「原稿用紙一枚…か…」 それが僕と吉備に与えられた罰。反省文を書け、との事だ。 「どうしようか…」 僕は学校の屋上にいる。手すりにもたれ掛かりながら、夕日を眺めていた。 職員室を出た後、賢のいる保健室へ行くべきか迷った。 ―優一！！やめてぇ！！― 賢の悲痛な叫びが耳にこびりついて離れない。 「どんな顔をして会えばいいんだろう…」 賢を傷つけてしまった。あんなに、悲しげな顔をして。 （どうして…僕は…） 僕は自分の両手を開いて、手の平を見つめた。 「あんな事を…」 殺したい、と思ったのか。いや、思ってしまったのか。 （わからない…） その時だ。 「こんな所で何してんだ？」 唐突に、屋上の入り口から声が飛んできた。 「一輝」 屋上に一輝がきたのだ。 「どうやら、大した罰じゃなかったみたいだな」 そう言って一輝は安心したように胸を撫で下ろす。 「うん」 「賢の所へは行ったか？」 「いや」 僕は首を振る。 「そうか」 それから一輝は何も言わずに僕の隣に腰を下ろした。 「ねえ、一輝」 「ん？」 「僕、どんな顔して賢と向き合えばいいのかな？」 「さあな」 即答で返された。 「それは、お前にしかわからないよ」 「そう…」 僕はまた、視線を夕日に向け直した。 「そうだよね…」 一輝の言ってる事は正しい。でも （なんでだろう…。どうすればいいのか…わかんないよ…） 本当に、僕には何もわからない。急に、周りが真暗になったみたいに。 「あ〜！こんな所にいた！！」 背後から、聞きなれた声がした。 「晴香…」 屋上の入り口に振り返ると、晴香が不動明王のように仁王立ちしていた。 「まったく、こんな所で油売って、何してんのよ！」 ちょっと苛立ち気味の顔で僕に歩み寄ってくる。 「なんで賢の所へ来なかったのよ！賢、目が覚めた途端に走って帰ってったわよ！」 「え…？」 「え？じゃないわよ！今、何時だと思ってるの？誰が屋上でしょぼくれてるなんて思うのよ！」 晴香は何時にもなく言葉に剣がある。 「今すぐ帰りなさい！」 そう言って晴香が屋上の入り口を指差した。 「で、でも…」 まだ、僕の中で答えが出てない。 「でもじゃない！賢が待ってるのよ！あんたを心配して、想って…」 「……」 返す言葉も見つからない。 「行きなさい！」 またしても、強く屋上の入り口を指差す晴香。 「早く！！」 そして僕は追い出されるように走り出して屋上を後にする。 「ふぅ…」 一階まで駆け下りて、僕はようやく一息つく。 「待ってる…か…」 賢が家の前で、心配そうな顔をして僕の帰りを待っている様子が目に浮かぶ。 「帰ろう…」 どんな顔をすればいいかわからないけど。 Another View 西条 晴香 「はぁ、バカ」 優一が見えなくなると、私は大きく深呼吸した。 「どうだった、賢は？」 一輝が興味深々と言った顔できいてくる。だから、私は親指を立てて 「大丈夫。きっとね」 自信を持って宣言した。 「賢は、ちゃんと決意したよ」 そう、あの賢の顔は真剣だった。きっと、今度は賢が優一を救う番になる。 「二人が支え合って、初めて互いの想いが通じ合う、か」 一輝は夕日に目を移して、しんみりと呟いた。 「詩人みたいね」 私も、一輝の隣に立って夕日に目を移す。 「綺麗…」 本当に綺麗な夕日。山の向こうに沈もうとするその姿はとても幻想的で、温もりに溢れてる。 「なあ、晴香」 「なに？」 「そのビニール袋、何だ？」 「あ、これ？」 私は一輝に見やすいようにビニール袋を前にぶら下げた。 「薬局？」 そう、私が持ってるのは薬局のビニール袋。そして、その中には小さな箱が一つだけ入ってる。 「なんだ、これ？」 「えっと…それは…」 聞かれるとは思ってたけど、実際に聞かれると答えるのが恥ずかしい。 「なんだよ、教えろよ」 一輝はなかなかひいてくれない。 「もう…バカ…」 賢といい、優一といい、一輝といい、みんなバカばっか。 （私も…だけどね…） 私は小さく深呼吸して 「コ、コン…」 「こん？」 「コンドーム……」 恥ずかしさをかみ殺して言葉を吐き出した。 同時に、ほっぺたが熱を帯びるのを感じる。 「ぷ…」 一輝が噴きだす。 「あ！笑ったな！！」 恥ずかしさを堪えて言ったのに。 「だ、だってよ…。お前が…そんなもん…」 一輝の両肩がプルプルと震えだす。 「しょ、しょうがないでしょ！私も…私だって！」 賢に言っちゃったんだもん。向き合わなきゃ駄目だって。 （だから、私も向き合う事に決めたんだから！） 「私…向き合うって決めたんだから！！」 大声で怒鳴って、ようやく一輝が笑うのを止めた。でも、その顔は微笑んでる。 「そうか」 「そうよ…」 「偉い、偉い」 そう言って一輝が私の頭を撫でてくる。まるで、子供をあやす時みたいに。 （まぁ…子供っぽいのは認めるけど） そして、急に抱きしめてきた。 「一輝…」 「晴香…」 そして、唇を、私の唇に向けて寄せてくる。でも、私は両手を一輝の胸に当てて少しだけ待ってもらう。だって、聞きたいことがあるから。 「いいの、私で？」 「何をいまさら」 「そういう意味じゃないの？」 「じゃあ、どういう意味だ？」 大切な意味で、私は聞いてる。ひょっとしたら、人生を大きく左右するかもしれない理由で。 「私…赤ちゃん産めない体だよ……。なのに…私でいいの…？」 すると、一輝の顔が険しくなる。 「誰が、産めないなんて決めた」 「お医者さん…」 医者にそう診断された。17歳なのに、卵子の数が極端に少なく、このまま減少が進めば20歳には子種がなくなると。 「俺は信じない」 でも、一輝はそう言いきる。 「俺は、信じてるよ」 「何をよ……」 思わず涙がこぼれてくる。目の前のバカが、あまりにも純粋に信じてくるから。 「奇跡さ」 「そんな事…」 起こるはずない。 「起こるさ。だって、俺たちは優一達に出会えたんだからな。俺も、お前も、優一達に出会ったおかげで幸せを取り戻せたんだぜ。地獄の淵に立ってた俺達にとって、奇跡以外のなんだって言うんだよ」 「それは…」 確かに、奇跡に近い。捻くれた男の子と、死んだ目をした少女が、光を与えてくれる少年と出会える確立なんて、どれほど低いか。きっと天文学的数字になる。 「俺は信じるよ。そして、絶対に諦めない」 「でも、そ…ん…」 私に言葉を紡がせることなく、一輝は私の唇に自分の唇を重ねてきた。 （バカ…。私だって……信じてるんだから……） 奇跡じゃなくて、一輝を。 キスをしたまま、一輝は私を押し倒してきた。 （本当に…バカ…） 学校の屋上でするバカなんて、私達ぐらいだと、後で言ってやる。 私は全てを一輝に委ねて、目を閉じた。 Another View end |
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| 2011.4.27掲載 |
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