校舎から出ると、僕は真直ぐ正門へと歩いていく。その途中の事だ。 ランニングから帰ってきた体操着姿の女子とすれ違った時、彼女達の会話が耳に入ってきた。 「ねぇ！今の子みた？」 「うん！見た見た！！めっちゃ可愛かったよね？」 「うん！うん！お人形さんみたいで、ちょ〜可愛い！！」 （お人形？） 「でも、お腹を剥き出しにしてるあのスタイル、ちょっとエッチだったよね？」 「うん、それに、首元のネクタイも緩んでて、胸の谷間が少し見えてたしね」 （エッチな服装？） 「おっきかったよね、あの子の胸…」 「うん…私達よりも背が小さいのに…」 （背が小さくて、胸が大きい？） 「それに、色白だったね。白人とのハーフかな？」 「うん、白人みたいに色が白いのに、結構、体が細かったよね？」 「ちょっと、痩せすぎてるきもしたけどね。剥き出しになってたお腹とか、骨が浮き出てたもんね」 「でも、あれだけ痩せてるのもうらやましいな〜」 （ひょっとして…） 僕は、彼女達が話している人が誰なのかわかってきた。 そして、校門を潜った時 「優一、待ってたよ」 校門にもたれ掛り、カラオケの日に着ていた服装姿の賢がいた。僕の顔を見るなり、とても嬉しそうにほほえんで僕の下に歩いてくる。赤と黒のチェックのミニスカートに、白と黒の縞模様のニーソックス、スカートの上からオシャレ用の黒革のベルト、肩までむき出しになっている真赤なブラウスは、裾を捲りあげて胸の直ぐ下で結び腹部を露出させ、緩めに黒いネクタイを締めて胸の谷間を少しだけ垣間見せ、巨大な赤いリボンで髪を束ねている。 「賢……」 僕は何を言おうか考えを巡らすが 「来て」 その前に、賢が僕の手を握ってくる。そして、そのまま僕の腕に絡んで体を寄せてきた。 （う、腕が…） 僕の腕が賢の胸の谷間に挟まれている。 「さ、行こう」 そう言って、僕をどこかへ引っ張っていく。 「ど、どこに行くのさ？」 「秘密だよ〜」 そう言ってまた、にっこりとほほ笑んでくる。 「ふ〜んふ〜んふふ〜ん♪」 楽しげに鼻歌を歌う賢。 校門から既に20分近く歩いている。その間、ずっと、通行人の目が賢を向いていた。 （それも当然か） こんなに可愛い女の子が、とてもエッチな服装をして歩いているんだ。見ない奴の方がよっぽど馬鹿だと僕は思う。 「ふふ〜んふ〜ふふ〜ふん♪」 その可愛い少女は、鼻歌を歌いながら僕をどこかへと引っ張っていく。 （賢…明るいな…） なぜか、今日の事がなかったかのように賢は楽しげだ。昨日まで、あんなに暗かったにも関わらず。それに （賢の体が、とても熱い…） 賢の胸に挟まれている僕の腕に賢の体温が伝わってくるが、それはまるで炎のように熱かった。 （大丈夫、なのかな？） 僕は賢の体を見回していく。すると、剥き出しになっているお腹に目が留まった。 がりがりにやせ細り、肋骨が浮き彫りになっている賢のお腹。この前、賢を抱いた時には白人のモデルのように筋肉質で締まっていたのに、今ではその筋肉までげっそりとそぎ落ちている。 ―少し、痩せすぎな気がするな― 脳裏で、校門ですれ違った女の子の言葉が僕の脳裏に過る。 （痩せすぎ…か…） 確かに、賢は痩せすぎている。あまりにも。 「ん？どうしたの？」 賢が、僕の視線に気づいた。 「え…あ、その…」 「…優一…」 僕が戸惑って返答に困ってる間に、賢は僕がどこを見ていたのか視線から気付いたようだ。賢は一瞬だけ固い情を見せたが直ぐに、恥ずかしげな表情を繕って頬を赤くした。 「な、なに…」 賢は恥ずかしそうに片手で胸の谷間を、もう一方の手でお腹を隠そうとする。しかし、賢の小さな手ではとうてい無理だった。 「その…あんまり、見ないでよ…」 恥ずかしげな仕草、赤い頬、賢の事をよく知らない人にはこれが演技だとはわからないだろう。僕は賢の演技に付き合うことなく 「賢、痩せた？」 と訊いた。 「え…？」 またしても、賢は表情を固くする。 「前よりも、お腹周りが細くなったみたいだけど？」 「そ、それは…」 賢が僕から目を反らす。