8月14日 月曜日 「ん〜終わったぁ〜」 僕は四時限終了のチャイムと共に大きく背伸びした。 ついに、全てのテストが終了したのだ。 （でも、今回のテストは前よりも出来が悪いだろうな） と、僕は思った。 「あ〜終わったな…」 後で一輝が机に突っ伏してる。 「一輝の成績が？」 僕は冗談混じりできいてみた。 「それは言うな、優一…」 「本当だったんだ…」 僕は後ろで突っ伏してる一輝に御冥福をお祈りすると、賢の所へと向かった。 「賢…」 賢はどこか遠くを見るような目で窓の外を眺めていた。 「賢」 僕は声をかけて、手を賢の肩に置いた。 「あ、優一」 見慣れたポニーテールがくるりと回って賢の顔が僕を捉えた。 賢の目には元気がない。 「テスト、どうだった？」 僕は恐る恐る聞いてみる。 「優一のおかげで、たぶん平気」 「そ、そうなんだ」 （じゃあ、なんでこんなに暗い顔してるんだろう？） 賢はどこか疲れ果てたような顔をして、ぼうっとした目で僕も見ていた。 「ありがと」 ぼそり、と賢が言ってきた。 「あ、うん。またわからない所があったら言って。僕、出来る限り教えるから」 すると、賢は俯きながら小さく微笑むと 「うん」 とだけ頷いた。 （賢…） ここ数日、賢はずっと元気がない。勉強はちゃんとしてたけど、食欲がどんどんと衰えて、昨日も好物だった唐揚げを残していた。 結局、いつもの四人で下校している時も賢の様子は変わらない。 「ねぇ、晴香」 僕は賢に聞こえないように小さな声で晴香に話しかける。 「なに、優一？」 状況を察したように晴香も小声で応えてくれた。 「ここ数日、賢の元気がないんだけど、どうしてだろう？」 「そうね」 晴香は少し考え込むように腕を組んだ。 「わかんない」 「え？」 即答だった。 「わかんないよ。そもそも、賢の事は優一が一番わかってるはずだよ」 そう言われても、僕には賢に元気がない理由がわからない。 「ま、賢に直接聞くのが一番いいよ」 「そ、そうかな…」 その後も晴香と相談したものの、大した収穫もないまま僕と賢は自室に着いた。 そして、その後の夕食の席で僕は勇気を出して切り出した。 「あ、あのさ、賢」 「なに？」 賢は首を傾げる。 「どうして、元気ないの？」 「え…」 賢は一瞬だけ動揺するようなそぶりを見せたが、直ぐに笑顔を作って 「テストが終わったから、疲れが出てきただけだよ」 「で、でもさ」 「大丈夫だよ！優一は心配性だな〜」 当たり前だった。賢は僕の大切な人なんだから。だから、ここで引き下がるわけにはいかない。賢の笑顔が、作り笑いである事がわかってしまうから。 「昨日も、好物の唐揚げを残してたじゃないか。ねえ、何か悩み事があるなら言ってよ。僕、賢の力に―」 「もう…優一って…」 賢の顔から笑顔が消えて、その顔が悲しみに満ち始めた。 「え、つ、賢？」 「優一って…本当に…優しいよね…」 そしてついに、賢の目から涙がこぼれ始めた。 「あ、えっと、賢？どうしたの？」 「え？」 賢は驚いたように自分の頬を伝う涙に触れる。 「こ、これは、ち、違うの！泣いてるわけじゃないの！ただ…えっと…」 「賢…」 「ごめん…優一。でも、本当になんでもないの…。だから…気にしないで…」 結局、それ以降僕は賢に真相を聞き出す事も出来ずにその日を終えた。 8月15日 火曜日 テストが昨日終わったばかりだというのに、もう結果が帰ってきた。 朝のHRの時間、明日から夏休みという喜ばしい事実と、テスト結果の返却という悲しい現実との板挟みになって、クラスは絶望と歓喜の渦にのまれていた。 「ああ、よかった…」 僕の後で一輝がほっと胸を撫で下ろしている。 （そっか、一輝、出来がよかったんだな） 「赤点が三つしかない」 （前言撤回） と、人の成績についてあれこれ考えている僕の成績は 「学年12位か…」 トップクラスである事は間違いない。でも、今までは必ず5位以内から落ちた事がないだけあってかなり痛手でもある。それに、新学校である光琳学園は実績が少ないために医学部への推薦がないため、一流の医学部へ進学するには学年10位以内にいなくてはならない。 「優一」 「ん？」 成績表から顔を上げると、目の前には賢が立っていた。後ろに回された手には成績表がある。 「どうだった、賢？」 「え、あ、うん」 賢は少しおどおどしながらも成績表を僕に渡してきた。 「どれどれ…え！！」 僕は思わず声を上げた。 「学年…32位…」 一学年230人の学年でだ。 「え！まじかよ！」 一輝も驚いて賢の成績表を覗き込む。 「う、うん。優一が教えてくれたおかげで、結構できた」 今まで赤点の常連だった賢。この成績で嬉しくないはずはない。なのに、どこか賢の顔は晴れやかじゃなかった。どうして― （そんなに申し訳なさそうな顔をしてるの、賢？） Another View 川崎 賢 いつもの四人での学校からの帰り道、話題はテストの結果で持ち切りだった。 「へへ〜ん、一輝より、私の方が上だったね〜」 晴香が自慢げに胸を張る。 「たかが1位違いで偉そうに」 一輝は学年200位、晴香は199位だった。 「二人とも…結構、まずいよね…」 本来青ざめる必要のないはずの優一が青ざめてる。 「でもさ、賢って勉強出来るんだね」 晴香が関心、といった目で私を見る。 （そんなんじゃないよ…） ただ、優一がつきっきりで教えてくれたから出来ただけ。ただ、それだけ。 「優一のおかげだよ」 「ふ〜ん」 晴香が目を意地悪く光らせて私と優一の顔を交互に見る。 「二人の愛のお勉強会の成果ですか〜。いいね〜」 優一の顔が赤くなる。 「ち、違う！そんなわけないだろ！」 「いや〜ん、優一の、えっち」 「だ、だから違うってば！」 「ほほう、珍しいな。晴香にいじられるのは賢の役なのに」 一輝が優一と晴香を交互に見て呟いた。 （優一…ごめんね…） 優一の成績を私は知ってる。学年12位。今までの優一の成績の中で最悪の結果。そして、医学部への合格ライン以下の成績。 （私が…勉強をずっと教えてもらってたから…） 私のせいで、優一の勉強の時間がへってしまった。だから、優一の成績が下がったんだ。 （私…何をしてるんだろう…） 優一に寄りかかって剣道をして、優一に甘えて心を満たして、その果てに、優一の夢の邪魔をして…。 （怖い……） 全身に寒気が走る。夏なのに、体が急に凍えてくる。 （怖くて…しょうがない…） 理由はわからないけど、ただ怖い。本当に…怖くてしょうがなかった。 （どうして私…こんなにも恐れてるの…優一…） Another View end |
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| 2011.4.17掲載 |
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