8月1日 火曜日 部活動がないテスト前の期間、私は久々に、日が高い時間に優一と一緒に下校している。 「あ〜テストやだなぁ〜」 勉強は昔から苦手。特に文系科目。漢文や古典、地理、世界史、日本史、と文系科目の尽くいつも赤点ぎりぎり。 「だめだよ、ちゃんとやらなきゃ」 優一が、ビシっと言ってくる。 「わかってるよ〜。やればいいんでしょ〜。家に帰ったらちゃんと勉強するよ！」 と言ったものの。 「う〜」 久しぶりに自分の部屋で過ごす下校後の時間。私は数学の教科書とにらめっこ。 「わからない…」 授業中はよく居眠りしてたから、ノートも書いてある事が滅茶苦茶、先生の解説も聞いてないからさっぱりわからない。 「やっぱり、数学からやるから悪いんだ！」 言ってる私自身、意味のわからない言い訳を吐くと、今度は物理の教科書を持ちだした。 でも 「わからない…」 当然と言えば当然。 「ああ！わかった！理系科目からやっても駄目だよね？」 何がわかったのか、私自身意味不明だがとりあえず地理の教科書を開く。 でも当然 「何これ…」 漢文 「これって…中国語？漢字ばっかりで読めないよ〜」 古文 「日本の昔の言葉なんかわかるわけないよ〜」 私は尽く撃沈した。 「う〜無理…」 その時だ。 「賢、ご飯だよ」 優一が部屋にやってきた。 「どう、勉強の具合は？」 「うるうるうる」 私の潤んだ目を見れば結果は明白だ。 「はははは」 優一がひきつった笑みを浮かべる。 「あのさ、賢。ご飯食べ終わったら、一緒に勉強する？」 「え！いいの！」 （やった！） 優一に教えて貰えば問題ない！たぶん…。 「じゃあ、ご飯食べよう」 「うん！」 私は大船に乗った気で教科書を投げ捨てた。 食事後 「ここがこうなるから、これはここに代入するの」 優一の解説はわかりやすく、とても丁寧。しかも、私が理解できるまでずっと付き添って教えてくれる。 「へぇ〜そういうことだったんだ」 「そうそう、それで、ここを計算すれば―」 優一が私の真横で教えてくれる。 ドキドキドキ！！ （あ…まただ…） 優一を意識した途端、また鼓動が速くなる。 （まずい…ちゃんと聞かないと…） 頭の中が真白になってきて、優一の解説が聞こえない。 「賢？大丈夫？」 「え！あ、う、うん！平気、平気」 「そう、でももう勉強を始めてからずいぶん経つみたいだから、休憩にしようか」 そう言って、優一がお茶を出してくれた。 「ありがとう…優一…」 私は胸のドキドキを悟られないように落ち着き払った様子でお茶を飲もうとしたけど、がたがたと両手が震える。 （うまく飲めない…） なのに、横で腰をおろしてお茶を啜ってる優一を見ちゃう。 （優一…優しいな…） 本当に、優しい。よく考えてみれば、晩御飯も優一が作ってくれて、勉強も教えてくれて、気を使ってお茶まで淹れてくれる。 それなのに、私は優一に何もしてあげてない。 （今まで、どうして気付かなかったんだろう…？） 優一が、ここまで私に気を使ってくれてた事に。そして、私は優一に何もしてあげられてなかった事に。 （図々しい女だな…私…） 今まで、私は優一にずっと自分の気持ちばかりをぶつけてきた。甘えてきた。迷惑をかけてきた。なのに、それについ最近まで全く気付かなかった。 （優一…） でも、私なんかじゃ、何も優一にしてあげられない。 （ごめんね…優一…） 役立たずで…ごめんね…。 8月5日 土曜日 今日は朝から一輝の部屋で勉強会が開かれた。部屋には私と優一と晴香と一輝の四人。 「ここはね、こうすると出来るんだ」 「へぇ〜やっぱり優一ってすごいね！わかりやすいよ」 朝から優一は殆ど晴香につきっきりで勉強を教えてる。 （晴香ばっかり…） 毎日のように優一に教えてもらったからわからないところはないけど、優一が晴香につきっきりだとなんでか胸の奥がモヤモヤする。 「おい、優一、これはどうだ？」 今度は一輝が優一に教えてもらい始めた。 （私だって…教えてもらいたいのに…） でも、わからないところがなければ教えてもらえない。 「はぁ…」 私は皆に聞こえないぐらい小さなため息をついた。 「は〜い、お昼ご飯だよ〜」 お昼ご飯は晴香の手作りのカレーライスだ。 「おいしね、晴香！」 優一は大喜びで食べている。 「確かに…おいしい…」 私も認めざるを得なかった。 「まぁ、いつも通りだな」 一輝は食べ慣れた感じでカレーを口に運ぶ。 「可愛くないな、一輝は」 晴香がつんっと拗ねたように口を尖がらせる。 「ははは、一輝は幸せ者だね」 と優一がまた、晴香を褒める。 「でしょ、でしょ！優一わかってる！」 （優一） 私の隣で、優一が嬉しそうにカレーを食べてる。いつものご飯の時にも見せないぐらい明るい笑顔で。 （私…駄目だな…本当に…） 掃除や洗濯は人並みに出来ても、ご飯を作ったり、お茶をいれたり、勉強を教えたりすることは出来ない。それに引き換え、晴香は違った。晴香は勉強以外の事ならなんでも出来た。一輝のためにお弁当を作ってきたり、お茶をいれたり。 （私も…出来たらよかったのに…） 最近、優一を凄く意識して見るようになって、いろんな事に改めて気付かされた。 優一の優しさや、思いやりの強さや、私の…駄目な所に。 結局、私達は晩御飯まで御馳走になってから帰宅した。 そして、その帰路の途中、暗くなった夜道を二人で歩きながら 「おいしかったね、晴香の作った野菜炒め」 優一がまた嬉しそうにほほ笑んだ。 「う、うん」 「食後のお茶も美味しかったな」 「う、うん」 （そうだよね…本当に…） 本当に美味しかった。驚くぐらいに。 晴香は一輝のために覚えたと言ってた。なのに （私は、優一のために何も…） 「賢？」 「え？」 優一が私の顔を覗き込んでいた。 「大丈夫？元気ないけど」 「え、あ、う、うん！もちろん！」 「そう、ならいいけど」 それでも、優一はどこか心配そうに私を見てくる。こんな、私なんかを…。 （優しいな…優一は…本当に…） でも、優一のその優しさが段々と怖くなってきたのは、どうしてなんだろう…。 Another View end |
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| 2011.4.13掲載 |
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