それが、必死に何か言い訳はないか、と頭を巡らしているのだと僕にはわかっていた。 「きっと、おっぱいが大きくなったからそう見えるだけだよ！うん、そうに違いない」 「体が細くなったから、その分大きく見えるだけだよ」 「…ん…」 「何kg痩せたの？」 賢は困ったように俯く。 「女の子に…きく…？」 普通なら、恥ずかしがって言う台詞だが、今の賢にとっては苦し紛れの最後の抵抗だった。 「うん、きくよ。だって、賢が心配だから」 「優一…」 賢は、諦めたようにため息をつくと 「5kgだよ…」 「そんなに…痩せたんだ…」 僕の記憶が確かならば、痩せる前の賢の体重は43kg。身長は152cmだ。でも、5kg痩せたということは、今の賢の体重は38kg。胸が大きいだけに全体重における割合が大きい事を考えると、賢は極端に痩せてしまってる。 賢は潤んだ目で僕の目を見つめてきて 「心配かけてごめん…。でも、大丈夫。明日からは、ちゃんとご飯、食べるから」 その言葉に、嘘は感じられなかった・ 「わかった」 だから、僕は頷くと賢の頭を撫でた。すると、賢が子供扱いされるのを嫌がる子猫のように僕を睨んできて 「いつもそうやって私を子供扱いする…」 と口を尖らせる。 「だって、撫でるにはちょうどいい位置なんだもん」 賢の頭は撫でるに最適な高さだ。 「何よ、バカ…」 グスン、と涙ぐむ賢。でも、僕にはそんな賢が愛しくて仕方がない。だから 「ははは」 僕は思わず笑ってしまう。すると 「ふふふ」 賢も吊られて笑いだす。 そして、僕らは再び歩き出した。 「うわぁ〜」 僕は目の前の景色に驚きを隠せなかった。 「へへへ、すごいでしょ？」 賢に連れてこられたのは、町の直ぐ外れにある裏山の頂上だった。頂上には一本の巨大な樹があり、周りには景色を遮るものは一つもない。そして、頂上からは夕日に染まる僕らの街が一望出来た。 「すごい…」 温かな夕日色に町が染まり、煌々と輝いている。 こんなに綺麗な景色、僕は見た事がない。 僕が夕日色に染まる町に感激していた時だ。 「優一…」 賢が、長い髪を靡かせながら少し距離をとって僕の前に立った。 「賢…」 ほのかに微笑んでいる賢。夕日がその小さな背を照らし、夕日色の羽を纏ったように輝かせている。でも、賢の目は今までに見た事がないほど静かで、真剣そのもので、どこまでも綺麗に澄んでいた。 Another View 川崎 賢 （優一…私…全部話すよ…） 私が纏ってきた全ての嘘を、ここで優一に話す。それが、学校の保健室で私が決意した事。これ以上、私のせいで優一を不幸にしたくないから。 そう思っても、緊張して心臓が早鐘を打つ。 （もし、愛想尽かされちゃったら、どうしようかな…） そんな不安が脳裏をよぎる。だけど、それもしょうがない。ずっと、自分の都合ばかり優一に押し付けてきたんだから、私なんて捨てられて当然だ。 「あのね、優一…」 私は少しずつ勇気を振り絞りながら口を開いた。 「ん？どうしたの、賢？」 優一が不思議そうに首を傾げる。 「私ね、優一に話さなきゃならない事があるの…」 私の表情が硬いせいで、優一の表情も段々と硬くなってきた。 「それって、大事な事…？」 「うん…すごく…大事な事……」 でも、そこから私はなかなか切り出せない。恐怖心が、私の口をふさいでしまったんだ。捨てられる事を恐れる私の弱い心が。 （声を振り絞れ、賢。これ以上、優一を不幸にしていいの？） 自分の心に必死に訴えかけて、私は、真実を口にした。 「嘘……なの……」 「え…？」 優一は何の事かわからずに首を傾げる。 「私……性同一性障害じゃないの……あれはね……全部…お芝居だったの……。深い心の傷のせいで、精神病にかかった少女を演じれば……優一が同情して……優しくしてくれると思ったの…」 私は真実を告げた。 「……」 でも、優一の表情は変わらない。 「それに……それに……」 （怖い…怖いよ…） 真実を告げようとすると凄まじい恐怖が私を襲ってくる。足がガクガクと震え始めて、目からは涙がこぼれてくる。 