思わず声を張り上げて拳を天に突きだした。 わーーー！！！ それに続くように、光琳学園の応援席が一瞬にして熱気に満ち溢れた。 「やったぞ！！！川崎！！！」 「賢！！！すごい！！！」 「かっこいい！！！賢！！！」 光琳学園の皆が口々に賞賛を賢に浴びせている。 「ありがとうござまいました」 賢は喝采の中、礼を終えると、光琳学園の選手達の所へ戻った。 Another View 川崎 賢 みんなの喝采が聞こえる。 「ありがとうございました」 私は震える声で礼をして、晴香達の所へと戻る。 （勝った……勝ったんだ！！） でも信じられない。あの王能寺を一瞬で撃退したなんて。 「賢！！！」 晴香が私に抱きついてきた。とても嬉しそうに笑ってくれてる。 「賢！！！凄い凄い！！！凄いよ！！！」 思いっきり抱きしめてくれるのは嬉しいけど、正直、晴香の胸の谷間に顔を挟まれて息をしにくい。 「あ、ありがとう」 私はなんとか胸の谷間から顔を引き抜くと 「本当に、ありがとう、晴香」 とほほ笑んだ。 「賢……馬鹿…」 またしても、晴香の目に涙が浮かんだ。 「もう、大げさだな」 でも、私も本心では喜んでいた。 「賢！！かっこいいよ！！」 「そうだよ！！自身もって！！」 チームの皆も、私の周りにやってきてほめてくれた。笑ってくれた。 私は晴香に抱きつかれながら観客席に目を向ける。 （優一） 笑ってる。優一が笑ってる。 （みんな） クラスの友達も、まだ話した事もない人たちも、みんな笑ってくれてる。 「優一！！」 私は大きな声で優一を呼んだ。 すると優一は私に応えて思いっきりほほ笑んでくれた。 「イェーイ！！」 だから、私は優一に向かってピースした。 本当なら、試合最中にこんなことはしちゃいけないものだけど、どうしても見せてやりたかった。あの世にいる母親に、刑務所にいる父親に、そして、弱い私と供に葬った《復讐の鬼》に。 （どうだ。私は勝ったぞ！お前達に勝ったぞ！） 心の中で何度も喜びの声を上げた。 その後、勢いのついたチームは王能寺相手に全勝した。 Another View end 光琳が今日の全ての練習試合で勝利を納め、選手達が凱旋に観客席へやってきた。 「ありがとうございました」 一年生から三年生の選抜選手がそろって頭を下げた。 そして 「優一！！」 賢はまちどうしかったと言わんばかりに選手達の列を抜けて僕に抱きついてきた。 「つ、賢！？」 「優一…」 賢は僕に抱きついて、顔を僕の胸にうずうめる。 ヒュ〜ヒュ〜！！ 周りの目線がまるで晴香の意地悪をするときの目のように輝いていて怖い。 でも、あえて気にしない。 僕は人前であっても、賢を抱きしめた。 （頑張ったね、賢） 賢の道着は汗でぐっしょりだ。髪の毛も汗で道着に張り付いているし、抱きしめるときに賢の後ろ頭に触れたが頭皮まで汗が滲んでいた。 「賢」 僕が呼ぶと、賢は上目遣いで僕を見た。 「よく、頑張ったね」 賢は今日の試合すべてに勝利した。 「よしよし」 僕は賢の頭を優しく撫でる。 「あ…え……う…」 すると、なぜか賢は顔を真赤にしてもじもじした。 「優一……」 そして、もう一度上目遣いで僕を見上げてくる。 「好き……」 「え……」 一瞬の静寂の後、僕の唇に、賢の唇が重なった。 （賢） 顔を真赤にして僕に唇をゆだねる少女を僕は力強くもう一度抱きしめなおす。 さすがの事に、周囲も顔を赤くして目を反らすしかなかった。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2011.3.12掲載 |
平凡な男さんの作品集→ |