「剣道で…わざと人を傷つけるような試合してきたのも……親への当てつけなんかじゃない……。剣道を憎んでるのは本当だけど……でも……本当は……優一に哀れんでもらいたかったから……。だから……私は……」 沢山の人を傷つけた。 「……」 それでも、優一は表情を変えない。 （優一……呆れてるよね…きっと……） そう思うと、胸が引き裂かれる想いがして、涙がさらに溢れてくる。でも、それは当り前。 「それにね……お腹の痛み……感じてたのは本当……。でも……刺されたと勘違いしてるっていう設定はね……大嘘…。私……最初から気づいてた…。刺されてなんてないって…。ただ、痛がると優一が……優一が優しくしてくれるから……だから……いつまでも痛がっていたいって……そう思って……」 だから、願った。偽りの痛みがいつまでも続くようにと。そして、願いは叶った。これこそ、一種の精神病なのかもしれないけど。 「全部…全部…私の自演なの……。優一に同情してもらいたくて…哀れんでもらいたくて…甘えたくて…」 「……」 でも、優一は表情を変えない。だけど、私の下へ歩いてくる。 優一が一歩、また一歩と私に近づいてくる度に、心臓が飛び出しそうな程激しく鼓動する。 「優……一…」 そして、優一は私の目の前に立った。その時だ。優一の手が伸びてきて、私は反射的に目を瞑る。 （打たれる…） でも、それぐらい当然の事。今まで、散々迷惑をかけきた。苦労をかけてきた。 辛い思いや、悲しい思いもさせてきた。でも、その全部が、所詮、私の甘えたいばかりの自演でしかないんだから。 「ひゃぁ……」 でも、優一は私を打たれなかった。ただ、優一に強く抱きしめてくれた。 「バカ…。賢は……大バカだよ……」 耳元でそう言われた。 「優一……」 「どれだけ、心配したと思ってるんだ」 「ごめん…優一…」 「どれだけ…想って……どれだけ……」 私を抱きしめる優一の力がどんどんと強くなってくる。体中の骨が軋む音が聞こえるぐらいに強く。 「優一……痛いよ……」 とても痛い。心が締め付けられる。でも、それがとても （温かいよ…優一…） 「賢……」 私の頬に、私のじゃない涙が零れてきた。 「優一…」 優一の涙だ。 「バカな…賢…」 「うん、私…本当に、バカだよ…」 バカの中のバカ。それが、私。 「心配だから、絶対に離さないからね…賢…」 「うん、うん…」 嬉しくて、私は何度も優一の胸の中で頷いた。 （嬉しいよ…優一…） その直後 「ああ…まった、く…賢、は…しんぱ…」 優一の様子がおかしくなった。声が段々と小さくなって、抱きしめてくれていた腕の力が抜けていく。 「優一？」 そして、私に寄りかかるように倒れてきた。 「あ…」 私は、優一を支える事も出来ずに押し倒される。 「ゆ、優一！！」 （どうしたの？！） 私は、覆いかぶさる優一を脇に横たえると顔を覗き込んだ。 「優一！！優一！！」 「…すぅ…」 「え？」 「…すぅ…すぅ…」 「寝てる？」 優一は眠ってる。気持ちよさそうな寝顔をして。 「なんだぁ…」 私はほっと胸を撫で下ろして後に手をつく。 （疲れてたのかな…？） 今日の事で…それか、私がずっといじけてた事を心配していたせいで…。 「まぁ…バカの世話は疲れるよね」 私はもう一度、気持ちよさそうに寝ている優一の顔を覗き込んだ。 （本当に、気持ちよさそう） すやすやと、まるで子供みたいに。 「ありがとう、優一」 私は優一にそっとキスする。そして、優一の頭を挙げると、そこに私の膝を滑り込ませた。 「これが、膝枕なんだよね？」 優一が私の膝に頭を乗せて眠ってる。恋人らしい事をしたから、自然と頬が熱くなった。 「優一、大好き」 私はそっと優一の頭や、額を撫でる。大切な人を、労わりたいから。 Another View end |
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| 2011.4.30掲載 |
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